258 思惑

 俺は帰り際、ボルトン伯より襲爵式への招待を望む家のリストを受け取って、アーサーと共に学園長室を出た。リストを見ると昨日の数に比べて少ないが、それでも十二家ある。二日合わせて三十八家。中々の数ではないか。


 ボルトン伯はアーサーが襲爵式に出席するので、カインとドーベルウィン、スクロードの三人も出席できるように手筈を、と言ってきた。後でウチの子も参加させてくれと言われる前にな、と笑いながら話すボルトン伯だったが、こうした辺りが実に抜け目ない。おそらくこのような事前工作を行えるから、中間派の取り纏め役となっているのだろう。


「おい。レティシア様の家がケルメス大聖堂で襲爵式を行うなんて、俺は知らなかったぞ」


 だって、叛旗を翻した親父から子爵位を簒奪して弟を子爵に据えるなんて話、学園で大手を振って言えないじゃないか。大体、ケルメス大聖堂で襲爵式を行うってだけで、貴族達が仰け反っているぐらいなのに・・・・・


「まぁ、話していないからな」


「話してくれたら良かったのに」


 アーサーは拗ねたように言う。が、俺からすればリッチェル子爵家の内情が内情なだけに、そんな話を軽々に言えるわけがない。しかし、アーサーはまだその点子供。大人と違って、深刻な問題が横たわっていることを察知できないのだ。


「親父は知っていたのか」


「先週末、集団盾術の件でドーベルウィン伯らと会合を持った時にな。『常在戦場』に襲爵式の儀仗をさせようとしていてな、たまたまその話になったので、ボルトン伯の知る所となったんだ」


「だったら数日前って事じゃないか」


 そうだ。この話自体、急な話。人にどこまでやっていい話かどうか分からないじゃないか。アーサーが学園で誰が知っていると聞いてきたので、アイリ、クリス、トーマス、シャロン、フレディ、リディアの六人で、アーサーが七人目だと答えた。


「じゃあ、俺は黙っていた方がいいのだな」


「ああ、そうしてもらった方がいい」


 アーサーにそう頼む。成り行き任せでこんな話になってる部分があるので、広く知られてしまってアレコレ言われても困る。そんな話を二人でしている間に、玄関受付へとやってきた。


 昨日と同じように伝信室でレティに伝える用件をしたため、預かったリストを同封して早馬を飛ばす。なんでそんな事をするのかとアーサーから聞かれたので、レティが襲爵式の準備の為、後見人であるエルダース伯爵夫人の元にいる事を教える。


「ボルトン伯はドーベルウィン伯とスピアリット子爵から、紹介者の取り纏めを求められていてな。ボルトン伯が纏めた招待希望者の一覧を、俺がレティに取り次いでいるんだ」


「親父とそんな事を・・・・・」


 ボルトン伯が普段、貴族社会でどんな振る舞いをしているのかを、アーサーは知らなかったようで驚いている。


「何が狙いなんだ、グレン。お前も親父も何をやろうとしているのだ!」


 アーサーにしては珍しく真顔で俺に迫ってきた。まぁ、これは隠しても仕方がないよな、これは。俺の気持ちを正直に話すことにした。


「俺とボルトン伯は同床異夢やもしれぬ。ただハッキリしているのは、自分達のポジションを明確にしようとしている。これは確かだ」


「何が言いたい」


「ボルトン伯は学園を足がかりに、俺は『常在戦場』を地盤として、それぞれ存在を他者に認めてもらうようにしている、と言ったほうが分かりやすいか?」


「お互いの思惑が一致した、という事か」


「まぁ、そんなところだ」


 アーサーは分かったような、分からないような、そんな感じだ。それは仕方がない。何故ならプレイヤーは俺やボルトン伯だけではなく、例えばクリス、例えばドーベルウィン伯、例えばスピアリット子爵、例えば宰相閣下というように幾多の人間の「思惑」が複雑に絡み合いながら、事が進んでいっているのだから。


 そんな皆の「思惑」を全て説明したらキリがないし、説明された方も逆に頭が混乱するだけだろう。それに俺だって、全員の「思惑」は分からない。どこまでがプレーヤーなのかさえ分からないのである。噂話は誰もが好むところだろうが、リアルな人間模様を聞かされたって、逆にドン引きするだけだ。


「心配するな。時期に分かることだから」


 俺はありきたりな言葉をアーサーに掛けた。


 ――今日は朝からクリスの姿がなかった。クリスだけではない。トーマスもシャロンもだ。昨日トーマスが言っていたように、ノルト=クラウディス公爵邸に向かったようである。俺は休日にエルダース伯爵邸で行われた話し合いの内容も知らないし、クリスと直接会ってないのでその考えも分からない。


 ただクリスが宰相派に対して、何らかのアクションを起こすつもりなのは間違いない。それが宰相派内に乱を呼び込むのか、結束をもたらすものなのか、今の俺にそれを推し量るだけの情報はなかった。しかしこれだけは分かる。悪役令嬢の本領が発揮されるであろう事を。


 動いたのはクリスだけではない、フレディもだ。フレディは今日、デビッドソン主教を迎えに行くため、実家であるチャーイル教会に向けて出発する。日も暮れた十八時四十五分。フレディを見送るため、俺とアイリは馬車溜まりにいた。しかし一緒に見送るはずのリディアがいない。どうしたリディア!


「リディアが来ないな」


「うん」


 俺が言うと、フレディが言葉少なに返事をした。別に喧嘩をした訳でもないらしい。夕方までごく普通に、いつものリディアだったということで、どうしたのだろうか。フレディが肩を落としながら、馬車に乗り込んだ。ああ見えてリディア、気分の浮き沈みが激しいもんな。その時、甲高い声が聞こえた。


「待ってーーーー!」


 遠くからリディアの声がする。振り向くと上衣にスカートという私服に、大きなカバンを持ってこちらに向かってやってくるリディアの姿が見えた。おいおい、何をやってんだ? リディア!


