202 表敬訪問

 貴賓室に従者フィーゼラーを伴い、宰相補佐官でクリスの次兄であるアルフォンス卿がやってきたのは放課後に入って暫く経ってからのこと。俺とクリス、二人の従者トーマスとシャロン。そして近侍志望者のレティと行儀見習いのアイリ・・・・・ 君たちはいつまでその芸を続けるつもりなのだ。俺はいい加減飽きてしまったぞ。


「学園長代行への表敬に時間がかかってな」


 着席するなりアルフォンス卿はそう話した。アルフォンス卿とは宰相府の少壮官僚の面々とアルフォード家の者とで協議をして以来の顔合わせ。今日は学園長代行の表敬の為に学園に来訪したとのこと。『貴族ファンド』の情報を聞きつけての探り・・ではなさそうだ。アルフォンス卿は続ける。


「実は先週、王宮で行われた緊急学園運営会議にボルトン伯と共に出席していていた。その縁で挨拶にきたのだ」


兄様にいさまも出席なされていたのですか?」


「通常はあり得ないことだが、内容を鑑みてのことだったのであろう。おそらくは社会のバランスを取るためにダウンズ伯から呼ばれたのだ」


 ダウンズ伯は侍従長であり、学園運営会議の議長を務める立場。サルンアフィア学園が『王立』ではなく、『王室付属』すなわち宮廷に属しているが故に、行政権を持つ宰相府ではなく宮廷が采配している形なのである。そしてここで指す「社会」とは、貴族社会そのものの事を指すのであろう。


 今回のサルデバラード伯のように、学園卒業者の団体である園友会から心神耗弱で職務遂行が困難と申し立てられたケースがなかったので、普通呼ばれないボルトン伯やアルフォンス卿が呼ばれたのであろうと、アルフォンス卿が見解を述べる。


「出席者の方は」


「議長のダウンズ侍従長、園友会からは会長のゴデル=ハルゼイ侯、副会長のリーディガー伯とヴェンタール伯。中間派のボルトン伯、国王派のルグラン伯。私は宰相派を代表する形で呼ばれた格好だ」


 クリスから問われたアルフォンス卿は出席者の名を挙げた。ルグラン伯はボルトン伯から渡された『貴族ファンド』の回状にサインしていたウェストウィック派に属している貴族。園友会が全員貴族派なので、中間派、国王派、宰相派から各一名を出して均衡を保つ。しかし貴族とはこういう形でバランスを取るのか。つくづく貴族は非常に面倒な生き物だ。


「どうして学園長代行がボルトン伯に・・・・・」


「いや、園友会の会長が「あの商人の倅をなんとかできる人間でないと」なんて言うものだからな。ならば面識のある私が引き受けましょうと、ボルトン伯が名乗りを上げたのだ」


 なんだって! 妹の呟きにすぐさま答える次兄。しかしなんで俺が懸案事項のような扱いをされるのだ? ゴデル=ハルゼイ侯ってヤツ、教官らに俺をなんとかしろと散々焚き付けていたじゃねか。コイツ、どうしようもなくヘタレじゃん。


「クリスティーナよ。お前も出た決闘の内容が壮絶だったらしくてな。直接決闘を観戦した園友会役員から「今の学園は並の技量で治まるものではない」との意見が出ておった。話の過半は決闘の話だったよ」


「なんですって!」


「相当な活躍をしたそうではないかクリスティーナ。お前が唱える魔法によって、ずっと炎がリングに落ち続けていたと、園友会のヴェンタール伯が驚きを持って伝えてくれたよ」


 アルフォンス卿は笑いながら会議の模様を概説した。どこか気恥ずかしそうなクリス。見るとレティもアイリも同じような反応だ。一分の隙もない程の、圧倒的な魔術を多数の前で披露したのは事実だもんな。ヴェンタール伯の反応はむしろ自然なもの。まぁ、やっている方は必死だから、そんな目で見られているなんて夢にも思わない。


「そんな話の中、ボルトン伯がアルフォード殿と面識があると話し、次年度までが任期の学園長代行ならばお引き受けいたしましょうと発言されたのだ。最終的には「面識があるならば!」「ボルトン伯なら御し得るはず」ということで、満場一致で決まったよ」


