271 すり替えられた案
ケルメス大聖堂のロビーで集まっていたガーベル家の人々とデビッドソン主教。その中でリディアが一人で心拍数を上げ、家族を巻き込んでいる状況下、存在感が薄く、少し疲れた感じのフレディが俺に言ってきた。
「ニベルーテル枢機卿猊下から、お話が聞けたよ」
おおっ。ニベルーテル枢機卿から聞けたのか。その状態でよくやった! でかしたぞ、フレディ。
「で、どうだったんだ?」
「仮死状態の中で操られた事で、身体に邪気が残ってしまっているそうだ」
なるほど。
「仮死状態だったから命は助かったのだろうと。でも普通の治療は不可能なんだって。邪気を払わないと治らないと仰っていて」
やはりそうか。しかしどうやって邪気なんかを祓えるんだ? 少なくともゲームではそんな描写はなかった。
「邪気は聖なる属性で浄化できるらしいけれど、今は聖なる属性を持っている人がいないから難しいって・・・・・」
「そうか・・・・・」
うぅぅ。それは何とも言えない解法だなぁ。ニベルーテル枢機卿が難しいって言うぐらいだから、容易な事ではないのか・・・・・
「ごめんな。ここまでしか聞けなくて」
「いやいや、それだけでも十分だ」
俺は申し訳無さそうにしているフレディに礼を言った。忙しい中、よくやってくれたよ。難しいとはいっても浄化法は分かったのだから、方法についてはまた考えることにしよう。俺はデビッドソン家とガーベル家の人々と別れ、ラシーナ枢機卿にお礼の挨拶を行った。
ラシーナ枢機卿は「大きな式典だったので、ひと仕事したような気分だ」と笑って応じ、枢機卿とひとしきり歓談。それからドラフィルと一緒に『グラバーラス・ノルデン』に向かったのである。
そんなことがあったので、今日出発するというデビッドソン主教の見送りに、リディアが赴く事は十分に想像できる。というか間違いなくするだろ、リディアなら。フレディが実家であるチャーイル教会に父デビッドソン主教を迎えに行く際、フレディを見送るはずが、いつの間にか自分が荷造りをして同行するという暴挙に出たのだからな。
だから学園休んでお見送りぐらい、リディアにとっては朝飯前の筈。リディアの暴走は当たり前の事だと織り込んでおくぐらいでないと、先は読めない。俺が一人納得していたら、珍しくアイリが俺のクラスに顔を出してきた。
「どうした、アイリ? 昨日は大変だっただろう」
俺が声を掛けると、アイリが「俺の方が大変だったでしょう」と頭を振った。
「クリスティーナ達。今日は戻ってこれないの」
アイリはその事情を話してくれた。屋敷での挨拶を終え学園に戻ろうとしたクリスは、一門陪臣らに羽交い締めにされてしまい、そのまま屋敷に留め置かれてしまったのだという。結果、トーマスとシャロンもクリスと共に屋敷に残ることになり、アイリだけが一人帰ってきたとのこと。
「皆さんがクリスティーナと話をされたいようで・・・・・ 大人気でした」
大人気でしたという言葉に、思わず笑ってしまった。アイリは真剣に言っているのだか、どこか間が抜けているように感じられたのだ。俺の笑いに「もぅ!」とふくれっ面のアイリ。こちらは必死に言っているのに、といった感じか。その仕草もまたかわいい。俺はアイリに今日の予定を告げた。
「昼からエルダース伯爵家へ挨拶に行く。レティとミカエル、それにリッチェル子爵家の家中の者も明日出立するからな」
「レティシアも行くのですか?」
「ああ、鼠退治をしなきゃいけない。こちらが本当の仕事さ」
「鼠退治?」
リッチェル家中の者に先代の味方をする者がいる。それを野放しにしておけば、ミカエルが新たな悩みを抱えることになるから、今回の襲爵式を機に一網打尽にするのさ。アイリにはそう説明をした。分かったような、分からないような顔をするアイリ。こういった話はアイリには無縁だもんな。それにアイリには全く似合わない。するとアイリは言った。
「でしたら、私も一緒に行きます」
これには俺が驚いた。真面目なアイリがそんな事を言うなんて・・・・・
「いいのか? 昼からの授業は出られないぞ」
「レティシアも行くのでしょ。今まで頑張ってきたのですから、一声だけでも掛けてあげたい」
ああ、そういうことか。それはレティも喜ぶぞ。俺はアイリの話を聞いて了解した。アイリには昼休み後に出発するので、昼食は少なめにな、と伝えておく。短い距離とはいえ馬車に乗るので、用心するに越したことはないからだ。帰りにでもどこかに寄って、ゆっくりと夕食を食べればいいだろう。
俺とアイリは三限が始まる時間、学園の馬車溜まりからエルダース伯爵邸へ向けて出発した。昼休み、いつものようにアーサーと一緒に昼食を食べていたのだが、話題は全て襲爵式。無理もないよな、それは。
アーサーと俺が話していると、途中でカインが加わり、更にドーベルウィンとスクロードが入ってきた。皆昨日の襲爵式に参加した面々。話は何と言っても鼓笛隊と多数のリッチェル紋章旗を掲げる『常在戦場』に集中した。
「俺、あんな式で襲爵したいな」
アーサーが呟くと、皆が堰を切ったように俺も俺もと名乗りを上げる。カインに至っては、父であるスピアリット子爵が「あんな襲爵式をやりたい。今からでもやり直したい」とのたまっていたというので、剣聖がそれを言うなよ、と思わずツッコみたくなってしまった。
ただ、スクロードの話した父スクロード男爵の「痺れる襲爵式だったな」という感想が、俺的には一番しっくり来る。というか、詩的な表現でいいじゃないか。昨日参列した貴族の多くは、スクロード男爵と同じ感想を持った事だろう。
「しかしエルベール公も考えられたな。あの『常在戦場』に臣従儀礼を求めるなんて」
は? エルベール公が『臣従儀礼』を考えた? スクロードの言葉に我が耳を疑った。
「ああ。宰相府に『常在戦場』が臣従儀礼を行うべきという話だろ」
んんん??? どういうことだ? 宰相府への臣従儀礼はクリスが考えたこと。スクロードとカインの話聞き捨てならない。俺が聞こうと思ったら、アーサーが俺に問いかけてきた。
「エルベール公から何か話があったか?」
「・・・・・い、いや。全く・・・・・」
全くどころかエルベール公とは、挨拶すら交わしていないんだぞ。しかしクリスの発案がどうしてエルベール公にすり替わってしまっているのだ? 俺にはサッパリ分からない。
「そうか・・・・・ 会場でエルベール公が公爵令嬢に仰っていたから、てっきり話が進んでいるものだと思っていたぞ」
「ど、どういうことなんだ、アーサー」
「どうもこうも、式が終わった後の待ち時間でエルベール公と公爵令嬢が話されていて、そこでエルベール公が提案をされたんだ」
「会場がどよめいたよな」
「ああ」
アーサーの話にドーベルウィンとカインが同調する。どうやら襲爵式に参列した貴族達の認識では、『常在戦場』の宰相府への『臣従儀礼』はエルベール公が考えたことになっているようだ。だからケルメス大聖堂を出た時、エルベール公は満面の笑みだったのか。しかしクリスよ、自分の案をどうやってエルベール公の案にすり替えたのだ?
退出時、悪役令嬢モードの微笑を
分かったのは、式が終了した神殿内でエルベール公とクリスが話していたこと、エルベール公が『常在戦場』の宰相府への『臣従儀礼』を提案したこと、この二点のみである。後はクリスから聞くしかないだろう。俺はアーサー達の話を聞いてそう思った。
――昼休みが終わった後、俺とアイリは馬車でエルダース伯爵邸に向かった。授業をサボった形となった訳だが、アイリは何か楽しそうである。真面目だからフケたりするような事なんかないもんな、アイリは。そんなアイリを見ていると、あの手この手で悪の道に引きずり込んでいる悪いおじさん気分になって、何かイヤな気分になる。
車上アイリは襲爵式の感想について話をしてくれた。参列する貴族の多さもさることながら、ミカエルと共に入場してきた鼓笛隊と大盾軍団、そしてリッチェル子爵家の紋章旗を掲げて入場してくる『常在戦場』に圧倒されてしまって言葉も出なかったことや、気がついたら勝手に手拍子をしていたことなどを、克明に詳細に語ってくれた。
「やり過ぎたな」
「えっ?」
「やり過ぎたんだよ」
アイリが熱心に話せば話すほど「やり過ぎた」と思ってしまう。俺の言葉に驚くアイリ。俺はその意味を説明した。目立つためにやった演出だが、こちらの世界の人にとっては刺激が強すぎて、悪用されかねない、と。
「どうやって使うの?」
「見る人を圧倒し、興奮させて分からなくさせるんだよ。そして人々の心を飲み込んでいくんだ。考えさせないようにする為にね」
俺の説明にアイリは黙ってしまった。そうなのだ。パフォーマンスをする人にはパフォーマンスをすることだけ、それを見る人には感動する事だけを強要する。そして他の意見を容れないようにしてしまうのだ。
よく考えたら、これはライブなんかでも行われている手法なんだよな。囲い込みとかいうやつで。俺は目立つことしか考えていなかったが、実にヤバいものをエレノ世界に持ち込んでしまったやもしれない。
「あれが屋外だったら、まだ良かったかもしれないね」
「外ですか?」
「ああ、音とかが拡散するからね。視界も広いし、あの程度の人数なら圧倒されないだろう」
「コウイチさんの世界では少ないのですか?」
「ああ、少ないな。だってあんな行進最低数千だろうし」
自衛隊の行進とか見たこともないが、おそらく『常在戦場』なんか目じゃないだろう。それに昔の映像なんかで出てくる軍隊なんか、延々と人が行進しているもんな。四、五百なんか数にもならなないのではないか。それに行進の精度だって明らかに違う。ブラスの数や質ももちろんそう。外ならば、エレノ世界の人間であっても呑まれる事はないだろう。
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