224 一触即発
「おカシラ! すまねぇ」
駆けつけた俺に対し、自警団『常在戦場』の団長ダグラス・グレックナーが申し訳なさそうな顔で見てきた。グレックナーの周りには鎧をつけて武装している『常在戦場』の隊士達が守りを固めている。みんな目が血走っているので、かなりヤバヤバな空気だ。冒険者ギルドの方はと言えば、前方の真ん中にいる連中が特に屈強そうである。こいつらがこの一団の中心か?
「あんたがおカシラか?」
背中から聞こえてきたので振り返ると、グレックナーより肩幅広く、警備隊長フレミングよりも胸板厚い、いかにも戦士でござるという出で立ちの壮年の男が俺を見ていた。その後ろには血相を変えた一団、冒険者ギルドの連中が控えている。
「ああ、そうだ」
俺が答えると「こんなガキがか?」「待つ必要もなかったじゃねえか!」という不満の声が上がった。そりゃそうだろう。グレックナーやフレミングのような、百戦の闘士みたいな連中の上にいるヤツだから、さぞかしイカつい奴だろうと思うのも無理がない。
「名前は?」
「名を聞くなら、名乗られる方が先では?」
冒険者ギルドの一団の真ん中にいる、代表者らしい壮年の男が尋ねてくると、そう返してやった。このエレノ世界では名乗りという儀式は非常に重要で、どちらが先に名乗るかで力関係が変わってくる。このような対立局面の場合、もちろん先に名乗った方が「下」で、後で名乗った方が「上」。さあ、どうする。
「ニージェル・カラスイマだ」
肩書を付けなかったか。一個人であることを強調したいのだろう。相手がシンプルに名乗った。ならば。
「アルフォード商会が次男、グレン・アルフォード。『常在戦場』のオーナーだ」
俺は肩書を付けて名乗った。これまでやったことがなかったのだが、対比を強めるためには効果的かと思って名乗ったのだ。すると冒険者ギルド側がどよめいた。アルフォード商会の名は彼らの中でも通っているのだろう。
「そのアルフォードの次男が、なんでこんなものを持っているのだ?」
「趣味だ。それが何か?」
「趣味ーーーーー!!!」
冒険者ギルド側の代表者カラスイマが呻いた。後ろにいる面々もざわめいている。まさか趣味でこんな物騒な集団を持っているなんて思ってもいなかったようだ。連中の俺を見る目が変わっているのをヒシヒシと感じる。貴族子弟だらけの学園での最下層という立場とは違って、この場では大商人の息子にして、私兵集団を持つ金持ちというフルジョワ扱いだ。
「『常在戦場』は儀礼的に警備の人間が必要な場合に請け負ってもらえるように設立した自警団だ。冒険者ギルドとは無関係なはず」
「それが大アリだから来てるんだよ!」
カラスイマが凄んでくると、その後ろから「そうだ!」「その通り!」という合いの手が入る。昔、何かで見た団体交渉みたいなノリだ。
「どんな関係なんだ?」
「お前らが仕事を根こそぎ取るから、俺達に仕事が回ってこねえんだよ!」
「なに言い掛かりつけてんだよ!」
カラスイマにグレックナーが突っかかる。俺はグレックナーを静止したが、双方の周りにいる連中が興奮して睨み合った。お互い前のめりになる中、得物に手をかけているものもいる。まさに一触即発だ。
「すまんが俺は事情が分からん。カラスイマとか言ったな。まずは話を聞こう」
俺は先にカラスイマに話すことを求めた。グレックナーを後回しにしたのは、先にグレックナーから聞けば、間違いなく冒険者ギルド側が暴発するからである。こんな目が血走っている、ガタイのいい連中を百人なんて、相手にするだけでも大変だ。ここは一つ、相手の言い分を聞くのがいい。聞いても失うものはなにもないのだから。
「そっちが仕事を全部取るから、こちらの仕事がないんだよ!」
「だからそれは言いがかりだ!」
カラスイマの話を聞いてグレックナーが乱入してくる。だからそれじゃ、さっきと同じじゃねえか!
