第十九章 変化

226 狩猟大会

 狩猟大会で学園が静かになると共にアイリと過ごす時間が増えた。学園や小麦の件、『貴族ファンド』等々、諸問題が軒並み一段落した事が大きい。またリサがボルトン伯爵一門の帳簿を見るためにルカナリア地方に旅立ち、ザルツをはじめロバートもニーナもモンセルに帰ったことで、俺の周りが久々に静かになったのである。


 俺とアイリは学園図書館で待ち合わせ、一緒に『スイーツ屋』に行ったりと、二人だけの時間を満喫した。なんというか、アイリといると本当に健全なお付き合いをしているように思う。佳奈と付き合っていた時より健全である。そんな俺達を邪魔するかのように魔装具が光ったのは平日中日の放課後。俺とアイリがいつものように学園図書館にいた時だ。


「おお、生きてたかグレン」


「死んでいなかったのか、エッペル親爺!」


 魔装具の主は、このところ連絡する機会が減ったエッペル親爺からだった。俺とエッペルは商人式挨拶を交わすと、エッペルから用件が伝えられた。


「冒険者ギルドがお前に会いたいんだとよ」


「この前、会ったぞ。話し合いの上、その問題は解決したはずだが・・・・・」


「違う! 俺が言ってるのは冒険者ギルド・・・・・・そのものだ」


 ああ、そういう事か! ええっ! 冒険者ギルドの責任者が俺に会いたいというのか? どうしてなんだろうなぁ。俺はエッペルに聞いてみた。


「登録者がいなくなったらしい。だから引き取って欲しいってよ!」


 なるほどな。え! はぁ? 引き取れ? なんだそれは! 俺が少し理解に苦しんでいると、エッペルが説明してれた。客も登録者もいなくなったから、やっていけないのでギルドごと買い取ってほしいのだという。


 俺は暫く考えた後、『常在戦場』の事務長ディーキンとエッペルも同席の上、取引ギルドで話し合いを行うなら受けると伝えた。この二人がいるならば損か得か、有利か不利かを見極めることが容易だろう。エッペルは一度確認してみると、魔装具を切った。


「・・・・・大丈夫?」


 心配そうな顔をするアイリ。俺は先週に起こった『常在戦場』の屯所での出来事を説明し、その延長線上の話であることを伝えた。大筋で話ができているから、揉めることはないだろうと言うと、アイリはホッとした表情に変わった。


「いつも何かあるね」


 アイリの言う通りだ。本当に何かがあり続けて、こちらの感覚が変になりそうである。現実世界にいた時にはこんなに頻発しなかったように思う。まぁ、その点だけ見ればエレノ世界の俺のほうがハードな暮らしをしているとも言えるだろう。


 が、こちらでは鍛錬やピアノの練習の時間、こうやってアイリと話す時間があったりと余裕があるので、どちらが良いのか測りかねる部分がある。時間の流れはそのものは現実世界よりもゆとりがあるのだ。何かあっても考える余裕がある。その方が人間らしい暮らしと言えるのかもしれない。


 ――ロタスティの個室で夕食を食べていたとき、クリスの話をしていたアイリがポツリと言った。


「クリスティーナ、何か悩みがあるのかなぁ」


 今日はピアノが聞きたいとアイリが言うので、二人でいつもより早めの夕食を摂っていた。アイリの話を聞くに、狩猟大会直前の話だというので大体、想像がつく。


「おそらくアルフォンス卿の事だろう」


「お兄様の事でですか?」


「ああ。クリスはアルフォンス卿に対して危惧を持っているのだ」


「お兄様が何かをやろうとされてそのように・・・・・」


「いや。そこまでではないだろうが、不安があるということだ」


 俺はアイリに話した。王都にあるノルト=クラウディス家の屋敷で公爵家にゆかりのある貴族やアルフォンス卿、クリス、俺を交えて協議を行った後、食事を囲んだ際にアルフォンス卿から不穏なものをクリスは感じ取ったと。


「それは・・・・・」


「正嫡殿下の兄上、ウィリアム殿下を担ごうとしているのではないかという危惧だ」


「・・・・・」


「アルフォンス卿とウィリアム殿下は同級生。兄が百三十年前にあった『ソントの戦い』と同じ動きをするのではないかと、クリスは不安に思っているのだろう」


「『ソントの戦い』・・・・・」


 アイリはこの話に詳しくなさそうなので、俺は話した。兄王子を差し置いて王太子になろうと画策した弟王子に反発した兄王子の同級生、ボルトン伯の先祖が決起し、最終的には弟が失脚し、兄王子が王太子となったという『ソントの戦い』のあらましを。そしてアルフォンス卿が、ボルトン伯のご先祖と同じ行動を起こそうとしているのではないかと。


「・・・・・それでクリスティーナが」


「アルフォンス卿は宰相補佐官。滅多な話、聞こうにも聞けない。クリスはそれについて考えていたのだろう」


 真意を問い正せるわけがないし、仮に聞いてもはぐらかされるだけなのは確実。かと言って家の有事を考え、アルフォンス卿に対して「おやめ下さい」と諌める事もできない。ここにクリスの悩みがある。


