230 ケルメスの決意

 ケルメス宗派の創始者ジョゼッペ・ケルメスが言っていた! 創始者が言うことを信じる。その根拠はなんだ。創始者だからか。創設者の言葉を盲目的に信じるのか? あっ、宗教ってそんなものだから、その認識で言っているだけだったのか。期待した俺がバカだった。これで一から出直しだな。


「法聖猊下は異界から召喚された御方。その御方が申されることに間違いはない」


 えええええええ! ケルメス宗派の創始者が転生者! 衝撃的すぎる事実に、俺は暫し言葉を失った。


「法聖猊下によれば、魂が元の世界に帰ることが出来るのは分かったが、異界への門を越えた後の生死が不明だったので、猊下はお帰りにならず、この世界に残られる決断をなされたと」


 なんとジョゼッペ・ケルメスは、帰るルートを知りながら帰らなかった。ルートの先で生きるか死ぬか分からなかったから帰らなかったのか。それならば話の信憑性は格段に上がる。ゲートが現れたその先を通った後の生死が定かでなければ躊躇するのは当然の話。ケルメスという人物の気持ち、よく分かる。極めて人間的である。


「法聖猊下はあちらにおられる時よりも人の役に立つ事が出来ると、こちらの世界を選ばれたとのこと」


 その気持ち益々分かる。結局、向こうよりもこちらの方に報いがあるのだ。ジョゼッペ・ケルメスのその感覚を聞くに、親近感が湧いてくる。ケルメスは残る決意を固め、教団の礎となる決断をしたのだ。一時はどうなるかと思ったが、話を聞いてよかった。ニベルーテル枢機卿の客観的な視点、実に素晴らしい。


「門を越えた者が帰ってきたという記録がないため、門の先がどうなっているのかは定かではありません。それどころか記録に則り儀式を行っても、我々には門が見えなかった・・・・・」


 老枢機卿の両脇にいるラシーナ、アリガリーチ両枢機卿が頷く。


「六年前、久々に行われた儀式に立ち会ったが、なんの変化も無かった」


「古代魔法の災禍から緊張したが、何ら起こらず拍子抜けしましたからな」


 ケルメス大聖堂で行われた召喚の儀式では、儀式を執り行った側には何の変化も感じ取れなかったという。しかしその儀式で俺は、俺の魂は召喚されてグレン・アルフォードという少年の中に入ってしまった。そして六年の歳月が流れて今に至っているのだが、よもや目の前に自分達が召喚した人間がいるとは、三人の枢機卿は想像もできないだろう。


「儀式の中では何の変化もないと、伝えられている書物にはハッキリと書かれておるでな」


 そう話すニベルーテル枢機卿に俺は質問した。


「召喚の儀式。前回は六年前。その前に行われたのが三百年以上前だと聞きました。一体どのような基準で儀式を行うのかが決まるのですか?」


 以前、コルレッツの件でフレディの父デビッドソン司祭、今は主教になっているのでデビッドソン主教と行動していた際、馬車で召喚の儀式が三百年ぶりに行われたという話を聞いたのだ。どうしてそんなに期間が空いたのか、気になっていたのである。


「ルーレットを二つ回して、二つのルーレットが同じ数字となった時に召喚の儀式が行われる」


 はあぁぁぁぁぁ????? なんじゃそりゃ~! 今までのシリアスな空気は一体何だったんだ! このいい加減さがまさにエレノではないか! 流石はエレノだ!


「三ヶ月に一度、ルーレットを回すんじゃが、中々揃わんでのう。昔の記録では度々揃っていたのじゃが、現王朝に変わってから二度しか揃ってはおらん」


 呆れる俺とは対照的に真剣に語るニベルーテル枢機卿。いやいや、その鋼のメンタルが素晴らしい。俺達と枢機卿らとであれこれ話した後、時間が過ぎたということで話が終わる。帰り際、ニベルーテル枢機卿が俺に言った。


「もし召喚に興味があるならば、大聖堂の図書館を使うがよかろう。許可を出しておく」


 これは有り難い。俺はニベルーテル枢機卿に頭を下げた。それからあれこれと話を続けた為、ケルメス大聖堂を後にした時には既に夕刻となってしまっていた。そこで繁華街に寄り、俺とアイリとフレディの三人でパスタ屋『シャラク』に入った。


「いやぁ、今日は感動したよ」


 ケルメス大聖堂で三人の枢機卿と面談したことで、フレディのテンションは高かった。特に召喚の儀式について、宗派の長老と思われるニベルーテル枢機卿の話が直接聞けるなんて、まずあり得ないことだと大いに喜んでいる。俺達はピザとポロネーゼを頼んだ。店員がパスタにはパンがつきものですよと言うので、パンも一緒に頼む。


「ここはこの前、コメ料理の試食会を開いてくれた人がオーナーの店だ」


「そうだったのか!」


 フレディに出てきた料理を食べながら説明すると驚いている。


「ここのピザは本当に美味しいんですよ。このピザがロタスティでも食べられるようになりますから」


 アイリが嬉しそうに話すと、フレディがバリエーションが増えて助かるよねと喜んだ。パスタにしてもこの『シャラク』では十種類以上ある訳で、ロタスティでこれだけの種類のパスタ料理が増えると、当面飽きることはないだろう。俺達は『シャラク』で早めの夕食を食べた後、学園に戻った。


