228 冒険者ギルド解散

 ギルド総監を名乗ったペルオアという人物は俺に王都の冒険者ギルドを五〇〇〇万ラントで買えと言った。俺はエッペル親爺とディーキンの顔を見た。驚いているというより、呆れた顔をしている。つまりこの五〇〇〇万という値は論外ということだな。


「今現在のギルドが請け負っている仕事の件数と、ギルドの登録者は?」


 俺が聞くと冒険者ギルドの三者が顔を突き合わせた。そして主務アラヒルが言いにくそうに答える。


「仕事の件数は・・・・・ 〇件であります。登録者は六名・・・・・」


「それで五〇〇〇万ラントとはこれ如何に?」


「ギルドの精算に費用がかかるのです」


 取纏役筆頭であるクセラは説明した。冒険者ギルドの施設、要員、ギルド総監ベルオアらギルド役員らの処遇の為、費用がかかるというのである。『常在戦場』の事務長ディーキンが口を開いた。


「それは冒険者ギルド側の事情では?」


「確かにその通りだが、こちらも引けない事情がある。要員の給金もままならない。五〇〇〇万ラントで引き取ってもらいたい」


 ギルド総監ペルオアは繰り返し主張した。要員に対する給金までも未払いのようである。予想以上にボロボロの状態。本当に収入がないのだろう。相手はどうしても冒険者ギルドを五〇〇〇万ラントで引き取って欲しいようだ。俺は問うた。


「施設の内容と役員の数及び要員の人数を教えていただきたい」


「施設はギルド本部。馬車溜まり、保管庫を併設。役員は総監一、取纏役八、主務一の十人。要員は事務十八、警備六、施設保全六」


 主務のアラヒルは冒険者ギルド側の予定では施設を渡し、役員要員の退職金とする方針だと付け加えた。だったらこうすればいいじゃないか。


「施設と要員は全て引き継ぐ。役員の退職金はこちらから直接支給する。これでどうだ?」


 俺の提案に冒険者ギルドの三人は蒼白になった。対照的にエッペルとディーキンはニヤけている。どうかしたのか?


「よもや売却した冒険者ギルドのカネを役員だけで山分けにしよう、なんて思ってはおらんだろうな」


 エッペル親爺がもしゃもしゃした白い顎鬚を撫でながら言った。


「め、滅相もない。要員らにも分配するにはそれほどの費用が必要で・・・・・」


「ならば『おカシラ』の提案でいいのではないか? 公明正大だ」


 うろたえる主務のアラヒルにディーキンが迫る。どうやらエッペルやディーキンの見立ては正しいようだ。俺は【収納】で一〇万ラント金貨を出した。


「退職金はギルド総監に二五〇万ラント。主務と取纏役筆頭に一五〇万ラント。他役員に五〇万ラント。それでいいんじゃないか? さっきの条件を承諾すればすぐに支給するぞ」


 冒険者ギルドの役員三人はお互い顔を見合わせた。その中で、連中が少し気まずい雰囲気になったのを感じ取る。自分達だけが有利な条件でカネを受け取る事への気まずさだろう。しばらくしてギルド総監ペルオアが冒険者ギルドを代表して言った。


「その条件、お受け致します」


 ギルド総監ペルオア、主務アラヒル、取纏役筆頭クセラの冒険者ギルドの役員三人は「みんなで渡れば怖くない」を選択した。俺が出した一〇万ラント金貨の前に屈したという訳だ。彼らは即金で手に入る自分達の退職金に目が眩み、冒険者ギルドを売り渡す決断をしたのである。


 人間というもの、いくら悩もうと一度決断すれば動きは速い。幾つかの質疑応答の後、アイリが急遽作成してくれた譲渡契約書に、冒険者ギルド代表してギルド総監ベルオアはサインをした。主な内容は以下の通りである。


一.乙は施設を甲に譲渡する。施設維持等の費用については甲が負担する。


二.乙に属した要員は甲が継承する。給金の未払い等の費用については甲が負担する。


三.甲は乙に所定の退職金を支払う。甲の継承後、乙の役員はその権限を喪失する。


 甲とは俺、グレン・アルフォード。乙とは冒険者ギルド。乙を代表してギルド総監ベルオアがサインしたことで、冒険者ギルドの解体は決定した。譲渡契約書に退職金の金額を書き入れなかったのは、売り渡した者への配慮である。


 もし退職金の額を書けば、この席にいない役員達との金額の差が明らかとなり、後の火種になる要素は「所定」という言葉を使って隠蔽したという訳だ。ベルオア、アラヒル、クセラはそれぞれ一〇万ラント金貨で所定の退職金を受け取ると、さっさと退職金受け取りのサインを済ませ、取引ギルドを後にした。


 それを黙って見ていたアイリは何か言いたげであった。おそらくはお金のため、そんなに簡単に売り渡せるのかという事なのだろう。だが、人間というもの追い詰められればなんだってする。俺だって会社をクビになったら、自己破産でもなんでもして家のローンの回避に全力を尽くすだろう。それと同じだ。


