203 決闘報告書
寮の部屋で俺は以前、途中で読むのを止めた『教官議事録』の続きに目を通している。あまりにバカげた内容で読むのも退屈なのだが、読むと決めた以上読まねばならない。仕方ないのでワインを片手に読んでいるのだ。今読んでいる箇所は、俺が『ソンタクズ』を決闘で下した後の教官会議である。
マシリトーア「あのような決闘があるか」
ザオラル「内容から考えて条件は無効と考えて良いと思う」
テンシリン「我々に向かって打ち込み百回などとは下品極まりない」
ドムジン「発想が下劣なのは商人の血か」
イーライ「ただ無効と伝えるだけでは芸がなかろう」
ションプナー「ならば考え直せと伝えれば良いのではないか」
結局、この会議で決まったことはゴールポストの移動。要は自分達の目論見通りにならず、泡を食って保身に全力といった感じか。よほど人間立木になるのが嫌だったようだ。そのくせこの後、アーサーら詰問組に「条件を再考せよ」という紙を送りつけてくるんだよなぁ。本当に救いようのないバカ揃い。
普段「これが世の中というもの」と人に無理強いしながら、それが我が身に降りかかると「横暴だ!」喚き散らす輩。しかも自分がやったことによって我が身に降り掛かっているのにも関わらず、自分が最大の被害者だと言わんばかりの振る舞いをする。いるんだよなぁ、現実世界でもそういう奴が。俺はグラスのワインを飲み干して、ページを捲った。
『教官議事録』は直近の出来事、再決闘前日に緊急開催された教官会議の部分に差し掛かった。この日の朝、こちら側が告知板に「決闘通知書」を張り出して、決闘事由、決闘方法、そして条件を示したのである。そして決闘日時が明日ということで、教官達は狼狽し、パニックになっていたようである。
テンシリン「決闘が明日。全て相手側が勝手に決めている。こんな事が許されるのか」
ル・ファール「しかし指定しているのが公爵令嬢。既に園友会幹部も臨席がもう決まっている。回避はできない」
マシリトーア「貴族嫡嗣といい、公爵令嬢といい、どうして有力貴族子弟が商人の倅如きに誑かされるのか」
タミーラ「最近の貴族子弟は、物事を見る目がないのか」
ションプナー「決闘は双方の合意あってのものだろう。それをこのように一方的に」
ザオゲル「しかし、決闘の話は勝手に周知され、決定事項のようになっている」
イーライ「とは言っても、教官と生徒では差は明白。よもや我が方が負けることはありますまい」
ブランシャール「あのアルフォード。普通の強さではない。私も一対一で明確に勝てる自信はない」
ションプナー「アルフォードが出てくるとしても、後のメンバーはそこまでではないでしょう」
ド・ゴーモン「スピアリット卿の強さも並ではない。マクミラン卿も剣技では見劣りせず。ボルトン卿もそれに次ぐ実力だ」
タミーラ「まず教官が負けることはないでしょう。そんなことになったら学園の秩序が保てない」
ドムジン「負けるなどといったそんな道理は通らない」
モールス「決闘権者のローラン君は相当な技量のある術家だ。
テンシリン「生徒に負けはありえない。そんなことになったら全てが狂ってしまう」
ションプナー「全くもってその通り。負けを意識するからこそ負けるのだ」
なんだコイツラら! お前ら決闘に出てこなかっただろ、おい! しかし、ヒデーよな。決闘に出てきている連中が慎重になっとるのに、そうじゃない奴らが意気軒昂って。アカン奴はどこまでもアカン奴やな。挙げ句の果て、決闘メンバーはそうでない奴らの推薦で半ば勝手に決まっていく。オルスワードの発言はなし。どうなってんだ、これ。
結局、ブランシャールもド・ゴーモンも決闘で戦った後、療養のため学園には来ていない。だが、これを見るとそれで良かったのかもしれない。なぜなら決闘仕置で「口だけ番長」は全員、素振り百回の刑に処される一方、戦った当人らは免除されたのだから。それだけがこの『教官議事録』の唯一の救いではないか。俺は一人、ワインを飲み干した。
――教室でフレディにケルメス大聖堂から委嘱された「決闘報告書」の進捗状況について正した。するとなぜかリディアが割り込んでくる。
「グレン! 最近フレディの付き合いが悪いのよ!」
