250 『近衛の黒騎士』

 ファリオ率いる『常在戦場』の大盾、その大盾軍団と対峙する生徒側の指導を買って出たドーベルウィン伯は、生徒達に一団となる事由や意味を説きながら指導を始めた。そして生徒たちを並ばせ、陣形を組み始める。先頭は九人、次は八人、その次は九人、またその次は八人。人が交互に重なる形で後ろに並び、皆が前傾姿勢をとる。その列は七列に及んだ。


(まるでスクラムのようだ・・・・・)


 ドーベルウィン伯は生徒たちにラグビーのスクラムのような姿勢で大盾軍団に向かい合わせた。


「縦陣で勝負か。ドレット、考えたな」


 俺と共に実演を見ているスピアリット子爵が楽しそうに呟く。表情を見るに高揚しているようだ。スピアリット子爵は根っからの軍人気質なのであろう。どうやらドーベルウィン伯は数に勝る生徒を縦に並べ、横に並ぶ大盾軍団を突破しようという戦術のようである。


「生徒たちは分厚い縦陣に対し、盾の軍団は薄い横陣。さて盾の軍団はどうするか」


 スピアリット子爵の疑問に答えるかのようにファリオがホイッスルを鳴らす。すると横一列で並んでいた大盾軍団の内、左右それぞれ三帖の盾が撤収し、残った盾の中に入ってしまった。前面には十帖の盾、つまり十名の盾を持った隊士が残った形。何をするつもりだ?


「前進!」


 ドーベルウィン伯の号令一下、生徒たちが前傾姿勢のまま力強く前に進む。そして大盾軍団と真っ向からぶつかった。ぐいぐい進む生徒達。一度目の実演と違い、統率の取れた生徒達の動きに大盾軍団は身動きが取れないように見える。


「流石は『近衛の黒騎士』。力を集めて盾を突く、か」


 剣聖スピアリット子爵は呟いた『近衛の黒騎士』とはドーベルウィン伯の事だろう。黒騎士だからな。大盾軍団と生徒達。双方の力が均衡し、ピタッと止まったようになる。しかし、その『近衛の黒騎士』指揮の下、スクラムを組んで前に進む生徒側が、徐々に大盾軍団が圧され始めた。


「よし! みんな、前に力を押し出せ!」


 それを見たドーベルウィン伯は大声で指示を飛ばす。その声で生徒達の力が増したのか、大盾軍団の方が後ろに下がり始める。特に圧力が強くかかっているであろう真ん中部分の凹みが激しい。多数の生徒の力がかかるのだ、当然の話だ。


「あれでは盾の軍団が崩れるのも時間の問題だな」


 スピアリット子爵の予言は正しい。それは俺でも分かる。やがて大盾軍団の真ん中が裂け、その穴が広がっていく。まるで門が開くように大盾軍団は左右に押し出される。堅い守りの大盾軍団も、数で勝る生徒の力に耐えきれなかったようだ。生徒達の前進が早まる。これは勝負あったか。


「むっ! これは・・・・・」


 大盾軍団と生徒達の動きを見ていたスピアリット子爵の声色が変わった。どうしたのかと、状況を見ると。大盾軍団が真っ二つに割れてしまっている。次の瞬間、ファリオのホイッスルが鳴った。すると割れた大盾軍団の盾の帖数が、左右両方共に増えたのだ。


そしてもう一度ファリオのホイッスルが鳴る。すると左右に割れた大盾軍団が生徒達を挟み込んだ。生徒達はなすすべなく、盾の軍団に取り囲まれる。大盾軍団が割れてから一瞬で、状況が一変してしまった。


「実演終了!」


 ドーベルウィン伯が声を上げた。その声は悲鳴にも似たようなトーン。つまり生徒側は負けたのである。大盾軍団はファリオのホイッスルと共に包囲を解いて、一列に整列した。ファリオの笛は大盾軍団を縦横無尽に操る。まるでコブラを笛で操る笛使いのようだ。


