223 試食会
昨日の昼、ウィルゴットから連絡があった。シェフのソルディーがロタスティのシェフらにコメ料理を伝えるべく、明日学園を訪問するとのこと。ダニエルの来訪と重ならず良かった。平日の中日はパスタ屋『シャラク』がお休みなので、その日を使ってという話。感謝しなければならない。放課後に試食できるというので、俺は早速皆に知らせた。
俺は三限目終了後、黒屋根の屋敷のフルコンでピアノの練習をしていた俺は、試食会に参加すべく魔装回廊を抜けて学園に入り、試食会場のロタスティに向かっていた。建物に入らず、庭を通るのが屋敷からロタスティの最短ルート。その途中、言い合いの声が聞こえてきた。
なんだろうと思って声が聞こえる方に目をやると六人の男女が三人ずつで向かい合っている。一人はすぐに分かった。ウェストウィック卿モーリス。決闘の時、正嫡殿下の隣席で観戦していた人物だ。後ろの男女二人は従者か。
「そ、それはあんまりですわ!」
そのウェストウィック卿と対峙している女子生徒が声を上げた。見ると声の主はウェストウィック卿の婚約者でアンドリュース公爵令嬢カテリーナ。こちらも男女二人の従者を引き連れている。一体何の言い合いだ?
「狩猟大会で同席することはできないと言っておる。何度言わせるか!」
声を聞くとウェストウィック卿はかなり苛立っているようだ。
「理由もお聞かせいただけず、一方的に通告するかのようなやり方。酷いですわ!」
カテリーナの方は凛とした姿勢で言い返している。話を聞いていると、狩猟大会で婚約者の二人が一緒に出席するはずだったのを、ウェストウィック卿が一方的に断った。そんな感じか。
「とにかく同席できないのだ。そういうことだ」
「モーリス様!」
カテリーナを振り切って立ち去るウェストウィック卿。心配そうにカテリーナに近づく二人の従者。なんだこれは。以前、婚約が発表された二人だが、その関係は上手く行っていないようだ。しかし俺は無関係。これ以上見ても仕方がなさそうなので、俺はその場を後にしてロタスティに向かった。
ロタスティに入ると、ちょうど試食会が始まろうとしているところだった。俺が声を掛けたいつもの面々、アイリ、レティ、クリスと二人の従者、アーサー、カイン、ドーベルウィンにスクロード。フレディにリディア。ディールとクラート。クルトにコレットの他にも、野次馬的に近寄ってきた者、合わせて三十人程度が集まっている。
ちょうど厨房から出てきたシェフのソルディと挨拶を交わすと、給仕達が厨房より出来上がったコメ料理を次々と運んできた。ピラフにパエリア、ドリアにリゾット、ジャンバラヤにガーリックライス。バターライスもある。ソルディは集まった俺たちに各料理の説明をしてくれた。その上でソルディは言った。
「論より証拠といいます。まずは皆様、皿に取ってお食べ下さい」
もちろんそのつもりだ。俺はまずピラフとパエリアを取り皿に乗せた。美味いのは食う前から分かる。念願のコメ料理が遂に食べられる。コメ料理なんて、実に六年ぶりじゃないか。
「うめぇ!」
思わず声が出た。味付けは抜群。現実世界でも十分戦える味付けだ。
「おいしい」「美味いな」「不思議な食感ね」
皆それぞれの感想を述べながら、コメ料理を食べている。俺はリゾットとジャンバラヤに挑戦。次にドリアを食べた。どれも美味い。そしてバターライス。白米で食べるのがイマイチそうだったので、ソルディにお願いして作ってもらったものだ。ドリアのライスとして使われているものを単品で出してもらったのである。これで思いっきりコメが食える。
「俺とこの領地でこんなものが穫れているなんて!」
アーサーが食べながら驚いている。俺はこの料理が採用されたらルナールド男爵に頼んで送って貰わなきゃと言うと、アーサーが思わぬ事業展開だと笑った。俺たちが試食しているのを見て、興味を持った生徒たちが続々と試食を始める。結構な量の料理があったのに、あっという間に売り切れてしまった。予想外の人気だ。
コックのソルディはクリスに挨拶をしている。聞こえてきたのは『
「お店で食べさせていただいたピザも教えていただけないでしょうか?」
ソルディはビックリしている。クリスは美味しかったものですから、と従者たちにも同意を求めると、トーマスもシャロンも大きく頷いた。困惑しているソルディ。コメ料理はお店で出していないからいいとして、ピザは店と競合する、と言ったところか。だったら、こうすればいいじゃないか。
「ロタスティでのコメ料理とピザの売上の二%をソルディ殿が受け取るってのはどうだ?」
「そ、そんなことが・・・・・」
「いいアイディアですわ。それでしたらソルディ様の努力に対する報酬になりますわ」
クリスも感心してくれた。ささやかな金額だがどうだろうか? とソルディに聞いた。
「もし頂けるのでしたら・・・・・」