いやいやいやいや。そりゃ枢機卿から頼まれた案件に取り掛かっているやらだろ。言うまでもない話じゃないか。
「ごめん、リディア。もう少しで終わるからさぁ」
俺はリディアに、だったら一緒に書類整理をして、フレディの仕事を終わらせてやるようにするか? と聞くと「イヤよ! だって文字だらけだもの」と駄々をこねる始末。本当に末娘だな、リディアは。
「大体終わっているんだけれど、所見がさぁ、纏まらないんだよ」
フレディが嘆いた。事象については実際に起こったことと、オルスワードが残したメモや日誌等を突き合わせて事実を羅列すればよいので書けたのだが、書いたことに対する見解をどうすればいいのか、頭を痛めているのだという。
「ほらね。私にも無理だもの。最初から分かっているのよ」
リディアが胸を張る。そんなところで胸を張る意味もないから。こういうとき、実に戦力にならないよなぁ、リディアは。ならば俺が現場から見た決闘の経緯を書いて、それにフレディが注釈を付ける形でどうだろうか、と提案する。
「それだよ、それ! それいいよね。それだったら書ける。オルスワードがどうして古代魔法に執着するのか、日誌を読んでも全く分からないのに、自分の見解をどう書くんだって思っていたんだ。グレンが書いたものに対して、自分の意見を書くことはできるよ」
フレディの目からモヤが払われたようである。連日、資料と向き合って大聖堂に提出するための書類と向き合っていたからか、かなり消耗しているように見える。
「フレディ。所見は俺の体験記を引用したらいいから、書き上げるまでゆっくりしろ。だから今日は放課後、みんなでスイーツ屋だ」
「うん、そうしましょう!」
フレディの前にリディアが返事してしまった。鬱憤が溜まっていたんだろうなぁ、リディア。フレディはホッとしたのか「今日はそうさせてもらうよ」と、安心した顔を向けてきた。まぁ、久々にスイーツ屋に行くのも悪くはないだろう。俺はペンを取り出し、教官との決闘の模様を書き始めた。
一限、二限を使って決闘の内容を書き連ねたのだが、普段【仮眠】しているせいか、予想外に疲れた。よく考えたらこちらの世界に来てからというもの、八時間以上は確実に寝ているんだよな。現実世界より眠れているのは、向こうよりこちらの方がストレスが少ないからだろう。
昼休み、ロタスティでいつものようにアーサーと一緒に食べて、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、後ろからレティに呼び止められた。振り返るとアイリも一緒にいる。昼間にアイリと会うなんて珍しい。どうしたんだろうか? レティが呼び止めた理由を話してくれた。
「決闘の対戦相手が謝罪したいんだって」
「フィングルドン子爵嫡嗣から私宛に封書が届いたの」
アイリが封書を差し出してきた。フィングルドン子爵家の紋章が刻印されている封書。間違いなく悪役令息リンゼイからのもの。そうか。コルレッツの退学で、コルレッツ側の代表者がリンゼイに変わったのだな。俺は紋章がエンボス加工された便箋を読む。
「・・・・・今時決闘の未履行条件であるローラン殿への謝罪を私と六人、皆で行いたいと考えております。ついては日時や条件等をご指定下さいますようお願いします。謝罪方法や場所等に関しましては学園側と協議の上で、改めてお伝えしますこと、御了解下さい」
簡潔にして平易。リンゼイはこのような文書を考えるのかと感心した。悪役令息なのに妙に丁寧だ。
「アイリ。条件は何かあるか?」
俺が尋ねると首を横に振った。
「私は謝罪してくれるだけでいいです」
日時もか? と問いただすと、はいという返事。ならば簡単。日時の指定はなし。代理人である俺と、決闘参加者であるレティとクリス。セコンドについてくれていたアーサー、カイン、ドーベルウィン、スクロード。そしてシャロンとトーマスの出席。この二点だけだ。それを返書すればいいだけである。
「やっと謝る環境ができたのね、あちら側も」
「謝らないと肩身が狭いだろうしな」
