225 問題解決の方程式

俺は集まった冒険者ギルド側の連中に対して三つの提案をした。一つ、冒険者ギルドに登録している者は『常在戦場』に無条件で入団できる。二つ、冒険者ギルドの登録を抹消すること。そして三つ『常在戦場』は団長のグレックナーの指示に従うこと。以上である。それに対して質問の声が上がった。


「きょ、今日ここに来ていない人間は・・・・・」


「もちろん。俺が言った条件が適応される。何か問題があるか?」


「いや。だったら後ろめたくねえな、と」


 確かにそうだ。ここにいる連中だけが入団で、来ていないヤツは入れない、となったら揉めるのは間違いなさそうだしな。俺は冒険者ギルド側のリーダー、カラスイマに聞いた。


「何か異論は?」


「俺も同じ条件か?」


 リーダーだから特別待遇を求めているのか? それは無理だ。理由もないのにそれをやったら不公平感が出る。だから俺は「同じだ」と告げた。


「だったら異論はない」


 カラスイマは承諾した。俺は『常在戦場』に入団するもしないのも自由だと話した上で、警護や哨戒といった警備部門と、調べたりする調査部門があることを告げ、各自の能力に応じ配属することを説明した。その間、グラウンドに机と椅子を用意してもらって、冒険者ギルド側の連中にはこの場で面接に臨んでもらった。


 屋内でやったら時間がかかり、案内等手間がかかるので、この場で履歴提出と面接、そして支度金の渡しを一括して行うことにしたのだ。カネは【収納】で出し、ディーキンに預けたのだが、それを見た冒険者ギルド側の連中はどよめいた。カネがいきなり出したりすれば、錬金術師なんかと勘違いされるか。連中にグレックナーは言った。


「おカシラは、並の生徒じゃねえんだよ」


「生徒?」


「サルンアフィア学園の生徒だ」


「貴族学園の・・・・・」


 皆、驚いている。まぁ、学生に雇われているってのはあまりいい気分じゃないだろうなぁ。実際は俺のほうが歳上なのだが。


「普通のお方じゃないってこった。団に入ったら『おカシラ』と呼ぶようにな」


 グレックナーの説明に、冒険者ギルド側の連中は頷いた。早速、面接が始まる。六つのテーブルで、グレックナーを初め、ディーキンや青年剣士リンド、口髭の美しい盾術使いのファリオ、結団メンバーのオラトニア、事務長補佐のスロベニアルトといった『常在戦場』の幹部らが面接役として相手をし、短時間で次々と手続きが終わっていく。


「ありがとうございます」


 冒険者ギルド側のリーダーであるカラスイマが礼を言ってきた。俺はどうするつもりかとカラスイマに尋ねると『常在戦場』に入るという。そこで、どこが決め手だったのか聞いた。


「待遇だよ。固定給なんて考えられねぇよ。いいのか?」


「約束だからな。当然だ」


「黙ってトップを待った甲斐があったよ。思ったよりも遥かにいい条件を出してもらった」


 カラスイマは冒険者ギルドの惨状を考えれば、『常在戦場』の条件や待遇は天国だと言った。


「噂以上の良さだったよ。しかも無条件で入れてもらえるなんざ、誰も思ってなかっただろうし」


 カラスイマは納得の上、面接に臨んだ。もちろん合格である。結局、ここに屯所に押しかけてきた冒険者ギルド側の面々、百二十七名全員が『常在戦場』に入団することになった。


「これは大所帯だぜ」


 面接が終わった後、グレックナーが興奮気味に語ったが、俺はグレックナーに侘びた。


「いきなりのことで済まなかった」


「いやいや。いきなり呼び立てて侘びなきゃいけねえのはこっちだ。しかしまさか押しかけた連中を全員抱えるなんて」


「不公平があってはいけないからな。不満の元だ」


「あんな荒芸ができるのはおカシラだけだぜ!」


 ディーキンが俺を褒めてくれる。いやいや、俺が言ったことを受け入れてくれる事が分かっていたからこそできた芸であって、俺は言っているだけに過ぎない。だから皆には及ばない。


「早急に編制を改めなければならねぇ。これから忙しくなるぞ!」


 グレックナーそう言うと、俺に挨拶をして立ち去った。ディーキンら幹部もグレックナーに倣う。多数の入団者を抱える中、これから準備を始めなければいけないのだから大変だ。皆が立ち去る中、俺は口髭の美しい盾術使いのファリオを捕まえた。以前、ディーキンに話しておいた盾術について聞くためである。


「ファリオさん。盾術の話なんだけど・・・・・」


「ああ聞いてるよ。剣は片手持ちになるが、それでもいいのかな」


 以前、俺が戦った決闘の模様を見たファリオが、両手持ちの俺が盾を使うのかと聞いてきたのである。


「実はそうじゃなくて、大きな盾だけで制圧する術を知らないかなぁ、と思って」


「なるほど。大盾で相手押さえる術ならありますよ」


 俺の意図を察したファリオは隊士達に声をかけると、準備に取り掛かった。二人の隊士が木剣で構えると、ファリオは身長に近い大きな盾を持ち隊士と対峙する。


「ぬぅぅぅぅおおおっー!」


 隊士達が奇声を発して、盾を構えるファリオに襲いかかった。隊士たちが持つ木剣ごと大盾で押し込んで倒し、その動きを封じた後、もう一人の隊士が襲いかかってくると、大盾をスライドさせた上に九〇度回転させ、横に持って襲撃を防いだ。その上で盾の位置を九〇度戻して、盾ごと相手を一気に押し倒す。ファリオは盾だけで二人を制圧した。


