第二十一章 式典

259 邪気

 放課後、俺は今日も学園長室でボルトン伯から紹介者リストを受け取った。今日で五日目。初日から二十六、十二、九、十四と続き、今日は二十一家。合わせて八十二家。全てが貴族家ではないが、相当な人数だ。


 中間派は陪臣含め、およそ三百家あるとハンナから聞いたことがある。数をそのまま当てはめれば三割近くが参列する計算。ボルトン伯の意図はどうあれ襲爵式の場が、貴族中間派の存在感を示す舞台となりそうである。


「ところで、どうしてドーベルウィン伯やスピアリット子爵を学園に招聘なされることに?」


 俺は以前から気になっていた事をボルトン伯にぶつけた。どうして高名な軍人貴族らに客員指南という形で学園に招聘したのか。これまでいた教官らとの力関係を考えると、ドーベルウィン伯らは圧倒的に優勢だ。貴族家であり、かつ名がある軍人だからである。しかしいくら同じ中間派だからといって、おいそれとは頼めないのではないか?


「実は講師が足りないからなのだ」


「!!!!!」


「辞表を出す者がいてな、欠員が出ておる」


 なるほど。俺と教官らが激しくやりあったせいで辞めた奴がいたのか。こりゃ、ボルトン伯に失礼な事を聞いた。やぶ蛇だったな。こういう部分、俺は実に鈍感だ。


「それに、君達と決闘した教官達は体調が悪く、未だに入院しておる」


「まだ入院しているのですか!


 オルスワードと共に闘技場のリングに立った三人の教官、色なし教官ブランシャール、魔術教官モールス、白い鎧の教官剣士ド・ゴーモン。決闘からかなりの経っているはずなのに、まだ入院しているというのである。


「邪気が抜けないとのことだ。意識はハッキリしているが、思うように体が動かぬらしい」


 邪気・・・・・ そうか。オルスワードが屍術師ネクロマンサーとして三人を死人として甦らせ、操ったのだったな。戦いの中で体力を回復させた事で死人を脱し、屍術師オルスワードの支配下からは逃れることが出来たが、死人として甦らせた際に受けた邪気は抜けていない。おそらくは、そういうことなのだろう。


「邪気の件なら、病院よりもケルメス大聖堂におられますニベルーテル枢機卿の方がお詳しいかと思われます」


「枢機卿猊下げいかと! アルフォード殿は面識がお有りか?」


 ボルトン伯はケルメス宗派の長老格であるニベルーテル枢機卿を知っているようだ。


「はい。この決闘の報告を求められまして、同級のデビッドソンと共に決闘報告書を纏め、ニベルーテル枢機卿に提出致しました」


「・・・・・」


「襲爵式のときに、一度邪気の件について、枢機卿に伺ってみます。何かご存知のはず」


「なるほど・・・・・ それでケルメス大聖堂での襲爵式の許可を・・・・・」


 ボルトン伯は合点がいったという感じで一人納得している。


「枢機卿猊下はケルメス宗派の最高権威であらせられる。そのようなお方と面識がある者は、貴族でもそうはおらぬ」


 ニベルーテル枢機卿はそんなに偉い人だったのか。偉いのは知っていたがそこまでだったとはな。

 

「ケルメス大聖堂で襲爵式の許可など、普通は下りない。だから貴族で申請する者は誰もおらぬのだ。それが何故とは思っていたが、まさかアルフォード殿と枢機卿猊下が懇意であったとは」


「懇意という程ではございませんが・・・・・」


「いやいや。先程から話を聞いておれば、枢機卿猊下と対等に話されているようだ。そのような者、ノルデン広しといえどアルフォード殿しかおらぬよ。これで一つ謎が解けた」


 ボルトン伯は半ば呆れているような感じで笑った。しかしボルトン伯がここまで言うくらいなのだから、ニベルーテル枢機卿は人々から本当に崇敬の念を持たれているのだな。俺は全く実感がなかったよ。博識ある人だなというぐらいで。


「まぁ、そのような次第で教官らが足りぬところ、その道の方に助勢をいただいて指導をお願いしている。剣技の方をドーベルウィン伯やスピアリット子爵にお願いしておる」


「では他にも」


「魔導機構と宰相府、宮内府から各二名ずつの出向者をお願いしておる。幸か不幸か、生徒たちの評判もよく、学園に新風を入れる事ができたのではないかと思っておる」


 宰相府や宮内府だけでなく、魔導機構からもか。魔導機構とは魔道士のギルドのようなところで、魔装具の運用も魔導機構が行っている。重要な収入源らしい。それは横に置いておくとして、ボルトン伯は学園長代行として綱紀の粛正を図り、以前からいた教官らをふるいに掛けながら、自身の人脈を活かして教官らが抜けた穴をその道のエキスパートで埋めた。


 ボルトン伯が時にはタヌキに、時にはキツネに化けて、巧みにボルトン芸を操り、学園において己の地歩を固めながら、采配する権限を強化したのである。ボルトン伯の学園長代行就任以来、学園内の空気が変わっているのは、これが理由なのだと改めて分かった。


「アルフォード殿。招待希望者のリストだ。あともう一日頼めるかのう」


 明日は休日。それでも大丈夫なのですかと確認すると、明日も昼から打ち合わせで学園に入る事になっているとのこと。俺は普段から寮にいるので、学園に出向くのは問題がない。俺が了解すると、ボルトン伯は言った。