よし、決まりだ。俺はその場で仮の取り決め書を作り、ロタスティ側とソルディに渡した。メニューの種類と額が決まれば正式に契約書を発行する形としたのである。話の過程でレティからパスタ料理の指導もお願いしたら、との提案があったのでこれも加えた。
「ありがとうございます。まさか料理でこのような権利があるとは・・・・・」
パテント料。本来だったらもっと高いのだが、エレノ世界にはそういった権限がないので、二%でも十分だろう。ソルディにはロタスティの厨房指導役といった感じで関わってもらったらいい。こうしてロタスティのメニューにコメ料理とピザが加わることになった。
――週末の昼、アルフォンス卿からクリス経由で封書が届いた。本日付けで「貴族の権利を守る法律」は「貴族財産保護政令」という形で通知されたとのこと。内容の方はといえば、こちら側の提案より更に厳密で土地や鉱山、森林や徴税権、商取引の許認可はもちろんのこと、新規の課税権、美術品や宝飾品などの貴族所有の動産、城郭屋敷邸宅といった不動産にまで及んでいる。
実質的に貴族から担保を取ることを禁ずる政令である。しかしアルフォンス卿、強力に縛りを入れてきたな。さて、これを受けて『貴族ファンド』側がどのように動くのか。今後の動きについて考えていると魔装具が光った。何事か、と思い出ると『常在戦場』の事務長ディーキンだった。
「おカシラ大変だ! 冒険者ギルドの連中が押しかけてきました!」
ディーキンの声は切迫していた。普段は冷静で余裕があるディーキンがここまで慌てるとは、冒険者ギルドの連中、どういう押しかけ方をしたんだ。
「屯所に冒険者ギルドの連中が押しかけてきて、団長達と睨み合っています」
話から察するに冒険者ギルドの連中はかなりの人数のようだ。責任者を出せと言うので、グレックナーが応対していたのだが、これまで言を左右にしてきたので、相手の側が業を煮やして、グレックナーの上を出せと騒ぎ出したらしい。
グレックナーは意地を張って「俺が責任者だ!」と冒険者ギルドの連中の前に立ち塞がったが、これはマズイと判断したディーキンが「『おカシラ』を連れてくる」と冒険者ギルドの連中に言って、その場を一旦納め、馬車に乗ってこちらに向かってくる最中だと説明した。
「それで衝突は?」
「今のところは大丈夫だと思います」
最初、後日改めて場を設けると説明したのだが、冒険者ギルドの連中がこれを認めなかったのだという。グレックナーがこれまで何度かそのような説明をしたが、いずれも梨のつぶてだったので、信用がならぬと拒否されたというのである。
(何度も同じ手を使うと方便も通用しなくなるわな)
おそらくグレックナーは面倒くさがって、そのようにあしらったのだろう。実力ではおそらくグレックナーの方が上だろうから、なんだったら力ずくでという考えがあったやもしれない。そういう事情で冒険者ギルドの連中は、ディーキンが『おカシラ』を連れてくるまで屯所で待つと言い張って居座ってしまった。話を聞くとそんな感じだ。
グレックナーを初めとする『常在戦場』の連中の気持ちはよく分かる。が、押しかけてきた冒険者ギルドの連中にも相応の言い分があるという訳だ。彼らからしてみれば話し合いを求めたが、グレックナーらが一蹴されて協議の場さえないではないか、と言ったところではないか。ならばこちらにも落ち度がある。
学園の馬車溜まりで待っていると、ディーキンを乗せた馬車がやってきた。ディーキンは俺の顔を見ると安心したような表情を見せる。屯所の方は余程緊迫しているのだろう。商人服に着替えていた俺はそのまま馬車に乗り込むと、すぐさま屯所に向けて出発した。
「おカシラ。いきなりこんなことになって面目ない」
ディーキンは頭を下げてきた。いや、この件は誰も悪くないだろ。謝ることはない。俺はカジノに行く際に借りたベアードという人物の『
「いやいや。前から話は聞いていたからな。何かあったら伝えてくれと言ったのは俺だし」
「しかし連中の意志は固い。動かないのですよ」
魔装具を介して話す印象よりも事態は深刻のようだ。グレックナーの見立てでは、冒険者ギルドの面々はおよそ百人。屯所にいる『常在戦場』のメンバーはおよそ五十人。衝突すれば分が悪いというのがディーキンの読みである。
「俺たちが着くまでに、やりあっていないだろうな」
「それは大丈夫じゃないですか。相手だってやりあったら話もできないですから」
確かにディーキンの言う通りだ。屯所近くに到着すると、屯所の前には人だかりができていた。ガタイの良さそうなむさ苦しい連中が多い。これが冒険者ギルドの連中か。人混みで馬車が中に入れない為、俺とディーキンは馬車を降り、裏口から中に入った。
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