264 参列者

 ケルメス大聖堂に現れた『投資ギルド』の責任者リヘエ・ワロス。服装は俺達と同じ黒の上下、銀のベストの三つ揃にポケットチーフなのだが、それに加えてステッキを手に持ち、中折れ帽を被っていた。


「頭の上を隠そうかと思いまして・・・・・」


 少し照れながらワロスは言う。頭の天頂部が少し寂しくなっているから、帽子で被ってみましたと。後、立つ時間が長いので、支えのために一応ステッキを持って来ましたとも。悪くはない。いや、いいじゃないか。これで現実世界と差別化もできる。差別化できるメリットは特にはないのだが。


「帽子とステッキか。いい組み合わせだなワロス。陣羽織を選定するよりもずっとセンスがあるぞ!」


「陣羽織! そのセンスはありませんでしたな」


 ハッハッハ、とワロスが笑った。室町時代の陣羽織と略礼服という夢のコラボも悪くはないが、略礼服と中折れ帽にステッキという、今や絶滅危惧種てきな組み合わせの方が遥かにセンスがあるだろう。


 ワロスの出で立ちに、ディーキン達も興味津々だ。トマールとワロスが、「その帽子はどちらに?」「『プラハムロッド』じゃよ」「あの店で!」なんてやり取りしている。聞くと帽子専門店らしく、ハンチング帽が有名らしい。そう言えば職工や農民でハンチング帽を被っている人が多かったな。


「おカシラはその格好で?」


 スロベニアルトが聞いてくる。あっ、そうか。今の俺は打ち合わせの為に、平装の商人服だったな。スロベニアルトに俺は「違う、違う」と笑いながら返事をすると『装着』で略礼服に着替えた。一瞬で略礼服姿に変わった俺を見て、皆が驚いている。そうか、『装着』なんて初めて見るか。


「これは商人特殊技能『装着』だ。一発で着替えられる。便利だぞ」


「・・・・・」


 誰からの反応もない。皆の顔を見ると、ディーキンが俺に聞いてくる。


「おカシラ・・・・・ その格好は?」


 ん? 俺の姿に何か問題でもあるのか?


「羽織っているものは・・・・・」


「マントだな」


 トマールの疑問にそのまま答えた。俺は略礼服に表面黒色のマント。背面緋色ひいろ、濃い臙脂えんじ色のベルベッドを使って仕立てられているマントを羽織っていた。左脇に差している商人刀の鞘を、俺の後ろから見た者の視界から隠すために羽織ったのだが、いけなかったか。


「何かおかしいか?」


「いえ、個性的だな、と思いまして・・・・・」


「予想外過ぎて驚きました」 

 

 俺の疑問にディーキンとスロベニアルトが答えてくれた。マントのインパクトがデカかったんだな。目立つのなら、まぁいいだろう。今日は俺と常在戦場が目立たなければならぬ日だ。今日に限っていえば、目立つのはいいこと。


俺はワロスやディーキンらと話している間に、大聖堂の玄関周りには正方形のリッチェル子爵家の紋章旗が掲げられた旗竿が設置された。その旗先には『常在戦場』の紋章をあしらった竿頭かんとうが銀に輝いている。


 団長のディーキンも所定の立ち位置に立った。俺と目があったとき驚いた顔をしていたが、それは俺の出で立ちだからだろう。参列者の出迎えは大聖堂正面入り口前で行う。先ずグレックナーが右側に立ち、その奥で儀仗服に身を包んだ左右に三列横隊、八十人程度の『常在戦場』の隊士が並んで出迎える。


 その奥、大聖堂玄関前で俺達は出迎える形。正面右側はリッチェル子爵家の者が、左側は俺達である。並び順は俺、ワロス、ディーキン、スロベニアルト、トマール。リッチェル子爵側は執事長のボーワイド、エルダース伯爵家の執事長アディローダ、そして一日執事のドラフィル、侍女長のハースト、エルダース伯爵家の侍女長ルイネ。