「言いがかりじゃねえ! 全く無いんだ! 全部取られたって言われてんだよ!」
「そうだ!そうだ!」「仕事を取りやがって!」「ゼロなんだよ、仕事が!」
カラスイマに続いて冒険者ギルドの面々が声を上げる。本当に仕事がないようだ。しかし、この『常在戦場』が仕事を取ったってのを誰が言ってるんだ? 俺はカラスイマに聞いてみた。
「冒険者ギルドだよ。こっちの連中が仕事を全部取るから、仕事はねえよ、って言われるんだよ」
「そうそう。最近ずっとそうなのだ。仕事自体がねえ! って」
「俺なんかこの二ヶ月、仕事なんかやってねえよ」
冒険者ギルド側の面々から次々と声が上がる。そうか、冒険者ギルドが仕事を確保できないのを『常在戦場』のせいにしているのか。
「で、その冒険者ギルドの話を信じてここに来たって訳か・・・・・」
「信じるも何も事実だろ!」「そうだ! そうだ!」
俺の呟きに冒険者ギルド側から反発の声が上がる。俺はグレックナーに話した。
「グレックナー。確か以前、冒険者ギルドのピンハネ率が異様に高いとか言ってなかったか?」
「ええ。四割もハネやがるから、止めて『常在戦場』で受けたんですよ」
「その四割。ウチが受けたらどうなるのだ?」
「一割が『常在戦場』、一割が隊士の報酬ですわ」
「残り二割は・・・・・?」
「客に還元です」
冒険者ギルドに競争力ないだろ。全部『常在戦場』に仕事が回ってくるのは当たり前だ。
「二割引だったら、わざわざ高い冒険者ギルドに頼む奴なんざ誰もいないよな」
冒険者ギルドの連中は俺とグレックナーの話に唖然としている。どうして冒険者ギルドに仕事が回らず、『常在戦場』に仕事が流れているのか。話を聞いて分からぬヤツは知能指数に問題があるレベル。俺は冒険者ギルド側の代表者であるカラスイマに言った。
「という話だ。これは冒険者ギルドがカネを取りすぎて、依頼料が高すぎるから、仕事がなくなったって訳だ」
「・・・・・」
「これを解決する為には方法が二つある。お前らが報酬を落としてこちらと同じ、あるいは安い額で仕事を請け負うか、冒険者ギルドのピンハネ率を半分に落とすかどちらかしかない」
俺の言葉に冒険者ギルド側の反応はゼロだった。
「そ、そちらの額を上げるというのは・・・・・」
カラスイマの横にいる男が言った。なるほど、こちら側が対処しろという案か。
「その場合だったら客に「冒険者ギルドが値を上げろと圧力がかかりましたので、この額になりました」と説明する事になるが、それでもいいのか?」
「・・・・・」
「それを客が聞いて、どちらを選ぶか。マトモな客なら少なくとも冒険者ギルドは選ばん」
カラスイマの横にいる男は絶句した。客の立場ならば、ほとんどの人間はそうするだろう。なぜなら、人間というもの自分にとって不利に動く者に対して嫌悪するからだ。この場合であれば、依頼料を上げろとカルテルを持ち込んできたのは冒険者ギルド側であることは明白。客から見て悪いのは冒険者ギルド側だ。
「じゃぁ、どうすればいいんだよ!」
冒険者ギルド側の別の男がいきり立つ。そんな事、俺に言われてもなぁ。どうしようもないだろうに。しかし、こいつら一体どんな暮らしをしてるんだ? 仕方がないので聞いてみる。
「おい。冒険者ギルドでどれぐらいの報酬をもらってるんだ?」
「・・・・・ゼロだ」
「は?」
「請負だからゼロだ!」
フルコミッションか! 形態は違うが固定給と歩合の組み合わせである『常在戦場』とは大違いだ。
「ないからここに来てんだよ!」
「そうだそうだ!」
冒険者ギルド側から声が出る。確かにそうだ。他に稼ぎ口があったら、こんなところに来て騒ぐわけもないか。冒険者ギルドで働きたいという思いが強いから押しかけてきたのか?
「じゃあ、なんだ。お前らは冒険者ギルドで稼ぎたいのか?」
「そんな訳ねえよ」「どこだっていいんだ」「俺達は働きたんだよ!」
冒険者ギルド側の連中は口々に言う。なんだよ、お前ら。だったら最初からそう言えばいいじゃないか。随分回りくどい奴らだな。
「ならば、ウチで働けばいいだろう」
我ながら画期的な提案だと思ったのだが、その場の反応は鈍かった。仕事を取るなと『常在戦場』に押しかけてきた、冒険者ギルド側の連中の話を聞いて出した提案。だが冒険者ギルド側の連中は静まり返ってしまい無反応。コイツら、ウチで働くのは嫌なのか?
「・・・・・おカシラ、いいんですかい」
「グレックナー。受け入れられないのか?」
「いや・・・・・ こっちは受け入れられますが、費用が・・・・・」
いやいや。それは運用益で十分行けるよ。だって月に億以上あるんだから。百人乗っても大丈夫だ。戸惑うグレックナーを尻目に俺は説明した。
「条件はウチの隊士と同じだ。月額一万五〇〇〇ラントの固定に、請負が加算される。請負をやった場合、規定で請負日数分固定が差し引かれるが、請負がなければ一万五〇〇〇ラントの給金は保証される」
「い、いいのか、それで・・・・・」
「あと契約したら支度金が一万ラント支給される。それで不満だったら他をあたってくれ」
俺の説明に冒険者ギルド側が騒がしくなった。
「いやいや、十分だよ!」「俺もいいのか?」「人数制限は?」
色々な言葉が飛び交う。俺はグレックナーに聞いてみた。
「お前が団長になったとき、冒険者ギルドの方にどう対処したんだ?」
「登録を抹消したんですよ。あいつらカネも何も出さないから、それで終わりですわ」
なるほどな。冒険者ギルド側の連中も登録しているだけの関係って事か。だったら条件は決まったようなもんだ。冒険者ギルドに登録している者は『常在戦場』に無条件で入団できる事とする。同時に冒険者ギルドの登録を抹消すること。そして『常在戦場』団長のグレックナーの指示に従うこと。この条件でいいじゃないか。俺はそれを皆に告げた。
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