「いやぁ、大したものですね」


「いやいや。しかし大盾の術をどうして?」


 協力してくれた隊士に礼を言って下がってもらった後、聞いてきたファリオに俺は言った。


「小競り合いを抑える術をと思って」


「小競り合い!?」


 ファリオは怪訝な顔をした。当たり前だよな、誰と誰とが小競り合いをするのか、って話だもんな。


「民衆です」


「・・・・・」


 ファリオは困った表情を浮かべた。俺の真意が読み取れないという事なのだろう。そりゃそうだ。「暴動」という核心部分に触れていないのだから仕方がない。


「ファリオさん。俺の話を信じなくてもいいので聞いて欲しい。武器を持たぬ者と小競り合いになった場合、こちらが武器を持って戦ったらどうなると思いますか?」


「流血沙汰だ。あってはならん事! 惨事になる!」


 深刻な顔をするファリオ。やはりこの人は騎士だ。視点が軍人。


「ですから、これを盾術のみで止める事ができれば・・・・・」


「流血は避けられますな。なるほど!」


 ファリオは俺の意図を少しは分かってくれたようだ。俺は説明した。大盾を使った小競り合いを抑え込む戦術が知りたい。そして大盾の集団戦の運用法が知りたいのだ、と。


「うむむむむ・・・・・ そんな事、思っても見ませんでしたな」


 そりゃそうだ。暴徒すらいない状況で、大盾を使った制圧術なんて考える余地もない。


「滑稽無糖だとお笑いになるかもしれませんが、私は真剣です」


「・・・・・もしかして、この『常在戦場』を作ったのも、冒険者ギルドの面々を引き入れたのも、それが理由なのですか?」


「大いにあります」


 いや、ファリオの言う通りなのだ。主目的なのはそれ。今日あった冒険者ギルドの引き入れは予想外だったが、『常在戦場』の人数を増やそうという考えには変わりがないのだから、結果オーライみたいなものだ。


「おカシラの言うことには間違いはありません。未知数ですが、一度考えてみましょう。ただ・・・・・」


「時間については大丈夫だ。編制の問題もある」


 ファリオの言わんとすることは分かった。むしろ俺の話を飲み込んでやってくれるというのがうれしい。大変有り難い話である。俺はその場で手紙を書いて封書を渡した。


「グレックナーに渡してほしい。事情を考慮してくれるはずだ」


 手紙にはファリオに盾術研究を依頼したので、その点を考慮した人事をお願いしたいと書いておいた。出張が多かったり、部下が多かったりすると中々研究が進まないだろうから。ファリオには一定の型ができれば、未完成であっても見せて欲しいと伝えた。アーサー達の意見も参考になるやもしれないからだ。


 俺はファリオに礼をすると、呼んでいた馬車に乗り込み、学園へと戻った。


 ――学園の生徒の数は明らかに少なかった。王室主催の狩猟大会に貴族子弟が参加したために、開店休業状態になったのだ。クリスもいないし、アーサーもいない。レティも伯爵夫人に連行されて参加してしまった。クリスの従者トーマスとシャロンも主と同行したので姿はない。今学園に残っているのは貴族とゆかりのない平民のみである。


 もちろん俺は学園にいた。狩猟大会なぞ、俺にとっては無意味で無関係のもの。たとえ学園の生徒が三割程度しかいなくとも俺には全く関係がない。だが全てが関係ないという訳でもなく、関係のある話もある。歓楽街のカジノと併設された高級ホテル『エウロパ』で開かれた貴族のパーティーがそれだ。


 狩猟大会の前夜祭と銘打ったこのパーティーには反宰相派の急先鋒であるアウストラリス公をはじめ、リッチェル子爵家やエルダース伯爵家が属するエルベール派を主宰するエルベール公、ハンナの実家ブラント子爵家がいるランドレス派の領袖ランドレス伯。遠方僻地を所領とする貴族が多いバーデット派の盟主バーデット候など、貴族派の面々が一堂に会する場。


 おそらくはこの会で『貴族ファンド』設立をぶち上げた筈。だが、俺の周りにいる貴族関係者が全くいないので状況が伝わってこない。俺がこの会のことについて知ることが出来るのは、閑散とした学園に貴族子弟が戻ってくる頃。つまり狩猟大会の終わった後ということになるだろう。


 一方懸案となっていた小麦相場。ジェドラ商会とファーナス商会がラスカルト王国とディルスデニア王国から輸入した小麦を卸し始めた事によって、三五〇ラントまで上がっていた小麦相場が一五〇ラント近くまで下落した。五倍値から二倍値まで落ちたことで、俺達の狙いである小麦相場の沈静化は、一定の成果を得られた形となった。


 ただ問題はこの状況が続くかというところ。最も需要の多い王都が沈静化すれば他の都市の相場も沈むだろうが、王都相場が再び上昇相場とならば他の都市の相場も上がっていく。つまり、小麦価格を抑え込むには王都の小麦相場を抑え込む事が鍵となる。現段階では「間断なく輸入して売り続ける」というザルツの戦術が効果を上げていると言えよう。

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