 アルフォンス卿は笑いながら概説する。・・・・・誰か反対しろよ、おい。君等みんな派閥違うんだろ。実にエレノらしい、本当にいい加減な決定方法だ。


「私も賛成した。よってボルトン伯の学園長代行への就任に際し、宰相府を代表して表敬に参ったのだ」


 アルフォンス卿の話しっぷりからして、例の『貴族ファンド』の話ではなさそうだ。俺はこの話が投げかけられる可能性をゼロと判断して、素知らぬ振りをすることを決めた。


「して小麦の入荷はどうなっておる」


「ラスカルト王国側からの小麦はムファスタを経由して、既に王都に達しております。またディルスデニア王国の側からの小麦も間もなく王都に到着するとのこと。最終判断の為、今モンセルより当主ザルツが上京している由」


 うむ、とアルフォンス卿が頷いた。今現在で俺が思った以上に小麦が入ってきている。後はどこでどう卸していくかだけの話だ。


「レジドルナの小麦価格が暴騰しているそうだ。王都の倍以上の価格であるらしい」


「ムファスタでも王都より価格が高値になっているとのこと」


「どうやら商人の世界も大きな対立構造があるようだな。貴族社会と変わらずに」


 我々三商会側とフェレット=トゥーリッド枢軸との対立のことを指しているのか。


「レジドルナにおける小麦価格の異常さの因はなにか?」


「現地からの情報によりますと複数の商会が買い占めに走っていると」


「お前が危惧した通りの展開だな。してその商会の後ろには何がいる」


「確定ではありませんが・・・・・」


「申してみよ」


 強い口調のアルフォンス卿。俺にその名を言わせようとしているのが丸わかり。


「レジドルナの盟主・トゥーリッド商会の影が」


「アルフォード商会のライバルだな」


 そのものズバリだな。アルフォンス卿の指摘に内心苦笑した。


「そのような買い占めを物ともしない量の小麦を流通させてくれ」


 これが言いたかったのであろう。俺はアルフォンス卿に一礼した。


「話は逸れますが、先日スタン・ガーベルなる人物と会いました」


「おお、ガーベルか。あの堅物、今は近衛騎士団に属しているはず。どうしてガーベルを」


 長男もやはり堅物だったのか。親子揃って似た者同士なんだな。俺はリディアに「カネを返してこい」と言ったことから始まった、ガーベル卿との一連のやり取りについて話をし、家を訪問した際にスタン・ガーベルも同席していたことを説明した。


「それはそれは。君がガーベルの家に殴り込みをかけたのだな。ガーベルも泡を食っただろう」


 アルフォンス卿は笑い出した。アルフォンス卿の右後ろに座っているグレゴール・フィーゼラーも笑っている。二人ともガーベル卿のスタンを知っているようだ。


「して、ガーベルの妹が返してこいと言われた報酬は」


「二七〇万ラントにございます」


「二七〇万ラント!」


 グレゴールが思わず声を上げた。一方、アルフォンス卿の方はキョトンとしている。それを見たグレゴールが即座に耳打ちした。


「アルフォンス様。スタンの給金の、およそ十年分の金額ですよ」


 するとアルフォンス卿は目を見開いた。


「それは返せと言われても仕方がないな。ガーベルも災難だ。アルフォードよ、君は本当に無茶をするな。どうりで園友会の幹部たちが騒ぐはずだ」


「兄様。それがアルフォードですわよ」


 ノルト=クラウディス家の兄妹はそう言い合うと笑い出した。つられてみんなも笑い出す。いやいやいやいや、ここは笑い出すところではないから。


「今日は面白い話を聞かせてもらった」


 そう言って満足げな顔を見せたアルフォンス卿は立ち上がり、従者グレゴールと共に貴賓室を後にした。『貴族ファンド』の件の話はまた後日話題となるであろう。


 アルフォンス卿が退室するとクリスが俺に一つの報告してくれた。以前から話していたロタスティの納入業者をジェドラ商会に変える許可が下りたというのである。俺はクリスに礼を言った。許可が下りたのは昨日で、ボルトン伯が決済したという。今まで学園長のところで止まっていたのであろう。


