222 叙任式

 いやぁ、まさか貴族の側から声を掛けられるなんて思ってもなかった。少し話しただけだが、商人に対する偏見はなさそうだ。戸惑っているフレディとリディアに声を掛けると、俺達は神殿の中に入る。見るとちらほら空いている席があるので、真ん中ぐらいの位置にあった席に座った。


 しばらくすると、大きな杖を持った白い神官服を着た一団を先頭に、神官服を着た人々がゾロゾロと入ってきた。よく見ると前方の人々と後方の人々で装飾が違う。前方の人々は赤い印綬を帯びている。


「あの人々が主教だよ」


 フレディが小声で囁いた。なるほどな。黒い神官服の後には、青い神官服の一団が続く。こちらの人々は・・・・・ 頭がトンスラ。ザビエルカットだ! 三十人から四十人くらいいるか。これだけのザビエルを揃えたら壮観だ。現実世界では映画とかではないと見られないだろ、これ。


(ラシーナ枢機卿にアリガリーチ枢機卿だな)


 白い神官服は枢機卿らしい。数えると八名いる。となると黒い神官服の人々は主教、司祭か。皆が所定の位置につくと荘厳な雰囲気の中、儀式が始まる。現実世界でもそうだが、本題に入るまでに色々あるのが儀式というもの。叙任式も例外ではないようだ。あれこれやって三十分。デビッドソン司祭が呼ばれ、居並ぶ枢機卿の前に立った。


「ここにフライヤード・デビッドソンを主教に任じる。合わせてチャーイル教会、サルミス教会、ナニキッシュ教会の三つの教会を束ねる管区責任者に任じる」


「任、謹んでお受け致します」


 ラシーナ枢機卿の言葉に深々と一礼するデビッドソン司祭。いや今からはデビッドソン主教だな。続いて見届人が順次名乗りを上げる。三人の主教、国王代理人である典礼長アーレント伯、次に貴族のデタンド伯、デルナー伯、ディラ=ムーゲン子爵、ヴィンター子爵、パスコーナ男爵、デルクール男爵、そして先程声を掛けてきたガウダー男爵。


(見届人だったんだ)


 この見届人とは一体何であるかを知る必要がありそうだ。また後で聞いてみよう。一通りの儀式が終わると、青い神官服の一団が手に持つ本を広げた。何をやるつもりだ。もしかして聖歌隊なのか、このザビエル軍団は。だったら面白い。どんな歌を歌うのか。


「ドンドン パンパン ドンパンパン ドンドン パンパン ドンパンパン ドンドンパンパン ドンドンパンパン ドンパンパン」


 やべぇ!!!!!!!! どうして「ドンパン節」なんだ。しかも旋律が「モルダウ」だぜ、これ。ザビエル軍団は真面目な顔をして歌っているし、それに合わせて神官達は拍子を打っている。曲は八分の六拍子なのに、神官たちの拍子は二拍子。誰も彼も大真面目にやっている。メチャクチャやんか!


 「モルダウ」と「ドンパン節」。夢のコラボ! 違ーーーーーう! 


 誰だこんなバカな設定を考えたのは! 俺は吹き出しそうになるのを抑えるのに全力で戦った。そして悪夢のような夢のコラボが終わった後、リディアは言った。


「素晴らしい式だったわ。感動的ね」


 この世界の感覚。俺には分からない・・・・・ 叙任式は無事に終わった。


 ――告知板では相変わらず教官と生徒の文書での応酬が続いていた。直接、面対して声を張り上げている訳ではないので静かであること、誰もが閲覧できる記名方式の文書開示ということで、応酬ではあるものの議論が成立している。


 これまでクローズドな状態であったものが広く開示された訳で、風通しが良くなった分、教官達もこれまでのような身勝手な論法を通しにくくなったのではないかと思う。議論好きな生徒が教官らとやり合うだけでも、牽制にはなる。教官も俺との確執のようなものに構っている暇はないのではないかと思う。


 教室に入ると、リディアからガーベル卿の次男ダニエルがデスタトーレ子爵の面接に臨み、無事採用が決まったとの報がもたらされた。報告してくれたリディアも嬉しそうだ。面接翌日の朝に封書が届いたとの事で、ガーベル卿は早馬を飛ばしたのであろう。


 また封書にはガーベル卿から俺とリサに向けた礼状まで入っていた。文章から察するにガーベル卿は心底嬉しいようで、それが便箋から溢れ出ている。時期多忙の為、後日改めて席を設けたいと書かれていた。おそらく狩猟大会の準備で立て込んでいると思われる。宮仕えも大変だ。


 しかしそれにしても面接が通って良かった。やる気があるのに就職浪人なんて、精神衛生上良くないだろう。便箋にはダニエルが今日の放課後、こちらに来て俺に礼を述べたいと書かれているとのこと。相手が来る以上、会わないわけにはいかない。俺は放課後、フレディも誘って、リディアの次兄ダニエルと会うことにした。