「この戦いの負けの因は全て私にある。許せ」


 ドーベルウィン伯はそう言うと、生徒達に片膝を付いて謝罪した。こうした潔さがいかにも武人らしい。そのドーベルウィン伯の謝罪に対し、生徒側からは「ここまで戦えたのは閣下のおかげ」とか「いえ、至らなかったのは我々が臨機が乏しかったからです」という声が上がった。


 息子であるドーベルウィンに至っては「この結果は私の力不足にございます」と頭を下げている。少なくともドーベルウィン伯は短い指導の間に生徒達からの信頼を得ていた。さすがは元近衛騎士団長。その指導力は高い。


「いや。こちらの術を破られた後の対処法を授けられなかった私の責任だ。君たちは私の指示に従い、よく戦った」


「まさか、わざと盾の部隊を割ってくるとは誰も想像できますまい。盾の術は本当に奥が深い。生徒諸君もそうは思わぬか」


 生徒とドーベルウィン伯に近づいた剣聖スピアリット子爵が二者に割って入り、生徒達に問いかけた。するとアーサーが立ち上がり、言葉を発する。


「全くです。これまで学園の授業は剣の個人技。ですが盾術は集団戦術で、我々にとっては未知の術。それをドーベルウィン閣下に伝授して頂いたことで、ここまで戦えました」


 すると生徒達が次々と賛同の声が上がる。確かにアーサーの言う通りだ。今の学園の授業は剣技だけでなく、魔法も含めて個人技ばかり。組織的な動きというものが全く学べない内容。そもそも学園の授業が、そのようなカリキュラムになっていないからだ。しかし今日、その重要性を生徒達が認識できたというのは大きな収穫であったかもしれない。


「ドレット。我々が生徒に何を教えるべきなのか。どうやら見えたようだな」


「ああ、そのようだ。ボルトン伯の招きで学園に来た甲斐があった」


 ドーベルウィン伯はスピアリット子爵から差し出された手を握ると、起き上がってそう答えた。どうやら二人共ボルトン伯の誘いを受け、学園にやってきたようだ。ドーベルウィン伯はおもむろにファリオに近づくと、私と共に学園の講師にならないかと招請した。


 ドーベルウィン伯からのいきなりの誘いに困惑するファリオ。そうだよな。今現在『常在戦場』に入団している状態、しかも第四警護隊長という幹部なのに勝手に講師になる訳にはいかないもんな。


「おカシラ・・・・・ 私はどのようにすれば・・・・・」


 白髭のファリオの言葉に、ドーベルウィン伯もスピアリット子爵もこちらの方を見た。二人共ギョッとした目で見ている。そりゃそうだよな、「おカシラって何?」って誰でも思うよな。


「おカシラという事は、君が自警団のトップなのか?」


「いえ。自警団は団長がトップ。私は資金を出しております」


「なんと! 君本人が自警団を養っておるということか?」


 ドーベルウィン伯とスピアリット子爵が顔を見合わせている。驚いているというより、呆れているに近い表情だ。


「さすがはカネを創り出す漢だ。私の想像の遥か上を行く。ならば話が早い。ファリオ殿を学園の講師に招きたいのだが、どうか?」


 先程ファリオが言われていた事を、今度は俺が言われてしまった。ドーベルウィン伯やスピアリット子爵の元でファリオの盾術を生徒に教える。これは願ってもない話。だが、団長であるグレックナーやファリオの意向も聞かないと話を前に進めることはできない。ドーベルウィン伯にも言ったが、俺は主にカネを出すだけで、指導や具体的な指示を出す立場でないからだ。


