214 派閥会合

 クリスは宰相派を集めた会合の席上、『貴族ファンド』の狙いを実父である宰相の失脚と喝破し、会合の場を凍りつかせた。クリスの言葉に宰相派の面々だけではなく、次兄アルフォンス卿も父である宰相閣下も呆気にとられている。


「クリスティーナよ。滅多な事を言うものではない」


「信頼のおける者しかいない、ここだから言うのです。貴族会議で過半数の議決があれば、解任動議が通るのですよ。名簿の貴族らの口添えで融資を受けた貴族が、将来どのように振る舞うのか。皆様にはその辺り、よくお考え下さい」


 クリスは宰相閣下からの注意も意に介さない。クリスのこのような姿をこれまで誰も見たことがないからだろう。皆、驚きで言葉も出ないようである。元々、こんな席に女がいる事自体、あり得ないのだから。しかし、こういうときのクリスは本当に容赦がない。父や兄を始め、並み居る大人を押しのけて、公然と言い放つ悪役令嬢クリスの面目躍如だ。


「貴族会議・・・・・ かれこれ百三十年開かれていないという」


 今なんと言った。百三十年前というと、かの『ソントの戦い』以来、一度も開かれていないというのか! 俺は発言したクラウディス=ディオール伯に質した。


「貴族会議の招集の要件とは、いかなるものにございましょうか?」


「確か・・・・・ 全貴族の三分の一の同意が必要」


「全貴族・・・・・ そうすると陪臣の方も?」


「そうだ。王国で授爵された者全てだ」


 なるほど。今まで貴族会議が開かれなかったわけだ。メールやメッセどころか電話すらないこの世界で、全土の貴族から同意を集めるのは大変そうだからな。いちいち馬車移動しなきゃいけないこの地で、一声をかけるのも一苦労である。


「三〇〇〇億ラント。仮に二千家で分けたとしても一億五〇〇〇万ラント。このような巨額融資を受けた貴族家は、口添えした者に歯向かうことができましょうか?」


 クリスの言葉に皆、沈黙した。誰も否定できなかった。ハンナの実家ブラント子爵の財務状況を考えれば、子爵クラスでその額が流れてきたら万々歳。歯向かうどころか全力で媚びへつらうのではないか。宰相ノルト=クラウディス公が娘の問いに答えた。


「できぬな。むしろ積極的に協力するだろう。貴族の気質を考えればな」


「チャック! 宰相府の権限で阻止すべきだ!」


「キリヤート伯の言う通りだ。目は先に詰むべきだろう」


 クラウディス=ディオール伯がキリヤート伯に同意した。しかしキリヤート伯。今、宰相の事を愛称で呼んだよなぁ。相当親しい間柄なのか?


「どのような権限でか?」


「・・・・・」


「それはどのような権限か。権力とは万能ではない。今、この『貴族ファンド』を潰したとすれば、貴族らはこぞって宰相府に抗議をし、『貴族会議』開催の名分を得るだろう。仮にクリスの言う通りであるならば、それこそ相手の思う壺ではないか」


「・・・・・」


 キリヤート伯はノルト=クラウディス公の問いかけに沈黙してしまった。これは宰相の言が正しい。これまで宰相家が一世紀以上宰相の地位を独占できたのは、相手がバラバラであったからで、それを結束させてしまっては勝てる訳がない。


「では、どのようにすれば・・・・・」


「このまま黙って見過ごせというのか」


 シェアドーラ伯もムステングルン子爵も頭を抱えている。見るに見かねたのかアルフォンス卿が俺に尋ねてきた。


「アルフォードよ。そちらの方で何か策を考えたか?」


「「貴族の権利を守る法律」の整備を」


 皆、顔を見合わせている。貴族だから既に権利が守られていると思っているので、「貴族の権利を守る法律」といっても何を指すのか、よく分からないのだ。だから俺は、貴族に対して行われている融資で担保を取らないのは慣例に過ぎず、巨額融資を行う際にはそれを名分として、融資先の貴族から担保を取る事になると説明した。


