第十八章 発火点
211 カジノ報告書
リヘエ・ワロスが娘マーチから預かってきた封書。それは先日マーチに頼んでおいたカジノ、王都ギルト序列一位、ガリバーとも呼ばれるフェレット商会が実質的に経営しているカジノの調査結果についての報告である。客足が落ちて閑古鳥となったカジノがどうして盛況になったのか。俺は寮に帰ると、急いでマーチからの封書を開けた。
(な、なにぃ!)
俺は便箋を見て愕然とした。たった一枚。たった一枚しか入っていなかったからだ。
「先日ご依頼のありました、カジノ客の増加に関する件、残念ながら当方で原因を判別できるだけの情報を得るに至らず、具体的内容の伴う報告ができない事、お許しください」
冒頭の数行が全てを物語る報告。マーチはカジノ盛況の理由を掴めなかったのだ。ただその後の文章で、断片的に確認できたことが書かれていた。チップの種類が変わっていたこと、カジノ内に貸金屋が無くなっていたこと、賭けに負けてスッて出ていった者が帰ってきたら再び賭けていたこと、などである。
(はぁ~。これをどう考えるかだな)
マーチとマーチの手の者が手を抜いたとは思えない。そうではなくて、何らかの「からくり」が見抜けなかったのだ。カジノが盛況になった「カラクリ」を。金貸し屋と情報屋が見抜けぬ「からくり」とはどんなものなのか?
確かにどんな商売でも客を集める「からくり」であるとか、儲かる「からくり」というものがある。昔、会社から参加命令があったセミナーで、とある企業の社長が商売の秘訣として「百円ショップ」の話をしていたのを思い出した。
その社長曰く、ある客が百円のモノを買うために「百円ショップ」に入った。なのに、出てきた時には三百円の商品握りしめて出てきた。客は百円のモノを買うつもりで入ったのに、三百円のモノを買って出てきてしまった。しかし客は当初の目的とは違うことに怒るどころか、満足して帰っていった。これぞ商売の秘訣だと。
商売には収益を上げる「からくり」であるとか、集客する「からくり」というものが必ず存在する。それがなければ商売そのものが成り立たないのだから。フェレットはカジノを営んできた。カジノで儲ける術を長年かけて身につけている筈で、その中からマーチや手の者ですら見抜けぬ、客を手篭めにする新しい術を身につけたのだろう。
マーチや手の者はカジノに仕掛けられた新たな「からくり」が見抜けなかった。フェレットが考えた「からくり」が高度なものであったかもしれない。両者ともカジノ稼業の人間ではないことも原因の一つだろう。だが、おそらくはそれだけが理由ではない。
マーチは商店主になって間なしだし、手の者に至っては主ですらない。雇われた側の経験しかなければ見えないものもあるのだ。サラリーマンにとって商売の方法や哲学なんて、ハッキリ言って無縁な話。経営者と従業員は、商店主と丁稚という関係そのもの。どんなに考えたって、丁稚に商店主の感覚は分からない。それは立場が違う事によって考える事が異なるからである。
だから、いくら従業員で店の仕事をやろうが、それは商売ではないのだ。俺がそれを理解できたのは、こっちの世界に来てアルフォード家という商会主の子供になってからの話。それまでの俺は、先の社長のセミナーを聞いても他人事。理解の外にある話だった。だからこそ言える。従業員では「からくり」は見抜けないと。理由はそれが仕事ではないからだ。
経営をする者の本質は「儲けるカラクリを見抜く能力」である。だからそれを作ることに長けた者もいれば、人の意見や人の動きを見て採用する者もいる訳で、何れにせよ「見抜く能力」の優劣がその商会の浮沈や趨勢を決めると言っていいだろう。
しかし現実には、多くの人はカラクリを考案した人間に目が行ってしまう。だが重要なのは「見抜く能力」という判断力。ザルツはその点、非常に優れている。だから実質鎖国状態のノルデン王国にあって、周辺諸国と商取引を独占的に行う「からくり」を構築できたのだ。
王都ギルト五位。アルフォード商会はノルデン王国下で大手商会に仲間入りしたといっても、五位は五位。一商会で五位のフェレットと対峙しても必ず負ける。だから相手が必要な毒消し草とこちらが必要な小麦をバーター取引し、こちらからは毒消し草を持っていかないと小麦が仕入れられなくした。これによって我が商会はこのルートをロックした訳である。
いくらフェレットが力があろうと、既に俺たちに買い占められた毒消し草は手に入らない。毒消し草がなければ小麦を輸入することはできない。安く輸入して高値で売り捌き利益をせしめようとしても不可能になった。最大商会であってもだ。ここに我がアルフォード商会の活路がある。機先を制するには、制するだけの目算や「からくり」が必要なのだ。
