233 存在意義

 自警団『常在戦場』の創設事由が暴動への対応の為。アイリが放った唐突過ぎるその話に、幹部会合は硬直した。


「おカシラ! 今の話は・・・・・」


 グレックナーが詰め寄ってくるのも無理はない。これまで一切話していないのだから。


「事実だ。最初からそれが視野に入っていた」


 会議室が再びどよめいた。事務総長になったディーキンが聞いてくる。


「おカシラ、暴動とはどのようなもので・・・・・」


「民衆蜂起だ」


 俺の言葉にディーキンが固まってしまった。市井の中を蠢く情報屋は、まさか俺の口からそんな言葉が出てくるとは思っても見なかったのだろう。


「このノルデン王国は『ソントの戦い』以来、百年以上の長きに渡り平和な時代が続いてきた。だがその足元では目に見えぬ形での不満が醸成されている」


「それはどのような?」


 元貴族付き騎士だったルカナンスが聞いてきた。


「平和すぎて解雇される騎士達とか」


 ルカナンスは黙ってしまった。まさに自分のことだからである。人というもの思い通りに行かなければ不満が溜まる。まして暮らせない状況に陥ったならば尚更のこと。


「王都警備隊も近衛騎士団も家付き騎士も減らされるのは、平和な為に不要だと思われているからだ」


 グレックナーもフレミングも押し黙る。最初に話を振ってきたカラスイマも同様だ。この席にいるものの多くが心当たりのある話だろう。


「だが、その不満はこの『常在戦場』で収まっているはず。「衣食足りて栄辱を知る」とは言うが、足りたならば不満は消える。ところが多くの民衆はそうはいかん。暮らせぬとならば、溜め込んだ怒りを爆発させ、あらぬ方向に向かうだろう」


「・・・・・もしや小麦の件で」


「正確には小麦を発火点として、と言ったほうが良いのかもしれないな」


 呟くディーキンにそう話した。というのも本当のところは社会構造お変化に伴う不満の爆発と言うべきだろう。小麦そのものはお題目に過ぎないのではないか、と最近考えている。


「グレックナー。これまでにこの事を話したのはわずか数名だ。後ろにいるローランはその一人」


「後は?」


「ノルト=クラウディス公爵令嬢とその従者たち。合わせて四人」


 グレックナーからの問いかけに対して答えると、皆がどよめく。やはりノルト=クラウディス家の名前の威力は大きい。流石は宰相家である。


「今まで黙っていたのは、まだ暴動が起こるという確証が無かったからだ。あまりにも突拍子のない話だからな」


「おカシラ。何かあるとは思っていたが、今の話で合点がいったよ」


 グレックナーは俺の話を聞いて、不安どころか逆に安心したような顔を見せた。


「レジドルナの冒険者ギルドが、ムファスタの冒険者ギルドにちょっかいを出しているのを見ていて、これは何かが・・・・・ と思ったのですよ」 


 グレックナーは言った。レジドルナのあの動きはおかしい、不穏だと。レジドルナ行政府が放置しているもの妙だ。何かとんでもない事が起こっているのではないか。かつて近衛騎士団に配属されていた男は、ノルデン第二の都市で起こっている事象に以前から疑念を持っていたようである。


「信じてくれるのか」


「ええ、流石はおカシラだと。あのとき、ムファスタの冒険者ギルドを躊躇なくギルドごと雇ったのですから。今から考えりゃ、その眼に間違いはない」


 グレックナーの話に会議室はさわついた。事情を知らないメンバーも多いということだな。冒険者ギルド登録者だったマキャリングが口を開いた。


「では、我々王都の冒険者ギルドの者を雇い入れたのも・・・・・」


「いや。それは偶然だ。あのとき、ギルドに登録していた面々の話を聞いて、それが最適解だと思ったのだ。経験のある者を活かす場が提供できるチャンスでもあるわけだし」 


「おカシラの心遣いに感謝します。理由も聞けて納得できた。もし王都の民衆が暴れようものなら、王都警備隊なんかひとたまりもない。近衛騎士団が加わっても止めるのは無理じゃないか?」


 王都警備隊の出身であるというカラスイマから、衝撃的な話が飛び出してきた。もしひとたび暴動が起これば、王都の守りはひとたまりもないという指摘である。予想はしていた事だが、現場にいた人間から聞かされると実感が湧く。


「しかしそこに我々『常在戦場』が加わるならば話は別だ。王都警備隊や近衛騎士団よりも大きいですから。それなら対峙できる」


 カラスイマは俺の説明に納得できたようである。しかし今の『常在戦場』が王都警備隊や近衛騎士団よりも大きいとは・・・・・ これは直接宰相閣下かアルフォンス卿に直接申し開きをしたほうが良さそうだ。


「おカシラがどうして盾術の集団戦術に拘っておられたのか、今の話でよく分かりました。急ぎ研究致します」


 白髭のファリオが頭を下げてくる。説明のしにくかったこの話を、このような形で納得してもらったのは幸いだった。


「相手は民衆。敵やモンスターのように倒したらいいって訳じゃないんだ。倒さずに抑え込まなきゃいけない。そうしないと倒せば倒すほど増殖する。剣ではなく盾で戦わなければならないんだ」