「グレン。お話をしてもいいですか?」


 学園の馬車溜まりでフレディと別れた後、俺の後ろにいたアイリがロングジャケットを引っ張ってきた。後ろを振り返ると、先程までとは一転して真剣な表情。いや、アイリはフレディといる間、真剣な表情を隠していたのだ。


「誰もいないところで・・・・・」


 アイリがそう言うので、俺はアイリを黒屋根の屋敷にある執務室に連れて行った。アイリが珍しくワインが欲しいというので、【収納】で最近手に入れた銘柄「ルポニダス・ディ・ジョべデール」という赤ワインとグラスを取り出す。


 アルコールに弱いアイリが飲みたいということは、余程の事を覚悟しなければならない。というか、アイリの言うことはただ一つ。「役割について教えてくれ」。それしかないだろう。アイリはグラスのワインを一口飲むと尋ねてきた。


「グレン。役割の意味はご存知ですよね」


「ああ、分かっているよ」


 以前ならば誤魔化していたのだが、今のモードのアイリにはそれは通用しないのが分かっているので、素直に答えた。


「どうすれば役割が終わるのですか? どうすればグレンの役割が終わるのですか?」


 予想通りアイリは問うてきた。大聖堂でニベルーテル枢機卿が話された言葉が頭から離れないのだろう。思い詰めた表情をしている。アイリは感性が鋭い。俺が取り繕ったりしたら、それをすぐに見抜く力がある。これもヒロインパワーの一つなのだろうが、話を咀嚼する際には障壁、即ち疑いに変わりかねない。俺はアイリに言った。


「これから俺が思った通りに話すから、分からなければ言ってくれ」


 ゲームの話をこちらの世界のものに置き換えず、そのまま話すということ。例えばルートであるとか、エンドであるとか、セーブであるとか、ロードであるとか、フラグであるとか、そのような言葉をストレートに話すということ。この言葉にアイリは頷いた。


 俺はアイリに乙女ゲーム『エレノオーレ!』の顛末についてありのままを話した。アイリが正嫡殿下と恋に落ち、殿下の婚約者クリスと事あるごとに対立し、最終的にはクリスが破れ婚約破棄される。そして正嫡殿下と結ばれる。


 同じくレティについても話をした。レティと正嫡殿下が恋に落ち、殿下の婚約者クリスと事あるごとに対立し、最終的にはクリスが破れ婚約破棄される。そして正嫡殿下と結ばれる。


 二人の違いは正嫡殿下と結ばれる為の乗り越え方で、『実技対抗戦』までは同じだが、それ以降が異なる。アイリは平民の壁を、レティは父親のやらかし・・・・を殿下と協力して乗り越えていく。これは他の攻略者でも同じで、剣豪騎士カインだろうと、天才魔道士ブラッドだろうと、正嫡従者フリックだろうと、悪役令息リンゼイだろうと変わらない。


 今は婚約イベント、アイテム獲得、『実技対抗戦』、そして細かなイベントが終わった段階。これから『歳末舞踊会』『対抗戦』『婚約破棄イベント』が起こる。今現在、大体七割のイベントが終わった感じではないかと話した。アイリからの質問はなかった。これは今まで断片的に何度も話していたので、それが繋がった形となっているからだろう。


「まだまだあるのですね」


 アイリは少し安心したような表情を見せる。アイリが求めているものが何かが分かるのがツライ。


「大聖堂の話を聞いて、もう間もなく終わってしまうと思ってしまいました」


 アイリ特有の大ボケがこんなところで発動してしまったようである。あれはゲートの開き方の話であって、事情をよく知っている筈の三人の枢機卿ですら、把握できていない話。何を持って役目を果たしたとなるのかという話だからな。


「どうすれば役目が終わるのですか?」


「イベントを乗り越え、アイリかレティが男性攻略者と結ばれる事だと思っている」


「えっ!」


 俺の説明にアイリが固まってしまった。実はこの話、前々から考えていた事だ。


「私、誰とも結ばれません!」


 アイリは語気を強める。殿下ともカインさんともフリックさんとも、そんな事を思ったこともありません、とアイリは話す。その目は真剣そのもの。膝上に置いた両手を強く握りしめている。


「いや、アイリの話とは限らない。レティという事もある」


 俺は話題を逸らすため、レティの可能性について言及した。しかしアイリは大きく頭を振る。


「レティシアも誰とも結ばれないと思います」


 確かにそうだ。攻略対象者との誰とも絡んでいないのだから、それは否定しない。だが、誰かが結ばれなくてはゲームエンドにはならないのだ。それでは俺が困るじゃないか。現実世界にいつまで経っても帰られないことになる。俺が自分の事について考えていたら、アイリは言った。


「レティシアはグレン以外の男の人に眼中がありませんから」


 アイリはそう断言した。

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