232 自警団再編

自警団『常在戦場』の屯所に馬車で降り立つと団長のグレックナー以下、広場にいた隊士の面々が俺とアイリを出迎えてくれた。


「おカシラ。よくお越しで」


 挨拶をしてくれたグレックナーに、俺はアイリを紹介した。


「秘書役のローランだ」


「アイリス・エレノオーレ・ローランです」


 挨拶するアイリを見てグレックナーは驚いた。


「てっきりお嬢さんが秘書だと思っていたもんで・・・・・」


「グレックナー。ハンナさんを秘書役ができるか?」


 グレックナーは首を横に振った。ディーキンからの話で、てっきりレティが秘書になったと思い込んだようである。そんなもの子爵の娘を秘書なんかに出来るわけがないだろ。自分の妻室の事を考えたら分かるじゃないか。


「ハンナさんのおかげで大いに助かっているよ。俺達では分からない、難しい部分をサポートしてくれているのだ。本当に感謝している」


「おカシラ、お礼を言わなきゃいけないのはこちらの方ですぜ。ハンナも大喜びですから」


 それだったら良かった。ハンナさんをいきなり呼び出してしまったりして、こちらの都合で振り回しているからな。グレックナーと二、三言葉を交わしながら会議室に案内された。既に会議室にはフレミングやディーキンを初め、多くの幹部が参集している。


 俺は上座に座った。『常在戦場』のオーナーということで最高責任者扱いなのだろう。まだ十五、六の学生が頂点の組織というのも妙な話だが、この『常在戦場』は全て俺のカネで運営されているのだから、こうなるのは仕方がないか。


 俺から見て左にはグレックナーが陣取る。その隣にはフレミングが座る。対して右には新設の事務総長となったディーキンが、その隣にはディーキンの元で創設時から働いていたスロベニアルトが新事務長として座している。


 アイリは俺の背中側、右斜め後ろに着座した。当然ながら会議室の空気感は微妙なものとなった。というのもエレノ世界は男尊女卑。まして騎士くずれとか冒険者とか、男臭い連中集う『常在戦場』。会議室にダダーンことアスティンがいるとはいえ、女を、しかも上座に据えることへの違和感といったら半端ないのだろう。


 しかし先日、冒険者ギルド解体の席上、アイリがディーキンに『常在戦場』で行われる会議への出席を宣言した以上、連れてこない訳にはいかない。アイリは普段大ボケをかますこともあるが、一旦こうだと決めたら梃子でも動かないところがある。今回の場合、まさにそれで、連れてこないという選択肢は俺にはなかった。


「今日はおカシラを迎えて『常在戦場』の新しい編制を発表する。力のある新しいメンバーが多く加わった。みんな、しっかり把握してくれ」


 グレックナーの言葉で『常在戦場』の幹部会合が始まった。思えば、貸金業者だったリヘエ・ワロスから俺を殺すために雇われたのがグレックナー。俺がその対策の為、ジェドラ、ファーナス、アルフォードの三商会を中心に作った『金融ギルド』の話の中で、ワロスがシアーズに諭される形でグレックナーとの殺し屋の契約は破棄された。


 それを知った俺がグレックナーと会いたいと言った事から自警団『常在戦場』の歴史が始まったのである。途中、決闘があったり、貴族出身であるグレックナーの妻室ハンナと出会ったり、色々な出来事があった。


 最初、団長となったグレックナーの両脇に警備隊長フォーブス・フレミングと事務長タロン・ディーキンが控え、およそ三十人のささやかな集団から始まった『常在戦場』は、ダダーンことアスティンや白髭のファリオ、リンドや今、ムファスタの冒険者ギルドの指揮を任されているジワードら、個性的な面々が加わり、およそ百人を擁する世帯となった。


 それが今度は王都の冒険者ギルドに登録していた多くの者を取り込む形となった事で、団長のグレックナーと警備隊長のフレミングが都度編成して指揮を執るという形の簡素な組織だった自警団は、大幅な改組を行って組織の体裁を整えなければならなくなった。この大幅増員に対応すべく、ノルデン王国唯一の兵団、近衛騎士団ばりの編成に改めたのである。


まず警備部門と情報部門に分け、警備部門をグレックナーが、情報部門をディーキンが、それぞれ総指揮を執る。ディーキン事務総長の元に情報部門と事務部門を統括。事務長にはシャルド・スロベニアルトが、新設された情報部門である調査本部、その本部長には先日まで冒険者ギルドに属していたチェリス・トマールが抜擢された。


 ディーキンによるとトマールはディーキンと旧知の仲で、繁華街を中心に独自の情報網を持っているのだという。ディーキンとトマールのコラボによって情報力がアップすれば、懸案である庶民の動向が掴めるかもしれない。期待してもいいだろう。


 次に警備部門だが、こちらの方も大きく変わる。まず警備隊が再編され、一番から五番までの五つの警備隊が生まれた。一番警備隊長は警備隊長だったフレミングが就く。フレミングは以前から整備していた営舎の責任者も兼任。営舎の規模は屯所の数倍であるとのことなので、今後主力はこの営舎に駐留するのだろう。


