212 「からくり」の仕組み

 放課後の図書館でレティから今現在のカジノの状況を聞く俺。現実世界の学校ならばまずあり得ない話なのだが、ここはエレノ世界。生徒会が決闘賭博を開くようなところだ。そんな話をしたって違和感なく通る。


「どうしてそこまで聞くの? カジノのこと」


 レティの疑問はもっともだ。俺は客足が戻った理由について嫌疑を持ち、調査を頼んだが梨のつぶてだったので、俺自身で調べようと思っている事を話した。


「グレンが?」


「ああ。実際カジノで賭けて調べようかと」


「潜入するのね! 面白そう!」


 いやいやいやいや。そこ面白がるところじゃないから! パフェの食べさせ合いで恥ずかしがる純情可憐なレティは撤回。やっぱりレティはレティ、小悪魔レティだ!


「どうしてお客さんが減ったのですか?」


 アイリが素朴な疑問を投げかけてきた。カジノなんてアイリには無縁の世界だもんな。俺は順を追って説明した。


「『金利上限勅令』で金利の上限が定められた。これによって、カジノ内で五割以上の金利を取っていた貸金屋が高い金利を取れなくなる。これによって貸金屋は儲けが減ったため、入ってくるカネが減り、カネが少なくなった」


「カネが少なくなったので、貸す際の審査を厳しくして貸出量を減らし、これに対処した。結果これまでカネを借りてカジノに出入りしていた連中が、これまで通りにカネが借りられない状況が生まれた。それで多くの常連客の足が遠のいてしまった。こんな感じかな」


「よく分かりました」


 屈託のない笑顔で答えるアイリ。本当に素直だ。レティが話しかけてくる。


「遠のいたはずのその客が、どうして戻ってきたのか知りたいのね」


「ああ、その「からくり」が知りたい。客が戻ってくる「からくり」がな」


「帰ってきたお客さんは、お金を借りないと行けない人達なのですか?」


「おそらくね」


 アイリの疑問にレティが答えた。レティの考えと俺の考えは同じのようだ。減った客とはカネを借りてカジノに来ていた連中。借りられなくなったからカジノに来られなくなった。それが再び来ることができるようになった、ということは・・・・・


「またお金が借りられるようになったから、カジノに帰ってきたのね」


 そういうことだ。レティの言に異存はない。問題はその「からくり」だ。以前の客が戻ってきた、カネを借りて打つ連中が戻ってきたということは、貸し手であるはずのカジノ側も相応のモノを得ていなければならない筈である。何故なら金利制限がかかったおかげでカネが貸せなくなった筈なのだから。


 以前のカジノでは、中に入っている貸金屋が高金利と手数料合わせて五割以上の高金利を得ていた。ということは、金利上限である二十八%以外の何かをどこかで得ていないとカネは貸せないということだ。おそらく「何か」と「どこか」が「からくり」なのだろう。


「グレン。前に話していたエルダース伯爵夫人との顔合わせ。今度の休日、頼めるかしら」


 前に言っていたレティの後ろ盾になっている夫人の事だな。俺は快諾した。


「ありがとう。狩猟大会が終わったらいよいよ、ミルの襲爵だわ」


 レティの弟、ミカエルのリッチェル子爵位の襲爵準備は順調に進んでいるようだ。近々、宮廷より襲爵の裁可が下りる事になっているという。狩猟大会の参加の為に多くの貴族が準備を進めているので、襲爵の儀式は狩猟大会が終わってしばらく経ってのことになるとのこと。今は粛々と準備を進めている、そういった感じのようだ。


「無事に終わって欲しいですね」


 アイリの言葉に俺もレティも頷いた。全くその通り。無事にミカエルの襲爵を終え、レティの肩の荷を下ろせるようにしてあげたい。心からそう思った。 


 ――クリスと約束していたロタスティの個室に入ると、既にクリスと二人の従者トーマスとシャロンが待っていた。これまで何度も会食してきたが、一度として俺が先だったことはないのが凄い事である。それはそうと分かっていた事だが今日の空気は固い。理由が理由だけに仕方がない。


 いつものようにトーマスの誘導でクリスの向かいに座ると、早速説明を求められた。もちろん『貴族ファンド』についてである。俺はボルトン伯より回状を受け取ってからの顛末を全て話した。


「・・・・・つまり高位家の半数が賛同していると・・・・・」


 俺が話し終えると、クリスは机に置かれた名簿、ハンナが書いた貴族名簿に目を落としながらそう呟いた。トーマスとシャロンの顔がこわばっている。これまで俺が何度も話してきたこと、主家の没落の話と今回の事態が繋がっている、そう感じたからだろう。


「それでグレンの側はどのように対処しようと考えているのですか?」


「ザルツが宰相閣下に「貴族の権利を守る法律」を作ってもらうよう、公爵令嬢と話せと」


 クリスが驚いた顔をしている。ザルツとクリスはまだ面識がないからな。驚くのも無理はないか。


「それで「貴族の権利を守る法律」とはいかなるもので?」


「貴族に融資する際、担保を取ることを禁止する法律をと」


 ギョッとするクリス。当たり前の話だが、こちらの方面に関してクリスは疎いようだ。俺は説明する。貴族がカネを借りる際、担保を取られないのは特権だと考えられているが、長年の慣例に基づくもの。つまり不文律なので、禁止されている訳ではない。ところが大貴族と大商会が手を組んだので、担保を取っての融資が可能ではないかと。


