234 平常運転

 学園に貴族生徒が帰ってきた。狩猟大会というやつがようやく終わったのである。しかしシーズンといい、この世界の貴族ってのは、ほとんどイベント暮らしではないのかと思う。狩猟大会とかシーズンとか、好きな奴にとったら楽しいのかもしれんが、そうでは無い人間にとったら地獄みたいなものだろう。つくづく平民転生で良かったよ俺、と思う。


「あああああ、疲れた」


 昼休み、学園に帰ってきたアーサーはゲンナリしながら、例によって厚切りステーキを頬張る。普通、ゲンナリしていれば食欲なんて湧かない筈なのだが、どうもアーサーは違うらしい。どうも狩猟大会というものは散々だったようだ。


「参加者ばかりが多くてさぁ。あんなものの何が楽しいのか・・・・・」


 例年に比べ狩猟大会の参加者が多かったようで、大会自体は盛況だった模様である。ただ、アーサーは突っ立っているばかりでロクに体を動かすこともなかったらしい。


「だって俺達狩りをしている参加者が帰ってくるのを待つだけだぜ。それが何日も続く。最悪だぞ」


「・・・・・」


 バカじゃないのか。だったら参加者だけでやりゃいいじゃねぇか。そう思ったが、アーサーによると待っている者同士で懇親する事を楽しみにしている貴族が多いそうだ。全くこの世界の貴族はヒマだなぁ。アーサーはもっぱらカインらと一緒にいたとの事。


「俺達仕方がなく参加しているからさぁ。終わるのを待つだけだったんだ。これで秋も終わりだが」


 秋が終わりか・・・・・ 季節感があまりないエレノ世界だが、それでも春には芽吹くし、秋には葉が落ちる。年中快適だが、キチンと四季があるのだ。しかし貴族というヤツは本当に大変だ。アイリと充実した日々を過ごしていた俺とは大違い。嫌なことでもやらなきゃいけない貴族の窮屈さに少し同情してしまった。


「ボルトン伯は・・・・・」


「母上と一緒に忙しそうに動き回っていたな」


 ボルトン伯は妻室同伴で挨拶回りをしていたようだ。よく考えたらボルトン伯爵領に行った時の状況を見れば、伯爵夫人がシーズンで王都に上京してパーティーに参加している雰囲気ではなかったもんな。それが伯爵が学園長代行に就任したことで一変。王都に住まうこととなり、挨拶を行わなければならなくなったという訳なのだろう。何から何まで貴族は大変だ。


 他に変わったことは無かったかと聞くと、レティを見かけたと言った。


「おそらくご親戚の方だと思うが、その方がついておられて声をかけられなかったよ」


 エルダース伯爵夫人の鋭い眼光にアーサーが怯んだんだろうな。


「エルダース伯爵夫人だ。レティの遠戚で後見人でもある」


「後見人? お会いしたことがあるのか」


「ああ。レティはリッチェル子爵家の采配権を握っているからな」


 ギョッとするアーサーに俺は経緯を説明した。レティが典型的なバカ貴族である父親に迫って十四歳で家の実権を握った事を。


「レティは自力で家を再建したんだ。学園に来る前にな」


「レティシア様は凄いな・・・・・ 俺とは大違いだ」

 

「いやいや。状況が違いすぎるから比較にはならん。ボルトン伯爵家とリッチェル子爵家では家の規模が全く違う」


 確かにレティが家を立て直したのは凄い事なのだが、それはリッチェル家に資産があったから出来たこと。ボルトン家の置かれた状況、目ぼしい資産が既に売却され、家に殆ど残っていない状況であれば、そうはいかなかっただろう。


「しかしレティは襲爵できん。だから弟のミカエルに襲爵させることにしたんだ。その挨拶でエルダース伯爵夫人に会った」


「襲爵! 俺達より年下だろう」


「ああ、一つ下だ。十五歳で襲爵できるから、その日に襲爵させるように動いている」


「相変わらず無茶過ぎるな、グレンは。もし俺が弟君だったら参っているよ」


 アーサーは苦笑した。まぁ、そうだよな、普通。だが、リッチェル子爵家の場合、子爵を筆頭にやらかす家族が四人もいる訳で、この地雷を回避するには子爵から爵位を取り上げ、名実共にその力を失わせるしか方法はないのだ。そうでなければレティが安心できない。


 そのレティだが、まだ用事が終わっていないのか今日も学園にその姿はなかった。姿がないと言えばクリスも同じで、当然ながら従者であるトーマスとシャロンもいない。いなくて気付いた事なのだが、普段からいかに連絡を取り合い、相談事をしていたのかを痛感する。特に王都の冒険者ギルドの件は、クリスに相談したい案件だ。


 冒険者ギルド解体に伴い、多くの登録者が自警団『常在戦場』に加わって規模が膨張した。三番警備隊長のカラスイマが言っていたように「王都警備隊や近衛騎士団の規模を上回る」となれば、要らぬ疑念を抱かれかねない。それを避けるべくクリスの次兄で宰相補佐官であるアルフォンス卿に書簡を送ったのだが、未だ返事はない。


(クリスがいれば・・・・・)


