247 『常在戦場』ここにあり
『常在戦場』の屯所で開かれた会合は、グレックナー達からの一通りの報告が終わった後、今日の本題である『常在戦場』の襲爵式参加について俺が話を切り出した。再来週の平日初日、ケルメス大聖堂で行われる事になっているリッチェル子爵位の襲爵式についてである。
この襲爵式に『常在戦場』の隊士が儀仗兵として参加するという話を、俺はその経緯を含めて説明した。昨日、魔装具でグレックナーとディーキンには大筋の話を伝えてはいたのだが、俺の口から詳細な話を改めて聞き、二人共当惑しているようである。グレックナーがつぶらな瞳を俺に向けて聞いてきた。
「リッチェル子爵家は、おカシラのもう一人のお嬢さんの実家だな」
なんだなんだ、そのもう一人のお嬢さんっていうモノ言いは。
「レティシア嬢は、リッチェル子爵の息女だ。俺とは誼を結んでいる。この度、息女の弟君ミカエル殿が襲爵の運びとなった」
「しかし襲爵式ならば、所領を管轄する教会で行うのが習わしでは」
襲爵式に何度も立ち会ってきたという二番警備隊長のルカナンスが指摘してきた。まさにその通りである。
「その教会の主教が言ってきたのだ。「病で儀式が出来ぬ」とな。だからケルメス大聖堂で襲爵式を執り行う」
「そんなバカな!」
話を聞いたルカナンスが色めき立った。グレックナーとディーキンが顔を向き合わせている。皆、事の重大さを理解しているようだ。一人カラスイマだけは状況把握に時間がかかっているのか、キョトンとして固まったままの状態。事情をもっとも理解できていると思われる、グレックナーの妻室ハンナが口を開いた。
「子爵が仮病を使わせましたね」
「ハンナ。滅多なことを言うな」
不用意だと思ったのか、グレックナーはハンナを静止した。しかしハンナの読みは正しい。
「ハンナの言う通りだ。子爵は仕掛けてきた。娘に采配権を献上するような輩が、最後の最後になって己の地位
俺はこれまでの経緯をサラリと説明した。皆、話を聞くにつれて呆れ顔となった。当たり前の話だ。どこの世界に己の役割を放棄して、子に押し付けるような親を評価する人間がいるというのか。
「そのような事情があって、ケルメス大聖堂で襲爵式を・・・・・」
合点がいったという顔をしている三番警備隊長のカラスイマ。だが元家付き騎士のルカナンスはそうではないようだ。
「ですが、誼を結んだ方の家がケルメス大聖堂で襲爵式を執り行うからといって、それだけでは『常在戦場』に儀仗させる事由となり得ないのではと」
「おカシラの真意はどういったもので?」
ルカナンスの言葉を受け、グレックナーが聞いてきた。ルカナンスだけではなく、グレックナーも引っかかっているようである。であれば、単刀直入に言うしかない。
「『常在戦場』ここにあり! と世に示す好機だと思ってな」
俺の言葉に皆が驚いた。いや、ハンナだけは微笑んでいる。俺の答えがハンナの好奇心をくすぐるものだったのだろう。
「どれぐらいの隊士が参加を?」
「全員だ」
「!」
「全員だ! 参加できる者全員が参加するように」
グレックナーからの質問にそう答えた。全隊士が参加しなければ目立たないではないか。それを聞いたルカナンスが心配そうに聞いてきた。
「お気持ちは分かりますが、それでは当局から睨まれるのでは・・・・・」
「やり過ぎは禁物です。我が団の規模が露見してしまいますぞ」
ルカナンスの危惧にカラスイマが被せてくる。カラスイマは王都警備隊で衛士として勤務していた人物で、先日の会議でも『常在戦場』が近衛騎士団と王都警備隊を合わせた規模よりも大きいことを指摘していた。そのカラスイマが『常在戦場』の規模の大きさについて、世に知られる事を恐れている。
「カラスイマ。規模の大きさが知られて、何かマズイ事でもあるのか?」
「失礼を承知の上で申し上げます。現在、おカシラの資力以外の後ろ盾がない『常在戦場』が、その大きさを知られては当局はもちろん、貴族やおカシラと対立する商人勢力に取り囲まれる危険があります。今、不用意に目立つのは良策に
さすがは冒険者ギルド登録者のリーダー格だった男。入団間もない中、俺や『常在戦場』を取り巻く状況を正確に把握している。このカラスイマの話を聞いて、クリスの正しさを改めて認識した。
カラスイマの言わんとする事は『常在戦場』に、後ろ盾が必要だということ。クリスはその後ろ盾を宰相府、いや自身の父である宰相閣下とする策を立てたのである。だから俺は、今現在の『常在戦場』の後ろ盾が誰なのかを話す事にした。
「『常在戦場』が目立つ事を考えたのは俺ではない。ノルト=クラウディス公爵令嬢だ」
「なんと!」
皆が驚いている。襲爵式に『常在戦場』が参加することを考えたのは俺だ。だが目立つ事を考えたのはクリスであって、俺ではない。
