249 大盾軍団
昨日の屯所で受けた報告通り『常在戦場』から、ファリオ隊とリンド隊が学園にやってきた。一方ファリオの盾術を見ようと、多くの学生たちが鍛錬場に集まっている。集団盾術のインパクトが大きかったのだろう、この前披露した時の倍以上の人数。予想以上の反応である。
その中にはもちろんアーサーもいる。アーサーはファリオの盾術を見るのを楽しみにしていた。今日の昼に話したボルトン伯爵家の陪臣、シャルマン男爵家が抱える通行料問題の話をしている時のグロッキー状態とは対照的だ。アーサーにとっては家中の問題よりも盾術の方が心躍るのだろう。
鍛錬場に集まった者の中には剣豪騎士カイン、ドーベルウィンやスクロードもいる。皆、先週も集団盾術を見学した面々である。しかし、カインを見ると元気がなさそうだ。俺はカインに、一体どうしたのかと声をかけた。
「いや、人生って色々あるな、と」
ため息交じりにそう答えるカイン。なんだその人生終わった感は。先が見えている俺なんかと違って、若いんだぞ君は。
「だよな。どうやっても逃れられないよな」
カインの隣にいたドーベルウィンまでもが何かを言い出した。
「アーサーの気持ちが分かるよ」
ドーベルウィンの従兄弟でもあるスクロードが言うと、カインとドーベルウィンが一緒に頷く。まぁ貴族に限らず、人間
そんな話をしていると、『常在戦場』の隊士らが準備出来たらしく、大盾を持つ隊士の前にファリオが出てきた。
「これより集団盾術の実演を行いたいと思います。今ここにおられる生徒さん全員であの盾の集団を崩していただきたい。木剣や棒を使っていただいて構いませんので、皆さん宜しくお願いします」
丁寧な言葉遣いで話す白髭美しいファリオ。鍛錬場周りには女子生徒の姿が散見される事から、ああいったダンディな漢に惹かれる部分があるのだろう。少なくともありきたりな俺とは大違いだ。生徒らは手に手に得物を持って、並ぶ大盾の前に対峙した。元気がなかったカインやドーベルウィン、スクロードも得物を持っている。もちろん、アーサーは最前面だ。
ファリオ自身が大盾を持ち、二十人近くいる大盾集団の中に入ると、それを合図に多数の生徒が大盾集団に襲いかかった。激しい打撃音が鍛錬場に響き渡る。その迫力は前回の盾術披露の比ではない。大盾軍団の三倍以上はいるであろう生徒たち。しかし大盾軍団はその生徒達の攻勢に崩れる兆候は見られない。
その状況を見たからかギャラリーの生徒達までが得物を持って、生徒たちの列に加わった。気がつけば、鍛錬場で見学している生徒は俺一人のみという有様。しかし攻勢側である生徒たちの数が増えているにも関わらず、大盾軍団はびくともしない。それどころか、ファリオが吹いたであろう笛を合図にして大盾軍団が前に進み始めると、多数で攻撃しているはずの生徒側が圧されてしまっている。
「うむ、実に面白いな」
「ああ。少数を以て多数を制するとは」
俺の後ろから低音で話す、二人の男の声が聞こえた。その低さから生徒のものではない。誰かと思って後ろを振り向くと、思わぬ人物がそこにはいた。
(ドーベルウィン伯・・・・・)
ドレット・アルカトール・ドーベルウィン。ドーベルウィンの父であり、元近衛騎士団長だった黒騎士。武人然としたその姿は、以前王都の屋敷で会った時と全く変わりがない。日頃から鍛錬しているのがよく分かる。しかし、ドーベルウィン伯がなぜ学園にいるのか。
「久しいな、アルフォード殿。姉君には大変世話になった」
「ご無沙汰しております、ドーベルウィン伯」
「色々聞いておるぞ。元気そうでなによりだ」
日頃から鍛えているからだろう。ドーベルウィン伯は実年齢よりも若く見える。伯爵の隣にいる人物も、相当鍛えているようだ。チラ見して分かるレベルだからかなりのものである。
「マルティン。紹介しよう。こちらはグレン・アルフォード。ボルトン伯からも聞いただろうが、学園の生徒にしておくのは惜しい人物だ」
いやいやいやいや。俺、そんな人間じゃないから。ドーベルウィン伯も買い被り過ぎだ。しかしドーベルウィン伯がマルティンと名を呼んだ、伯爵と同世代に見える人物は何者なのか。俺は感情を出さず、至って冷静に挨拶した。
「グレン・アルフォードです。モンセルで商っております、アルフォード商会の次男です」
「私はマルティン・シャリアード・スピアリット。君の話は息子からも聞いているよ」
カ、カインの父、スピアリット子爵だ! 王国の剣術師範にして剣聖スピアリットと呼ばれる人物が、どうしてドーベルウィン伯と一緒にいるのだ? だからカイン達の様子がおかしかったのか。これで合点がいった。アーサーの気持ちがわかる、その通りだよな、これ。納得した俺をよそに、ドーベルウィン伯が尋ねてきた。
「しかし、あの盾の軍団。君と関係があるのかね」
「当方が頼んでおります、自警団の者にございます」
「自警団?」
「依頼人の警護であるとか、貨車の警備であるとか、そういった業務を請け負っております」
