220 「カラクリ」の正体
カジノの中で起こった、慈善活動家イゼーナ伯爵夫人のカジノ店員への罵倒。その間に入って止めた、黒髪の若い女性。その女性は若い頃の佳奈そっくりの女性だった。
「イゼーナ伯爵夫人に改めてお詫び申し上げます」
声まで佳奈にそっくりだ。女性が片膝をついて頭を下げると、罵倒を受けていた店員も、周りにいた店員も皆、同じ様に片膝をついて頭を下げた。すると居心地が悪くなったのか、イゼーナ伯爵夫人はお付きの者に指図して立ち去ろうとしている。
「今日は貴方の顔に免じて許してあげるわ」
「寛大なお心に感謝致します」
佳奈にそっくりの女性は改めて頭を下げた。イゼーナ伯爵夫人はお付きや取り巻きと見られる者と共に俺の視界から遠ざかる。やがて膝をついた店員達は再び立ち上がり、佳奈そっくりの女性も立ち上がった。
「皆様。お楽しみのところ、お騒がせ致しまして申し訳ございませんでした。
女性が目配せすると、各会場は何事もなかったようにゲームを再開した。仕草までいちいち佳奈にそっくりだ。佳奈が目の前にいる。しかも若い時の佳奈が。俺が見ていると、相手と目があった。一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに顔を戻し、静かに立ち去っていった。誰なんだ、あの女性は。
「おい、あれがフェレットの女主人か?」
近くで聞こえる話し声に愕然となった。佳奈そっくりのあの女性がフェレットの。そんなバカな!
「若くてキレイなのに『領導』なのか」
「名前はミルケナージ。ミルケナージ・フェレットって言うんだ。学院を首席で卒業したそうだからな」
しかしそのミルケナージ・フェレット。俺と目が合った瞬間、驚いていた。佳奈が今の俺の姿を見て驚くのか。一体どういう事なのか。俺の頭が回らない。佳奈のことで頭がパンクしている。俺と付き合い始めた頃の佳奈そのままだ。しかしフェレットの娘がなんで佳奈なんだよ!
「きれいな人ね」
レティの言葉に我に返った。
「相当できる人のようね」
「お嬢様の足元には及びませんが・・・・・」
「何よそれ!」
レティは顔を真っ赤にしている。レティのおかげで少し平衡感覚が戻ってきた。今日、一緒についてきてもらったのには感謝しなければ。もしもレティがいなかったら、本当におかしくなっていたかもしれない。とりあえず今は佳奈そっくりの女性のことは忘れ、カジノの「カラクリ」について調べよう。
俺は借りてきたチップをレティと同じ賭け方で掛けた二万ラント分のチップを黒に掛けて勝ち、三万ラント分のチップを黒に掛けて勝ち、四万ラント分のチップを黒に掛けて勝ち。五万ラント分のチップを黒にかけて負けた。結果、元金を除き四万ラントが残った。
しかしレティと同じ掛け方をしているだけで、なんでこんなに勝てるんだ? 更に九戦やって、合わせて一一万ラント勝った。この辺りで十分だろう。レティにアイコンタクトを取った。頷いた事を見ると意図は伝わっているようだ。
しかしそれにしてもレティは強い。今日だけで五〇万ラント以上勝っているのではないか? これからは「ルーレットのレティ」「赤黒のリッチェル」と名乗ってもいいだろう。レティの方もちょうど潮時と思ったようなので、共にキャッシャーで精算することにした。
「払戻合計は七万五五〇〇ラントになります」
はぁ? 俺がキャッシャーに持ち込んだのは借りた四万五〇〇〇ラント。勝ったのは一一万ラント。計一五万五〇〇〇ラント。借金返済の分を差し引いても九万一〇〇〇ラントのはず。それがなぜ八万ラント弱なのか?
「チップと現金との交換手数料をたまわっております」
なんだその手数料ってのは? 俺が問うと、質屋とカジノの協定で質屋から貸し出したチップの顧客からは現金交換時に一〇%の交換手数料を取ることになっているのだという。なるほど、これで計算が合う。以前ワロスが言っていた、カジノのベラボウな金利と一致した。見えたぞ! これが「カラクリ」だ。
借りた五万ラントに一万四〇〇〇ラントの金利を乗せ、質屋が額面の一割五〇〇〇ラントの手数料を取り、現金化に際しては替える額の一割、一万五五〇〇ラントを取る。合計三万四五〇〇ラント。率にして六十九%、七割というハイパー金利だ。恐るべしフェレットシステム。
負けても四割、勝ったら七割。法の目をかいくぐり、借りやすく引き出しにくいチップシステムを構築して、「からくり」を隠蔽しつつ暴利を貪る。まさに蟻地獄そのもの。全く恐ろしい手口だ。これをシアーズやワロスに言ったら、二人とも血管がブチ切れそうになるやもしれぬ。カジノの事を聞かれるまでは、黙っておいたほうがいいだろう。
カジノを出た俺とレティは繁華街に向かって歩き、これまで何度も利用した高級レストラン『ミアサドーラ』に飛び込んだ。そして個室に入るなり【装着】で二人の服を着替えた。俺は黄緑の商人服、レティはダークグレーのジャケットとロングスカートの上下にピンクベージュのブラウス。やれやれ、これで気を使う事もない。
「はぁ、疲れたぁ」
椅子に座ったレティは大きく蹴伸びした。キメキメメイクのおかげもあって、その姿も色っぽい。俺は店員にコース料理とワインを頼む。
「それでお目当てのものは見つかったの?」
「ああ、見つかったよ。「からくり」がな」
