219 カジノ潜入

 カジノに潜入すべく、その準備の為に自警団『常在戦場』屯所を訪れた俺とレティ。レティは常連だが、俺は一元。しかも前回カジノを訪れた時と違い、カジノを実質的に運営するフェレット商会と対立するアルフォード商会の次男。


 だからおいそれとカジノに入る事はできない。その為、身分出自を偽装してカジノに入らなければならないという事になる。その手立てを事務長のディーキンにお願いしていたのだ。


「おカシラ。お久しぶりで!」


 そう挨拶したディーキンの眼が固まった。ドレスを着たレティを見てである。スタイルがいいので映えるのだ。ディーキンとレティはこれまで二度ほど顔を合わせているので、お互い会釈している。お互いソファーに腰掛けると、さっそく本題に入る。


「つまり俺がリスナ・ペアードという騎士付きに化けられるのだな」


 騎士付きとは、貴族に臣従している騎士の周りで世話をする者。要は下働きである。リッチェル子爵家に仕える騎士のお付き。それが俺という設定。悪くはない。レティのお供についていって、博打に嵌まってしまった騎士付き。リアリティがあっていいじゃないか。


「これをお使い下さい」


 ディーキンが差し出したのはペアードなる人物の者の『標符ひょうふ』。『標符』とはエレノ世界における身分証明書の一つ。これが俺たちのような商人階級だとブローチ。騎士や貴族ともなれば腕輪だったり指輪だったりする。レティの場合は腕輪だ。


 俺が出入りするテーラーには既に服が用意されているとのことで、何から何まで用意してくれたディーキンに感謝するしかない。俺がディーキンにどうしてカジノに入るのかについて話をしていると、レティが遠慮がちに聞いてきた。


「・・・・・不躾ですが、このような事は許されるのですか?」


「許されませんね、公式の場では・・・・・」


 あっけらかんと言うディーキンにレティが固まってしまった。そんな事は百も承知。心配そうな表情をするレティに言った。


「カジノは公式の場ではない。心配するな。咎められても悪いのは俺だけだ。まぁ今日だけだから・・・・・」


 とりあえずそれでレティを納得させる。こうでも言わなくては納得しそうにないもんな、レティ。妙なところで潔癖頑固だ。一方、ディーキンが近々盾術使いのファリオが近々帰ってくるので、帰投し次第、日程を詰めましょうと話をしてくれた。新しい駐屯所ができたり、隊士が増えたりして、みんな忙しそうだもんな。


「最近、冒険者ギルドの抗議が激しくなってまして、小競り合いも発生しているんですよ」


「どんな小競り合いを?」


「人の仕事を取るなと。元々仕事なんかないのに・・・・・」


 ディーキンは呆れ果てた感じで言う。確かにそうなのだろうが、相手にとっては死活問題。少なくともそう思い込んでいる訳で、これは一度、相手と協議をした方がいいかもしれない。もし全面衝突なんかすれば、目を付けられるのは間違いない。俺はディーキンに異変があったらすぐに連絡をと言い含めると、レティと共にブティック『アライサ・クレーティオ』に向かった。


 ブティック近くで馬車を降りると、そのまま馬車は立ち去っていく。繁華街や歓楽街は馬車溜まりがないのだ。しかし来週、この近くにある『エウロパ』で、貴族を集めてパーティーをするなんて、どうやるつもりなんだろうか。少し興味がある。


 レティがブティック『アライサ・クレーティオ』に入ると、俺は行きつけのテーラーに入って、騎士付きの服に着替えた。どこか闘牛士のような出で立ちなのは、上着がボレロだからであろう。ボレロとは丈の短い上着のこと。これにYシャツ、ネクタイ、丈の短いパンツ、ストッキング。トーマスが何回か着ていた服だ。


 俺は騎士付きの服に着替えた後、レティを迎えにブティックに戻った。ちょうどレティもお色直しを終えたところだったのでジャストタイミングだったのだが、このお色直しをしたレティがまたキレイだったので、思わず見惚れた。


「あーら、グレン。すっかり騎士周りじゃない。ん? どうしたの?」


「いや、キレイだな、と思って」


 俺が正直に言うと、「まぁ!」と言ってレティは顔を真っ赤にした。そしてプイっと顔を背けると、「さぁ、行きますよ」とカジノの方に向かって歩き出す。俺は従者が如くレティの後ろに付き従い、カジノの中に入った。


 カジノの中は盛況だった。前に一度入った時よりも人が多いのではないか。閑古鳥が鳴いていたという話がウソであるかのように思えるほどの盛況ぶりである。


「多いわねぇ」


 レティはそういいながらキャッシャーに預けていたチップを引き出す。ざっと見たところ三〇万ラントか。随分勝っているんだな、レティは。俺は一万ラントをチップに変えて、レティの後ろについていく。レティが座ったのはもちろん・・・・・ ルーレットだ。


 俺はレティの隣に座った。レティはまずルーレットが回っているのを黙ってみている。一回、二回、三回、四回、五回。ただひたすら見ているだけ。賭けはしない。八回目も見送った。九回目。これも見送った。そして十回目。ここでベッドを始める。掛けた先は赤黒賭け。レティはチップ一万ラント分を赤に掛けた。そして入ったのは「十二」。赤だった。


 レティは続いて一万五〇〇〇ラント分のチップを赤に掛けた。そして入ったのは「二十七」。赤だった。次にレティは二万ラント分のチップを赤に掛けた。そして入ったのは「十九」。これも赤。結局、赤が五回来て、六回目五万ラント分のチップを乗せたが、結果は黒。レティはここで負ける。しかし、一部抜いたチップが残っており、それが七万五〇〇〇ラント分。大勝しているではないか。


