251 盾術採用

 試着会当日。クリスと二人の従者、トーマスとシャロン。そして三人と一緒に試着会を手伝っているアイリの四人を見つけて話をしていた。上機嫌な女三人と、グロッキーな一人の男という予想通りの展開に、トーマスに対して憐憫の情しか湧かなかった。俺はクリスに昨日の放課後に会ったことを話す。


 ドーベルウィン伯とスピアリット子爵が大盾戦術に興味を持ち、学園の授業に盾術を導入しようと指南役のファリオを学園に招聘したいと申し込まれた件と、そのことで今日『常在戦場』の団長であるグレックナーや学園長代行であるボルトン伯を交えて協議を行う事を伝える。するとクリスが言った。


「でしたらボルトン伯とドーベルウィン伯、スピアリット子爵を襲爵式に御招待して下さい」


「!!!!!」


「いずれも名のある方。襲爵式にお越しいただければ、それだけで貴族社会では話題になります」


 クリスの意外過ぎる提案に、俺は反応できなかった。


「お願いしますね、グレン」


 そう畳み掛けてくるクリスに、俺は為すすべがなかった。クリスはそう話すと、トーマスとシャロン、アイリを引き連れてその場から立ち去って行く。恐るべし悪役令嬢モード。クリスは今日も絶好調のようである。話す相手がいなくなった俺は、学園長室に向かった。


 ドーベルウィン伯が所望した、盾術使いのファリオの招聘話。この件を協議するため、関係者が学園長室に集まった。まず学園からは学園長代行のボルトン伯、事務局処長のラジェスタの二人。そして客員指南のドーベルウィン伯とスピアリット子爵。


 話によると先に行われていた狩猟大会でボルトン伯がドーベルウィン伯とスピアリット子爵に声を掛けたそうだ。圧倒的な営業力だな、ボルトン伯。一方、『常在戦場』からは団長のグレックナー、新たに事務長となったスロベニアルト、今日議題に上がる盾術の指導者で第三警護隊長のファリオ、そして俺。合わせて八人が顔を合わせた。


「まさかグレックナーが率いていたとは・・・・・」


 グレックナーから『常在戦場』のあらましを聞いたドーベルウィン伯は感慨深げに話した。ドーベルウィン伯は第一近衛騎士団の団長で、グレックナーは当時第二分隊長。その配下にフレミングがいたというのだから面白い。


 『常在戦場』にはグレックナーら近衛騎士団に属した元騎士が少なからずいる。また、リンドのような騎士志望者が多いのも特徴だ。なり手は多いが、門戸が狭い。それがノルデンの騎士事情。平和だから仕方がないのだが・・・・・


「団長はなぜお辞めに?」


「父が亡くなり襲爵した事を機にしてな。慣れぬ領国経営で二足の草鞋が履けなかったのだ」


「私は近衛騎士団の縮小に抗議されての辞職だと思っておりました」


 近衛騎士団の縮小。そう言えば屯所は元近衛騎士団の兵舎だとか言っていたな。最近になって縮小されたのか。


「いやいや。たまたま時期が重なっただけだ。シメオンとレアクレーナもいるからな」


 シメオンとはスクロード男爵のこと、レアクレーナとはドーベルウィン伯とスクロード男爵夫人の実弟レアクレーナ卿のことである。いずれも近衛騎士団の団長。ドーベルウィン伯の妻室の実家、リディアの次兄ダニエルが騎士として採用したデスタトーレ子爵の嫡嗣も近衛騎士団に勤めているという話を、以前リサから聞いた。


 ドーベルウィン一門は本当に軍人一族だ。それもこの国の精鋭とされている近衛騎士団にしっかりと根付いている。ドーベルウィンもスクロードも、このしがらみ・・・・から逃れることはできないぞ、これは。立派な騎士になる以外に道はないだろう。


「六個騎士団から四個騎士団に再編されてしまったからな」


 スピアリット子爵がそう話した。どうやら近年行われたであろう軍縮で、騎士団は従来の三分の二に減らされたようである。


「減らされたのは王都警備隊も同じ。衛士の数も少なくなったと聞く」


 ため息交じりにドーベルウィン伯が語った。そういえばカラスイマは王都警備隊に属した元衛士だったな。この時の軍縮で放逐されたやもしれぬ。そうしてあぶれた腕に覚えのある者は冒険者ギルドに流れたが、ギルドに登録しても仕事がなかった。


 そして仕事があったとしてもピンハネがキツイ。平和故にそういった仕事自体が少ない事が原因。量が確保できなければ、一件あたりの稼ぎを増やす。だから冒険者ギルドもピンハネ率を上げて、ギルド側の収入を確保しにかかっていたのである。


 今の『常在戦場』は、俺が『金融ギルド』に出資した資金の運用益が原資となっているから滞りなく運営できているが、それがなければ運営自体が成り立たなくなるだろう。結局、騎士や衛士といった軍人や用心棒の需要が少ないから働く場がない。それに商人の場合、護衛は市井のゴロツキを使うのが慣例。


 これは身分の問題からで、エレノ世界の事情。ゴロツキと傭兵では扱いや報酬が違う。いくらカネを持っていようと、カネだけ出しても雇い入れにくいのが現状。これは身分的な信用の問題である。トゥーリッドがレジドルナの冒険者ギルドを抱えたり、俺がムファスタの冒険者ギルドごと借り上げたりする方がレアケースなのだ。