しかし普通に見て分からぬトラップというものは面倒だ。ザルツの「からくり」も見抜くことは容易ではないだろうが、カジノの「からくり」もなかなか手強い。マーチとその手の者では見抜けない「からくり」を見抜くには、相応の経験が必要だ。おそらく『常在戦場』の事務長ディーキンであっても難しいだろう。
(ここは俺が潜り込むしかなさそうだな)
とは言っても、「グレン・アルフォード」では難しそうだ。前回カジノに入った際、あの時はキメキメの化粧をしたレティを追いかけて入ったのだが、全く賭けなかったので名前を書くことは無かった。しかし今回は違う。まず賭けなければ「からくり」にすら辿り着けない。この辺り、一度ディーキンと相談したほうが良さそうだ。
(レティはまだ博打を打ちに行っているのかな)
前見た時の感想だがレティには勝負根性がある。戦い方に戦略やポリシーがあるようだ。ゲーム同様、博打で活動費を捻出しているようだから、今も行っているのかもしれない。明日レティに聞いてみよう。今日はもう、考えるのも疲れたわ。明日のことはまた明日に考えればいい。
――昨日、掲示板に張り出された教官の『所感』の反響は大きかった。俺的には心にもない謝罪文や反省文に比べ、本音が出ていて結構だと思っていたのだが、現実は違っているようで謝罪を求める声が多数だったようである。そこでボルトン伯が一筆書いて掲示したのだが、その題がいい。流石はルボターナの当主。
『生徒諸君に問う! 反省なき謝罪に価値があるのか!』
まさにその通りである。反省していない反省文や、謝罪する気のない謝罪文を書かせてなんになるというのか。それは体裁を取るためであるか、書かせた人間の自己満足にではないか。だからボルトン伯が教官らに求めた『所感』事は正しい。実際に教官らが思っていた事を書かせて掲示する、それで良いではないか。
『教官議事録』を読み返し、自分達の発言をどう捉えているのか。思いの丈を率直に書くように教官達に迫ったボルトン伯は実に正しい。心にもない謝罪の言葉を書き連ねるという非生産的な作業をするよりかは遥かにマシである。ボルトン伯は謝罪を求める生徒らに対し、次のことを求めた。
『異議ある者は声の大きさで闘わず、文を示して闘うべきだ』
声を張り上げるのではなく、文章で問題点を指摘せよ。ボルトン伯はそう書いた。生徒らに言葉での抗議を禁じ、文章での申し立てを求めた。その文章は告知板で掲示し、広く公開するという。また、その文章に対する返答を改めて教官達が行う旨、記載されている。
(ボルトン伯はこれを教材として使おうとしているのか?)
何が問題だと捉えているのか文章に書かせ、その論理思考の可否を衆人の判断に求めようとしている。要は生徒らにどう考えさせるかと言うことをボルトン伯は狙っているのだ。そしてそれは生徒に留まらない。教官に対しても同様。ポルトン伯は隠蔽ではなく、公開で事態を収拾させ、その事象そのものを活用しようとしているのだ。
(全く食えないオヤジだぜ)
カネに関して全く戦力にならなかったボルトン伯。四頭立て馬車を二頭立て馬車に変えて節約すると説明された際には、正直ヤバいでこの人、というのが最初の印象。が、臣下に対する振る舞いに矜持があり、中々の人物だと感じたのだが、まさかここまでできる人物とは思ってもみなかった。やはりボルトン伯、宰相の進退に影響を及ぼすキーマンだ。
「親父がよぉ。困ったものだよ」
いつものようにアーサーと顔を突き合わせて昼食を摂っていたのだが、アーサー父親であるボルトン伯について嘆いた。突如就任が決まった学園長代行だけでもいっぱいいっぱいなのに、その上決闘仕置や今回表面化してしまった教官問題に対し、前面に出てきてイニシアチブを取っていることを嘆いているのである。
「やり過ぎなんだよ、親父は」
「内容は適切だぞ。妙にまとめるよりかはずっといい」
「そうじゃなくて・・・・・ 就任して早々、あれやこれやと突っ込み過ぎだ」
「予想していたのか?」
「まぁな・・・・・」
アーサーはため息をついた。どうやら家でも飄々としながら、今回のようなことをしれっとした顔でやっていたようである。ボルトン伯は家族にとって、歩く地雷のように思われているのか。続いてアーサーは昨日の放課後に起こったことを話してくれた。
「先週の謝罪の席で同席していた貴族子弟全員が呼ばれた」
何処に? と聞くと、呼ばれた場所は学園長室。アーサーの他にクリス、レティ、カイン、ドーベルウィン、スクロードの六人がボルトン伯の元に集まられたのだという。皆に向かってボルトン伯は仕置について、告知板に『教官議事録』と全教員の『所感』を張り出した件について問うた。
