267 襲爵式
論壇に立って説法を行ったラシーナ枢機卿は、説法を終えると壇上左側の元居た場所、アリガリーチ枢機卿の隣の位置に戻った。それを確認した司会進行役がアナウンスする。
「これよりリッチェル子爵位の襲爵之儀を、デビッドソン主教により執り行います」
いよいよメインイベントの襲爵之儀だ。これを行うことでミカエルは正式にリッチェル子爵位を継承する。司会進行役の言葉に、黒い神官服を着たデビッドソン主教と、青い神官服を着た人物が両手で盆を持って進み出た。よく見ると青い服の神官はなんとフレディじゃないか! 後学の為、大聖堂の片隅で見学するだけだったんじゃ・・・・・?
いきなりのフレディ大舞台デビューに、俺の方がビックリしてしまった。デビッドソン親子が論壇横にまで進んで立ち止まると、壇上右側で最前列に座っていたミカエルが立ち上がり、デビッドソン主教の前に進み出る。そしてミカエルは片膝を床に着け、跪いた。
すると青い神官服のフレディが、黒い神官服のデビッドソン主教に近づき、恭しく一礼をして盆を差し出す。デビッドソン主教がその盆の上にある木箱より紙を取り出すと、青い神官服を着たフレディが盆を両手で持ったまま再び一礼をして後ろに下がる。デビッドソン主教は持っている紙を広げた。
「ミカエル・マーティン・リッチェル。汝はノルデン国王フリッツ三世より認められしリッチェル子爵位、受ける覚悟があるか」
「はっ。国王陛下より認められし子爵位、このミカエル承りまする」
ミカエルは更に頭を下げた。デビッドソン主教は続ける。
「ならば汝をリッチェル子爵とするノルデン国王フリッツ三世の布告。教会は神の名において認める事とする」
ミカエルが名実ともに子爵になった瞬間だ。これをまさかフレディの父親であるデビッドソン主教の手によって行われるとは・・・・・ 実に感慨深い!
「リッチェル子爵位の襲爵。お認め頂き感謝の至りに堪えません」
「リッチェル子爵殿。方々に襲爵を宣言なさるが宜しい」
デビッドソン主教に促されたミカエルは立ち上がり、参列者の方に体を向けた。
「私、ミカエル・マーティン・リッチェルは、神と国王陛下の御心の許、リッチェル子爵位を賜った。この場の方々にその事をお知らせ致す。我は今、リッチェル子爵ミカエル三世となり申した」
参列者から一斉に拍手が起こる。千人近くいる参列者の拍手が会場に響き渡った。興奮と静寂で振れた式典だが、この拍手が最も自然なもの。若き当主となった、ミカエルの未来に対する声援であろう。
壇上を見るとレティがハンカチで目を押さえている。遂に叶った悲願。レティは感無量で涙を流したのだろう。そんなレティを遠巻きに見ている俺も、何故か涙ぐんでしまう。俺にとっては最も感動的な光景だ。
「見届人代表であらせられますエルベール公爵ステファン五世閣下より御言葉を賜ります」
ミカエルやデビッドソン親子が元の位置に戻った後、参列席の右側最前列より登壇したエルベール公が講壇の前に立った。だが、エルベール公の挨拶はハッキリ言って「俗物」のものだった。
まずは自分の派閥であるエルベール派の自慢から始まり、次にエルベール公爵家とケルメス大聖堂との古来の繋がりらしき話。そこからエルベール公爵家の歴史が古い事をアピールする、といった具合だ。いつかクリスが「貴族の話はつまらない!」と言い放った事があったが、そりゃ言うわ、と思った。
ただエルベール公の話、そこで終わらなかった。自身の家の古さにリッチェル子爵家の古さを織り交ぜて話し、若きリッチェル子爵家の当主となったミカエルが、多数の隊士を率いて歩く姿を称賛。これまで襲爵式が行われた事がないケルメス大聖堂で、ミカエルが襲爵式を行った事に対して、時代が変わりつつあることを参列者に訴えたのである。
「今、歴史ある我がノルデンに、新しい風が吹こうとしております。その新しい風の先陣をこのミカエル殿が切るのです。皆様には、この若き当主に暖かい眼差しを切に求めたいと思います」
エルベール公はそう締めくくるとミカエルの方に近づいた。立ち上がり礼をするミカエル。そのミカエルの両手を手に取って高々と上げる。すると参列席から拍手が起こった。なるほど、最初に嫌な話をして、後で盛り上げる。そんな話法もあったのか。
エルベール公のその話の運びに対して、妙に感心してしまった。これがエルベール公の処世術なのか。ボルトン伯とはまた違った術である。次はリッチェル子爵家の親族代表の挨拶。代表してエルダース伯が講壇に立つ。
「今日、リッチェル子爵位の襲爵式に参列頂きました皆様に、お礼を申し上げます」
エルダース伯は頭を下げた後、襲爵の許可を出した国王への謝辞、襲爵式の会場を提供したケルメス大聖堂への謝辞、見届人代表として登壇したエルベール公への謝辞、襲爵式を執り行ったデビッドソン主教への謝辞と、謝辞に次ぐ謝辞を行った。
「その上で本日の式を執り行うに当たって尽力頂きましたムーンノット子爵閣下、自警団『常在戦場』の皆様と、頭領であるグレン・アルフォード殿にも、この場を借りて感謝を申し上げたいと思います」
待てぇ! どうして俺の名前が出てくるのだ! 会場がざわついているではないか。わざわざ俺の方に視線を送るものまでいる。困ったものだ。
「流石はグレン殿ですな」
ワロスは俺に耳打ちした。横にいるディーキンらは当然ですよ、と小声で話してくる。いやいやいや、そんな話じゃないから、これ。エルダース伯も悪気はないのだろうが、こんな所で貴族でもないこの俺の名を出してどうするのか。俺が参っている間に、青い神官服を着た集団が左袖から現れた。
今日も出ましたザビエルカットの聖歌隊。前回は『モルダウ』にまさかの『ドンパン節』という夢のコラボ。今回はそんな地雷を避けて欲しいところ。俺は心からそう願った。聖歌隊の人数はおよそ三十人。今回は何が出て来るか。俺は思わず身構えてしまう。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!)