レティの指摘は正しい。決闘が二重化されたり、オルスワードが本当に別の世界に旅立ったり、決闘権者であるコルレッツが退学、もう一人の決闘権者である学園長のサルデバラード伯に至ってはリタイア。学園長代行にボルトン伯が赴任する有様だ。代理人らのみで謝罪協議とか、もう訳の分からぬ状態の中、謝罪が遅れたのは仕方がないだろう。
「では、キチンと返事を出しますね」
ニッコリ笑うアイリ。アイリにもようやく、いつもの笑顔が戻ってきたな。俺は放課後用事があると二人に告げると、教室に戻った。
俺は三限目も【仮眠】を使わず決闘の内容を書いた。俺は学園の授業とは寝るものだと考えていたので、逆に新鮮だった。まぁ現実世界で授業中に寝続けていたら、確実に留年させられているよな。高校の話だが。流石に自由時間である四限まで使って書きたくなかったので器楽室に籠もり、ピアノを弾いて今日の鬱憤を晴らした。
放課後、約束通り『スイーツ屋』に行くと、リディアがこっちこっちと手を振ってくれた。リディアの前にはやはり特大のフルーツパフェが鎮座している。フレディよりも大きなパフェを頼むとは、やはり猛者だなリディアは。俺は無難に紅茶とケーキを頼んだ。おじさんだからな、やっぱり。そこでフレディから大きなニュースが発表された。
「お父さんが主教に叙任される事になったんだよ」
「おおっ! デビッドソン司祭がか」
「殿下の推薦も届いたと思う」
「おめでとう。フレディ!」
先程受付で実家からの封書を受け取り、便箋を開くとそう書かれていたそうだ。今知ったところか。フレディによると、デビッドソン家が代々司祭を務めているチャーイル教会と、ケルメス宗派から預かっていた近隣にあるサルミス教会、そして今回問題が起こったナニキッシュ教会。デビッドソン司祭は、この三つの教会を束ねる事になったという。
「お父さんが叙任式に出るために王都にやって来るんだ」
「その日はフレディも参列しなきゃならないな」
「私も行くわ!」
何故かリディアが張り切っている。まぁ、デビッドソン司祭に懐いていたもんなぁ、リディアは。ここは俺も参列して喜捨をしておこう。そうすれば現実世界に帰る情報を更に仕入れることができる。早く帰らないと、こっちの世界に情が移ってしまう。そうなる前に早く立ち去らないと・・・・・ アイリやクリスの顔が俺の脳裏によぎる。
「どうしたんだ、グレン」
「いや、何でもないよ。サルモンって司祭、元気にやってるのかなぁ、って」
「今頃修道院でザビエルカットだよ」
フレディもリディアも笑った。咄嗟に出た言葉でなんとか誤魔化せたようだな。リディアは勢いよくパフェを食べる。この前のときの父ガーベル卿を恐れ
「お、お姉ちゃんは・・・・・ 怖いの。今は学園にいないから安心だけど・・・・・」
「リディア!? お姉さんって・・・・・」
おいリディア。まだフレディに言ってなかったのか。もう一週間は経ってるぞ。
「二歳上のね、お姉ちゃんがいるの。今はサルジニア公国に留学しているの」
「ロザリーさんというそうだ。この学園の生徒なんだってさ」
「知らなかった・・・・・ 言ってくれれば良かったのに・・・・・」
フレディはどうして? といった感じだ。そりゃそうだよな。姉ちゃんが学園に通っている生徒だっていうのに、一切言おうとしないなんて。学園に入学して大分経つぞ。
「ごめんなさい。だって怖かったから・・・・・ お姉ちゃん」
このリディアの家族恐怖症は一体なんだろうか。見ると父も兄達も威圧は全くしていないのにな。この前見た限りの話だが。リディアがフレディに促されて、姉ロザリーについてポツリポツリと話し始めた。大人っぽくて、勉強ができて、近寄りがたい雰囲気の人らしい。あくまでリディアの感覚なので、実際にそうなのかは分からない。
「リディア。次からはちゃんと教えてくれよな」
「うん・・・・・ 分かった。そうする・・・・・」
リディアはフレディに諭された。さてさて、リディアは本当にフレディの言うことが聞けるのだろうか。俺の人生経験では一筋縄にはいかないのではないかと思うのだが・・・・・ まぁ、フレディよ、頑張ってくれ。俺は心から健闘を祈った。
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