「先日のシャルマン男爵家の話、礼を言うぞ。すまぬがアーサーの指導、お願いする」


 見るといつものボケたボルトン伯ではない。子供を心配する、親の顔をしたボルトン伯だ。ボルトン伯のこの頼みに、もちろん俺は頷いた。


 ――俺とアイリは朝から馬車でエルダース伯爵邸へ向かっていた。一昨日、いつものようにボルトン伯から預かった招待者リストを早馬に託そうとした際、レティから明日にミカエルら一行がリッチェル子爵領から到着する旨の封書を受け取った。


 そこで俺は翌々日に挨拶に伺うこととアイリの同行の許可を求める文をしたため、招待者リストと一緒に送ったのだ。すると次の日、レティよりミカエル一行の到着を知らせる文面と、アイリの同行の許可が書かれていた便箋が届いたのである。


「今日も退屈な一日になるだろうが、よろしく頼むよ」


 アイリは目を瞑って首を振った。


「グレンと今日一日、一緒に回ることができて楽しみです」


 俺に気を使ってか、アイリはそう言った。今日は朝からエルダース伯爵邸でミカエル一行らと挨拶し、その足で自警団『常在戦場』の営舎に赴いて、鼓笛隊と行進の確認を行う予定である。その後は、夕方に王都へ到着するデビッドソン主教との会食。結果、アイリは俺の横についているだけとなってしまうので、つまらないのではないかと思ったのだ。


「式の打ち合わせは大変ではないのですか?」


「そこは俺じゃなくてハンナがつなぎ役として動いているから、ハンナの方が大変だと思う」


 昨日、事務総長のディーキンと魔装具でやり取りをする中で知ったことだが、ハンナが夫であるグレックナーとエルダース伯爵夫人の間を取り持ち、式の段取りのつなぎ役を行っているとのこと。


 また参列する貴族が予想を大幅に超えている事から、エルベール派に属する儀礼に詳しい貴族を招いたそうで、その貴族とのすり合わせも行わなければならなくなったという話も聞いた。それに比べて俺がやっている事なんか、ハンナに比べればただのチャチャ入れにしか過ぎない。


 エルダース伯爵邸に到着すると、なんとレティが一人で出迎えてくれた。少し疲れが見えるが、元気そうだ。アイリが馬車から飛び出すと、レティに抱きつきた。


「レティシア。大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ」


 お互いの両手を握り合う二人のヒロイン。このシーン、絶対にスチルで使えるよな。そんな事を思いながら馬車を降りた。


「大変なようだな」


「グレン! お世話になります」


 俺が声を掛けると、レティは頭を下げた。どことなく他人行儀だ。


「レティ、どうしたんだ?」


「今回の事で、すごくお世話になっているし・・・・・」


 レティが下を向く。


「俺とレティは誼を結んだ身。ましてこちらは『常在戦場』を勝手に参列させて、儀仗までやらせているんだ。気にする必要はないんだぞ」


「グレン・・・・・」


 おそらくエルダース伯爵夫人に言われたのだろう。その気持ちはありがたいが、俺とレティは出身成分を抜きにした対等の関係ではないか。だから気兼ねする必要は全くない。


「こっちの都合で好き勝手にやらせてもらっているんだ。頭を下げるなら俺の方だよ」


 俺が頭を下げると、レティが慌てた口調で言った。


「わ、分かったわよ。やめる、やめるわ。顔を上げて」


 俺が頭の位置を元に戻すと、呆れたような顔をしているレティがいた。


「レティシア。グレンの言う通りですよ。私たちはそんな関係じゃないから」


「そうね・・・・・ そうよね」


 自分に言い聞かせるように呟くレティ。レティは吹っ切れたのか、サッパリした顔で俺とアイリを屋敷の中に通した。レティの案内で応接室に入ると、全部で八名の人物がいた。うち二人はよく知る者。襲爵予定のミカエルと、エルダース伯爵夫人。


「紹介します。グレン・アルフォードとアイリス・エレノオーレ・ローランです」


「グレン・アルフォードです」


「アイリス・エレノオーレ・ローランです」


 俺達が名乗りを上げると、エルダース伯爵夫人の隣にいた老齢の男が名を名乗った。


「ようこそ我が家に。私はアントン・ベオグラーデ・エルダース。エルダース家の当主です」


「ルディス・プロード・エルダースです」


 老齢の男はエルダース伯。伯爵夫人の夫。エルダース伯の横にいる壮年の人物は伯爵夫人の長子のようである。この屋敷に二回来たのだが、一度もお目にかかることはなかったので夫がいないものだと思ったら、居られたので内心驚いた。


 二人の挨拶の後、エルダース伯爵夫人から「アルフォード殿。よろしくお願いします」と声がかかったので頭を下げると、ミカエルから「ご無沙汰しております」と挨拶された。続いてミカエルの両隣にいる人物が名乗りを上げる。


「クリストフ・テルウィーズ・ダンチェアードです」


「リッチェル子爵家付き騎士のレストナックでござる」


 この人物がダンチェアード男爵か。思ったより若く身長が高い。そして顔はくちひげあごひげほおひげと、もしゃもしゃしヒゲで覆われている。ヒゲと言えば取引ギルドのエッペル親爺を思い出すが、エッペルが年齢で真っ白ならば、ダンチェアード男爵は髪の毛と同じブラウンで毛が若々しい。横には男爵夫人が付き添っている。


 一方、家付き騎士のレストナックはいかにもという感じの、エレノ世界では一般的な騎士然とした人物である。その三人の脇に控えるのは執事長のボーワイドと侍女長のハースト。つまり、ミカエルを支える男爵と騎士、執事長と侍女長という子爵家の幹部四人が抜けた状態となるので、その代わりにリサとダダーン達を送り込んだのだ。

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