204 謝罪

 正嫡殿下の従者フリックから呼び止められたのは昼休みのこと。いつものようにアーサーと食事を摂り、ロタスティを出た後のことだった。ピアノの調律師が来週の初日に来ることになったらしい。


「そこでだ。勝手な話なのだが、演奏会を来週の平日最終日にしてくれないか?」


 別にいいけど、どうしてその日なんだ? あまりにもピンポイント過ぎるので、フリックに理由を尋ねた。


「狩猟大会があるので、殿下の準備を行わなければならないのだよ」


 狩猟大会は王室主催。殿下は王室メンバーとしてホスト役を担う事になるので、準備が必要なのだとフリックは教えてくれた。会場は王都の北西にある御猟場ごりょうば。そんな所があるのか。商人の俺が知らない話ばかりだ。


「じゃあ、狩猟大会が始まるのは・・・・・」


「来々週の平日初日ということになるよな。その週を使って大会が行われるのが習わしだ」


「フリックも参加するのか?」


「いやいや、殿下も私も傍聴者だよ。ただ多くの家族が狩りを見守りに来るよ」


 狩猟大会への出場は義務ではないが、参加者の家族が見守るのは半ば義務であるらしい。フリックの父、マクミラン伯はフリックは小さい頃から狩猟大会に出場し続けており、狩猟大会となると家族で参加していたそうである。


「前後にはパーティーも開かれるし、シーズン並みに貴族が集まる」


 なるほどな。狩猟大会というのは、人が集まる良い名分ってとこなのか。領地の収穫が終わって一段落したところでの開催ということで、意見交換の場ともなっているそうだ。


「狩猟大会が終わると冬だよ。毎年のことだからそう思うんだ」


 シーズンが来たら夏到来、狩猟大会が終わると冬到来か。エレノ貴族の季節感なのだろうな。しかし多くの家族も参加ということは・・・・・


「学園の生徒は・・・・・」


「貴族子弟は軒並み参加だろうな」


 やっぱり。予想は裏切らないよな、サルンアフィア学園。これでどうやって学校として成立しているのか、全くの謎である。俺はフリックに放課後、リンゼイ達から謝罪を受けることになったと伝えた。


「ようやくか。長かったな」


 フリックは正嫡殿下の元で従者として付いていたため、セコンドにはいなかった。そのため謝罪の席に出席することはできないのだが、アーサーらと共に詰問状に名を連ねているわけで、実質的には俺たちのセコンドと同じようなものである。


「まぁ、これで学園も平常に戻るというわけだ」


 安堵した表情のフリック。一時はコルレッツに付きまとわれて往生していたもんな。俺は演奏会の件を了解したことを改めて伝えると、フリックと別れて教室に戻った。


 ――リンゼイら『ジャンヌ・ソンタクズ』のからの謝罪について、封書が回ってきたのは今日の朝。差出人は学園事務局。同様の封書はアーサーにも回っており、トーマスによるとトーマス自身はもちろん、シャロンやクリスにも届いていた。アイリ、レティにも届いていたので、カインやドーベルウィン、スクロードにも届いている筈だ。


 学園事務局から封書が送られていることに関しては、以前リンゼイから送られてきたアイリ宛の封書に「学園と協議」と書かれていたから、全く違和感がない。封書に書かれていたことは以下の三点である。


 一つ、謝罪は貴賓室で行う。

 二つ、部屋の準備は学園が行う。

 三つ、学園側から責任者が出席する。


 事由として決闘関係者が多い為と記されていた。内容は簡潔なものだったが、イヤな気分にさせられるものではない。商人の俺とすれば、虚飾を排した、事務的な連絡の方が分かりやすく有り難い。問題は学園の責任者とは誰なのかということと、何をするつもりかということ。しかし気にしていたって、放課後はもうすぐだ。そういうことで俺は考えるのを放棄した。


 最後の決闘未履行条件『ジェンヌ・ソンタクズ』のアイリへの謝罪は放課後、貴賓室で行われる事になったのだが、部屋に入って驚いた。前室にリンゼイ以下『ソンタクズ』全員が横一列に立って出迎えていたのである。


