237 集団盾術

 俺が所望した集団盾術を披露した、白髭のファリオ指揮下の自警団『常在戦場』第四警護隊の隊士達。その隊士達は模擬演習で、自分達の三倍に当たる学園生徒を相手に勝利を収めた。


「いかがでしたかな。皆さん」


 ファリオの問いかけに、参加した生徒達は皆、狐につままれるような表情を浮かべた。「攻撃してもまるで歯が立たない」とアーサーが言い、「やればやるほど押されてしまった」とドーベルウィンが話す。気がつけば包囲されていた、そんな感じだ。


「この術はいかなるものなのですか?」


 息も絶え絶えのカインがファリオに尋ねた。


「『盾の壁』と申します。盾を並べ、集団で相手の圧を受け流す術。力を受け流した後に攻撃を仕掛けます」」


「なるほど。相手の初撃を流しつつ、相手に一撃を与える術か・・・・・」


「まさしく」


 カインの指摘にファリオは大きく頷いた。続いて隊士達が、バケツを持ってくる。中には握りこぶし大の石ころがいっぱい。これを何に使うのだ?


「皆さんに、隊士に向かってこのバケツの石を投げつけてもらいます。今度は私も含めて八名で隊形を組みます。石を投げて隊形を崩して下さい」


「本当に石を投げて大丈夫なのですか?」


 心配した生徒から声が上がる。確かにそうだ。ここは鍛錬場。闘技場のリングと違って防御魔法が効きが悪い。石とはいえ、当たりが悪ければ大きな事故になる可能性だってある。しかしファリオの答えは違った。


「構いません。思い切り投げて下さい。そうでなければ模擬演習ではありません」


 ファリオに促された生徒達は手に手にバケツの石を取る。ファリオは盾を持ち隊士らの列に加わった。


「二列横隊!」


 ファリオの掛け声の下、フォーメーションが変わった。八人一列が四人二列の横隊に変わったのである。そしてホイッスルと共に盾が動き始める。前列の盾が正面に、後列の盾が前列の盾の斜め上に展開された。


「おおおっ!」


 生徒達からどよめきの声が起こる。初めて見る光景だからだろう。だが、俺は見たことがある。テレビで見た機動隊のフォーメーションだ。暴徒と向き合う機動隊の姿。そう、俺が求めていたものはこれだった。ファリオのホイッスルが鳴った。すると盾の集団はゆっくりと前進してくる。これを見た生徒達は手に持った石を次々と投げ始めた。


 最初遠慮がちだった生徒達も盾の集団がビクともしないのを受けて、バケツの石を全力で投げつける。その勢いに押されたのか、ホイッスルが鳴って盾の集団は前進を止めた。しかし投石する生徒達が疲れてきたのか投げる石の量が少なくなると、再びホイッスルが鳴り、盾の集団は前進を始める。


 ファリオの合図の元、盾の集団はとうとう生徒達の真ん前までやって来てしまった。生徒側の投石は盾の集団には全く効かなかったのである。模擬演習は盾術側の一方的な勝利で終わった。


「いかがでしたかな」


「まさに求めていたものです。流石はファリオさん!」


 俺は賛辞を惜しまなかった。ファリオは俺の抽象的な話から、これを編み出してきたのだ。それだけでも称賛されるべきだろう。ファリオの周りを生徒達が取り囲む。みんなあれやこれやとファリオを質問攻めにした。一対一の騎士戦ではない、集団で組むというインパクトがデカかったのだろう。


 盾術を知りたい、学びたいという生徒が続出した為、来週再度ファリオ隊が学園に来訪する事となった。生徒の中には屈強な『常在戦場』の隊士らに興味を抱くものまで現れたのは全く予想外の出来事。大きな反響に俺もファリオもただただ驚くばかりだ。皆で投げた石を片付けながら、暴動への対処法が見つかった事に俺は安堵した。


 ファリオ隊による模擬演習が終わった後、ロタスティに向かうため廊下を歩いていると、なんとリサと出くわした。聞くと出張先のルカナリア地方から先程帰ってきたばかりだとの事。ボルトン一門の帳簿を見終えたリサはその報告の為、学園長室に赴いていたそうだ。俺はリサを誘い、ロタスティの個室に入った。


「はぁ、ようやく帰ってこられたわ」


 リサはわざと俺にため息を聞かせた。誰のおかげで苦労したと思っている、そんな意図なのだろう。俺はサラリと受け流すと給仕にソーセージ、マルゲリータ、ペスカトーレという三種類のピザとワイングラスを頼んだ。


「こんな大事が出来るのはリサだけだよ。ありがとう」


「お世辞を言っても何も出ないわよ」


「本当の事さ」


 事実を言った。貴族の帳簿を見るなんて事はリサにしか頼めない。今や数十家の帳簿を見た、ノルデン唯一の貴族診断士みたいなものだからな。俺は『ピエルテ アシュタナレナ』という赤ワインを勧めた。『シャラク』のオーナーであるシェフのムラーノが、ピザによく合うワインとして紹介してくれたものである。


「ピザって、赤ワインと合うのね」


 リサがピザを知っていたのに驚いた。ノルデンではピザはマイナーな料理。それを知っているとは・・・・・ おそらくウィルゴットから『シャラク』を教えてもらったのだろう。仲がいいからな。が、その事には触れず、ボルトン一門の財務状況について聞いてみた。


 まず一門筋であるニルスワーナ子爵家、アーバン子爵家、ナンデニール男爵家、バーデン男爵家の四家に関しては、いずれも資産売却と収支均衡で領国経営が安定できるという話。特段大きな出費をしておらず、開発や投資もしていないので、縮小的な均衡が成立しているという事なので、基本それで領国経営を進めれば良いというのがリサの判断。


