201 商人界の覇権
「敵か味方か。これだけはハッキリさせておかねばならぬ」
かつてどこかのリーダーが言ったという言葉を思い出した。聞いたときには意味が分からなかったが、今はハッキリ分かる。いくさ場に敵でも味方でもない者は要らない。お互い旗幟を鮮明にし、ただ相手を叩くのみ。事が決まった以上、それ以外の道はない。こちらも向こうもルビコンを渡ったのだ。後は商人流儀で戦うだけの話である。
我が三商会陣営は王都ギルド加盟業者のうちの八割四十三業者。こちらは二位のジェドラ、四位のファーナス、そして五位である我がアルフォード。対してフェレット=トゥーリッド枢軸は首位のフェレット、三位のトゥーリッドを含め十一業者。一見すると我々の方が圧倒的に見えるが、これでも商い額や商い量はフェレット側の方が上。
それだけフェレットがデカイのだ。何しろフェレットは王都のみに許されたカジノの独占的営業権を持っている。最近の金融規制でカジノの収益が落ちたとはいっても、やはり歓楽街を一手に掌握している訳で、ここからの
ただ、その力関係。あることをすれば逆転する。俺を三商会陣営に加わることだ。今現在、俺の保有資金は四五〇〇億ラントに達した。ビート、エリクサー、金属に加え、宝飾相場にも手を出して、ひたすら取引し続けたのである。どんなに忙しかろうと、ルーチンワーク的に取引し続けたのである。いざとなれば、この資金を動かして戦えばいい。
「アルメレザント商会は今回ハッキリと動いたな」
ウィルゴットが指摘したアルメレザント商会は、アルフォード商会が王都ギルドに加盟して以来、一貫して中間派的な振る舞いをしてきた商会で、三商会側にもフェレット枢軸にもつかない中小商会で親睦会を作り、中心的な役割を果たしていた。だが親睦会に属した業者の多くが『金融ギルド』に出資したため、会の存在意義がなくなっていたのである。
要は我が方に切り崩されたのだ。そもそも相互扶助的色彩が強く、中小の方にメリットが多い『金融ギルド』の加盟に、中小が抵抗しようという発想が間違っていたのである。最終的にアルメレザント商会が主宰する親睦会のメンバーは、五商会程度になっていたらしい。
「序列六位に甘んじたからだろう。気持ちは分かる」
ファーナスが言った。アルメレザント商会はアルフォード商会が王都ギルドに加盟した事で六位に下がった。かつてレジドルナのトゥーリッド商会が加入したことで、三位だった序列が四位に下がった事を若旦那は思い出したのであろう。これはファーナスにとって三商会協約の強い動機になっていた訳で、アルメレザントのそれも同じようなものだろう。
続いて俺はシアーズとワロスに貸金業者の一覧が書かれている紙を差し出した。二人は一読すると顔を向かい合わせる。
「逃げ出したな」
「予想以上に」
ん? 二人共苦笑しているようだ。どうしたのだろう、なにか裏話でもあるのか。俺が訝しがっているのを見たのか、シアーズが話した。
「ここに書かれている業者はフェレット系
「つまりは誰もついて行かなかったって事ですわ」
ワロスがニヤニヤしながら事情を説明してくれた。王都貸金業界二位のツーロン信用と四位のタイラーナ金融が、最近貸金ギルドに入りたいと打診してきたというのだ。
「これがあったからこちら側に逃げ出してきたんだな、あいつら」
「そりゃ、踏み倒されるのが前提でカネを貸す事を強要されるなら、逃げますって」
どうやら躊躇していた貸金業界の王手二社が、相次いで王都貸金ギルドに加入するようである。シアーズ主導で進められた、王都の貸金業者の組織化も最終段階に入ったようだ。
「王都の貸金業者の九割五分は貸金ギルドに入った。残る十六業者がこの『貴族ファンド』の名簿に連ねている」
「つまり、相手の戦力は・・・・・」
「フェレットだけだ」
俺の問いかけにワロスは断言した。シアーズが苦笑混じりに「トゥーリッドも入れてやれ」というものだから笑いが起こる。
「グレン。バーガー信用というところが、西部地方の貸金業者で組合を作ったと連絡を寄越してくれたよ。他の地方もあの方式と同じ様に話を進めればいいな」