出てきた食事を摂りながら、ゆっくりと話した。カネを貸す際に二割の金利。渡すのはカネではなくて文鎮。その文鎮をチップに替える交換手数料が十五%。客は差っ引かれた分のチップでプレイする。そしてキャッシャーで精算する際には交換手数料が一割かかる。
「なにそれ! ボッタクリじゃない! そんなやり方、許されるの?」
「ああ許される。合法だ。金利は二割だから『金利上限勅令』に定められた二十八%よりも低い金利だからな」
「違うわよ! お金じゃなくて、どうして文鎮なのよ!」
「客は借りたカネで文鎮を借りた。そういう形さ」
「じゃあ、素直にカネを貸したらいいじゃない!」
「それじゃ、ボッタクれないじゃないか。フェレットは以前、チップを操って五割以上の金利を取ってたんだぞ」
確かワロスが言っていた。フェレットの息のかかった貸金業者に軒先を貸して業者から手数料を取る。業者はその手数料分を上乗せして金利を取ってチップで渡し、その際サービスだからと僅かながらのチップを渡す。そして最後はキャッシャーで手数料を取る。
「要はカネを貸すとき、金利が青天井だったかそうでなかったか、その違いだけでしょう」
ワインを飲み干して言い放つ、レティの語気は荒い。
「その違いがフェレットにとっては大きかった。だから文鎮を使って乗り越える方法を編み出したのさ」
「文鎮?」
「ああ、文鎮さ。カネではなく、文鎮を介する事で一旦モノに変えて、取るなと言われて封じられた金利の問題を解決したのさ」
「だからそんな事が許されるの?」
「合法だ。文鎮は特殊景品だからな。まぁ『逆三店方式』という方法か」
現実世界のパチンコは賭博でないため、払い戻しができない。そこで出玉に応じた景品を店が客に渡し、それを店外にある交換所が現金で買い取り、それを問屋が引き取ってパチンコ店に卸す。これが三店方式。
対してフェレットカジノの場合はこうだ。貸金業者が貸したカネに応じた景品を渡し、その景品を質屋が受け取って、それに応じたチップを渡す。質屋が持っている景品を胴元であるフェレットが引き取り、貸金業者に景品を卸す。
「どうしてそこにフェレットが介在するの?」
「金貸し屋と質屋から手数料を取るためさ。だから『逆三店方式』だと言っているのだ」
「えええええええええ!」
レティが仰け反った。パチンコ屋の三店方式は、基本パチンコ屋がカネを出す方式。対してフェレットの方式はカジノが業者からカネを吸う方式。ここが根本的に異なる。これ一つで、どちらがよりヤバいのかは言うまでもない。
「カジノで客から搾り取る事に飽き足らず、そこでも取るの?」
「そうだ。以前は取れていたものが取れなくなったんだからな」
「そこまで強欲だったなんて」
「だから客が減って閑古鳥になったんだ」
「確かに・・・・・ 一時はホントに少なかったから」
レティが言うには本当に客がいなくなっていたらしい。それでもレティは今の調子で勝ち続けていたそうだ。本当に凄いな、レティは。俺はワインを口に含ませ、レティに聞いた。
「ところであの勝ち方、何か必勝法でもあるのか?」
「あのルーレット。一度同じ色が連続すると三、四回続くのよ。だから同じ色が連続して来るのを待つの。昔っからそうなのよね。多分、あそこだけで通用するやり方」
「あそこだけって、他でやったことあるのか?」
ノルデン王国では唯一王都のカジノだけが営業を認められている。他でやっていたとしたら、それは裏カジノ闇カジノの類。しかしそんな話を聞いたこともないが・・・・・
「ないわ。でも多分、あそこのルーレットだけよね」
「他にルーレットがないのにどうして比較ができるのか不思議だなぁ」
「あ、ああっ。・・・・・そうね。でも、一度同じ色が連続すると何度も続く。そんな謎配列ありえないでしょ。ポーカーやバカラじゃ、ああはいかないもの」
なるほどな。それだったら納得できる。俺はグラスのワインを飲み干す。
「今日のあの女の人・・・・・」
レティが話題を変えてきた。
「知り合いなの?」
知り合いどころじゃない。俺の嫁だ。喉まで出掛かった。顔も声も雰囲気も動きも佳奈そのもの。しかしアイリやクリスならまだしも、レティに言ったって信じてもらえる訳がない。
「ミルケナージ・フェレット。フェレット商会の次期領導という噂だ」
「領導?」
「商人界の習わしで、フェレット商会の当主のことを領導と言うらしい」
「どこにでも、そんなしきたりがあるのね」
「ああっ」
俺はレティのグラスにワインを注いだ。すると今度はレティが俺のグラスにワインを注いでくれる。こういうやり取りの息が合うのは、今の所レティしかいない。アイリはあまり飲めないし、クリスはそんな身分ではない。第一トーマスとシャロンがいるのに、グラスにワインを注がせるなんてマネは許されないだろう。
「じゃあ、顔見知りじゃないのね」
「ああ。今日初めて見たよ。話は聞いていたけどな」
シアーズやウィルゴットの話で知ったんだ。しかしその話を聞いていなかったら、俺は両肩を掴んで「佳奈!」と叫んでいてかもしれない。瓜二つどころか、佳奈そのものだからな。
「容姿端麗、頭脳明晰、文武両道の嫌な奴らしい」
「誰が言ってたの」
「ジェドラ商会のウィルゴットだ。同級生だそうだ」
「そう・・・・・」
その後、疲れていたのかお互い言葉が続かず、俺たちは黙ってワインを飲み続けた。
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