 財務的に均衡が保たれているのに、わざわざそれを崩す必要もない。領国経営の基本は拡大ではなく、安定が第一だ。ただいずれの家も農本経営なので、農地改良や農業設備の更新を促進させていくよう、農業代官であるルナールド男爵のアドバイスを積極的に受け入れる事で一致したそうである。


「ただ・・・・・ シャルマン男爵家が・・・・・」


「ん? 陪臣のか?」


 リサの表情が曇った。シャルマン男爵家はその昔、『ソントの戦い』でボルトン家が賜った飛び地、リッテノキアを分封された家。このリッテノキアのが不毛の地であった事から、ボルトン家は多くの財を注ぎ込まざる得なくなり、長きにわたる借金暮らしの原因となったという話だった。しかし、その投資のおかげでリッテノキアの地はなんとかなったはずでは?


「それがそうではないのよ!」


 リサはグラスのワインを飲み干すと、頭を振った。領地は豊かではないものの、ボルトン家の長きにわたる投資によって、作物が取れるようになった筈では? 俺は問うた。しかしリサが言うには、領内の問題ではないという。じゃあ何が原因なのだ。


「立地よ、立地。立地が最悪なの」


 立地? どういうことだ?


「通行料が取られるのよ! こればかりはどうしようもないわ」


 通行料だと! 俺はハッとした。このノルデン王国、道には幹線と支線がある。幹線とは主に都市と都市、都市と街を結ぶ道。王都トラニアスとモンセルを結ぶ道は幹線だし、トラニアスとレジドルナを結ぶ道も、トラニアスとムファスタを結ぶ道も幹線。要は国道のようなものだ。


 ところが全国すべての道が幹線ではない。幹線に接続する複数の貴族領に跨がる道がある。これが支線だ。幹線は道が通る貴族に王国が管理を委託するだけなので問題がないのだが、支線は貴族が直接維持しなければならない。故に費用捻出の為、貴族は通行料を取る。


「その通行料が高いのよ。これは帳簿ではどうしようもないの」


 聞くとリッテノキアから幹線に出るには、パルポート子爵領とイエスゲル男爵領を通らなければならない。その通行料が重荷になっているというのである。おそらく両家とも維持費以上の通行料を取って、収入に充てているのであろう。


 パルポート子爵家とイエスゲル男爵家。二つの家は共に王より封じられた貴族。対してシャルマン男爵家は陪臣だ。これでは名門ボルトン伯爵家の名前も通行料の前には使えない。


「他の道はないのか?」


「ないわ」


「新たな道を作れないのか?」


「それは・・・・・ 分からないわ・・・・・」


 確かにそうだ。リサがリッテノキアの地とやらに行ってはいないだろうからな。しかしリッテノキアから直接幹線に繋ぐことができる道を開発できれば状況は変わってくるはず。


「伯爵も事情を存じていなかったわ。お話しすると沈痛な表情をされていて、お気の毒だった」


 おそらくシャルマン男爵家は主家に心配をかけまいと黙っていたのであろう。だが事情が分かった今、ボルトン伯の性格からして、手立てを打とうと模索する事は確実。一度、アーサーと話をしたほうが良さそうだな、これは。俺はシャルマン男爵家の件を引き取ることを伝えると、リサを労った。


「リサ。ルカナリア地方まで足を伸ばしてしてくれてありがとう。改めて礼を言うぞ。暫くゆっくり休んでくれ」


 俺の言葉を受けて、素直に「ありがとう」と言ってきた。リサにしては珍しい事である。本当に疲れているのかもしれない。俺は夕食をお開きにすると、リサを早々に開放した。リサにはぐっすり寝て欲しい。俺の偽らざる本心だ。


 ――ガーベル卿からの招待状で書かれていた謎のドレスコード「学園服」。どうしてガーベル邸に赴くのに学園服を指定されなければいけないのか、俺にはサッパリ分からないが招待を受けると決めた以上、相手の要望に応えるしかない。休日の昼下がり、俺は学園服を着て、学園の馬車溜まりに向かった。


 馬車溜まりには既に馬車が待機していた。二頭立ての四人乗り用の馬車なのだが、俺が普段見ている馬車と異なっている。まず御者が前後二人、そして設えが地味にしっかりしているのだ。少なくとも一般的な業者が出している馬車とは違う。もしかすると、ガーベル卿がその立場を使って調達した宮廷仕様の馬車かもしれない。


 俺は御者の案内で馬車に乗り、ガーベル邸に向かう。馬車がガーベル邸に到着すると、ガーベル卿と長兄スタンが騎士服に身を包み、家の前で直立していた。アルフォンス卿がガーベル家の者は律儀だと評していたが、まさにその通りである。商人身分の学生分際である俺の為に、宮廷騎士と近衛騎士が並ぶ事自体、エレノ世界ではあり得ないこと。


 馬車は静かに二人が立っているところで止まる。止まった位置はピッタリだ。色々な馬車に乗ってきたから分かるが、これは御者の技倆が高い証である。御者がドアを開けたので、外に出ようとすると何とガーベル卿の方から馬車に乗り込んできた。


「失礼。アルフォード殿。そのまま、そのままで」


 ガーベル卿からそう言われ、何が何だかよく分からないまま俺は馬車に残る。長兄スタンも乗り込むと、ドアが閉まった。御者が馬車周りで何かをしている。そして暫くすると、馬車は出発した。

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