「団長の意向を踏まえませんと、私の一存では・・・・・」


「ではボルトン伯を交えて、団長と君とで話し合いの場を持ちたいがどうか」


 こう言われてはドーベルウィン伯と我が家との繋がりの関係上、断ることはできない。これがしがらみ・・・・というやつだろう。俺は魔装具を取り出すと、グレックナーと連絡を取った。拡大する『常在戦場』に対処するため、事務総長になったディーキンだけではなく、団長であるグレックナーにも魔装具を持ってもらうことにしたのだ。


「グレックナー。忙しいところすまん」


 魔装具でグレックナーに事情を話していると、途中、ドーベルウィン伯が声を上げた。


「グレックナーか!」


「だ、団長!」


 は? 俺は呆気に取られた。そんな俺をよそに魔装具越しに会話する二人。どうも二人は団長と団員、上司と部下の関係であったようだ。よく考えたら、グレックナーも近衛騎士団に勤めていたんだったな。


「グレックナーよ。そのような事情で一度学園に顔を出して欲しい。いいか」


「団長。もちろんです」


 あれよあれよという間に、明日の午後に話し合いを持つことが俺抜きで決まってしまった。スピアリット子爵が横でおかしそうに笑っている。そりゃ笑うしかないよな、これ。なんという人間関係の狭さ。まぁ、これを一つの業界として見れば、どの地、どの世界でも狭いことに変わりはないのかもしれない。ドーベルウィン伯は旧知の部下であるグレックナーと話せたからか上機嫌だ。


「アルフォード殿、ファリオ殿。明日の午後に開く会合、よろしく頼む」


 ドーベルウィン伯は礼儀正しく頭を下げる。ファリオを学園の講師に招く件で明日の午後、グレックナーを交えて会合を開くことが決まった。


 ――今日はクリスと生徒会が共催する『試着会』の為、学園の授業はお休みとなった。試着会は休日初日である明日まで二日間に渡って行われる。俺は『試着会』に用はないのだが、クリスとアイリ、そしてシャロンに一声かけたくて会場に顔を出した。当然ながら会場内は圧倒的に女子ばかりで、男子生徒の姿は少ない。


 が、少ないが男子生徒はいる。生徒会に所属している男子生徒がそれで、生徒会に強制加入させられたと思われるクルトが、学年代表のコレットに引きずられている姿が目に留まった。ショタ好きのコレットに食われたな、こりゃ。どこにでもコレットのような猛者はいるものだ。クルトもそのコレットに絡め取られた今、もう諦めるしかないだろう。


 一方生徒会に属していない男子生徒の姿もある。フレディがそうで、こちらはリディアの後ろに唯々諾々と従っている。俺が見るにこの関係、どうやら一生続きそうだ。経験から何となく分かる。そんな事を考えながら会場を見渡すと、お目当ての三人はすぐに見つかった。クリスとアイリにオーラが出ているので、すぐに見つかるのだ。


「お~い!」


 俺が手を振ると、みんなが気付いてくれた。クリスもシャロンもアイリも皆表情が明るい。今日は世話係に回っているが楽しそうだ。ただその横にいる、唯一の男子生徒トーマスだけは一人ゲンナリしている。トーマスよ、二日だけだ。二日の辛抱だ。


「アイリスにも手伝ってもらう事になりました!」


 クリスの声が弾んでいる。普段、人からのお世話を受ける身分の人間であるクリスが、お世話をする側を体験する。それだけでもクリスにとっては冒険のようなものだ。いつもは脇で静かに控えているだけのシャロンも、今日は主であるクリスの隣に位置して張り切っている。


「クリスティーナに誘ってもらって、一緒にお手伝いすることになったの」


「アイリス。お願いね」


「はいっ!」


 アイリも楽しそうだ。トーマスはまるで巻き込まれたかのようなニュアンスで、アイリが助勢を頼まれたと言っていたが、この目で確認するとアイリが自ら、嬉々として飛び込んでいっているようにしか見えない。トーマスの試着トラウマは半端なくキツく、目の前で見たものに対するものまで、曲解してしまうようである。

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