246 シアーズの理屈
「宰相閣下も人間だからな。派内で反対意見が出ると、たとえ身内の案であろうと容易に通すことはできないだろう」
『金融ギルド』の参与となった元取り立て屋、ピエスリキッドの「案外そんなもの」という宰相評。ワロスに指摘されて事実上撤回したが、表現としては間違ってはいない。力を持っていそうに見えて、実はそうでもないケースもあれば、その逆もまた然り。イメージと現実が乖離していることはよくある話だ。
「立案されたのは公爵令嬢ですか?」
シアーズからの問いかけに俺は肯定した。さすがはシアーズ。こうした読みができるのはこのエレノ世界でもシアーズとザルツ、そしてクリスぐらいしかいないだろう。しかしみんな乙女ゲーム『エレノオーレ!』をやったことなど無い筈なのに、よく分かるよなと感心する。
まぁ三人には、それぐらい鋭い推察力があるからだろう。逆に言えば、俺が如何にゲーム知識に依存しているのか、って話だ。知っているというチートを除けば、カネを振り回しているだけの平凡な能力しかない。そんなことを思っていたら、シアーズが呆れ気味に聞いてきた。
「こちらにとっても宰相派にとっても妙案であるはずのものを、どうして反対するのでしょうなぁ」
「他派閥への配慮を考えてのこと。実質的な同盟者で、宮廷を握る内大臣トーレンス候率いるトーレンス派への配慮であるとか、貴族派に対して刺激を与える事への躊躇などだ」
「バカな。そんなもの配慮したって、相手はなんとも思わぬものを」
シアーズは喝破した。規模の大きくなった『常在戦場』の存在を知ると、「あれを何とかしろ!」と騒ぎ立てるに決まっている。そもそもアラを探すのが政敵の仕事というものなのだから。シアーズはそう分析した。
トーレンス派は同盟者だぞ! と俺が振ると、それは利害打算が一致しているだけのことで、ならば宰相派は価値のある利害関係者であることを示さなくてはならない。すなわち強者の側に立っておく必要があると力説した。いっその事、シアーズが宰相の参謀にでもなった方がいいんじゃないか、これ。
「公爵令嬢はケルメス大聖堂で行われる襲爵式を突破口として、『常在戦場』に宰相府との『臣従儀礼』を行わせようという絵を描いている」
「宰相派内の反対派を黙らせようという意図ですな」
有り体に言えばそうなるな。シアーズは俺の意向について尋ねてきた。要は我々は何をすればよいのかと。
「資金面で『常在戦場』に関与しているシアーズとワロスに、襲爵式への出席を求めようと」
二人の表情が変わった。これまで貴族社会と無縁だった両者。その二人が面識もない貴族の襲爵式にいきなり出席を求められたら面食らうのも当然か。
「よろしいのですか。私は商人ですよ」
「俺も商人だ」
確かに・・・・・ とワロスが困惑している。これまで『常在戦場』の資金はシアーズが采配し、ワロスが管理してきた。基本的に『常在戦場』の事務総長ディーキンから回ってきた要望や請求に目を通し、可否を含めて判断するのがシアーズの仕事。そのシアーズの指示に従い、実際にカネを動かして渡すのがワロスの仕事。
そのカネは俺が『金融ギルド』に出資金の配当をプールしたもので、このプール資金から『常在戦場』に渡すカネを出している。このカネを管理しているのがワロスだ。だからシアーズとワロスは『常在戦場』にとって、死命を握っているとも言える重要人物。そういう事情で『常在戦場』の晴れ舞台で、彼らが出席しないという選択肢はあり得ない。
「リッチェル子爵家の息女レティシアと俺は誼を結んだ仲。此の度、レティシア嬢の弟君ミカエル様の襲爵之儀が王都にあるケルメス大聖堂で行われ、その席で『常在戦場』が儀杖するわけで、二人が立ち会うのは当然だと思っている」
「失礼だが、そのリッチェル子爵家の派閥は・・・・・」
「エルベール派だ。貴族派第二派閥」
シアーズの質問に答えると、それを聞いたシアーズは考え込んでしまった。何か問題があるのか。
「ならば私の出席は見合わせた方がよろしいですな」
なっ! どうしてなのだ、シアーズ。そう問いかけようと思ったら、シアーズの方から説明してきた。
「先日立ち上った『貴族ファンド』の賛同人にエルベール派の貴族も名を連ねていたはず。そんな状況下、私が襲爵式に参列すれば『金融ギルド』と『貴族ファンド』の陣取り合戦と見られかねませんな」
「・・・・・」
シアーズが出席すれば、あからさまな顧客争奪戦だと思われかねないというのか。これは想定外の解釈だ。
「ワロス、お前は参列するのだ。『投資ギルド』の責任者だから、『金融ギルド』とは無関係。むしろ多くの貴族と顔を繋ぐ好機だと思え。お前を入り口に切り崩す事だってできるやもしれん」
「いいんですかい、兄貴」
「ああ。貴族同士の争いということなら、貴族らも見て見ぬ振りだろうが、そこに俺のような商人が割り込んできたと思われたら、マイナスにしかならぬからな」
「俺はどうなる?」
