260 ミカエル上京

 これまでレティを支えたリッチェル子爵家の人々。これまで幾度となくレティから聞かされてきたダンチェアード男爵、家付き騎士のレストナック、執事長のボーワイドと侍女長のハーストの四人が今、目の前にいる。そう思うと何か感慨深い。


「もう一人、紹介する人物がいるの」


 レティがそう言うと、俺達が入ってきたドアが開く。するとそこには、まさかの人物がいた。


「レットフィールド・ドラフィルです。お久しぶりですな、グレン・アルフォード」


「ドラフィル・・・・・」


 戸惑う俺を尻目にドラフィルは近づき、俺の手を握って握手をする。手の感触はあるが、何か夢まぼろしのようだ。


「ダンチェアード男爵より声をお掛けいただきまして、私も同行させていただきました」


 ダンチェアード男爵の方を見ると、軽く頷いた。どうやらダンチェアード男爵とドラフィルとは相通じる仲のようである。レジドルナ情勢など積もる話は山とあるが、ここはエルダース伯爵家。


 それは脇に置き、主人であるエルダース伯から着座を進められたので、用意された席に皆が座る。アイリは俺の斜め後ろに、ドラフィルはボーワイド執事長と侍女長ハーストの隣に、そしてレティはミカエルの隣に、それぞれ着座した。


「アルフォード殿。我が妻室より話は聞いたが、実に大変な規模の襲爵式となったな」


 老齢のエルダース伯は落ち着いた口調で話した。初めて会うが、安定した能力を持っている感じがする。


「私にとっても予想外の事でした。商人故、襲爵式の習わしについて何ら知るところはございませぬが、私めにできることならばどのような事も致す所存」


「主だった者がこちらに来る事となって、誰も居らぬ状態となったリッチェル城を守るため、姉君と一隊を派遣されたと聞いて安心しましたよ。アルフォード殿、感謝します」


 俺が当主に答えると、妻室であるエルダース伯爵夫人から謝辞を貰った。おそらくエルダース伯爵夫人もこちらで襲爵式を行う際、子爵家を支える者が子爵領を離れることを危惧していたのだろう。発する言葉のトーンから、それが分かる。ミカエルが口を開いた。


「王都に来る手筈まで整えていただき、感謝の言葉もございませぬ」


「主人と共にお礼を申し上げます」


 ダンチェアード男爵が主であるミカエルに続き謝辞を述べる。俺は二人の礼を受け取ると、リッチェル子爵領の状況について問うた。話によると、リッチェル子爵は何が起こっているのか知らぬ振りをして、平然と振る舞っているらしい。


 その振る舞いに対して、ダンチェアード男爵や家付き騎士、執事長や侍女長達は違和感というよりかは、呆れと怒りを感じているようだ。表情を見れば分かる。誰もそれを隠そうとはしていなかった。皆、俺やレティ、エルダース伯爵夫人と感情を共有できそうだ。


「なるほど。ならばミカエル殿の襲爵式。圧倒的な成功に導いて、子爵に目に物を見せてやらなければなりませんな!」


 俺の言葉にレティとダンチェアード男爵以下子爵家の家中の者は皆、真っ直ぐに俺を見てきた。エルダース伯爵親子は驚いているようだが、エルダース伯爵夫人は頷いている。ドラフィルは何か面白そうな物を見るような目だ。


「ミカエル殿が襲爵式を行ったことを秘匿し、事が整った時点で子爵、いや元子爵に対し、これみよがしに突きつけてやるのです。その為にはどんな労も厭いません!」


「グレン・・・・・ いえ、アルフォード殿の言われる通りです。父であるにも関わらず、あろうことか教会に手を回し、ミカエルの襲爵を阻止しようとするとは恥知らずもいいところ。己が何をやったのか、しっかりと突きつけてやります!」


 よくぞ言ったぞ、レティ。そうだ、その通りだ。俺とレティの言葉に、場は張り詰める。リッチェル子爵家の家中の者は、皆高揚しているようだ。


「私めの決意、間違いが無かったと確信しましたぞ」


 ダンチェアード男爵が口火を切ると、家付き騎士のレストナックが「我らはミカエル様と共に」と声を上げ、執事長のボーワイドが「今後も子爵家をお支え致します」と表明。侍女長のハーストに至っては「これからもミカエル様にお仕えします」と涙を流した。


 敵を作って味方を結束させる。妙手良策ではないが、実際問題子爵が滅茶苦茶なのだから、これぐらいやってもバチは当たらないだろう。それぐらいやらなければ、こちらの気が収まらない。俺は襲爵式の進捗状況について尋ねた。


「招待する貴族家は三百を越えましたので、我が家だけでは手に負えません。そこで派閥で儀式に詳しいムーンノット子爵にお願いして、式の手配を進めております」


 エルダース伯爵夫人が、現在の状況を説明してくれた。しかし三百家以上も集まるのか! ボルトン伯から預かった招待者リストも六日間で百近くに達していたが、三百以上とならば、エルベール派に留まらず、宰相派も大挙して参列するということだな。


 まるで襲爵式を使い、貴族三派集会を開いているような感じだ。この中でミカエルが埋没しないような演出をしっかりと考えないといけない。主役はミカエル、ミカエルが霞めば、結果として仕掛け自体も色褪せてしまう。


