215 兄妹の関係

「兄様。お父様や派閥の方々は・・・・・」


 クリスは次兄アルフォンス卿に尋ねた。 緩んでいたトーマスとシャロンがピシャリと無表情に変わる。給仕が慌ただしく入ってきて、アルフォンス卿とグレゴールにワインを差し出した。本当にいきなりの来訪のようだ。


「抜けてきたよ。父上周りと俺では世代が違うからな。だから俺も混ぜてくれ」


 そう言いながら、アルフォンス卿はワインを口に含ませた。俺と違って上品だ。流石は公爵家。


「今日の会合、実に愉快だった。先日ボルトン伯から話を聞いたときもそうだったが、アルフォード。お前の話、本当に聞き飽きないな」


「お褒めの言葉、光栄にございます」


 次兄アルフォンス卿の話に、型通りの言葉を返すしかなかった。どうにも言おうがないではないか。


「先日、表敬した際にボルトン伯から聞いたぞ。財務を立て直すため、逆に借金をして立て直したそうだな。お前の能力、全くもって魔術だよ」


 ボルトン伯、そんな事まで話したのか。しかし何と言って良いのやら。どうもアルフォンス卿はその「からくり」が聞きたいようだ。クリスが興味深げに俺の方を見ている。どうやらクリスも聞きたいらしい。どうにもこうにも話さなくてはならないようだ。俺は観念して「ボルトン伯爵家再生計画」について話すことにした。


 俺は当時ボルトン家が、新規の借り入れができない状況に陥っていた事由から述べる。ボルトン家は代々の当主が宝飾品など主だった資産を売り捌いた為、これといった財産がなく、新たに記載しようにも歳入の六割以上に達している利払いが原因で起債できない状況に陥っていた。


 そこでボルトン伯爵領に赴いて過去の債務状況を調べ、借り入れ口毎に実際に払った利払い額と『金利上限勅令』に基づく二十八%の利払い額を計算し、その差額相当の「返還」を求めない代わり、差額相当額の新規借り入れと今後の金利は勅令金利で行うことを貸金業者に認めてもらった事を話したのである。


「貸金業者に認めさせたのですね」


 クリスはサラリと言う。


「いやいや、円満な話し合いで決まったんだよ」


「全ての業者が、ですか?」


 イタイ所を突くなぁ、クリスは。


「・・・・・一つはダメだった」


 クリスは目を瞑った。それぐらいの事はお見通し、といった感じだ。その研ぎ澄まされた見通す眼、流石は悪役令嬢。従者であるトーマスとシャロンは主君の俺との話にクスクスと笑う。対照的だったのはアルフォンス卿と従者グレゴール。二人とも信じられないという顔で俺を見る。


「・・・・・それで、いかほど借りることができたのか?」


 ここで嘘を吐くのは流石にヤバいな。バレた場合のリスクが怖い。俺は仕方なく借入総額を言った。


「二億七〇〇〇万ラントです」


「なんと! 新たに借り入れができなかったのにか?」


 アルフォンス卿は呆気にとられている。一方、グレゴールの方は固まってしまっていていて、もう放置プレイするしかなさそうだ。


兄様にいさま。こういった話はよくある事ですので気になさらないよう・・・・・」


「よくある事なのか!」


 主君である兄妹の対話にトーマスとシャロンが笑い続けている。俺は霧が晴れていないアルフォンス卿に説明を続ける。


「重要なのは融資ではありません。種を蒔く努力を惜しまなかったのです。ボルトン家は代々、困難な財政を立て直すべく売れるものは売り、陪臣の封地を一元化して効率化を図り、陪臣は農政や鉱山の専門家となって領国経営を行っておりました」


「しかし、そこまでやっていて何故?」


「そこまで行くのが精一杯で、資金の調達ができなかったのです。残念ながら良い土壌を作った後、水を引き込むことができなかった。ですから水、この場合ですと資金ですが、それを確保して適切な投資を行えば、その種は容易に芽吹く状態にあったということです」


 カネだけ放り込んだから良いとは限らず、むしろ悪い方向性に行くことが多い。何故なら多くの場合、消費に回って終わりとなるからである。ところがボルトン伯爵家の場合、農地を広げる技術があり、商品作物を育てるノウハウもある。鉱山は採掘技術の改良で採掘量を増やし、技術の導入で今より高値で販売できるのだ。水を与えて芽吹かぬ訳がない。


「借入金の話ばかりに気を取られていたが、下地についての意識が足りなかった。アルフォードが確保した資金を活かす家臣がボルトン家にはいたという事だな。俺もまだまだだ」


 アルフォンス卿は何度も頷く。そうなのだ。人間というものどうしても金の額に目が行くが、重要なのは金を活かせる土壌があるかどうか。ボルトン家は活かせたが、他の貴族が活かせるかどうかの保証はどこにもない。


「しかし、アルフォンス卿。ボルトン伯とは親しいご関係でしたか?」


「いやいや。言葉を交わしたのは、先日宮廷で行われた会議が初めてだ」


「どう見ておられますか?」


「中々の人物だと思う。流石は中間派の主要人物」


 アルフォンス卿は学園人事の裏側について語ってくれた。ボルトン伯は学園長代行職の就任にあたって、宮内府と宰相府の協力を求めた。宮内府とは宮廷機構、宰相府は行政機構。この二つからそれぞれ学園事務局に人材を派遣する事を学園長代行を受ける条件の一つにしたというのである。


 そして宮内府からは儀典次長であったベロスニカが事務局長に、宰相府からは官吏部補佐官ラジェスタが事務局処長として出向することになったのだという。ボルトン伯の面子に傷をつけてはいけないと、異例のキャリア派遣となったそうである。なるほど、だから事務局がグダグダではなかったんだな。やるな、ボルトン伯。


 このノルデン王国の統治機構は国王を頂点に宮廷、行政、軍部の三権で成立している。同じ三権でも日本での立法、司法、行政の三権とは大いに異なる。宮廷が宮内府、行政が宰相府、軍部が統帥府。今回のケースは三権のうちの二権、宮内府と宰相府がそれぞれ人を出したという形になっているのだが、残る「一権」、統帥府はどうなっているのか?