 ここで俺は勝負に入った。やり方は極めて簡単。レティの逆に張るという戦法だ。一〇〇〇ラント分ずつ掛けていく。レティは掛けるチップを三万ラント分に増やしている。結果を言うと、俺の三勝十三敗。十六回目でスッテンテンとなってしまった。


 対するレティの方は掛けるチップを十二万ラント分として、合わせて三〇万ラント以上勝っている。恐るべしレティ。博打を賭けるヒロインという設定なんてなかなかないのではないか。俺は惨敗の結果に天を仰いだ。


「お客様、本日は残念でしたね。ですがもう少しだけゲームをお楽しみになりますか?」


 店員がさり気なく俺に声を掛けてきた。もしや、これが・・・・・


「でも俺、やりたくても今日持ってきたカネ使っちゃったよ」


「今はなくとも、少しだけでしたらお楽しみになることができますよ」


「え? できるのか?」


 そう言うと店員がカウンターの方に向かって歩いていった。俺の渾身の演技が効いているのか? 隣ではレティが笑いを抑えるのに必死のようだ。こちらの方は勝ちすぎて笑いが止まらない設定でいけるだろう。やがてカウンターに向かっていた店員がこちらの方に戻ってきた。


「こちらの紙を、あちらのドアの先にございます窓口にお渡し願いますと、お手続きが行えます」


 俺は礼を言い、差し出された紙を手にすると、急いで指示されたドアの方に向かった。早く賭けをしたい人設定の為に急ぐフリをしたのだ。ドアを開けて外に出ると、俺は渡された紙を見た。書かれている数字の羅列。よく見ると間に空白が幾つかある。空白を見るに数字は四つに分けられている。おそらくこの数字が、それぞれ何らかの指示なのだろう。


 ドアの外は路地。路地と言っても建物と建物の間にある隙間と言ったほうが近い。しかし、そこそこの広さがあるので圧迫感はなく、また、両方の道も先が塞がれているので、窓口に行くのに迷うことはなかった。


 俺は紙を窓口に差し出すと標符を求められた。そして紙にサインを求められる。俺はリスナ・ペアードとサインして所定の住所、ディーキンと打ち合わせをした住所を書く。見ると「五万ラント ノ 文鎮 ヲ 貸与 スル」という文言と「五万ラントを一万四〇〇〇ラントの利子で融資する」という文言が見えた。なぜ文鎮なのか?


「五万ラントをお貸ししますので、本日より一年以内に六万四〇〇〇ラントをお支払い下さい」


 窓口からそう言われて文鎮が渡された。この文鎮をカジノ内にある質屋に持っていくとチップと変えてくれるとの説明だった。文鎮を【鑑定】すると「ガラクタ」と出た。すなわちモノ自体は一ラントの価値もないということ。それはひとまず置いておいて、俺は渡された文鎮を持って再び店内に入る。


(この文鎮。それ自体には何の価値もない)


 俺は窓口で聞いた通り、質屋に文鎮を差し出す。すると四二五〇〇ラント分のチップが出てきた。話を聞くと七五〇〇ラント分、つまり十五%分はチップの交換手数料であるとのこと。一ラントの価値もない文鎮を貸す事で、他の質屋で換金できないようにする。つまりこの文鎮はパチンコでいう特殊景品の役割を果たしているのか。これも「カラクリ」だろう。


 質屋の説明が終わると、新たに二五〇〇ラント分のチップが差し出された。ご利用感謝記念で二五〇〇ラント分のチップをつけるのだという。少し「カラクリ」が見えてきた。こうやって、カネを借りていることを麻痺させていくのだな。俺は借りたチップを持って、レティの隣に座った。


「どうだった?」


「もう少し遊べそうでございます」


 お互いアイコンタクトをする。レティは俺が何かを掴んだことを察知したようである。レティの方を見れば、先ほどのチップの倍以上になっている。いくらなんでも大勝ちしすぎだろ。まぁいい。俺も再び賭けるか。そのとき、ヒステリックな女の喚き声が聞こえた。


「もうっ! 私を一体誰だと思っているの。ホントに礼儀を知らない人間は!」


 車椅子に乗っている中年の女が店員に食ってかかっている。何を喚いているのだ?


「存在自体が無礼だと思わないの! この恥ずかしい人間が! 生きていて恥ずかしくないわけ!」


 何だコイツは! 何があったのか知らぬが、よくもまぁ、人の尊厳を踏みにじるような態度を取れるもんだ。このヒステリックババアの為にカジノの賭けも止まっている。そのときレティが小声で囁いてきた。


「イゼーナ伯爵夫人よ。慈善活動家として知られているわ」


「偽善活動家の間違いだろ」


 この手の人間は自分の為に平然と人を踏みつけにしてくる。それを誰にもケチを付けられずに行うため、「慈善」という仮面をつけて動いているのだ。車椅子なぞ、人を踏みつけにするための小道具にしか過ぎないのである。こんなものを擁護できる人間は、心底性根が腐っている。


 そのイゼーナ伯爵夫人とやらは、先程から店員にひたすら罵詈雑言を浴びせ付けている。ここまで来れば狂気の沙汰。妬み嫉み僻みの負のオーラしか感じられない。いつまで続くかと思われたイゼーナ伯爵夫人の罵倒。そのとき、イゼーナ伯爵夫人と店員を割って入る人影があった。女性だ。


「この度は申し訳ございませんでした。心よりのお詫びを申し上げます」


 物腰柔らかく、深々と頭を下げる女性。ヒステリックに喚いていたイゼーナ伯爵夫人が静かになった。誰かは知らないが中々やるな。女性は顔を上げる。目立つ黒い髪。どうも若い女性のようだ。だが、顔を見た俺は衝撃のあまり椅子から立ち上がってしまった。


(か、か、佳奈・・・・・ なんで・・・・・)

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