236 臣従儀礼
俺はクリスに自警団『常在戦場』の件について尋ねてみることにした。今日、この事について聞いてみるつもりだったし、今のクリスにとっても、その方がいいだろう。
「『常在戦場』の事でアルフォンス卿に書簡を送り届けたのだが、クリスは何も聞いていないか?」
「いえ、私は何も・・・・・」
クリスを見るに、アルフォンス卿からは本当に何も聞いていないようだ。どのような内容か聞きたそうな顔をしたので、冒険者ギルドに登録していた連中が仕事をよこせと大挙して押しかけてきた事を話した。そして冒険者ギルドに登録していた者の大半を『常在戦場』が受け入れ、結果五百人に膨れ上がってしまったと伝えると、クリスの目が輝いた。
「まぁ、五百人だなんて! 我が家の騎士団の人数よりも多いですわ」
クリスの家の騎士団。クラウディス騎士団とノルト騎士団。双方合わせて二百人程度の筈だから、人数の上では『常在戦場』が圧倒的に多い。
「それで、残った冒険者ギルドはどのように?」
「運営側がやってきて、引き取ってくれと言われたので引き取ったよ。解散だ」
「解散ですって! やはりグレンから聞く話は楽しいですわ」
無関係なのに、なぜかクリスのテンションが上がる。クリスはこういう話題が大好きなんだよな。政局とか、闘争とか、そういった話が。俺があまり得意じゃないジャンルなのだが、クリスはここが一番冴える。アイリやレティとは、この部分が決定的に違う。
「だが聞くところ『常在戦場』の人員は、王都警備隊や近衛騎士団の規模を越えるという話。これを黙っておくのはマズイと思ってアルフォンス卿に連絡したのだ」
「確かにグレンの言うように、王国の武装人員よりも多いとなれば『常在戦場』を脅威と見なす者も現れてきますわね」
「何らかの名分で仕掛けられる恐れもある。手立てを打つなら早いほうがいい。クリスよ、妙手はないものか・・・・・」
クリスは俺の言葉にニコリとした。
「でしたら、国に忠誠を誓う儀式をなされてはいかがですか?」
「儀式?????」
俺はクリスの意図を測りかねた。儀式・・・・・ この国にはそんなものがあるのか? あるとして、何をどうすればよいのか・・・・・
「臣従儀礼ですね」
トーマスはそう言うと、シャロンを見た。二人は共に頷く。
「主従を結ぶとき、忠誠を誓うのです。私達もお嬢様にお仕えする際に、臣従儀礼を行いました」
なるほど。シャロンの説明に納得がいった。『常在戦場』が国に臣従儀礼を行えば、少なくとも国と対立している訳ではない事を示せるという事か。
「では『常在戦場』は誰に儀礼を行えばよいのか・・・・・」
「近衛騎士団は陛下に、王都警備隊は宮廷に臣従儀礼を行っています」
近衛騎士団が国王に臣従儀礼を行うのは分かるが、王都警備隊の臣従儀礼を行う相手が宮廷とはどういうことなのか? 俺がそれを聞くと、クリスはそれが宮内府であると教えてくれた。王都の警備は、王宮の警備。王宮の管轄は宮内府であると。
「ですので『常在戦場』の臣従儀礼は、宰相府にすれはよろしいかと」
「宰相府!」
「王都警備隊は王宮警備が目的であるがゆえに宮内府に臣従儀礼を行っております。対して『常在戦場』は街中の集団。これは行政の話。王都の行政も宰相府に属しております」
なるほど。そういう論法で来たか。クリスは国王でも宮廷でもなく、宰相府に『常在戦場』の臣従儀礼を行わせる事で、武力を持たない宰相府の力を補強し、宰相府、いや宰相閣下の権威を高めようと考えているのだ。我田引水と言えば確かにそうだが、我々にとっても後ろ盾との関係が明白になるわけで、決して悪い話ではない。
「グレン。いかがですか?」
論評を求めてくるクリス。少し不安そうに聞こえるのは、俺が断った場合に、次の論法が考えられないからだろう。例えば陛下に忠誠を示すべし、とかいった言葉に何ら反論することができないからだ。だが、そういった心配は無用。保証してくれる相手ならば、喜んで儀礼を行おうではないか。
「クリスの話、乗ろう。手配の方を頼む」
クリスの顔がパッと明るくなった。やはり俺の回答が心配だったのだろう。
「トーマス。明日の夕方、屋敷に戻ります。すぐに手配を。お父様にお話します」
お父様? クリス、いつから宰相閣下をそう呼ぶようになったのだ。以前は父上だったではないか。クリスと宰相閣下の距離が少し近づいたのかもしれない。悪いことではないので、俺は見て見ぬ振りをすることにした。
「話は変わりますが『貴族ファンド』の話。遂に出ました。グレンのお父様の予想通り、出資金が三〇〇〇億ラント。読まれた通りでしたので驚きました」
予想通り、クリスの所にも『貴族ファンド』の話は到達していた。おそらく全ての貴族の耳に、この話は入っているのだろう。自分達にとって足りないカネを借りるアテが増えるという事は、非常に重要な話である筈だから。
「その事もあったので、冒険者ギルドの連中を引き取る決断をしたんだ」
俺はムファスタで起こった、冒険者ギルド争奪戦の話をした。レジドルナに本拠を置く王都ギルド三位のトゥーリッド商会が、影響下に置いているレジドルナの冒険者ギルドを使い、ムファスタの冒険者ギルドを取り込もうとした。ところがレジドルナの冒険者ギルドは過去のやらかしで信用が無く、その隙にこちらがギルドごと借り受けた、と。