「ハイ!」
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
やべぇぇぇぇぇ!!!!! 二拍子。しかも明るいトーンで歌っている。それより「ハイッ!」て言う合いの手はなんだ、それは! それで歌詞を繰り返すなんて!
「平家物語ですな。
調が違うどころか、俺の時代でも琵琶だよ、ワロス。この泊のとり方自体、おかしいじゃないか。まぁ、そりゃ知ってるよな。平家物語より二百年後の室町時代、しかも架空の室町時代からの転生者なんだから。いや、物語から物語への移動が転生と言えるのか?
しかし今はそんな事は重要じゃない。このエレノ世界ノルデン王国で、まさかの完全日本語で陽気な平家物語が奏でられるとは! いくら陽気にしたって平家物語は平家物語じゃないか! どうなってんだ、このエレノ?
「娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」
「ハイ!」
「娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」
ダメだこりゃ。襲爵式という祝典で、滅びの詩を奏でるバカがどこにいる! またこれ、どうせエレノ製作者がおふざけ半分で放り込んだものなのだろう。
「何と言っているのですか?」
ディーキンが俺とワロスに聞いてきた。ワロスと俺は顔を見合わせる。ワロスも本当の事を言っていいのかどうかを迷っているようだ。何しろ滅びの詩だもんなぁ、躊躇するのも当然か。仕方がないので俺が簡訳した。
「古語でな。鐘の音は変化の音、花の色は大勢力も必ず滅ぶという宿命を表している。という意味だ」
「おカシラ!」
「静かに」
驚くディーキンをワロスが抑えにかかる。まぁ、驚くのも無理はないよな。そんな内容の古語、実は日本語という外国語だったなんて、みたいな話だもん。ディーキン達は俺とワロスが難解と言われる古語を等しく理解している事について、素直に驚いていた。
「ハイッ!」
「たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」
青い神官服を着たザビエルカットの一団は、最後に三三七拍子を売ってバンザイをした。いやいやいやいや、そんな詩じゃないから、これ。こうして陽気な平家物語を歌ったザビエルカットの一団は、何事もなかったかように左袖に下がっていった。
何もかもが無茶苦茶だ。俺はヤレヤレという気分だったが、隣のワロスも同様だったようである。詩の意味が分かっていると、このヤバさが分かるもんな。しかし、意味も分からず平家物語なんてものを歌ってくるとは夢にも思わなかった。恐るべしザビエルカット!
「これより襲爵なされましたリッチェル子爵閣下が退場なされます」
司会進行役が発表すると、俺の席の後ろで立っていた隊士達が紋章旗を竿受けに差し込み、正面通路の左右に入場時と同じように陣取った。左右の側面にいた隊士達も同様に紋章旗を差し込んで掲げると、前方に移動している。ミカエルとダンチェアード男爵、家付き騎士のレストナックが壇上から降り、壇上を背にして通路正面に立った。
「子爵閣下、退場!」
司会進行役の宣言から鼓笛隊が演奏を始めた。出だしが俺の出した楽譜と違う。こ、この曲は!
(馬場に、鶴田に、猪木に、ブッチャー♪ じゃないか!)
鼓笛隊が演奏しているのは昔、日テレで放送されていた全日のプロレス中継で流れていたテーマソングだった。色んなバージョンがあるらしいが、俺のところでは「馬場に、猪木に、鶴田に、ブッチャー、それに坂口征二」だった。どうして坂口征二だったのかは分からない。
それよりもどうしてラッシャー木村が入っていなかったかの方が不思議だった。もちろん「夜空を切り裂く稲妻レッグラリアット」の木村健悟ではない。まぁ、そのプロレス中継もゴールデンタイムから深夜に飛ばされたんだよなぁ。
しかし一体誰なんだ、こんな曲をエレノ世界に流布したヤツは! この曲に合わせミカエルらは歩き始める。元々、行進曲みたいなもんだから、歩調にはピッタリ合う。ミカエルは左右に林立する、リッチェル子爵家の紋章旗の間を通って歩く。ミカエルの後ろにダンチェアード男爵とレストナックが続く。
俺の脳裏には鼓笛隊の演奏に上乗せする形で「馬場に、鶴田に、猪木に、ブッチャー♪」が、コーラスになって聞こえて来る。どうして男性四部合唱で聞こえるのかは不明だが、笑けてしまって、頭がおかしくなりそうだ。本当になんとかして欲しい。
ミカエル達の次には二列縦隊の大盾軍団が続く。大盾軍団は盾を左右の参列者席に向けて歩いている。曲に合わせて観客らの手拍子が止まらない。二拍子だから簡単なのだろう。このエレノ世界、どう見ても西洋風の世界なのに、リズム感だけはゲームを作った連中がいる日本のそれとそっくりである。
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