「『常在戦場』とムーンノット子爵との調整はハンナさんが執り行っています。ハンナさんは優秀ですね。昨日、ムーンノット子爵がお見えになって、褒めておられました」


 そうか。『常在戦場』の事務総長ディーキンからこの話を聞いたとき、ハンナに負担がかかると不安だったが、さすがはハンナ。ソツがない。屯所でハンナに会った際、これまでの活動で把握した、貴族派閥の詳細な割合を知らせてくれると言ってくれたが、伊達に貴族社会を遊泳している訳ではない、という事だな。


 主役も登場し、式進行も骨格が決まった。後は滞りなく実行するだけ、ということか。明日ケルメス大聖堂で行われる予行にはエルダース伯とミカエル、ダンチェアード男爵、そして家付き騎士のレストナックの四人が参加することや、ドラフィルが商人ではなくリッチェル子爵家の執事として参列することなどが分かった。


「妙案だ。貴族の式典に商人服というのはさすがにマズイからな」


 ドラフィルの列席方法を俺が誉めると、発案者がエルダース伯爵夫人であると伝えられたのでビックリした。伯爵夫人の方を見ると「お褒めいただき光栄ですわ」と返される始末。皆が笑う中、ドラフィルが俺の服はどうするのかと聞いてきた。商人のお前も参列するだろうとの意味である。


「今回は平民服という服で参列しようと思っている」


「平民服?」


 俺はドラフィルに説明した。『常在戦場』の事務方も参列するのだが、出身成分が地主、商人、農民とそれぞれ異なり、着る服に困っていたので、皆で同じ服を新調する事にした、と。


「それって、つまり新しい形の服ということか?」


「そういうことになるな」


 ドラフィルはニヤリと笑った。


「式典に着てくるのだな。楽しみにしているよ」


 エルダース邸での会合は二時間以上に及び、昼食まで呼ばれる事になった。結果として、予想以上に長居をする事になってしまったのである。ただ話をする中で色々な話を聞くことができた。


 エルダース伯爵は普段所領に滞在して領国経営に当たっていることや、嫡嗣ルディスは王立図書館で学芸員を務めていること。ミカエルらが出発する前、リッチェル子爵夫妻をリサがリッチェル城の離れに押し込んだことなどである。


 ミカエル出発前に離れに押し込んだのはいい判断だ。さすがはリサ。リサ単独ならば越権行為と取られかねないが、ミカエル出発前ならばミカエル承諾の元となるからな。ミカエルらが直接立ち会っていないのもいい。夫妻はレティが戻るまで離れから出ることを禁じられたとの事で、一切の情報を遮断された形になる。ということは・・・・・


(鼠もあぶり出されるということになるな)


 その事を察知したリッチェル家中の者は皆無だろう。今までそれでやり過ごすことができたのだから。人間というもの、これまでやれたことはこれからもできると根拠もなく信じることができるからだ。


 だが、それだからこそ権力の那辺が死命を制する事が分からないのである。リッチェル子爵家にとって本当の儀式は襲爵式ではない。ミカエルが襲爵し、ミカエルとレティが子爵領に戻ってからが本番だ。今日の顔合わせも、その通過点にしか過ぎない。


 俺とアイリはエルダース伯爵邸を後にすると『常在戦場』の営舎に向かった。見送りにはレティとミカエル、リッチェル家家中の者、ドラフィル、そしてエルダース伯爵家の嫡嗣ルディスまでが出てきてくれた。


 ドラフィルは執事のフリをする訓練の為、明後日までエルダース伯爵邸に逗留するという。俺はすぐに魔装具で『グラバーラス・ノルデン』に連絡して、襲爵式が終わった後にドラフィルが宿泊する部屋を予約した。ドラフィルが俺の魔装具を見て興味津々で、あれやこれや聞いた上で「やっぱり王都は進んでるねぇ」と言ったのが印象的だった。


 ドラフィルも好奇心旺盛である。そうでなければリッチェル家中の者に扮して襲爵式に参列なんかしないだろう。そんなドラフィルにジェドラ、ファーナス両商会との顔合わせをセッティングする事と俺は約束した。ドラフィルも長く王都に滞在する訳にもいかないだろう。会食は襲爵式当日の夜が適当だな。俺はそう判断した。


 営舎に到着すると、グラウンドでは隊士達が行進の練習をしている。前回と違うのは全員が旗竿を持って行進している事。旗受けバンドに旗竿の下部に付けられた石突という金具を挿して、旗竿を地面から垂直に立てて行進している。


 一週間前と違って足も揃い、隊士の体格相まって威風堂々たる行進となっていた。俺の姿を確認した一番警備隊長のフレミングが指揮杖を持ち、大きな体を揺らして近づいてくる。


「おカシラ。どうですかい」


「素晴らしい出来だ。みんなよく頑張ったな」


「ありがとうございます」


 フレミングは俺の言葉に納得したのか上機嫌だ。今日は明日、ケルメス大聖堂で行われる予行の為、四番警備隊と五番警備隊と合同で行進の訓練をしているのだという。見ると四番警備隊長のオラトニアは隊士の列に並行して歩き、五番警備隊長のマキャリングは隊士の列の一番後に付いて歩いている。


 隊士達の出来を見るに、行進の練習はもう最終段階ということだろう。こちらの方の心配は無用だ。俺はフレミングに鼓笛隊の練習を見に行ってくると告げて、アイリと共に練習棟に向かった。

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