「はぁ~。間に合ったぁ」


 俺達の前まで来たリディアは、息を切らせながら言った。


「どうしたんだ、リディア」


 乗り込んだ馬車から心配そうに声を掛けるフレディ。だが、リディアの事を心配しているというよりかは、リディアの行動について心配しているような気がする。


「リディア。その荷物はなんだ?」


 俺は単刀直入に聞いた。リディアは微笑みながら言う。


「うん。今からデビッドソン主教を迎えに行くの」


「えっ! 行くの!?」


 フレディがびっくりしている。反応を見るに、どうやら話し合いとかは無かったようだ。その表情を見るに予想外の展開なのだろう。


「そうよ。何か問題?」


「いや・・・・・ あの・・・・・ 聞いてないんだけど・・・・・」


 居直ったようなリディアと、しどろもどろのフレディ。その間を俺は割って入った。


「俺達と一緒に見送るはずだったよな、リディア?」


「うん。でも予定が変わったの」


 俺の疑問に対して屈託なく笑うリディア。いやいやいやいや。変わったんじゃなくて、自分が変えただけじゃないか!


「リディアは残って留守番の予定なんだろ」


「そうだったけど、変わったの! 私もお父さんに招待状を渡したんだから、一緒に迎えに行ってもいいじゃない!」


 いつになく強気のリディア。俺の問いかけにも全く動じない。それどころか、自分も仕事をしたのだから、これぐらい大目に見ろと言わんばかりの無茶振りだ。


「ガーベル卿に対して、俺はどう言えばいいんだ?」


「そこは上手く言ってよ、グレン!」


 日頃、あれだけ父親であるガーベル卿を怯えているのに、今のリディアは全く動じない。おいおい、イケイケ過ぎるだろ。


「さぁフレディ。一緒に迎えに行きましょう!」


 フレディの方に顔を向けてそう言うと、勢いよく馬車のドアを開けてカバンを押し込み、自ぴょんと乗り込む。もうリディアは行く気満々。万全の体制で居座りを決め込んでしまっている。一方、車上にいるフレディは完全に白旗を上げてしまっているようだ。


「行ってきまーす!」


 高速馬車が動き始めると、俺達に向かって手を振ってくるリディア。俺とアイリは呆気にとられ、手を振って見送ることしか出来なかった。フレディに声を掛ける余裕なんて、全く無い。リディアはわずか十分程度の間に、有無を言わせず馬車に乗り込み、デビッドソン主教のいるチャーイル教会に向けて旅立ってしまったのである。


「グレン・・・・・ ガーベルさんって・・・・・ 凄いね」


 リディアの突進力にアイリが圧倒されている。アイリよ、言いたいことは分かるぞ。もし、アイリが今のリディアみたいな馬力を出されたら、俺なんか確実に即死だからな。しかしまさか、急にあんな行動に出てくるとは・・・・・ 


 リディアがあのモードになったら、ガーベル卿も歯が立たないだろうなぁ、きっと。何故か愛羅の事を思い出し、お腹がいっぱいとなった俺は「いつもはああじゃないんだよ、今日は特別だ」と、アイリに言うのが精一杯だった。


 ――昼休み、俺とアーサーはロタスティでいつものように顔を突き合わせて食べながら話をしていた。いつもと違うのは、内容が学園話から、一昨日ボルトン伯を交えて話した事に変わった事である。過去、俺から何度か振られながら逃げていた話を、今日のアーサーはしっかりと聞いて理解しようと努めていた。


 アーサーにシャルマン男爵家を取り巻く環境と、ボルトン伯爵家の貴族社会での立ち位置、そして俺の置かれた状況。貴族間の噂話などを避ける傾向にあるアーサーにとって、理解しにくい話も含まれていて、その辺りを飲み込むのに苦戦しているようである。


「つまり貴族間の対立と、商人世界の対立が結びつきあっている、ということなのか?」


「まぁ、そんなところだ」


 俺の話を聞いて、自分なりの結論を導き出すアーサーに、俺は頷いた。三日間この話を聞いて、ようやく把握できたようだ。まずこの構図が理解できないと、今の状況を全く把握ができない。そこから導き出される答えは、商人世界の構図が完全に固まっている以上、動かせるところは貴族社会しかないということだ。


 俺達が現在、主戦場と見定めているのは貴族派第二派閥エルベール派。リッチェル子爵家も属するこの派閥の切り崩し工作を今、行おうとしている。その事は、半ばボルトン伯も承知しているだろう。


「その中で親父は、お前と手を結んでいるって事か」


「それとなく、だがな」


 ボルトン伯が特段意思表示をした訳ではない。ただ『貴族ファンド』の推薦人名簿を手渡してくれたり、『常在戦場』の隊士らが詰める控室を学園内で提供してくれたりと、阿吽の呼吸で便宜を図ってくれているという話。


「お前も難しいところに立たされているな。俺のほうがずっと単純だ」


「ああ。だからシャルマン男爵家を助ける為、一肌脱いでくれ」


「分かったよ、グレン。俺もボルトン家の一員。その役目を果たすよ」


 アーサーは決意表明をした。自分は自分なりにやれることをしよう、という気持ちになったようである。今後はシャルマン男爵家に高額な通行料を請求しているパルポート子爵とイエスゲル男爵をどう攻略するのか。


 当面はここに知恵を絞らなくてはならないだろう。その為には情報、二つの貴族家が置かれた状況、経済状況や姻戚関係、派閥内の立ち位置といった状況を把握し、分析しながら急所を探っていく事だ。

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