「アルフォード殿、デスタトーレ子爵との面接でのお力添え、本当に感謝する」


 ロタスティの個室。学園に訪問してきたダニエルを迎え、俺とダニエルの妹であるリディア、そしてフレディの三人がいる席でダニエルが深く頭を下げた。


「いえいえ。我々はお繋ぎしたに過ぎません。これがダニエル殿とデスタトーレ子爵家双方に益となるよう願っております」


「お兄ちゃん、良かったね」


 リディアにそう言われると「ありがとう」と少し恥ずかしそうに返すダニエル。これまであまり会話していなさそうな兄妹。どこかぎこちないが、リディアもダニエルも嬉しそうだ。


 続いてダニエルが面接の状況を教えてくれた。面接はデスタトーレ子爵家の屋敷で行われ、子爵夫妻と子爵家付きの老騎士と顔を合わせ、三人からの質問にダニエルが答える形で進んだとの事である。最初は緊張したが、デスタトーレ子爵が父ガーベル卿の事を知っていた事から、ダニエルは気が楽になったという。


「父上にこんな形で感謝するするなんて、思っても見なかった」


 ダニエルの感想に意外そうな顔をするリディア。デスタトーレ子爵はガーベル卿を実直な人物だと評価し、その子弟ならば安心だということで、ダニエルの採用が決まったそうである。


「私も父に負けぬよう、しっかりと仕事をしなければと思っています」


 ダニエルは顔を引き締める。当面の間は騎士見習いとして子爵家に入り、老騎士に付きながら子爵家での騎士の仕事を覚えていくことになるのだという。採用してくれた子爵家と父親の恩に報いたいと今の心境を語った。


(いやぁ、君は俺よりもずっと大人だよなぁ)


 俺なんか今まで親や雇われた先にそんな風に考えたこともないので、凄いと思うのだ。というか、祐介に対して俺は何かをやった覚えがない。だからガーベル卿の喜びに対して、しっくりこない部分があるのだ。ただ分かるのは一般常識的に、俺よりもガーベル卿の方が遥かに親らしいということ。


「ダニエル殿。実は私の方からもお願いがあるのですが・・・・・」


 話が一通り済んだのを見計らい、ダニエルに頼み事を持ちかけた。ダニエルの方は少し驚いていたが「どのような」と聞いてくれたので、俺は話した。


「フレディ・デビッドソンは、リディアと仲の良いクラスメイト。機会あればガーベル卿に紹介していただければ・・・・・」


「えっ!」


 戸惑うダニエル。俺はリディアにアイコンタクトを送った。フレディは同席しているのに今まで挨拶意外全く話していないんだ。ここはリディアが突撃しないと、フレディも動きようがない。もじもじしていたリディアだが、意を決したのかダニエルの方を見た。


「お兄ちゃん。私、フレディと付き合っているの! だからお父さんに紹介したいのよ」


「リ、リディア・・・・・」


 おい、リディア! 付き合っているって・・・・・ 直球すぎるだろ。ていうか、今まで付き合ってるって、俺にも言ってないじゃん。フレディの方を見ると顔が真っ赤だ。


「お願い、お兄ちゃん。今すぐじゃなくてもいいから協力して!」


「あ、ああ。分かったよリディア」


 リディアに押されたダニエルは妹の願いを受け止めた。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


「ありがとうございます」


 リディアの言葉にフレディも続く。最初から、なんでお前居るんだという状況の中、よく耐えたなフレディ。一言発したことで、ようやく肩の荷が下りたような感じになった。その後は俺たち三人の話、『実技対抗戦』やボルトン家での事、チャーイル教会の件で盛り上がった。


「リディア。楽しい学園生活を送ってるんだな。俺の時はそんなのなかったぞ」


 話を聞いたダニエルは羨ましがった。なんでも自分は騎士の家だからそれしかやることがないと剣技に集中する日々で、それで学園生活が終わってしまった感じだったそうだ。俺たちの話を聞いていると一から学園生活をやり直したいと、笑いながら言った。曰く、楽しいじゃないかと。


 いい話を聞かせてもらったと、ダニエルは喜んで帰途についた。馬車溜まりで見送った後、俺はフレディに聞いてみた。


「付き合ってたのか?」


「あ、いや、その・・・・・」


 しどろもどろになるフレディ。横で情報の発信元でありながら、他人事のように振る舞うリディアにも聞いてみた。


「つい、勢いで言っちゃった。ごめんねフレディ。責任取るから」


 何か吹っ切れたようなリディア。フレディが何も言えそうもなかったので、俺が代わりにどう責任を取るのか尋ねてみる。するとリディアは両手でフレディの手を取った。


「付き合いましょう」


「・・・・・はい」


 夕陽を背にして、二人は向かい合う。なるべくしてなったというべきか、落ち着くところに落ち着いたというべきか。リディアとフレディ、立ち位置は逆のように見えるが、そこはまぁいいだろう。俺と佳奈もこんな感じだったのかな。二人と同じく同級生だったし。フレディとリディアが無事にゴール出来ることを心から願った。

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