 驚いたのはそれだけではない。出席すると書かれていた学園側責任者が、なんと学園長代行のボルトン伯だった事である。学園を実質的に去った決闘権者サルデバラード伯、その代理としての出席とのことであった。そして学園からの出席者はボルトン伯だけではなかった。


 学園事務局長と名乗ったベロスニカ、事務局処長ラジェスタ、教官指導主事ル・ファール、決闘進行役の教官イザード。ベロスニカという事務局長は初めて見る。新任者か? ラジェスタは先日学園長室に俺を案内した人物。処長ということだから、さしずめ本部長。イザードは気絶でお馴染みだ。ル・ファールは『教官議事録』で名前を見た奴だな。


 席は上座に学園関係者。真ん中にはもちろんボルトン伯。右側は我々、テーブルを挟んで左側には『ソンタクズ』。こちらの順はまず決闘権者であるアイリス・エレノオーレ・ローラン、次に代理人である俺グレン・アルフォード。次は決闘出場者クリスティーナ・セイラ・メルシーヌ・ノルト=クラウディス、レティシア・エレノオーレ・リッチェル。


 俺達の後ろには謝罪の見届人として、セコンドに付いたアーサー、カイン、ドーベルウィン、スクロード、トーマス、シャロンの六人が座る。こちら側からは合わせて十人が出席した。


 俺たちが全員着席すると、前室で並んでいた『ジャンヌ・ソンタクズ』の面々が左側の席に座った。席順はコルレッツの退学によって、便宜上代表者となった悪役令息リンゼイ・ラーキス・フィングルドンを筆頭に子爵令息ロイド、男爵嫡嗣ケンドール、男爵令息ハイドン、以下ソリメノ、ブラッド、ヘイヴァースの順。


「これより、今次決闘の条件に定められた仕置を始める」


 俺たちの側に一番近い位置に座っていたラジェスタ処長が立ち上がって宣言した。その声を受け、向かい合う俺達と『ソンタクズ』は起立する。まずリンゼイが言葉を発した。


「決闘終了後、本日まで謝罪が伸びた事、この場を借りてお詫びする」


 リンゼイが頭を下げると、ブラッド以下の者もそれに続く。他の者が頭を下げ続ける中、リンゼイは頭を上げ、次のように述べた。


「ローランさんを取り囲み、グレン・アルフォード君の居場所を強圧的に聞いた件について謝罪したい」


 リンゼイは改めて頭を下げた。俺とアイリの目が合う。お互い頷くとアイリは正面を向いた。


「皆さんの謝罪を受け入れます」


 すると上座に座っていたボルトン伯が立ち上がった。ボルトン伯は既に起立しているラジェスタを除く学園側の人間に、自分と同じ様に立ち上がるように指示を出す。


「今決闘、一対多数という著しく不公平な状況下で行われる事態を引き起こしたこと。学園として率直に謝罪したい」


 一人頭を下げるボルトン伯。他の学園側の人間がそれにつられて頭を下げた。顔を上げたボルトン伯は続ける。


「次に教官との決闘。教官側が決闘仕置から逃れる為に当初定められた決闘条件を履行せず、決闘の勝者に対し決闘を申し込んだという事態について、これより教官筆頭主事から説明を行ってもらう」


 指名されて呆然としている教官筆頭主事のル・ファール。絶対に聞いていないよな、これ。


「あ、これは、その、学園の品格の、今ここでは」


 問われたル・ファールは返答に苦慮している。まぁ、そうだよなぁ、言える訳がない。


「で、ですので、諸事情を鑑み、大所高所に立って検討した中・・・・・」


 ボルトン伯が醒めた目をしている。図ったな、こりゃ。ル・ファールがしどろもどろになって、意味不明の供述を繰り広げている。


「協議の中で、様々な声を聞きそのような結論に・・・・・」


 ダメだこりゃ。時間の無駄だ。言えないならば仕方がない。


「だったら俺が説明してやろう」


【収納】で『教官議事録』を出した。それを見たル・ファールが固まっている。


「な、なぜそれを!」


「私グレン・アルフォードは、ケルメス大聖堂のラシーナ枢機卿からオルスワードの調査の委嘱を受け、代理人に任命された。その権限を以て『教官議事録』を押収している。何か問題か?」