これに対し、カインが異論がないと答えた。他の者から意見はなかったが、クリスがその意図について質したとのこと。ボルトン伯は「何処が問題なのか、学園内で共有意識が必要だと思う」と答えたそうで、了解したのかクリスはそれ以上、何も聞かなかったとアーサーは話した。
結局、誰もボルトン伯に物言う者はなく、全員学園長室から下がった。つまりボルトン伯の仕置、処置方法を皆が受け入れたという形となった訳である。これで教官達が貴族院に告発されることもなくなっただろう。そうであるならば教官の面目を丸潰れにした全面公開策によって、その教官達を守ったことになる。うんざりしているアーサーを見ながら、俺は思った。
(ボルトン伯、侮りがたし)
アーサーとロタスティを出て、教室に向かっていたところを従者トーマスに呼び止められた。昼休みの直後に俺が託した、クリス宛の封書の返答がしたいとのこと。当たり前だが反応が早い。
「何かあったのですか」
トーマスが真剣な面持ちで聞いてきたので頷く。俺がクリス宛の封書をトーマスに託したのは初めての事だもんな。それに言付けするクリスの顔が真剣であったからかもしれない。要件であるロタスティの個室での会合を快諾する。そして俺はトーマスに言った。
「いよいよ始まるぞ」
ハッとするトーマス。今まで三人に何度も話してきたこと。宰相の失脚とノルト=クラウディス家の没落の話。これが具体的に動き出そうとしている。俺はこわばったトーマスの肩を二度叩いて教室に入った。
――放課後。俺は学園図書館の一番奥の机で、アイリと話していた。
「休日、楽しかったですね」
今日のアイリはいつもにも増して機嫌がいい。昼にピザと出会ったこと、みんなで服を見たこと、そしてクリスに念願のパフェを食べさせてあげることができたこと。アイリは本当に優しい。いつの間にかクリスと二人の従者、トーマスとシャロンと打ち解けていた。
「また行きたいですねぇ」
「そうだなぁ」
アイリにそう応じるも、俺の胸中は複雑だ。確かに皆で行くのは楽しい。楽しいが、俺の中にあるアイリに対する想いと、クリスに対する想いが微妙な緊張感を創り出し、精神的に大変な部分があったりする。特にパフェの食べさせ合いという。バカップルパフォーマンス。
あれは正直、堪えた。いつ地雷が炸裂するか、ヒヤヒヤもの。いつ何が起こってもおかしくない緊張感に襲われて疲れ果てた。挙げ句、隣り合わせに座っていたレティとも食べさせ合いをしてしまうなんて思ってもみなかった。恥ずかしがるレティを見て、初めて可愛らしいとか、初々しさを感じてしまったからな。こっちもアブナイ。と、思っていたら本人が現れた。
「どうしたのよ?」
「いやぁ、パフェの時のことを思い出してな」
「何よそれ!」
レティは食ってかかってきたが、なぜか顔を赤らめている。それを見て笑うアイリ。「もうあの話は言わないで」と言いながら、アイリの隣に座る。レティにとってパフェの食べさせ合いってよっぽど恥ずかしいことだったんだな。いつもの小悪魔とは大違いだ。意外と純情なのかもしれない。レティが嫌がるので、俺は別の話を振った。
「レティは今もカジノに行っているのか?」
「ときどきね。それが何か?」
「一旦客足が落ちていたのが、最近また戻っているようなのでな」
「そういえば、この前行ったとき、以前と同じくらい人が入っていたわね」
カジノの外だけでなく、中も客が戻っているのか。『金利上限勅令』によって大幅に落ちた客足。それがどうして戻ってきたのか、実に興味深い。レティにその理由を聞いてみた。しかしその答えは芳しいものではなかった。
「分からないわね。チップの種類が変わって、同じ金額でもチップの量が倍になってしまったのよね」
え? どういうことだ。レティによれば従来、一ラント一枚だったチップが二枚になったのだという。そして一〇ラントチップが五ラントチップに、一〇〇ラントチップが五〇ラントチップに、一〇〇〇ラントチップが五〇〇ラントチップに全て置き換わっているというのだ。なんだそれは?
「でも五〇〇〇ラント、一〇〇〇〇ラント、二五〇〇〇ラント、五〇〇〇〇ラントチップは変わっていないのよ。不思議でしょ」
仮に一万ラントを交換しようと思ったら、以前なら一〇〇〇ラントチップ十枚だったのが今ならば五〇〇ラントチップ二十枚。一ラントチップなら一万枚だったものが、〇.五ラントチップ二万枚。数そのものが全く変っているではないか。
「だからね、掛ける感覚が変わるのよ。気をつけなきゃって、いつも思うのだけれど・・・・・」
レティの言うことはもっともだ。これは何かを隠すための改変だ。俺はそう確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます