256 進展

 授業前の教室で、デビッドソン主教から承諾の封書が届いたとフレディが教えてくれた。待ちに待った返答だ。俺宛の封書を開けるとデビッドソン主教から、不肖私が襲爵の儀式を執り行う事を了とされるならば喜んでお受け致します旨、書かれていた。本当にありがたい話である。


 俺は一も二もなく即答すると、フレディが自ら迎えに行くという。ならばと俺は魔装具を取り出し、高速馬車の予約を取った。出発は明後日の十九時。これでデビッドソン主教をお迎えする事ができる。俺はフレディに迎えを頼むことにした。


 またリディアに頼んでいた件も返事を貰った。ガーベル卿夫妻と長兄スタン宛に出した、襲爵式への招待状の返事である。週末、実家へ帰るリディアに招待状を託したのだが、ガーベル家からの返事を持って帰って来てくれたのだ。もちろん出席ということで、これで御苑の件の返しもできるだろう。そう思っていたらリディアが何か言いたげな表情である。


「私の分の招待状はないの?」


「えっ?」


 リディアの想定外の要求に、思わず聞き返してしまった。リディアとレティとの接点は薄いはずなのだが・・・・・


「フレディにはあるのに、どうして私はないの!」


 そこか、君! フレディは儀式を執り行うデビッドソン主教の子息で、俺と主教の連絡役。対してリディアはガーベル卿の娘というだけ。それだけでは招待に値するとは・・・・・ そう思ってリディアの顔を見ると・・・・・ 鬼の形相だ。こりゃ、まともに説明したって、話が通りそうにもないな。


「分かったよ。リディアの分も用意しておくよ」


「やったぁ!」


 俺はリディアを前にして、白旗を上げるしかなかった。白旗といえば、既に白旗状態の男がいたな。クリスの従者トーマスだ。見るとやはりゲンナリした顔である。そのトーマスと話ができたのは昼休みのこと。いつものように廊下で顔を合わせた時だった。


「大変だったな」


「大変だったよ」


 俺が声を掛けると、当たり前過ぎる声が返ってきた。アイリからも事情を聞いてきたので、その辺りは想定内。まぁ、これで一山が過ぎた、お疲れだったな、とトーマスをねぎらう。誰も言ってくれないだろうから、俺が言おうと決めていた。


「ありがとうな、グレン。でも、本当に大変だったんだぞ。どんなに大盾の実演を見たかったか」


「大盾の実演なら、これからも見られるぞ」


「えっ!」


 俺の言葉にトーマスが驚くのも無理はない。なので先週、学園長室で行われたドーベルウィン伯らを交えた会合について、その詳細をトーマスに話した。


「つまり、盾術が授業に加わるってこと?」


「そうなるよな。詳しいことはドーベルウィン伯やスピアリット子爵がお決めになることだから分からんが」



「凄いよ! さすがはグレンだな!」


 トーマスが喜びながら感心している。いや、話の流れで俺にとって理想的なところにたどり着いただけで、俺は何もしていないから。しかし、この学園の男子、みんな剣技とか好きだよなぁ。先週行われた集団盾術の実演の話でひとしきり盛り上がった後、昨日行われたエルダース伯爵邸で行われた会合の件に移った。


「結局、伯爵邸で夕食もいただくことになってしまいました」 


 朝から始まったという会合。出席者はレティとクリスとハンナ、そしてエルダース伯爵夫人の四人。エルダース伯爵夫人はクリスを見るなり「御立派になられまして」と大層喜ばれたそうで、トーマスとシャロンにも「大きくなったわね」と声を掛けられたとのこと。四人の話し合いは昼食を挟んで夕食後も行われ、終わったのは二十一時だったという。


「話の内容は・・・・・」


「言わなくていいよ。四人の方が俺より詳しいし」


 そうなのだ。四人は女とはいえ貴族の者で、俺は商人。貴族の話は、貴族が一番知っている。俺が知っても対処のしようがない話だ。その話し合いに基づき、クリスは今日の朝一番、宰相府へ早馬を飛ばした。そして現在、返答待ちの状態にあるという。


 返事の内容によっては屋敷に戻り、しばらく籠もることになるのではないかとトーマスは話した。おそらくクリスは、宰相派の貴族達に出席の働きかけを行うのであろう。話は俺の知らぬところで、確実に動き始めている。


 俺は放課後、学園長室に呼び出された。学園長代行であるボルトン伯から、招待を望む貴族のリストを受け取る為である。家の数は二十六家。初日にいきなりこの数か。そう思って一覧を見ると、デスタトーレ子爵家やスクロード男爵家など、ドーベルウィン伯縁故の家の名が見える。


 おそらくスピアリット子爵ゆかりの家の名もあるのだろう。またリストの中にはボルトン伯の親類であるボルトン卿や、ドーベルウィン伯の実弟であるレアクレーナ卿といった爵位を持たぬ縁故者も含まれていた。


「明日も頼むぞ、アルフォード殿」


 俺は了解した後、明日時間が取ることが可能であるかをボルトン伯に確認すると、時間は取れるとの返答を貰った。そこで俺は、詳細は明日に話しますと言って引き払った。後はアーサーを説得するだけだな。ボルトン伯から受け取ったリストをレティの元に送るため、学園の玄関受付に向かう廊下で俺は思った。