「公爵令嬢が『常在戦場』と俺が、襲爵式で目立つようにとの指示を俺に出しているのだ」
「どうしてそのような案を・・・・・」
かつて貴族に仕える騎士だったルカナンスが疑問を呈する。
「襲爵式について相談したら、そのような答えが返ってきた。クリス・・・・・ いや公爵令嬢には公爵令嬢なりの考えがあっての事だろう」
抑えていても、ついついクリスの名が出てしまう。俺にとってはそれほど親しい関係になってしまった。カラスイマは先程までとは打って変わって、明るい顔で言った。
「公爵令嬢のお考えになった策となれば話は別。宰相家であるノルト=クラウディス公爵家の存在感は別格です。むしろその策に従い、大いに目立つべきでしょう」
「前の会議でも宰相家の御令嬢の話が出てきまして驚きましたが、おカシラと宰相家がただならぬ関係である点は心強い」
ルカナンスもカラスイマと同様、宰相家に対する信頼を口にした。このエレノ世界、ノルデン王国においてノルト=クラウディス公爵家に対する敬意は王室に次ぐもの。何よりも俺に対するそれとは全く異なる。
クリスの考えた『臣従儀礼』が宰相と公爵家にどのような影響を及ぼすのかは分からないが、少なくとも『常在戦場』の面々にとっては絶大なる安心感を与えることになるだろう。やはり宰相府との『臣従儀礼』は結ばなければならないようだ。
「おカシラには宰相家がついている。我々は公爵令嬢の期待に応えるようにすればいい」
グレックナーが断言した。いやいやいや、断言されても俺が困る。が、今それをここで出すわけにはいかない。仕方がないので、ルカナンスに襲爵式の模様について聞いてみた。話によると襲爵式自体は非常に簡素な行事であるようだ。
まず見届人である参列者が教会に入り、襲爵予定者が家付き騎士や陪臣を伴い入場する。この際、家族は同行しない。騎士や陪臣がいない場合は一人で入場する。襲爵予定者が所定の位置に立つと、主教が神の名において爵位を授ける旨を述べ、襲爵予定者が爵位の引き継ぎを宣言。見届人代表と親族代表がそれぞれ爵位継承に立ち会った事を表明する。
「先ずは式の参列者。貴族の方が多いと、出迎え一つが大変で・・・・・」
ルカナンスが出席した事がある襲爵式で、もっとも規模が大きかった襲爵式は仕えていた家が属する派閥領袖家の襲爵式で、このときには百家以上の貴族が立ち会って大変だったそうである。しかも悪いことに、ルカナンスの仕えていた当主が世話役の一人だったものだから、ルカナンスも狩り出される形となってしまったという。
「失礼ですがどちら様の襲爵式で?」
「アウストラリス公の襲爵式でした」
ハンナからの質問にルカナンスは答えた。なるほど、ルカナンスが仕えていた貴族家はアウストラリス派だったのか。こうやって所属派閥を調べていくハンナのテクニックには関心する。ハンナとルカナンスのやり取りを聞くと、ルカナンスが仕えていたのはシャランレー子爵家という家で、代替わりを機に暇を出されてしまったとの事。
「先代が亡くなるまでお仕えできましたので、思い残すことはありません。今はここで、このような場を与えて頂いていますし」
話を聞くと、どうやら今の当主がルカナンスに暇を出したようだ。この世界の主従の関係は現実世界の俺から見れば独特で、容易に縁切りなんてしない。クリスと二人の従者トーマスとシャロンの縁が切れるなんて、まず考えられないからな。ルカナンスは縁を結んだ先代と、お互い関係を全う出来たという点で幸せであったと言えるのかもしれない。
俺はルカナンスに、襲爵式の中で『常在戦場』の見せ場はどこかと聞いた。ルカナンスが出した見どころは二つ。ケルメス大聖堂で参列する貴族を出迎える場面と、ミカエルが襲爵式を行う神殿に登場する場面を挙げた。
ルカナンスの話を聞いた俺は、それに加えてミカエルが神殿から退出した後、貴族達が大聖堂から帰る場面も加えるように提案。その上で『常在戦場』の隊士達がどう振る舞えば目立つ事ができるのかについて、よく考えるように指示を出した。
「ところで鼓笛隊はどうなっている」
俺はグレックナーに尋ねた。鼓笛隊。『常在戦場』に器楽を演奏する部隊が作られた事は、非常に興味深く、そして俺に期待を抱かせた。このエレノ世界、とにかく音楽が少ない。音楽的な刺激がないのだ。そこに鼓笛隊の話。たとえ貧弱であろうと、音楽があるのとないのでは、あった方がいいに決まっている。
「現在、営舎の方にいますが、それが何か?」
「今回の襲爵式で、どんな曲を弾くのか確認しようと思ってな」
フレディの父であるデビッドソン主教の叙任式の際、出てきたトンスラ姿の聖歌隊がいきなりモルダウでドンパン節を歌い出したからな。あんな
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