「殺せば見境がなくなるって事ですな」


 グレックナーの指摘通りだ。まさにその通り。やけくそになった群衆ほど恐ろしいものはない。今まで黙っていたフレミングが口を開いた。


「今の話を聞いて俺たちの進むべき道は決まった。みんな、やろうじゃないか。おカシラの言うことを信じて」


 その言葉に「おおっ!」「そうだ!」「やろうぜ!」という声が上がる。思わぬ展開にこちらの方が驚いたが、こうした声は非常に心強い。率先して声を上げてくれたフレミングに感謝するしかない。そしてグレックナーが立ち上がった。


「今のこの話、大事な話って事は、みんな分かるよな。おカシラと秘書役が俺達を信じて話してくれたのだ。だから部下であろうと、みだりに口外してはいけない。我々『常在戦場』はしっかり備えて、いつでも動けるようにしておこう!」


 会議室には「おおっ!」という野太い声が響く。大きく拡大した『常在戦場』が、一つの塊になる第一歩を踏んだ形だ。俺が出席した『常在戦場』の会議はこうして終わった。


 『常在戦場』の会議が終わると、出席者は挙ってアイリに握手を求めた。アイリの方は丁寧に両手で握手をしている。何かアイドルイベントの握手会のようだ。むさ苦しい男たちはアイリと握手を交わして喜んでいる。言葉は古いがピチピチギャルと触れ合って活力を! といった感じなのだろうか? まぁ、俺も人のことは言えないが。


「しかし驚いた。まさかいきなり、あのように・・・・・」


 新設の事務総長に就任したディーキンがアイリのことについてそう話す。いやいや、驚いたのは俺も同じだよ。


「不思議なんだが、秘書役が発言していたとき、何も言えなかったんだ。何か畏れ多い雰囲気がある。なんというかオーラがあるんだよ」


 アイリとレティがこの世界の中心だから当然なんだよな。グレックナーの言いたいことはよく分かる。それがヒロインパワーなんだよ。もちろん人には説明できないが。


「坊や。アンタ、不釣り合いな女の人を連れているんだねぇ」


 ダダーンことアスティンが不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。


「ああ、俺にとったら女神だからな」


「あーら。だったら『ウチ常在戦場』にとっても女神様よね」


 そう返してきたアスティンは隊長になった第三警護隊について教えてくれた。『常在戦場』に入団した女性隊士を集め編成されたのだという。多分、女部隊なんてノルデン王国始まって以来なのではないか。


「今、私を含めて七人よ」


「いいなぁ。これからもっと増やさなきゃな」


「いいのかい」


「いいよ。大いに集めてくれ。むさ苦しい男に耐性のある女をな」


 そう言うとアスティンはニヤリと笑った。


「相変わらず、面白いわね。いいわ。どんどん集めて女神様の警護をするわ」


 おう、そうしてくれ。と返すと、丁度アイリが戻ってきた。


「アイリ。こちらにおられるアスティンが女性ばかりの部隊でアイリを守りたいんだって」


「えええええ!」


「よろしくね、女神様」


 アスティンはアイリに挨拶すると、笑顔で去っていった。アイリは驚いたのか呆気にとられている。アイリも『常在戦場』の濃厚な連中と接してお腹いっぱいのようだ。俺は皆に挨拶すると、アイリと共に屯所を後にした。


「今日の私、グレンの邪魔をしてしまったのでしょうか・・・・・」


 アイリは心配そうな顔をする。俺達は屯所から出た後、繁華街にある高級レストラン『ミアサドーラ』の個室に入った。もちろんアイリを労うためだったのだが、当の本人は余計なことをしたと思ってしまっているようだ。


「一番大事な仕事をしてくれたよ」


「えっ?」


「俺が一番言いにくい事を言ってくれた。しかもそれを皆に信じてもらえるようにしてくれた。俺には無理だよ」


「私は・・・・・」  


「ありがとう、アイリ」


 礼を言うと、アイリはニッコリと微笑む。アイリには不思議な力がある。クリスのようなシャープな頭脳やレティのような勝ち気な性格を持ち合わせている訳ではないが、どこか人を納得させるものを持っているのだ。


 今回、まさにそれで救われた。『常在戦場』のメンバーは海千山千、百戦錬磨の個性派揃い。一筋縄にはいかないむさ苦しい野郎共をたった二言三言で抑えてしまうなんて、おそらく誰もできまい。


「皆さんがいい人達で本当に良かったです」


 運ばれてきた食事を食べながら、アイリが感想を話す。実際に『常在戦場』のメンバーと接し、俺が何をやろうとしているのか、改めて分かったような気がすると言った。


「私はグレンの役に立ちたいんです」


「もうできてるよ、アイリ」


 本当にそうなのだ。アイリがあのとき暴動の話を言わなければ、対処法を考えるのに一ヶ月、二ヶ月遅れていたかもしれない。俺は優柔不断だ。言おう言おうと何ヶ月も先送りして言えなかった。それをアイリは今日初めて来て、すぐに言ってしまえるのだから、本当に凄い。俺が改めて礼を言うと、アイリは恥ずかしそうに頷いた。

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