 続いて『教官議事録』の決闘仕置拒絶からの下りを読み上げた。ル・ファールの顔が蒼白になっていく。俺が読み上げた後、部屋にカインの怒声が轟いた。


「「貴族子弟は、物事を見る目がない」とはどういう了見か!」


「この場ですぐに説明しろ!」


 アーサーがル・ファールに厳しく迫った。ル・ファールは明らかに狼狽している。俺が読んだ内容がよっぽどマズイ内容だったのか?


「この件、貴族に対する侮辱の意図がある事、明白ではないか!」


 スクロードがいつになく厳しい口調だ。これは何か踏んではいけないものを踏んだようだ。それが証拠に教官のイザードが震え上がっている。クリスが口を開いた。


「当該教官に説明を求めます! ここに連れてきなさい! 今すぐです!」


 聞いたことがないクリスの鋭い舌鋒に、イザードが慌てて外に飛び出した。あれはおそらく教官室に向かうのだろう。教官筆頭主事はお白州の上の針の筵に座らせられたかのような顔をしている。ボルトン伯がル・ファール教官筆頭主事の方に顔を向けた。


「筆頭主事。これまで学園の教官に何を指導しておられたのかな?」


 表情も言葉も穏やかなのだが、教官筆頭主事には絶対に答えられない問いかけをした。


「も、も、申し訳ございません」


 教官筆頭主事は平伏するしかなかった。それしかやりようがないだろう。そこへイザードが戻ってきた。後ろには蒼白とした顔の教官らが続く。教官らが次々名乗る。イーライ、テンシリン、タミーラ、マシリトーア、ザオラル、ションプナー、ドムジン。全員がボルトン伯とは逆の位置、席の下座に並んでいる。全員が怯えた表情を見せている。


「貴様ら、コルレッツとの決闘条件を勝手に決めた分際で、こちらが決めたことを「許されるのか?」とは、どんな了見だ! 今すぐ言え!」


 ドーベルウィンが先陣を切った。こんな奴だったのか、ドーベルウィン。


「我々がどう誑かされているのか、説明してもらおうか」


 カインは厳しい詰問した。だが、その問いかけに反応がない。教官らは全員俯いてしまって貝になっている。続いてスクロードが糾弾する。


「貴族侮辱罪で貴族院告発も辞さず! 弁明は!」


「貴様達、教官室では饒舌であっても、この場では無言か!」


 アーサーは吐き捨てるように言った。それでも下座に立っている教官達は無言を貫いている。言えば終わり、言わぬも終わり。ならば言わぬ方がマシということなのか。


「分かりました。あなた方は一切答える気がないのですね。でしたら学園長代行に提案します」


 クリスの声が一段低い。相当怒っているな、これは。


「私はノルト=クラウディス家の名誉にかけて、この方々と決闘を致します。私が勝てば全生徒の前で話していただきましょう」


「いや。それなら俺が受ける。クリスが出るまでもない」


「グレン。この者たちは私を侮辱しました。その上、問われた件に答えないとは、私のみならず我が家を侮辱した事と同じ。これを許しては家の門を跨ぐことはできません!」


 いやいや大事になってしまった。貴族家の名誉を賭ける事態に直面しているではないか。あいつらひょっとして、こうなることを恐れて沈黙しているのか? だったら最初から言うなよ・・・・・


「この話、宰相家に留まらぬ。我がボルトン家に対する挑戦だ!」


「ワシがワシに挑戦しているのか? アーサー」


 緊張感みなぎる貴賓室の中、ボルトン伯のいきなり過ぎるツッコミに、俺は思わず笑ってしまった。

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