俺は自警団の性質について注意深く説明した。ドーベルウィン伯は一線から退いているとはいえ、近衛騎士団長まで務めた人物。一緒にいるスピアリット子爵は王国の剣術師範。共に王国の軍首脳と言ってもいい人物だ。今、立ち位置が不安定になっている『常在戦場』について、みだりに話すわけにもいかない。
「しかし、それにしても盾の軍団の一糸乱れぬその動き。よく統率が取れているな」
「あれでは人数の多い生徒側がなすすべなく負けてしまう」
大盾軍団と生徒たちの実演を見ていたドーベルウィン伯とスピアリット子爵は興味深げに呟いた。双方とも軍人らしい分析である。実演の方に目を移すと、人数の少ない大盾軍団の優勢が確定的な情勢となっていた。それぞれが木剣や長い棒などの獲物を持つ多人数の生徒が、少数の大盾軍団の前になすすべなく後退している。やがてホイッスルが鳴って、ファリオが宣言した。
「これにて実演終了!」
息も絶え絶えでへたり込む生徒たち。対して大盾軍団の方はといえば、ファリオ以下、全員が直立不動で整然と並んでいる。勝敗は誰が見ても明らかだ。ドーベルウィン伯から大盾軍団について紹介して欲しいと言われたので、俺と伯爵とスピアリット子爵の三人は大盾軍団に近づいた。そしてファリオとリンドを紹介し、伯爵と子爵が名を名乗る。すると、ファリオとリンドが驚いた。
「剣聖閣下にお目にかかることができまして光栄にございます!」
騎士志望だった若いリンドは感激のあまり片膝を付いた。リンドにとってスピアリット子爵は、雲の上の人なのであろう。そのリンドはスピアリット子爵に促されて立ち上がった。リンドの姿勢は先程にも増して直立不動。尊敬する度合いがよく分かる。ドーベルウィン伯がファリオに尋ねた。
「多数の生徒相手にこれほどの術を駆使するとは。もしや何処かの家に仕えておったのか」
「はっ。長らくアリストデェーレ子爵家に仕えておりました」
「おおっ! アリストデェーレ子爵の元でか。なるほど、合点がいった」
「先代のアリストデェーレ子爵は戦術の大家であったからな」
「長らく軍監を務めておられた。私も指導を受けたものだ」
ドーベルウィン伯とスピアリット子爵の話を聞く限り、かつてファリオが家付き騎士として仕えていた主もまた軍人。それもドーベルウィン伯を指導するような、高位の軍人であったようだ。
「私も主様より、よくご指導賜りました」
ファリオは頭を下げた。ファリオにとって己の戦術の称賛は、かつて仕えていた主への称賛と同じものなのだろう。しかし、ファリオが醸し出す雰囲気から察するに、ファリオの主アリストデェーレ子爵とファリオの相性はバッチリだったのだろうな。この雰囲気、クリスと二人の従者トーマスとシャロンの雰囲気に似ている。
この世界の主従関係というものは、現実世界のそれよりも信頼関係に重きが置かれている。信頼がなければ成立しないと言っていいのではないか。逆に言えば信頼関係が築けないと、あっという間に縁が切れてしまう。元アリストデェーレ子爵とファリオのように。ドーベルウィン伯もスピアリット子爵もその辺り、話を聞かなくても察しているようである。むしろ信頼関係がなければ縁が切れるのは当然といった感じなのだ。
「ファリオ殿。生徒達と、もう一戦頼めないだろうか」
ドーベルウィン伯は何を思ったのか、ファリオに生徒達との再戦を持ちかけた。ファリオは生徒たちが望むのであればと了解すると、ドーベルウィン伯はその顔を地べたに座って休息していた生徒たち向ける。
「生徒諸君。君たちは多数であるにも関わらず、盾を持つ少数の者に敗れた。これは君たちの側に戦術がないからだ。相手は統率が取れた集団、君たちは烏合の衆。これを私が指導し、再度戦ってもらおうと思うが、諸君らはどうか?」
ドーベルウィン伯の提案に生徒からどよめきが起こった。生徒らの顔を見るに、イヤイヤではなさそうである。むしろ乗り気だ。ドーベルウィン伯は元近衛騎士団長。多くのものが憧れる騎士、その頂点にある近衛騎士団の団長を務めた漢の指導を受けてみたい。そのような心理が多くの生徒に働いているのだろう。一部の生徒を除いて・・・・・
「カイン! 何事も率先して行わなければならぬぞ!」
「はっ、父上!」
剣聖スピアリットが嫡嗣カインに檄を飛ばした。気合を入れて返事をするカインだが、どこかいつもと違うような感じである。そう、コルレッツに付きまとわれて困っていた時のカイン、あの時のカインのようだ。
「ジェムズ! マローン! 私が指導する以上、お前たちは先頭に立て!」
「は、いっ」「は、はい・・・・・」
こちらの方はカインと違い、ゲンナリした感じで返事をしている。返事を聞くに、二人が生まれ育った環境は、カインのそれと比べて緩かったのであろう。そんな二人を含む生徒たちはドーベルウィン伯の指導の元、再びファリオ率いる大盾軍団と対峙することになった。
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