シアーズに聞いた。俺もシアーズと同様、出身成分は商人だ。それにシアーズと違って、もうその
「グレン。お前はワシと違って肩書がない。色を変えていける余地があるのだ。だからお前は出る事が可能でも、俺は出られぬという状況も生まれるのだよ」
なるほど。シアーズが言わんとする事が分かった。『金融ギルド』と『貴族ファンド』の戦いは、俺とミルケナージ・フェレットではなく、ラムセスタ・シアーズとミルケナージ・フェレットとの戦いということか。
だから俺が顔を出しても問題がない。しかしシアーズは責任者。だから顔を出す場面によっては問題が発生しうる。今回の襲爵式はそうだと、シアーズは指摘したいのだろう。これまで意識したことがなかったが、肩書がないということはある面、肩書があることよりも強みがあるようだ。
「『貴族ファンド』、いやフェレットは華々しくファンドの立ち上げをぶち上げた後、目立った動きはない。だからこそ、我々は地下に潜って掘り続ける
「シアーズよ。言わんとすること、よく分かったぞ」
土竜か。実に面白い。誰かを目立たせて、相手がそこに目をやっている間にその足下を掘る。そして気がついたら相手の足が自分が掘った穴に囚われていたと。
「もちろん。目立たなければならぬときには、たとえ土竜でもあろうとも地上に出てこなければならぬがな」
そう言うとシアーズは笑った。自分を土竜に見立てるとはな。我、土竜とならん! と言ったところか。この後『金融ギルド』内で起こった出来事について、主事のタイチェッターから報告を受ける。
ノルデン各地で貸金業者の組合設立が加速しており、『金融ギルド』への出資額が増えていることや、貸出額が増加傾向にあることなどを俺に伝えてくれた。商人界ではこちら側の勢力の方が、確実に広がっているのが実感できる。一通りの協議を終えた俺は、すぐ近くにある『常在戦場』の屯所に向かった。
俺が『常在戦場』の屯所に着くと、約束の時間よりも早かったにも関わらず、会合に参加するメンバーが会議室に集まってくれた。団長のダグラス・グレックナーはじめ、事務総長タロン・ディーキン、二番警備隊長フォンデ・ルカナンス、三番警備隊長ニジェール・カラスイマ。そしてグレックナーの妻室ハンナ・マリエル・グレックナーも顔を出してくれていた。
一番警備隊長のフレミングの元、四番、五番の警備隊は新たに設置された営舎に常駐している為、ルカナンスとカラスイマ率いる二番、三番の警備隊が屯所に駐在しているとのこと。かつてルカナンスは貴族家付きの騎士を長らく務めていた関係上、襲爵式には何度か立ち会った経験があるという。貴族の典礼や儀礼が疎い者が多いであろう『常在戦場』にとっては貴重な戦力だ。
今日の本題である襲爵式の話。その前にグレックナーから報告があった。ムファスタの冒険者ギルドが『常在戦場』への合流を求めているもの。ギルド運営側も登録者も共に求めているという事なので、俺は合流を了解した。反対する理由が何もなかったからである。事務総長のディーキンにムファスタの冒険者ギルドは、現在ギルドごと借り上げている状態にあるのだが、それをどうするかと聞かれた。
契約期間は一年、運営側にも登録者にも一年先払い。その契約の殆どの期間が残っており、放置した状態での合流は流石にマズイ。というのも、そのままの状態で合流すれば、契約時に貰ったカネを受け取った上で月々の給金が払われることになるからだ。それでは王都の冒険者ギルドからの合流者と差が生じ、火種になりかねない。
そこで俺はゼロベース。払ったカネを取り戻す必要はないが、その契約と突き合わせて運営側への払いであるとか、登録者への給金の払いについて交渉してから合流を進めるよう、ディーキンに申し伝える。
ムファスタの冒険者ギルドとの交渉はディーキンに任せておいて良いだろう。ディーキンにとってそれぐらいのことは造作も無いこと。それぐらいのことは、今までの付き合いから分かる。俺が直接出てやるより、ずっといい結果をもたらすだろう。続けてグレックナーが盾術使いのファリオからの連絡事項を伝えてきた。
「おカシラ。明日、ファリオ隊が学園を訪ねますが、今回はリンド隊も一緒に向かいます」
「リンドの隊もか」
ファリオ隊は第三警護隊、リンド隊は第五警備隊のこと。この前、隊士らが集団盾術を披露してくれた時の倍の人数か。ファリオさんの事だ、何か理由があっての事だろう。グレックナーが大盾訓練を『常在戦場』内に導入することを表明し、ディーキンが大盾を五百
俺が「帖」について聞くと、盾の単位であるらしい。こちらの世界も色々な数え方があって大変だ。盾一枚を盾一帖と数え、百個の盾を百帖の盾とカウントする。世の中には色々な単位があるものだ。俺はグレックナーらの話を聞いて、懸念を持ち続けている「暴動」への対処が、確実に進んでいることを実感できた。
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