 左右五人ずつで出迎える。参列者はここを通ってケルメス大聖堂の中に入り、大聖堂内の教会に参拝した後、控室に入るという手筈。大聖堂内に教会があるのは今日初めて知ったのだが、どうしてそんな入れ子・・・になっているのかについては聞くことが出来なかった。大社みたいな大きな神社内に社がいっぱいあるのと同じなのか。


「メスルリーナン子爵閣下、御入場!」


 独特の発声で入場してくる貴族の名が告げられた。「口上人」という役の者が入場する貴族の名を告げるというもので、貴族のパーティーの席でも行われているそうである。これをこれから入場する貴族全てにやろうというのか。


 メルスリーナン子爵夫妻が家付き騎士を伴い、俺達の前を通り過ぎる。夫妻とも驚いた顔をしている。お辞儀の角度は三十度。どこかのマナー教室と同じ角度である。実に面倒くさい。このメルスリーナン子爵以降、貴族が次々と入場してきた。


「ボルトン伯爵閣下、嫡嗣様、御入場!」


 ボルトン伯が夫人とアーサーを伴い入場してきた。ボルトン伯とアーサーが俺を見て驚いている。この出で立ちにして正解だったな。後ろにはボルトン伯より年上の人物が夫人を伴っている。ボルトン伯爵家には家付き騎士はいないので、おそらく親族なのだろう。あれがボルトン卿か。


 しかし、呼びかけ一つ見ても色々ある。嫡嗣は告げられるのに、夫人については何一つ触れられない辺りが男尊女卑のエレノ仕様といったところ。ということはクリスの入場は告げられないという訳か。


 儀杖している隊士を見ると、一定間隔で全員入れ替わっている。最初、指揮杖を持つグレックナーの向かいに立っていたのは一番警備隊長のフレミングだったが、今は三番警備隊長のカラスイマ。儀仗は警備隊単位で行っていたのか。そして一定の時間毎に入れ替わると。休憩しながら儀杖する事で、儀仗する隊士の疲労軽減を行っているのだろう。


「トイスダーナル男爵夫人、御入場!」


 高齢の男爵夫人が侍女と家付き騎士を伴い入場する。家を代表して参列する場合で、かつ有爵位者がいないケースに限って「夫人」が告げられるのか。だったらクリスも告げられるということになる。


 続いてガーベル卿と夫人、長男スタン、そしてリディアが入ってきた。ガーベル卿は青い軍礼装、スタンは黒い軍礼装だ。色が違うのは所属の違いによるものだ。しかしガーベル卿一家が入場しても何も告げられない。「口上人」が告げるのは貴族だけか。


 入ってくるガーベル卿もスタンも、俺の格好を見て驚いているのが分かる。リディアに至っては足が止まってしまった。マズイと思ったからか、長男スタンがリディアの背中をポンと叩いて、歩くのを促している。こういうところ、流石は兄貴といったところだ。


「ドーベルウィン伯爵閣下、嫡嗣様、御入場!」


 ドーベルウィン伯が夫人と嫡嗣であるドーベルウィン、そして二組の陪臣夫妻を伴い入場する。ドーベルウィン伯と後ろの方に歩いていた陪臣の一人は黒い軍礼装姿。おそらく近衛騎士団の軍礼装なのだろう。


 俺の姿を見てドーベルウィンは驚いていたが、ドーベルウィン伯の方はニヤリと笑った。続いてデスタトーレ子爵夫妻が入ってきた。後ろには二人の家付き騎士、一人は老騎士でもう一人はダニエルである。その後ろには黒い軍礼装姿の青年が妻室を伴い続く。呼びかけ人が「嫡嗣様」と言っていたので、おそらくデスタトーレ子爵の嫡嗣なのだろう。


 スピアリット子爵夫妻と嫡嗣カインも入ってくる。後ろには二人の家付き騎士、二組の陪臣夫妻。スピアリット子爵の格好は青い軍礼装で、カインもそれに倣っている。カインは俺を見て驚いていた。スクロード男爵夫妻と嫡嗣スクロードも入場してくる。