 クリスならば俺がどのように振る舞えばよいか、それとなくアドバイスしてくれるし、クリスを介したアルフォンス卿とのやり取りもできるのだが・・・・・ クリスがいないことで、いつの間にかクリスに依存している現状に気付いた。今や俺にとって、クリスはいなくてはならない存在になってしまっている。


 アイリともそうなのだが、気付かぬ間に俺との関係がどんどん深化しているではないか。このままでは本当に帰れなくなってしまう。先が見えているというのにこれでは・・・・・ 俺は一体どうすればいいのだろうか・・・・・


 学園受付で封書を確認したが、アルフォンス卿からのものはなかった。代わりに珍しい相手からの封書が届いている。学院に入ったジャック・コルレッツからのものだ。俺は急ぎ封を開け、便箋を開く。読むとジャックからお世話になった事へのお礼と、家の近況、そして入学した学院について書かれていた。


 学院に慣れるためにお礼が遅れた事を詫びる文から始まる辺り、ジャックの人柄というものが現れている。双子なのにジャンヌ・コルレッツとは大違いだ。ジャックはいきなり家から馬車に乗せられて、学院に押し込こまれたようなものだったので、環境が激変する中ですぐに対処しろという方が無理というものだろう。


 コルレッツ家の方は暮らし向きには問題がないようだ。ただ、コルレッツ家の周りでは小麦価が上がり、皆が困っているとのことで、やはり地方部では凶作の影響が大きく出ているようである。そして学院の近況について。読むと学院では俺が有名人であるらしい。貴族学園に入った貴族出身の俺が、貴族子弟どころか教官すらも押しのけて、学園の中心に据わっているという話になっているという。


(すごく勘違いされているな。ヤバいぞこれ)


 ジャックの便箋を読みながら、俺は呆れ果ててしまった。学院にも行ったことがないのに勝手な憶測で有る事無い事が、無い事無い事にすり替わり、とんでもない話に化けてしまっているではないか。特に一部の商人子弟の間では英雄視されていて、ジャックが俺の便宜で入学できたことを羨ましがられたと書かれている。


 これをそのまま放置したら大変な事になりそうだ。俺は急ぎ伝信室でこれまでの経緯、概要をしたためる。これをジャックに送って公表してもらう事にしたのだ。そうすれば要らぬ憶測が飛び交う事もないだろう。封書をくれたジャックへの礼と励ましを書いた文と共に、学院へ向けて送った。


 ――ようやく学園に戻ってきたレティと会えたのは翌日の放課後、学園図書室でだった。いつものように図書館の一番奥にある机でアイリと一緒にいるところにレティが顔を出してくれたからである。


「死んだーーーーーーー」


 椅子に座るなり、参ったという感じのレティ。アーサーと同じようなパターンで思わず笑ってしまった。エルダース伯爵邸に寝泊まりし、ピッタリとマークされた事で疲れ切ったらしい。学園には昨日の午前中に戻ってきたのだが、授業に出る気にもならず、ワインを飲んで寝通したそうである。さすがはレティだ。


「で、どうだった。狩猟大会は? 楽しめたか」


 楽しんでいる訳がないのを知っていて敢えて言う。レティは軽く睨みつけてきた。


「そんな訳がないでしょう。最悪よ! にこやかに挨拶するのに疲れたわ!」


 ミカエルの襲爵が控えるレティは、多くの貴族、特に所属派閥に属する貴族への挨拶を積極的に行わなければならない立場だった。レティはエルダース伯爵夫人と共に挨拶をしたが為に疲れ切ったようである。


「伯爵夫人が厳しいから、本当に大変だったのよ」


 緩やかに優雅に挨拶をする。レティの外見を見るに似合っている所作なのだが、内側を知っている者から見れば、それは拷問に等しい行為であることは明らか。それを一週間以上強いられたレティにとって、まさに地獄のような日々であっただろう。


「貴族って大変なのですね・・・・・」


「大変よ、ホントに! できるものなら卒業したいわ」


 アイリの感想にさえも毒つくレティ。狩猟大会で本当に参ったのだろう。恐るべし狩猟大会だ。俺はレティから一番聞きたかった話、フェレットが実質的に経営する高級ホテル『エウロパ』で行われた、狩猟大会の「前夜祭」と銘打った貴族パーティーの模様について聞いてみた。


「グレンの予想通り『貴族ファンド』の発表だったわ。ファンドの規模が凄かったのよ」


「何が凄かったの?」


 アイリが尋ねる。いやいや規模って言っているのだから、出資額だよ、アイリ。ここで大ボケをかましてくるアイリが凄く可愛らしい。『常在戦場』の時のアイリとは別人だ。


「三〇〇〇億ラントよ、三〇〇〇億ラント! 出資金が発表されたとき、みんな色めき立っていたわよ。大丈夫なの? グレン」


 驚いて言葉も出ないアイリをよそに、レティは俺に聞いてきた。


「大丈夫だ。貴族相手の金貸しだからな。一般業者向けの『金融ギルド』とは大きく違う」


「それだったらいいけどね」


 レティは会場の状況について話してくれた。千人規模の参加者があったとのことで、会場は貴族だらけで溢れんばかりの人がいたそうだ。全貴族の三分の一程度が集まったのではないかと、エルダース伯爵夫人が話していたという。そう言われたのなら、おそらく予想以上に人が集まったのだな。俺は「前夜祭」の状況をそう分析した。

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