 そして担保の具体例を列挙し、それぞれが押さえられた場合の影響について話した。皆、あまりの話に茫然としている。それは明敏な筈のアルフォンス卿や宰相閣下、クリスであっても例外ではなかった。元から貴族であるがゆえの無頓着。理解の外の話だったのである。


「もし貴族から担保を取れないとしたらどうなるか?」


 シェアドーラ伯が聞いてきたので、逆に質問した。


「仮に閣下が一億ラントお貸しになるとして、何の裏打ちもないまま、お貸しになりますか?」


「・・・・・ないな。あり得ない」


「貴族ファンドの中核を担うフェレット商会はカジノを営んでおります。そのカジノでは長年五割を超す高金利を取っておりました。それが『金利上限勅令』でカジノは閑古鳥。理由は金利が従来より低くなったことで、自分たちへのリターンが減ってしまい、裏打ちのない者に対し、怖くてカネが貸せなくなったのです」


「そうか! これを『貴族ファンド』に当てはめれば、巨額融資をしたくとも、相応の裏打ち、つまり担保がなくては融資ができなくなる訳か」


「なるほど。それならば効果がある」


 俺の話を聞いてキリヤート伯もムステングルン子爵も理解が出来たようである。


「ここはアルフォードの案を進めてはどうかと。リスクもなさそうですし」


 クラウディス=ディオール伯が宰相に俺の案を勧めている。アルフォンス卿がそれに続く。


「従来、不文律であったものを成文化するだけ。それで益となるならば」


 一族の長老格と実子からの勧め。ところが宰相は首を縦に振らない。どうした? 何が引っかかる。


「アルフォードよ。それは君の案か?」


「いえ。これは我が父ザルツの案です」


 俺がそう答えると宰相は考え込んでしまった。何が引っかかるのか? 貴族や家族の視線を意識したのか、宰相はその胸中を語った。


「確かに妙案だと思う。リスクもない。しかし、隠された意図があるようにも思えるのだ」


「隠された意図とは?」


「私にも分からぬ。ただ、そう感じるだけで・・・・・」


 キリヤート伯からの問いかけにそう答えた。別の意図かぁ。ザルツの考えたもう一つの意図。思い浮かぶ事と言えば・・・・・ 一つぐらいしかないな。


「おそらく本来公有の財産であるものが、散り散りになることを忌避したのでしょう」


「それはどういう事か」


 宰相が身を乗り出してきた。俺は思い当たる節について話した。


「もし貴族が領内で持つ諸権限を差し押さえられると、徴税や開発に国が全く介在できない状況になる訳で、それを恐れて事かと」


「しかし商人にとって、それが関係があるのか・・・・・」


「アルフォード商会の当主ザルツが申すに、今回の小麦の輸入を契機として、国交を開くか否かを問いましたところ「相手が毒消し草、こちらが小麦とお互いの利害が一致した故に上々でしたが、仮に共に小麦が足りないとならば、逆に相争うことになるでしょう」と答えました」