 二番警備隊長には元貴族付騎士だったというフォンデ・ルカナンスという壮年の人物が任じられた。このルカナンスという騎士、グレックナーがその噂を聞きつけてスカウトしたとのことで、先日不在だったのはその為だったという話。一方、三番警備隊長には『常在戦場』に押しかけてきた、冒険者ギルド側のリーダーだったニジェール・カラスイマが就任する。


 カラスイマは前職が王都警備隊に属していた騎士という事で、近衛騎士団に勤めていたグレックナーやフレミングと違い、王都の警備事情に詳しいようである。王都警備隊の縮小により除隊という話だったので、平和なこの世界で騎士として働く事の難しさを改めて思い知る。


 四番警備隊長にはマッシ・オラトニアが任命された。このオラトリアは『常在戦場』結成メンバーで、結成前からグレックナーと行動を共にしていた、言わば古参闘士。内部昇進でバランスを取ったという形だ。


 そして五番警備隊長には元冒険者ギルドに属していたヤローカ・マキャリングという人物が就任。このマキャリング、騎士くずれの幹部が多い『常在戦場』では珍しい、根っからの冒険者である。学院卒業と同時に冒険者ギルドに登録し、全て実地の経験で身につけたという、叩き上げの人物。カラスイマと併せ、冒険者ギルド出身者への配慮も含んだ人事だろう。


 話を聞くにつれて思うのが、この集団、軍隊というよりも警備会社、いや企業のような感じの組織になっているのではないかと思う。警備隊は一番から五番までのラインを持つ生産型、情報部門は開発とか検査とかいったものか。まぁ、俺にとったら会社の方が分かりやすいが。


 今回の改組で警備隊から分離する形で、新たに警護隊という組織が作られた。これはシアーズやワロス、そしてこちらの陣営に加わったエッペル親爺といった、こちらにとっての要人警護を任務とした部隊で、一部は冒険者ギルドに駐在する事になっている。グレックナーの指揮下の元に六つの警護隊が新たに編成された。


 第一警護隊長に創設メンバーであるディバシー・ヒロムイダ、第二警護隊長には同じく創設メンバーのアビル・シャムアジャーニがそれぞれ任命され、第三警護隊長にはダダーンことシャーリー・アスティンが、第四警護隊長には白髭のテリー・ファリオが、そして第五警護隊長には青年剣士ナイジェル・リンド、第六警備隊長にはアルフェン・ディムロス・ルタードエがそれぞれ任じられた。


 ルタードエは、名を見ても分かるように貴族出身。話のよるとルタードエ伯爵家から曽祖父の代で別れ、騎士となっていた父の次男として生まれた為、名ばかり貴族だと自嘲しているのだという、いずれにせよ、こちらはコアメンバーで固めたような顔ぶれである。


 自警団『常在戦場』は団長グレックナー以下、四百七十五名。これにディーキン傘下の事務、調査、施設維持要員を合わせると五百五十人を超える一大組織に成長した。


「よろしいですか?」


 編制発表や主だった伝達事項が通知された後、三番警備隊長となったカラスイマが発言を求めた。会議室内は微妙な空気となる。この前まで冒険者ギルドに登録していた新参者が何を言い出すのか、未知数だからだろう。


「おカシラにお聞きしたいのですが、どうして莫大な私財をつぎ込んでまで、これほどの大集団をお作りになるのですか。一つお教え願いたい」


 カラスイマの発言に皆顔を見合わせている。エレノ比とはいえ、団員隊士に破格の待遇を与えているのが、一個人の学生である俺。疑問を持たないほうがおかしい。グレックナーもディーキンも黙して腕組みをしたままだ。フレミングが俺の方を心配そうに見ている。さぁ、どう言うべきか。俺が考えていると、後ろからソプラノの声が聞こえた。


「将来起こりうる暴動に対処するためです」


 アイリの言葉に会議室はざわめく。皆が驚くのも無理はない。いきなり結論だもんな、これ。俺は思わず後ろを振り返ると、アイリは立ち上がっていた。


「そのときにおカシラは皆さんの力をお借りするため、この『常在戦場』を作ったのです」


 毅然と話すアイリには有無を言わせぬ、神々しいまでのオーラが漂っている。これはヒロインパワーだ。その力の前には少女の口から発せられた「おカシラ」というヤバヤバな単語も違和感がない。俺が姿勢を元に戻すと、グレックナーとディーキンが呆気にとられている。会議に参加している海千山千の強者共が、アイリ一人に圧倒されて何一つ言えない。


 普段口の悪いダダーンことアスティンはポカーンとしたまま動かない事を見ても、皆が圧されているのは明らか。いくら男尊女卑がきついエレノ世界であろうとも、今この会議に出ている者の中で、アイリの事を「女風情が」と思っているものは一人もいないだろう。


「ありがとう。後は俺が話をする」


 アイリが椅子に座る気配を感じる。俺が話すと言うので、サッと引いてくれたのだろう。アイリがハッキリと言ってくれたことで、俺も腹を決めた。今ここで話すことを。

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