 冒険者ギルドはこの数ヶ月売上らしい売上が上がっていない。そのためギルド要員は給金が未払いとなった。当然ながらギルド総監を筆頭とする役員もカネを受け取れない、あるいは一部だけを受け取るという状態だったのだろう。それ以前から手数料を請負額の四割という信じがたい額を取っていた冒険者ギルド。以前から経営不振でギルドの蓄えは底をついていたと考えられる。


 『常在戦場』の事務長ディーキンは魔装具を取り出し、冒険者ギルドの施設を抑えるよう、配下の者に指示を出す。これで冒険者ギルドの役員達は、冒険者ギルドに関わることが不可能になる。俺は冒険者ギルドが行っていた業務を『常在戦場』と取引ギルドで分割するようにしてみては、と提案した。


「それならば警備依頼は『常在戦場』が、調査依頼は取引ギルドがそれぞれ引き継ぎ、調査については『常在戦場』のメンバーが個別で請け負う形はいかがでしょうか?」


「取引ギルドは窓口業務や事務仕事ならできるが、実務はできない。こちらの側は異存がない」


 ディーキンの提案を取引ギルドの責任者であるエッペル親爺は受け入れた。ディーキンは続ける。


「『常在戦場』は多くの冒険者ギルドのメンバーを取り込み、実務については差し支えないが、受付窓口の要員が少ない。直接的な警備依頼に絞って受付業務を行い、後は取引ギルドの方でやって頂いた方が、こちらにとっては都合がいい」


「欲を言って申し訳ないんだが、実は冒険者ギルドの施設に取引ギルドを移したいのじゃ。あちらの方が設備がいい。こちらよりずっとな」


 エッペルは部屋を見渡してそう言った。冒険者ギルドがある建物の延床面積は取引ギルドの三倍はあるという。確かに取引ギルドにはない、馬車溜まりまであるというのだから、相当なものだ。おそらく冒険者ギルドの歴代の役員たちが、巻き上げた手数料をつぎ込んで作ったのだろう。実に下らない。


「俺はいいよ。今まで散々世話になったんだ。エッペル親爺の好きにしてくれればいい」


「ありがとよ、グレン。じゃあ、その言葉に甘えて、好きにさせてもらうぞ」


 遠慮というものがないのがエレノ世界の商人。エッペル親爺もその例外ではない。ド厚かましいのが商人の美徳とされているのである。それは低い身分に据え置かれた故、体裁に囚われる事なく交渉においていきなり本題から入るなどという徹底した実利主義が、遠慮という恥の概念を消し飛ばしてしまっているのだろう。


「しかし、まさか冒険者ギルドごと解体してしまうとは思いもしませんでしたなぁ」


 ディーキンが感慨深げに話す。考えてみればディーキンも冒険者ギルドを離れて『常在戦場』の立ち上げに参加したのだな。まさか『常在戦場』を作って半年もしないうちに、冒険者ギルドを飲み込み、冒険者ギルドそのものがなくなってしまうなんて思っても見なかっただろう。


「来週には『常在戦場』の改組が終わりそうです。その際にはおカシラ、是非お立ち会い下さい」


「私も立ち会わせに加わってもよろしいですか」


 俺に参加を求めたディーキンの目が大きく開いた。アイリからのいきなりの言葉に驚いている。いや、それは俺もなのだが・・・・・


「お嬢さん・・・・・ いやグレンの秘書さんの同行、当然認められますな。秘書なのだから・・・・・」


 エッペル親爺がディーキンに声を掛けた。ディーキンは戸惑いながらも頷いた。


「おカシラの秘書なのですから当然です」


「ありがとうございます。おカシラの為に全力を尽くします」


 お、お、おカシラ・・・・・ そう言ったアイリは頭を下げた。それを見たエッペルとディーキンは大いに笑う。いやいや、そこは笑うとこじゃないぞ! アイリに滅多な言葉を教えるんじゃない。


「頑張りましょう、おカシラ。ねっ」


 アイリはそう言って俺に笑いかけた。


 ――休日の昼下がり。フレディが作った『決闘報告書』を提出するため、俺はケルメス大聖堂に向かっていた。馬車には俺とフレディ、そしてアイリの三人。いつもならリディアがいるのだが、今日は実家に戻っている為ここにはいない。しかしその代わり、アイリが「私も同行させて下さい」と言って、馬車に乗り込んできたのだ。


 いきなりのことでフレディも驚いたが、いつもリディアと一緒に行動しているからか、フレディは「一緒に行きましょう」と快く応じたのである。最初不安そうだったアイリは、笑顔で馬車に座って、俺達と一緒にケルメス大聖堂に向かっている。


「オルスワード教官の話はそこまで深刻な話だったのですね」


 フレディから決闘報告書の要旨を聞いたアイリは本当に驚いていた。アイリ自身、決闘に参加して必死に戦っていたものだから、オルスワードが決闘の瞬間に何をやり、教会の忌避に触ったのかを全く意識していなかったのである。


「だから大聖堂の枢機卿は俺とグレンに調査を依頼したんだ」


「そうしたら『教官議事録』も出てきて、あの騒動に発展した、という訳だ」


 俺がそう話すと二人は笑った。実際そうなのである。押収したついでに取った『教官議事録』が、あれ程の騒動を巻き起こすとは思いもしなかったのだから。まぁ、あれによって決闘の全経緯が衆目環視となった訳でから、結果として良かったのではないかと思う。

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