 宰相の質問に対し、俺に変わってアルフォンス卿が答えた。アルフォンス卿は話を続ける。


「私はこれを開く益もあれば、開く害もあると解釈しました。これはザルツが今、国境を開くに当たらずと述べたものであると思っております」


「うむ。全くその通りだ。そのような者が考える意図。なるほど、理があるな」


 宰相はそう言うと真正面を見据えた。そこにはもちろん俺がいる。


「アルフォードよ。お前の言うこの法。出すとして『貴族ファンド』の発表の前か後か、いずれだろう」


「嫌がらせは宰相閣下にはお似合いにならないと思います」


「フッフッフッ」


 俺と宰相のやり取りを聞いてクリスが笑い出した。隣のアルフォンス卿も笑う。そして宰相までも笑い出してしまった。


「おい、チャック!」


 キリヤート伯が心配して宰相に声をかけるが、笑いが止まらない。イマイチ意味が分かっていなさそうな、キリヤート伯に俺は言った。


「偶然なのですよ、偶然。偶然法律が施行されただけなのですよ」


「フッ、ハッハッハッ! 実に偶然。他意は無かったのだ!」


 俺の言葉を聞いてムステングルン子爵が笑い出した。


たまたま・・・・決まってしまっただけなのだよ」


 長老格のクラウディス=ディオール伯が笑いながら後に続く。高位伯爵家ルボターナのシェアドーラ伯も笑い出した。意味が分かったのか、キリヤート伯も笑い始める。


「まさかそのような回答が返ってくるとは思わなかったぞ、アルフォード。アルフォンスよ、早急に法の検討を行おう」


「ハッ! ・・・・・後は日取りですな」


 そう言いつつ、アルフォンス卿が俺を見る。それにつられて、全員が俺を見てきた。


「颯爽と発表する予定の『貴族ファンド』。その発表前日、たまたま・・・・「貴族の権利を守る法律ができれば、相手にとって幸先の良いスタートとなるのではと・・・・・」


 どうせ出しても貴族はまず気付かないだろう。意味が分からないからだ。フェレットだっていくら娘が優秀であろうと、宰相府に向けてアンテナを張っている訳ではない。ファンドを立ち上げた後、気がついたら雁字搦めだった、という状況を作ることが重要。


「偶然!」「実に偶然だ!」「全く偶然!」「偶然ですわ!」「偶然だよ、偶然!」「本当に偶然だったんだ!」


 口々にそう言いながら皆が笑った。従者達も揃って笑っている。「仕掛け」とはこれ見よがしにやるものではない。そんなものは単に恨みを買うだけだし、労をかけた割に効果は長続きはしない。何故なら、それは裏打ちのない曲芸でしかないからである。


 もしそんな描き方をするドラマや小説、ルポなんかがあったら、書いているそいつらは「仕掛け」の意味すら分かっていないド素人。薄っぺら過ぎて、人の生き死にの意味すら分かっていないような奴だ。実につまらないし、読んで役に立つものは欠片もない。


 「仕掛け」とは、その瞬間に分かるものではなく、後になってから意味が分かるものでなければならぬ。そうでなければこちらが刺される。だから「仕掛け」は何事もなかったように、さり気なく置いておき、我が身の安全が確保された状態で炸裂させるものでなければならないのだ。


 「貴族の権利を守る法律」の実態がどのようなものになるかは定かではない。だが今日の会合で、この法を策定する事は決まった。ザルツから託された俺の役目も果たせたということだ。今日のところはこれで良しとしようではないか。


 ――会合終了後、宰相の好意で夕食に呼ばれることになった。有り難いことにクリスとトーマス、シャロンと俺の四人での食事だったのは有り難い。宰相派の貴族たちと一緒に食べるとかであれば気が引ける。まぁ身分の問題もあるので、アルフォンス卿辺りが考えてくれたのだろう。


 会食の中で出てくるのは、当然ながら会合の話。トーマスもシャロンも予想とは違った展開となったと感想を語る。俺が来る前、応接間では誰も話さず、空気がピリピリしていて危険を感じたらしい。『貴族ファンド』の件がよほど気にかかっていたのだろう。クリスただ一人が「楽しかったですわ」と、嬉しそうに言っているのがとてもシュールだ。


 俺たちが話をしていると、突然扉が開いた。アルフォンス卿と従者グレゴールが入ってきたのだ。そんな話聞いてないぞ。そう思ってクリスを見たら驚いているので、クリスも聞いていないようである。アルフォンス卿は空いている椅子にどっかと座り、グレゴールにも座るように促した。


「いやいや、突然すまない。こちらの方で話がしたくなってな、押しかけてきた」

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