「ギルドごと借りたり、ギルドごと買ったり、グレンの話はスケールが大きいですわ。それに比べ、誰がウサギ一匹狩ったと大騒ぎしている、どこぞの偉い人達とは大違い」
・・・・・クリスよ。狩猟大会と比較してはダメだ。トーマスとシャロンも反応できなくて固まっているじゃないか。クリスはそんな事にはお構いもせず、手許のグラスに入っていたワインを飲み干す。今日のクリスは珍しくピッチが速い。シャロンが慌てて立ち上がり、新しいグラスに交換し、ワインを注いでいる。
「実は、近々試着会を行います。生徒会の方々や服飾ギルドの方々の協力を得て」
試着会? もしかしてこの前、女子寮にブティック『アライサ・クレーティオ』を呼んでやったあれか? クリスは楽しそうに話を続ける。
「先日、私の為に行っていただきました、出張試着が非常に良かったので、王都にあるブティックの方々をお呼びして、全学女子生徒の皆さんが参加できる試着会を開催しようと。学園長代行の許可も得ました」
クリスはシャロンに視線をやる。主人の視線を受けてシャロンは頷く。見るとシャロンも何か楽しそうだ。
「そこで、開催費用を『セイラ基金』から出そうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ! いいアイディアを考えたな、クリス」
そこで『セイラ基金』か。なるほど。以前、決闘賭博で俺とクリスが獲得した配当を一つにしてトーマスが管理しているカネ。『交流』の際に使ったのだが、まだ基金にカネが残っていたのである。それを使うとはいい案だ。
しかし俺が知らない間に、こんな事を考えていたのか、クリスは。もし現実世界でクリスがいたならば、活躍する場がいっぱいありそうだ。クリスによると、生徒会がジェドラ商会のウィルゴットを介して交渉をしているとの事で、服の購入費に関しても少額ローンを組めるように貸金業者が入るらしい。ん? 貸金業者・・・・・
「貸金業者の名前は?」
「確か・・・・・『信用のワロス』と聞きましたが」
「分かった・・・・・」
マーチが絡んでいるのか・・・・・ これは俺も少しは絡まないといけないようだな。クリスの為に俺も一肌脱ごう。
「皆さんにも試着の楽しさを味わって欲しいです」
日程は明日、生徒会や業者を交えて、最終確認する事になっているという。そう話すとクリスは楽しそうに笑った。
――翌日の放課後、自警団『常在戦場』の第四警護隊長となった白髭のファリオが学園にやってきた。研究途中ではあるものの暴動に対応した盾術を披露するため、隊士を引き連れてきたのである。隊士は七名。二頭立ての幌馬車に乗ってやってきた。
鍛錬場にはファリオの盾術を見ようと、生徒たちが集まってきている。実は昼食時、アーサーに盾術というものを披露しに来るから見るか、と誘うと大いに喜び、皆に声を掛けたようなのだ。盾術というあまり聞いたことがない武術に興味を持った生徒らが四十人近く集まった。皆、ファリオ以下、屈強な『常在戦場』の隊士達に興味津々といった感じである。
「盾術ってのは一体、どんな術なんだ?」
「盾で相手の攻撃をしのぎ、盾で相手を制圧する術さ」
俺に聞いてきたスクロードにはそう答えた。この前、ファリオさんが屯所で見せてくれた盾術はそのような術。しかし今日の盾術は少し違う。不特定多数が起こす暴動に対処するための集団戦術。どのような研究が施されたのか、一見の価値がある。
「今日は皆さんに盾術を披露したいと思います。そもそも盾とは身を護る為のもの。盾の術をお見せするには、攻撃を受けなければなりません。そこで二十人程の方に盾を持つ隊士を攻撃していただき、模擬演習を行いたいと思います」
ファリオからの提案に俺も俺も、と生徒たちが次々と声を上げる。話を聞いてやってきた剣豪騎士カインやドーベルウィンも志願した。一番槍はアーサーだったのだが。ファリオは名乗りを上げた生徒たちに、隊士側は盾装備のみで攻撃はしないことと、攻撃に際しては正面のみとするように求めた。
「さあ、始めて下さい」
ファリオがホイッスルを鳴らすと、模擬演習が始まった。隊士側七人に対し、生徒側二十二人。数にして三倍の差。生徒とはいえ、アーサーやカインなど屈強の隊士に勝るとも劣らない体格。そう簡単に封じられるとは思えない。一列横隊で並んでいた隊士が一斉に大盾を前にやり、一列の壁を作った。そこに生徒たちが手に持った木製の剣で襲いかかる。
「うおおおお!」「おりゃ!」「おおおっ!」
生徒たちは皆、盾に向かって激しい攻撃を加えている。だが、しかし一列横隊で並んだ盾はビクともしない。ファリオはホイッスルを鳴らした。すると盾の列がじわり、じわりと前に出てくる。対して攻撃している生徒達は、盾が前に来る度に一歩、また一歩と退く。数で勝る生徒が、数で劣る大盾軍団に押されているのだ。
ファリオのホイッスルが鳴る。七枚の盾が逆半円状にフォーメーションが変わり、数で勝る生徒達の方が、あれよあれよという間に包囲された形となってしまった。そして、もう一度ファリオのホイッスルが鳴る。模擬演習終了の合図。数で劣る大盾軍団が勝ち、数で勝る生徒が簡単に負けてしまった。
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