「レティシアのお家の話もそうですけど、重くありませんか?」


「重すぎるよ。重すぎる」


 十五、六の娘が背負える話じゃない。二人とも家の行く末を案じての悩み。時に痛々しさを感じてしまう。


「グレンはレティシアのお父様の事をご存知なんですよね」


「ああ。レティから聞いてるよ」


「いえ。コウイチさんの世界の話で・・・・・」


 ああ、そちらの世界での話か。乙女ゲーム『エレノオーレ!』に出てくるレティの父リッチェル子爵。一枚絵で登場するリッチェル子爵は金髪がカールしており小太りで貴族服を着用していた。いつもやらかす・・・・お調子者、それがレティの父のゲーム上での描かれ方だ。そのリッチェル子爵とはどのような人物かをアイリは聞いていた。


「いきなり払えぬ借金を作ってきて、レティになんとかしろという父親だ」


「ええっ!」


 アイリは驚いている。レティはおそらくそこまでは話をしていなかったのだろう。まぁ、驚くよな、普通ならば。俺は爆弾がリッチェル子爵だけではなく、夫人、兄、姉と他に三つもあったという話の方が衝撃的だったのだが。


「それを仲良くなった男子生徒と協力してなんとかするというお話なんだ」


「なんとかなったのですか?」


「物語の上ではなんとかなった感じで描かれていた」


「最後は・・・・・」


「暴動が起こる。暴動が起こって王都が混乱する」


「グレンが何回も言っている話ですね」


 そう。王都に暴動が起こり血の雨が降る。この一件で宰相は失脚し、ノルト=クラウディス家は没落。アイリにもクリス達にも何度も語った結末。今、それを阻止すべく動いている。それがクリスの願いだからだ。


「その事件が終わると・・・・・」

 

「最後は恋仲となった男子生徒と結ばれるという筋書きだ」


「そのとき私は・・・・・」


「出てこないよ。レティとアイリが仲良くなっている話じゃないから、今と全く違うんだ。第一、ここのレティは今まで自分で解決しているんだから偉いよ、本当に」


 そうなのだ。レティは父から実権を奪い、母の裁量権を取り上げ、兄を嫡嗣としての地位から叩き出し、姉のカネをせびる機会を喪失させた。これを大人の協力者がいるとはいえ、わずか十四歳でやっているのだから、並の技量ではない。実質的な女主人となったレティは弟ミカエルの襲爵にまでこぎつけている。ある意味、天才と言っていいだろう。 


「家のお話はどうなったのですか?」


「先日、レティの後見人であるエルダース伯爵夫人と会って、ミカエルのリッチェル子爵位の襲爵に対して最終的な了解を取り付けたのと、王宮に奏請し襲爵の裁可を得た」


「そ、奏請???」


「国王陛下にお願いする事だ。ミカエルがリッチェル子爵位を継承してもいいという許可を頂いたんだ」


「だったらレティシアの望みが叶えられたのね」


「ああ。あとは教会で襲爵式を行うだけだ」


「良かったぁ。これでレティシアも報われるのね」


 アイリは我が事のように喜んだ。周りの協力を得てレティの望みである、弟ミカエルのリッチェル子爵位の襲爵。ミカエルは襲爵式が終われば、晴れてリッチェル子爵ミカエル三世となる。狩猟大会終了の後、リッチェル子爵領を管区とするネルキミス教会で襲爵式は挙行される予定だと聞いている。その日まで後少しのところまで来た。

 

 ロタスティを出た俺達は、寮の裏手に向かった。早めの夕食だったため、まだ空は明るい。俺は魔装具を取り出し、魔装回廊を出現させる。突然のトンネル出現に驚くアイリの手を引いて、回廊を通って黒屋根の屋敷に入った。


「このお屋敷は・・・・・」


「ウチの屋敷だ」


「グレンの!」


 アイリは目を丸くした。図書館で一応は説明したつもりだったのだが、どうも意味が通じていなかったらしい。俺は屋敷の扉を開け、アイリを屋敷の中に招き入れた。


「・・・・・す、す、凄~い!」


 アイリは両階段のあるエントランスを見てビックリしている。辺りをキョロキョロと見回るばかりだ。こういう仕草は子供っぽい。


「本当にグレンのお屋敷なの?」


「ああそうだ。ここでリサが暮らしているが、今は用事でボルトン伯爵領に向かっているから誰もいないんだ」


「うわぁぁぁ!」


 アイリは本当に驚いている。俺はアイリを両階段下に連れていき、中の部屋を案内した。


「ここがピアノ室だ」


 アイリの目が点になっている。おそらくピアノの大きさに驚いているのだろう。ロタスティに置かれているピアノより奥行きがあるのだから当然か。またロタスティのような広いホールのような場所と違って、ここは部屋。なので、より大きく見えるというのはある。


「今はここで練習している事が多いんだよ」


「じゃあ、この前弾いてくれた曲も・・・・・」


「ここで練習したよ」


 俺は扉を閉めて、ピアノの前に座る。今日は三限目後、一時間半ほど弾いていたので、カバーを取り、蓋を開けていたのだ。椅子に座るようアイリに促した俺は指慣らしの為、練習曲を弾き始める。本当は三十分程度弾かなければならないのだが、それではアイリが退屈するだろう。なので練習曲を十五分ほどで切り上げた。

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