 俺は魔装具を取り出し、ウィルゴットにこの話を伝えた。するとクリスがウィルゴットに話し始める。


「私への挨拶は不要なので、学園事務局に直接話をして下さい」


「わ、分かりました。ありがとうございます、公爵令嬢」


 俺はビックリした。まさかクリスが魔装具の会話の中に割って入ってくるなんて。魔装具を切った後、クリスは「こんな便利な道具、私も使うことができたら・・・・・」なんて言うので、皆が「そうよねぇ」「羨ましい」などと言って魔装具話で盛り上がってしまった。魔装具は基本商人しか使えないからな、残念ながら。


「ところで服の方はどうだったんだ?」


 休日に行われた訪問試着の話を聞くと、レティが話をしてくれた。


「週末には服の直しが上がってくるそうよ」


「今度の休日にはみんなでパフェに行けますよ、パフェに♪」


 アイリが嬉しそうに話す。本当に幸せそうだ。


「この前の休日。服の試着、楽しかったですわ。ねぇ、シャロン」


「はい。お似合いの服ばかりで」


「シャロンの服も選べてよかったわ」


「お嬢様と服を選べるなんて思っても見ませんでした」


 二人とも服の出張試着に満足したらしい。二人とも目を輝かして話をしている。特に普段無口で静かなシャロンのテンションが高い。そりゃトーマスの話なんか聞ける状態じゃないわ、これ。


「レティシアとアイリスの服も選べたのですよ。こんなに服の試着が楽しいなんて」


 クリスがすごく喜んでいる。まるで少女のようだ。いや、年頃から言えば少女だな。パーティのドレスを選ぶより楽しいとクリスは言った。おそらく義務で選ぶ服と、自分で行きたいところに行くために選ぶ服では意味合いが異なるのだろう。シャロンの服がキレイなのですよ、と嬉しそうに語るクリスを見ると、主従が逆転しているようにも見える。


 よほど試着が楽しかったのだろう。クリス、シャロン、レティ、アイリの四人でワイワイ話している。もちろん俺とトーマス、二人の野郎は放置プレイだ。俺はおっさんだから別にいいとして、ポツンと放っておかれた状態を見ると何か気の毒になってきた。


「いやぁ、良かったなぁ、みんな。ただな、一日武者溜まりで待ちぼうけしていたトーマスの事も頭に入れてやって欲しいんだよ」


 俺の言葉にみんなハッとした顔になった。多分トーマスの事は・・・・・ 意識の外にあったんだろうな。


「トーマス。ごめんなさい」


「許してね、トーマス」


 クリスとシャロンがトーマスに侘びている。少し拗ねているような仕草を見せるトーマス。まだ大人じゃないもんな。仕方がないよ。


「トーマス。悪気がなかったんだ。許してやれよ」


「わ、わ、私は元から、そ、そんな・・・・・」


「トーマス。上の空でごめんなさい」


「う、うん・・・・・」


 シャロンに言われて頷くトーマス。まるで大人が子供にあやしているようだ。まぁ、基本、二人は仲がいいから大丈夫だろう。トーマスのわだかまりが解消されたということで、今度の休日、みんなで繁華街に繰り出すことが決まった。


 ――学園の玄関受付で確認すると、ムファスタギルドを仕切るジグラニア・ホイスナーから封書が届いていた。待望のムファスタ情報。『常在戦場』のジワードの工作が上手く行ったのか。俺は伝信室に飛び込んで、封書を開いた。便箋が二枚入っている。文頭に俺が知りたかった回答が書かれていた。


『ムファスタの冒険者ギルトメンバー全員と半年間の雇用契約を結ぶことに成功しました』


 便箋によると、ギルドメンバーだけではなくギルド代表、事務員を含め四十一人全員を一括契約したと書かれている。五〇〇万ラント全額前金ということで、相手側は歓喜しているとのこと。いやぁ、良かった。これでレジドルナ側からムファスタに仕掛けるのは難しくなるだろう。


 契約主体はグレン・アルフォード。委託先はアルフォード商会ムファスタ支部。管理は『常在戦場』との事で、交渉に向かったメンバーは、ギルド代表者と共にグレックナーに会うため、こちらに向かったそうである。いやぁ、良かった良かった。ジワードはよくやってくれた。俺はホイスナーとグレックナー宛に文章をしたためた。

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