「具体的に担保とはどういったものを想定されているのですか?」


「農地などの土地、徴税権、商取引、森林、鉱山。場合によっては課税権であるとか」


「もし・・・・・ 借りたお金を支払う事が出来なければ・・・・・」


「その担保は『貴族ファンド』、いや、実質的にはフェレット商会のものになる」


「それは! 高位家が貴族を売り渡しているようなものではありませんか!」


 流石はクリス。本質を突いている。貴族からの支持を得たい大貴族と、商人界の主導権争いを有利に進めるべく貴族財産に目をやった大商会。そのコラボレーションが『貴族ファンド』だ。


「では、先程の「貴族の権利を守る法律」を成立させて担保が取れなくなったら、どうなるのですか?」


「『貴族ファンド』側は担保が得られないので、皆が思うほど融資ができない」


「具体的には?」


「貯金が一〇〇〇万ラントある人に一〇〇〇万ラントを貸しても、イザとなれば貯金で返済できると考えることができるので安心できるが、ゼロの人には安心できないので貸せない」


「貸せる額が少なくなるということですね」


 そうだ。飲み込みが早い。


「それに国から見れば、貴族財産が知らぬ間に他所の者が持っていたとなれば、あとの処理が困る」


「そうですね。それで、この法律が出来たとして、グレン側のメリットは?」


「相手に嫌がらせができる」


「え!」「あ!」「ええっ!」


 三人が一斉に笑い出した。おかげでそれまでの緊張感が吹き飛んでしまう。いや、たったそれだけの話なんだよ、本当に。クリスが笑いながら聞いてくる。


「誰が考えたのですか?」


「ザルツだ。相手の初動を挫き、足止めにはなると」


「ヒドい方ですね。グレンのお父様は」


 クリスの笑いが止まらない。ザルツの発想がウケたようだ。


「一度お会いしなければなりませんね」


 最初、緊張して硬かったクリスの表情が和らいだ。ノルト=クラウディス家の者でザルツとあったことがあるのは次兄アルフォンス卿のみ。一度、そのような機会を持つのもいいだろう。今度ザルツに話してみよう。


「クリス。一ついいか?」


 俺は以前から気になっていた事を聞いてみた。


「ウェストウィック公という人物についてどう思う?」


 クリスは一瞬、戸惑った表情を見せた。こうした部分、クリスとの付き合いで分かるようになった。おそらく始めの頃だったら、絶対に分からないだろう。俺の質問で意図を察知したようだ。俺が疑念の目を持っているということを。


「殿下の叔父上に当たられます」


 クリスがはぐらかしにかかってきた。珍しいな。言いたくないのか?


「ウェストウィック卿モーリス閣下の父上でもあるな」


「はい。王妃陛下の弟君でもあらせられます」


 もちろんそれは知っている。だがこちらが知りたいのはウェストウィック公に対するクリスの評価だ。


「・・・・・姿が見えにくいお方です。・・・・・モーリス閣下と違って」


 あ、そうなんだな。なるほど。クリスは同学年であるモーリスが嫌いなのだな。どうして嫌いなのかは・・・・・ この前の決闘の時のアレを見たら当然か。しかしウェストウィック公、姿が見えにくいとは・・・・・ ステルス公爵か。注意深く姿を消すことに長けた人物である可能性があるな。


「実はな、貴族名簿に自派の人間を二人も名を連ねさせているのに、自身の名を載せないとかな、妙な動きだと思っていたんだよ。言いにくい話をありがとう。それで十分だ」


 礼を言うとクリスは頭を振って目を瞑る。人間というもの上に行けば上に行くほど、自分と同格に近い者に対する評価が言いにくいようである。ノルト=クラウディス家とウェストウィック家の間に何があるのかは分からないが、地位あるものは色々面倒くさい。


「グレン! 主家は・・・・・」


 トーマスが鋭い声で問う。その後の文言であろう「大丈夫か」を言わないのは忠誠が高い証だ。


「大丈夫だ。名を連ねた貴族派の中でも温度差がある。例えば貴族派第二派閥のエルベール派は消極的なようだ」


「その根拠は?」


「第三派閥のバーデット派と同数の三人が名を連ねているに留まっているからだ。


 俺はハンナの受け売りを話す。クリスが口を開いた。


「アルヒデーゼ伯の名前が見当たりませんから・・・・・」


「お嬢様、それは・・・・・」


「アルヒデーゼ伯爵家はルボターナ。エルベール派に属する高位家です。しかし名を連ねなかった。つまり派を挙げてという事ではありません」


 クリスはトーマスに話す。エルベール派は派として賛同するに至っていない。また第五派閥のドナート派は動いていない。中間派はボルトン伯が賛同しなかったので、賛同者は限定的であろうと。俺は言った。


「アウストラリス公は貴族の過半数を抑える状況にはない」


「現段階では、という条件付きですけれどね」


 そこが重要だ。状況の変化でいつ過半数になるか分からない。少なくとも今宰相派が考えるべきことは『貴族ファンド』に対して中間派を足止めにし、第二派閥エルベール派をより消極的な方向に持っていく事である。


「グレンはボルトン伯の事をどう見ていますか?」


「食えないオヤジだ」


 クリスは笑った。我が意を得たりといったところか。


「この先どうなるのかは分かりませんが、我が家はボルトン伯が敵に回らないようにしなければなりません」


「どうしてそう思った」


「厄介だからですわ。あのようにして教官達が起こした事態を鎮めつつ、私達を使って教官に恩を売るなんて・・・・・」


 半ば呆れたように言うクリス。全くその通り、だから食えないオヤジなんだよ、ボルトン伯は。


「今日の話は兄様にいさまを通じ、父上に伝えます。説明の際にはお願いできますね」


 もちろんだ。俺は了解した。これで近々宰相閣下と会合を持つことになるだろう。問題はザルツの案が採用されるかどうか。しかしそれは俺が決めることではない。俺は話を伝え、理解をしてもらえることに集中しよう。

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