 スクロード男爵もドーベルウィン伯と同じ黒い軍礼装。スクロードも俺を方を見てビックリしている。この服装がそんなにインパクトがあるか。通る人、通る人、俺の姿を見て驚いているということは狙い通りなのだが、効果は予想以上だ。


「ノルト=クラウディス公爵令嬢、御入場!」


 きたきたきた。クリスの入場だ。さぁ、今日はどんなドレスで来るのか。クリスの方に目をやると、なんと濃いワインレッドのロングドレスに、同色のツバの広い帽子。俺のマントの背面と同色ではないか。


 身分も外見も性別も年齢も違うのに、色の選び方や目立ち方の発想がすごく似ていて親近感が持てる。似た者同士、だからクリスに惹かれてしまうのか。クリスとの意外な共通項を発見した俺は、妙に納得してしまった。だから相性が良いのだと。


 クリスの後ろには従者であるトーマスとシャロン、そしてアイリが一列に並んでいる。アイリの格好はシャロンと同じ侍女服である。黒色長髪のシャロンの侍女服も似合っているが、アイリの侍女服もかわいい。まぁ、アイリに似合わぬ服を探す方が難しいのだが。


 衛士礼装のトーマスを真ん中にして、左右にならぶ侍女服のシャロンとアイリという姿は中々サマになっている。まぁ、名のあるキャラばかりで並ぶのだから当然と言えば当然の話。


 大聖堂内の入り口に近づいて来るクリスと目が合った。俺の姿を見るなり、琥珀色の目を丸くしている。よし、クリスを驚かせる事にも成功したな。これはクリスが驚いたときにする仕草だ。感情の起伏が激しいのに、それを表に出さまいと必死に格闘する姿を見るのが、クリスを見る上での楽しみ方である。


 後ろにいるトーマスもシャロンもアイリも驚いている。アイリの驚き方がいつもと同じく素直なのがアイリらしい。俺はクリスに指定通り四十五度角にお辞儀をした。王族と公爵家、そして侯爵家に対しては四十五度角のお辞儀となっているとのことで、エレノ世界のルールは何処までも面倒だ。


 クリス達の後ろにはこの前の宰相派の派閥会合にいたムステングルン子爵夫妻、続いて王都の屋敷の執事長であるベスパータルト子爵が夫人を伴い入場する。ベスパータルト子爵と目が合った。驚いているがお互いに、軽く会釈をする。更にその後ろには七組の夫妻。この人々もおそらくノルト=クラウディス家の陪臣、爵位はおそらく男爵だろう。


 最後に家付きの騎士や衛士が八名が二列縦隊で歩いてくる。この間「口上人」が名を告げない。貴族であっても陪臣は名を告げられないようである。面倒くさいよなぁ、貴族制度は。そりゃ、どこの国も廃止するわ。廃止して大正解である。しかしそれにしても、他の貴族と陣容が違いすぎる。圧倒的すぎるぞ、ノルト=クラウディス家! 


「クラウディス=ディオール伯爵閣下、嫡嗣様、御入場!」


 クリスが慕っている一族の長老格クラウディス=ディオール伯が夫人と嫡嗣、家付き騎士と三組の陪臣夫妻を伴い入場してくる。次に入場が告げられたのはクラウディス=パルマー伯爵夫妻、その次はクラウディス=ミーシャン伯爵夫妻、更にその次クラウディス=カシューガ子爵夫妻と、いずれも「クラウディス」の名を冠する貴族。


 全てノルト=クラウディス一門だ。全部で十二家。クリスが掻き集めたのだろうが、ハッキリ言ってやりすぎだろ、これ。これがノルト=クラウディス家の底力か。しかしクリスが仕切ったと思われる、家の威信をかけた一門陪臣の入場は、参列した貴族の度肝を抜くには十分なものだろう。

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