 受付でエルダース伯爵邸へ早馬を飛ばす手続きをした後、俺宛の封書を受け取った。今日は二通ある。一通はザルツ、そしてもう一通はセシメルギルドの会頭ザール・ジェラルドから。


 ザルツとはよくやり取りをしているが、ジェラルドとは最近やり取りをしていない。それだけセシメルが平穏かつジェラルドの手腕が安定している証なのだが、一体何があったのか。俺は受付横にある伝信室でジェラルドの封書を開けた。


(こ、これは・・・・・)


 セシメルの冒険者ギルドが自警団『常在戦場』への加入を求めているという内容だった。加入を求めているのはギルド運営者と登録者全員であるということ。俺がアルフォードの人間である事から、加入の取次を頼まれた事が便箋に記されている。


 王都の冒険者ギルド登録者の過半が『常在戦場』に加入したこと、王都の冒険者ギルドそのものが解散したこと。二つの事態を受け、セシメルの冒険者ギルドは、運営者も登録者も全員一致で『常在戦場』への加入を決めたようである。


(すぐに交渉役を派遣するべきだが、襲爵式があるからな)


 本来ならグレックナーやディーキンに指示を出すべきだが、今は襲爵式の儀仗の準備で忙しい。俺はジェラルド宛に諸般の事情についてと、話自体は前向きに考えている旨を書く。人は些細なことでも疑うもの。話の進捗が遅いと思われるのはマズイだろうと考えての事である。その上で来週中に手筈を決めるとしたためた。


 しかしジェラルドの便箋を読むに、どうやらノルデンの冒険者ギルドの業界には、既に王都の冒険者ギルドの動きが伝わっているようだ。これではモンセルの冒険者ギルドも、ノルト=クラウディス公爵領の首府サルスディアにある冒険者ギルドも、セシメルの冒険者ギルドと同じような決断を下すのは時間の問題だろう。


 次にザルツの封書を開いた。ザルツは王都を発った後、セシメル経由でサルスディアに至り、サルスディアギルドの設立式典に参加していた。そのザルツがモンセルに到着した事が書かれている。


 セシメルではジェラルドと話し、サルスディアでは領主代行でクリスの長兄ノルト=クラウディス卿デイヴィッド閣下との会見に臨んだとのこと。諸地域と公爵領との流通を強めたいというデイヴィッド閣下の意向を受け、サルスで生産されている新型貨車をアルフォード商会が売ることになったらしい。


 事前にデイヴィッド閣下に知らせておいて正解だった。閣下の方もこちらに話があったようで良かったな。しかし、サルスは貨車を作っていたのか。新型貨車というのが気にかかる。新型というのだから、従来の物とは異なるのだろう。それに卸で勝負してきたザルツが直接売りにかかるというぐらいだから、中々の物に違いない。


 一体どんな貨車なのだろうか? 一度この眼で見てみたいものだ。近々上京すると書かれてあるので、その時に新型貨車を見ることができるだろう。そう思いながら便箋を読み進めると、意外な展開に驚いた。サルスディアの冒険者ギルドが、アルフォード商会の傘下に入ることを求めたというのである。


(この決断はペルナか・・・・・)


 サルスディアで会ったビリケン頭を思い出す。そういえば俺と会ったとき、仕事クレクレだったよな、ペルナ。サルスディアの冒険者ギルドは運営側を含めて二十人程度ということで、アルフォード商会が丸抱えする方向で検討するとの事だ。


 新たに誕生したサルスディアギルドの会頭に就任したテスラプタだが、ノルト=クラウディス公爵領全体に明るいとは言えない。新たに誕生したサルスディアギルドは、セシメルやムファスタという都市型ギルドとは違い、ノルト地方とクラウディス地方に散在する中小商会のギルド。


 ノルト=クラウディス公爵領全体に情報網を持ち、各地域の事情に精通しているペルナ以下サルスディアの冒険者ギルドの面々を活用しながら、アルフォードが浸透していく方法を採るのも悪くはないだろう。またモンセルと公爵領を抑えることで、サルジニア公国との国境線の領域は、全てアルフォード商会の影響下に置かれることとなった。


 ――放課後、俺は学園長室を訪れた。昨日に続いて二日目。だが、今日は一人ではなくアーサーと共に来た。昨日ボルトン伯が時間があると話していたので、アーサーを交えて三人で協議するために連れてきたのである。部屋に入る前、アーサーが「本当に話をするのか?」と聞いてきたので、「当然だ」と答えて中に入った。


 俺がアーサーを連れてきたのは、他でもない。先日リサから聞いたボルトン伯爵家の陪臣、シャルマン男爵家が抱える通行料問題の協議の為である。シャルマン男爵家はボルトン伯爵家の中で最初に授爵したボルトン家中第一の陪臣。


 およそ百三十年前に起こった「ソントの戦い」で功績のあったボルトン伯ユリアンが国王から本領から離れたリッテノキアの地を賜った際、多年の功績をねぎらうためにシャルマン男爵家をその地に封じた。そこから始まる因縁深いこの話を、ボルトン伯と嫡嗣アーサー、そして俺の三人で話し合うのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る