 実は統帥府。三権の一つといっても他の二権とは大いに異なる。宰相府の頂点は宰相、宮内府は長こそはいないものの、内大臣トーレンス候が実質的なトップ。しかし統帥府にはそうした役職も人物も不在。国王に各近衛騎士団や王都をはじめとする各都市警備団を国王が親率している形となっている。


 統帥府には大臣や司令官がいないのだ。また給与の払いや事務全般は宰相府兵務部が、任免を初めとする人事は宮内府典礼長がそれぞれ担っているため、統帥府といいながら、その権限は無に等しい。だからボルトン伯は統帥府からの人材の派遣を求めなかったのだろう。決められる人がいないのだから。


 しかしボルトン伯。本当に食えない男だ。学園にいきなり単身で乗り込んできたのかと思っていたが、事務局幹部を刷新し、これを掌握した状態で学園長代行に就任しているわけで、あの教官らに対する手際の良さも納得だ。カネの事となったら全然ダメなのに、駆け引きや判断力といったものには本当に高い能力を見せつけている。


「しかしボルトン伯の財務再建を行う中でガーベル卿と結びつくのだからな。巡り合わせというものは本当に凄い」


 先日話した俺とガーベル卿の話を感慨深げに話すアルフォンス卿。ガーベル卿の長男スタンとアルフォンス卿が同級生だったなんて誰が思うのか。人の縁とは奇なるものなのである。


「兄様。それを繋げるのがグレン・アルフォードの真髄なのです」


 アルフォンス卿が偶然の産物に驚いていると、クリスが胸を張って言った。いやいや、そんなに胸を張って言えるようなものではないから。クリスが俺を買ってくれるのは凄く嬉しいが、どこか子供っぽいクリスの仕草が可愛らしい。俺は前から気になっていたエルザ王女の事をガーベル家の長女ロザリーを絡め、アルフォンス卿に尋ねてみた。


「ガーベル家で話を伺いましたところ、ガーベル家の長女がサルジニア公国に留学中のエルザ殿下の御学友とし随伴しているとのことで・・・・・」


「おお。スタンの妹が。ガーベル家は本当に律儀者だ。皆が気を使っている部分を、ガーベル卿の家族が担っている」


 少し狙いが外れてしまったのは聞き方が悪かったからだ。しかし分かったことがある。まずアルフォンス卿のガーベル家への評価は高い。あと、亡き側室マルレーネ夫人が生んだウィリアム王子とエルザ王女。この二人の扱いについて、宮廷では苦慮しているという事実。これが分かっただけでも大きい。


「今後、ウィリアム殿下はどのようになられるのですか?」


 クリスは次兄に尋ねた。その聞き方から、大体の予測はついているようだ。


「うむ。臣籍降下という話が伝わっている。今は立太子礼をお待ちになっておられるとのこと」


 臣籍降下とは王室を離れる事。この場合、ウィリアム王子は『王子』の称号と姓から『ノルデン』が外されることになる。その代わりに封地が与えられ、公爵位を授爵するのが慣例となっている。


 国王の大叔父ステュアート公のケースでは、実兄で先々代の国王、レオン四世の治世のとき臣籍降下し、公爵位とステュアート地方を賜って封地と元姓アルービオを合わせたスチュアート=アルービオを姓としている。ウィリアム王子もスチュアート公と同じ道を歩むということか。


 ノルデン王国の国王フリッツ三世には二人の王子がいる。第一王子ウィリアム殿下と第二王子アルフレッド殿下。ウィリアム殿下は側室マルレーネ夫人の子、アルフレッド殿下は正室マティルダ王妃の子。


 そのため、次期国王は正室の子であるアルフレッド殿下だということで皆『正嫡殿下』と呼び習わしているのだが、実は立太子礼が挙行されておらず、王太子が冊立さくりつされていない。


 これについて何が因であるか明らかにされていない。というのも立太子礼には年齢規定がないからである。遠い昔の話だが女帝マリアの子であるカールは、生まれた直後に立太子礼が行われ王太子になっている。この事からも、立太子礼が行われない理由が王子たちの年齢ではないことが明らか。


 かと言って、よくある話で第一王子派と第二王子派に別れた戦いが原因で、立太子礼が行われていないという訳でもない。アルフレッド王子が王位継承者であるということは衆目一致した見方であり、第一王子派も第二王子派も存在すらないのだから。


 それどころか第一王子であるウィリアム王子には派閥や取り巻きはおろか、側近すらいない有様。周りにいるのが忠義者のガーベル卿のみという状態では争いに発展しようもない。いずれにせよ今現在、王太子はいない。どういった理由であるのか不明だが、立太子礼が開かれていない事だけは事実である。

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