252 客員講師ファリオ

 『常在戦場』の第四警護隊長で盾術使いのファリオを学園の客員講師として採用するという話は、ファリオ配下の隊士の扱いを巡って微妙な空気となりかけたので、俺は隊士の手当をこちら側から出す事を提案した。その意図を察したのか、グレックナーは同行させた事務長のスロベニアルトに、速やかに俺が言った通りの手続きを取るように伝える。


「他の隊士には学園からの特別手当だと伝えるようにな」


 不公平感を生み出さないように配慮をする必要がある。それでなくとも警護隊はグレックナーの子飼いを集めている印象があるのだ。その上で給金までが高いとなれば不満が高まりかねない。スロベニアルトも同じ危惧を持っていたのか、即座に了解した。


「アルフォード殿、それで良いのか」


「私の方は大丈夫です」


 ボルトン伯からの確認にそう答えた。ボルトン伯も己の裁量で学園を動かす事に限界がある。ファリオに給金を払う権限があっても、ファリオの部下に手当を出せるかと言えばそうではない、ということだ。サルンアフィア学園は王室付属。いわば王室の私費で運営されている学園である。だから学園運営は、官庁とはまた異なる金銭感覚なのだろう。


 何しろ学費も教材費も寮費も無料だし、設備が良すぎるぐらいに良いからな、学園は。どこかで締めないと、いくら費用があっても足りない。その締めるという部分の一つが教官の給金であるようだ。


 結局、ファリオには二万ラントの給金が支払われる事と、助手となる隊士も使える専用の控室を設ける事で学園側と合意。今後のカリキュラムについては、ドーベルウィン伯とスピアリット子爵、そしてファリオの三者で協議することが決まった。


 こうしてファリオは盾術を教える客員講師として学園に採用される事になった。また配下である『常在戦場』第四警護隊の隊士は無給ながら助手として採用され、ファリオと隊士らが使える専用の控室まで与えられることになったのである。ファリオと第四警護隊の隊士らは、『常在戦場』と学園の講師助手という、二足の草鞋を履くこととなった。


「このような好条件で、団に属したまま生徒達に教える機会を与えていただけますとは・・・・・ 有り難く存じます」


 ファリオが一同に頭を下げる。


「いや。こちらこそお願いします。学園の生徒と『常在戦場』の隊士。双方に教えなければならないのは大変ですが、よろしく頼みます」


 俺はファリオさんに声を掛けた。人に教える事は難しい。まして生徒と隊士という、全く毛色の違うタイプの者に教えるのは、大変なことだ。ピアノでいうなら年少者と社会人を一緒に教えるのようなもの。並の技量では難しい。指導する側に高度な能力が求められるのである。


「是非とも生徒の御指導をお願いしたい」


「隊士の方も頼むぞ、ファリオ」


 俺に続いてドーベルウィン伯とグレックナーも声を掛けた。ファリオの方は恐縮して、再び頭を下げる。ファリオさんには負担をかける事になるが、学園と『常在戦場』双方で指導してもらうことで、暴動に対処できる人材を育成する事ができるだろう。


「グレックナー。襲爵式の準備に忙しいというのに、いきなり呼び立てる形となってすまない」


「おカシラ。その点は大丈夫ですよ」


「・・・・・襲爵式とは?」


 俺がグレックナーにタイトなスケジュールの中、呼び出した事を詫びると、スピアリット子爵が襲爵式について尋ねてきた。俺はリッチェル子爵家の嫡嗣ミカエルが十五歳になったのを機として、所領管区の教会で襲爵式を行おうとするも主教が病気で式が挙げられなくなったので、急遽ケルメス大聖堂で襲爵式を行うことになった経緯を話した。


「その襲爵式にグレックナー率いる『常在戦場』が儀仗を行う手筈でして、その中で今日の話となったために・・・・・」


 俺の説明にボルトン伯もドーベルウィン伯もスピアリット子爵も、お互いの顔をキョロキョロと見合わせている。何か問題のあることを言ったのだろうか・・・・・ ドーベルウィン伯が俺に聞いてきた。


「ケルメス大聖堂で襲爵式はできるのか?」


「アリガリーチ枢機卿が可能と申されておりました。ですのでその日、神殿を貸し切る事に致しましたが・・・・・」


「ハッハッハッ!」


 いきなりボルトン伯が笑い出した。一体何がおかしいのか。


「まさか大聖堂を貸し切るとは。やはりアルフォード殿は只者ではない」


「その大聖堂で十五歳に達したばかりの者が襲爵式を挙げるとは、これもなかなか・・・・・」


 ボルトン伯に続いてスピアリット子爵も笑い始める。ドーベルウィン伯が言う。


「まさか大聖堂で襲爵式が行えるとは。大聖堂は王族以外使えぬとばかり思っておったぞ!」


 その言葉にボルトン伯とスピアリット子爵が頷いた。どうやら貴族社会では、大聖堂は王族専用という不文律が存在していたようである。だからクリスやエルダース伯爵夫人、ハンナのテンションが高かったのだな。