「これでは騎士志望の者がいくらおろうと、活かす場がない」


 ドーベルウィン伯が言う。相次ぐ軍縮によってドーベルウィン伯ら軍関係者が、内に不満を溜め込んでいる事は容易に想像がつく。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では住民暴動を武力で鎮圧して多数の死傷者を出し、貴族会議でその責任を問われて宰相閣下が失脚したが、その強圧的鎮圧の背景には軍人達の大きな不満があったやもしれない。


「昔は近衛八騎軍と言われたものだったというが・・・・・」


 スピアリット子爵は言う。現王朝アルービオ朝成立時、近衛騎士団は八個騎士団だった。それが百年以上前に起こった『ソントの戦い』以降、目ぼしい戦いがなく、二度に亘って団が減らされた。


 更にそれだけではなく、一個騎士団八十名だった編制も定員が六十名に減員され、騎士の人数も往時の三分の一以下となってしまったとの事である。つまり今の近衛騎士団は二百人程度の戦力しか持っていない。


(だからカラスイマが言っていたのだな)


 近衛騎士団と王都警備隊を合わせても『常在戦場』の人数に達しない、と。やはりこれはクリスの言う『臣従儀礼』を行っておかなければマズイ事になる。戦力差があり過ぎて警戒心どころではないぞ、これは。この国の軍の内情に詳しいドーベルウィン伯やスピアリット子爵から事前に話を聞けてよかった。


「ところでドーベルウィン伯。集団盾術と言ったかな。それをどのように・・・・・」


 学園長代行であるボルトン伯はドーベルウィン伯に尋ねた。エレノ世界における貴族と商人の違い。その一つは前フリが長い貴族と、いきなり本題に入る商人という文化の違いである。


 今回のドーベルウィン伯の導入部もまさにそれで、まずは相互の関係性を確認し合う「前座の話題」があって、それからボルトン伯のように第三者が本題に誘導する流れというのが貴族の会話。


「昨日、こちらにおられるファリオ殿が盾を持つ一隊を率い、三倍の生徒相手に実演で勝利を致しました。二度目は私が生徒に策を授けましたが、それも打ち破られてございます」


「一糸乱れぬ動きと素晴らしい統率で、生徒たちはファリオ殿率いる大盾軍団に手も足も出せぬ状況」


 ドーベルウィン伯とスピアリット子爵が、ファリオとファリオ率いる隊士達の動きについて、ボルトン伯に熱っぽく語った。二人の軍人貴族を前にして、ボルトン伯はいつもの調子で「ああっ」「なるほど」「それはごもっともで」といった感じで相槌を打つ。


 こうやって第三者的に見ると、ボルトン伯はタヌキというよりコンニャク。それも箸で掴みにくい糸コンニャクのような人物だ。二人が一通りの話を終えると、ドーベルウィン伯は言った。


「ボルトン伯。ついてはこの盾術を操るファリオ殿を学園に招聘し、講師として招かれてはいかがかと」


「うーむ。なるほど」


 ボルトン伯は勿体ぶって頷くと、いきなり俺に振ってきた。


「アルフォード殿。君の意見はどうか?」


「私自身はむしろ願ったり叶ったり。ただ『常在戦場』の業務は団長のグレックナーに一任しておりますし、ファリオ殿の意向も確認しなければ、と」


「ではグレックナー殿のご意向は?」


「私はおカシラより団を任された身。おカシラが望まれるのであれば、喜んで従います」


「ファリオ殿は如何か?」


「おカシラと団長からの許可があるならば、やぶさかではございません」


「では、学園で集団盾術を御教授願おう」


 あっさりと話が纏まってしまった。凄いぞボルトン伯。まずは客員指南のドーベルウィン伯とスピアリット子爵の話をしっかりと聞き、俺とグレックナー、ファリオの意向を確認した上で、学園長代行として決断を下す。そしてそこには誰の異論もない。これがボルトン伯のやり方か。


 ファリオを学園の客員講師として招くという話が決まったところで、グレックナーは一つの提案を行った。ファリオの指揮下にある第四警護隊の隊士達を助手として採用するように求めたのである。このいきなりの提案にボルトン伯らは顔を見合わせた。客員講師の他に七人の助手の雇用をと言われたら誰でも引くだろう。俺はグレックナーに確認する。


「いいのか、グレックナー」


「はい。集団盾術はファリオの指導の元、第四警護隊の隊士らによって編み出されたもの。彼らが助手として随伴すれば、ファリオもより指導を行いやすい筈です」


「グレックナーの言う通りだ。ボルトン伯、是非にも採用を」


 グレックナーの話を聞いたドーベルウィン伯は乗り気である。が、ボルトン伯はラジェスタの方を見た。なるほど。そう思った俺は、間髪入れずに提案した。


「隊士の手当は私が出しましょう。代わりに隊士らに助手の肩書と通い賃を」


「おカシラ!」


「隊士には手当を五〇〇〇ラント支給してくれ。請求はシアーズに回せばいい」


 俺は敢えてグレックナーに指示を出す。命令する事によって、話を加速させたのだ。もしボルトン伯と事務方のラジェスタが話し合えば、助手の費用のことで話が止まるだろう。俺は直感でそう判断した。


(ここで話を決める)


 俺は費用カネを出してでも、ここで交渉を纏める腹を決めた。

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