「ところでグレックナーよ。襲爵式の儀仗というが、どのくらいの規模となるのだ」


 ドーベルウィン伯がかつての部下に、儀仗を行う『常在戦場』の参加者の数を尋ねる。


「四百人程度で行う事になっております」


「四百人もか!」


 グレックナーの答えにスピアリット子爵が色めき立った。やはり人数が多すぎるのか。


「アルフォード殿。その襲爵式、是非にも参列したい」


 なんと! まさか剣聖スピアリット子爵からミカエルの襲爵式への参列を所望されるとは思っても見なかった。


「私もだ。このような式、そうそう見られるものではない」


「アルフォード殿との縁もある。ましてリッチェル子爵家の御息女は学園の生徒。私も参列させて頂こう」


 なんとドーベルウィン伯とボルトン伯も、ミカエルの襲爵式への参加を表明した。よく考えれば三人とも中間派の貴族。しがらみという点では、他の勢力の貴族よりも少ない。確かに少ないのだが、こんな展開が待っていようとは・・・・・。


「しかしこの話。他の方も参列したいと申されるのではなかろうか」


「十分に考えられますな。皆、興味を持たれるであろう」


「マルティンの言う通りだ。その場合、どうすれば良いのか」


 スピアリット子爵とボルトン伯、そしてドーベルウィン伯の三人の貴族が、襲爵式の話で盛り上がっている。かつて皆、通った道であろう襲爵式。自身のその思い出が甦るという心理も働いているのかもしれない。貴族達にとって襲爵の儀式というものは特別のものなのだろう。


「ここは一つ、ボルトン閣下にお願いいただけぬかと」


「閣下であれば、アルフォード殿と常に連絡が取れる。いかがでございましょうか」


「ならばお受けいたしましょう」


 三人が話をする中で、ボルトン伯が取りまとめの窓口になることが決まったようである。なるほど、こうやってボルトン伯は中間派の取りまとめ役となっていったのだな、とゲームの展開を思い出した。


 乙女ゲーム『エレノオーレ』ではボルトン伯が中間派を纏め上げて反宰相側に回り、これによって宰相閣下は失脚して、ノルト=クラウディス公爵家は没落する筋立て。今、俺の目の前でボルトン伯の、その纏め上げる技量を見ている。


「アルフォード殿。このような次第、リッチェル子爵家の取り次ぎ、頼むぞ」


 話を纏めたボルトン伯は、俺にそう告げた。ボルトン伯から依頼を受けた貴族家に、リッチェル子爵家から招待状を送る。その取り次ぎを行うのが俺の仕事ということになる。スピアリット子爵は言った。


「ドレットの言う通り、アルフォードは我々が知るべき人物だった。しかしカインはまだ、アルフォード殿の面白さを把握しきれていないな。あやつもまだまだ修行が必要だ」


 ドーベルウィン伯よ。スピアリット子爵に何を言ったんだ? 俺はその内容が危なそうだったので、聞くことができずにスルーしてしまった。人生、聞きたいと思っても聞けない事は多い。この一件もそのうちの一つだろう。俺の人生経験がそう結論付けた。

 

 ――休日二日目の朝。俺とアイリはリサと共に繁華街近くにある『常在戦場』の屯所に向かっていた。リサとダダーンことアスティン率いる第三警護隊が、次期子爵ミカエル不在の間、リッチェル城を守るために子爵領へと出発する。その為に屯所に向かっているのである。


 一昨日に行われた学園長室での話し合いは、俺にとって非常に有意義なものであった。『常在戦場』のファリオが学園の客員講師となること、配下の第四警護隊の隊士らが無給だが助手として採用されたことである。そしてなりよりも重要だったのは専用の控室が確保されたこと。


 これは学園内で『常在戦場』の分駐所が誕生したに等しい。『取引ギルド』『金融ギルド』に続いて三番目の分駐所。ヒロムイダ率いる第一警護隊がエッペル親爺の『取引ギルド』に、ジャムアジャーニ率いる第二警護隊がシアーズの『金融ギルド』に、そしてファリオ率いる第四警護隊が『サルンアフィア学園』に、それぞれ常駐する。


 つまり『常在戦場』が王都内で拠点を幾つも持っているという事である。特に学園で分駐所が持てたことで、俺と『常在戦場』が、これまでよりも蜜に連絡を取り合えるだろう。今後、団長のグレックナーと協議して第四警護隊の隊士を増やす、あるいは別の肩書を持つ者を常駐させる等々、何らかの手立てを施しておいたほうがいいだろう。


 俺は学園長室を出た後、すぐさま魔装具でディーキンと連絡を取り、その事を伝えた。後はディーキンとグレックナーが段取りしてくれるだろう。俺は『常在戦場』の内部事情を知らないので、彼らに任せておくのが一番だ。人間、能力には限界がある。可能な限り人に任せるのがいい。


「ダダーンは腕もあるし、信用できる。リサの指示に応えてくれる筈だ」


 俺はリサに念押しした。屯所に向かっている馬車の中で、リサがリッチェル家へ赴くにあたっての最終的な打ち合わせを行っていたのである。その中でリッチェル子爵領に同行する『常在戦場』第三警護隊長であるダダーンなら信頼できると、猜疑心の強いリサに強調しているのだ。リサがいくら優秀でろうとも、人間は一人ですべてを為せる訳ではないのだから。

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