バーガー。ボルトン伯爵領で貸金業者の地方組合を創るように依頼していたのだが、順調に進んでいるようだ。
「組合に貸付枠を付与するというのはいい案だ。ギルドより規模が小さいが、貸金屋にはそちらの方がやりやすい」
かつて貸金業界の大物と呼ばれた男は、そう言って俺のやり方を褒めてくれた。地方の貸金業者を組織化し糾合する。そうやってフェレットが入り込む余地を潰しておくのは、地味だが確実に力となるだろう。若旦那ファーナスが俺に声を掛けてきた。
「アルフォードさんに上京を促してくれないか。小麦を捌くタイミングも含めて、提携を密にしたほうがいい」
「ここはイルスムーラムと合わせて、当主が揃い踏みして決めたほうがいいな。ここはみんなで息を合わせる事が大切だ」
全くその通りだ。ファーナスとジェドラ、二人の意見に同意した。リサもウィルゴットも異論がないとのこと。次はジェドラ父イルスムーラムとザルツを交えた協議を行うことを約して散会となった。ウィルゴットはファーナスと、リサはハンナとシアーズを交えて話している。俺は先に店外に出たのだが、そのときワロスから声を掛けられた。
「娘から聞きましたぜ。よくご存知で」
ああ、
「前は米問屋、今は投資屋。どちらが良かった?」
「そりゃ、今の方がいいに決まっていますわ。前に比べてペコペコせずに済む」
「そうか。もし喜捨したくなったら言ってくれ。ケルメス大聖堂の枢機卿を紹介するぞ」
「おおっ! これは、これは」
ワロスが驚いている。前世は信心深かったから、おそらくそうなのではと思ったがやっぱりだ。そのとき、シアーズらが店から出てきた。ワロスはシアーズと共に帰るとのこと。別れ際ワロスが言ってきた。
「その時には是非紹介を」
仕事が山積しているのだろう。シアーズとワロスは足早に立ち去っていく。ファーナスも急いで玄関の方に向かっていった。みんな仕事があるのによく来てくれたな。残った四人でロビーに向かう途中、ウィルゴットが以前頼んでおいた案件について伝えてくれた。
「例の
「おお、そうか! で、名前は」
「ムラーノという。今は繁華街にある『シャラク』というパスタ屋でシェフをやっている」
「ありがとう。一度連絡を取ってみるよ」
そんな話をしていると玄関に到着したので、ウィルゴットは「お先に!」とジェドラ商会の馬車に颯爽と乗り込んで去っていく。一方、俺とリサはハンナと共に馬車に乗って、グレックナー家を経由して学園に戻った。
――今日は学園長代行に会ったらボルトン伯だったり、そのボルトン伯からいきなり『貴族ファンド』の回状をもらったり、それで急遽会合を開いたりと、本当に大変な一日だった。ハンナを家に送ったついでに運行業者のところに行って、モンセルに高速馬車と封書を差し向ける手筈を済ませて帰途についたが、現実世界並みの忙しさである。
リサには帰りの馬車でボルトン伯爵家の一門について、俺が知っている限りの話をした。そして、おそらくはボルトン伯爵領であるルカナリア地方に赴かなければならないだろうと告げると「話を聞いた時点で分かっていたわ」と諦めにも近い言葉。話自体は驚いたが、内容は話を聞いている限りで予想がついたというところか。
一方、リサからはデスタトーレ子爵から騎士募集の件について話があった。現在も募集中とのことで、すぐにでも顔を合わせたいとの事。ガーベル卿の次男ダニエルにとっては、またとない機会だろう。俺はリサから得た話を便箋に書いて、ガーベル家に封書を送った。
しかし今日、ワロスと交わした会話。予想していた通りだったのだが、直接聞いた時の衝撃度は『信用のワロス』でマーチ・ワロスとのやり取りの中で知ったときの衝撃と同じものだった。寮の部屋に入った俺はワインをグラスに注いで口に含ませると、一連の話を思い浮かべだ。
ワロス親子が転生者という
どうしてアニメから直接転生したと言えるのか。そう言えるだけの根拠があるからだ。まずマーチ・ワロスは、新右衛門さんの子孫の存在を知らなかった。それどころか自分から、リヘエ・ワロスが将軍様から俺に乗り換えたという無茶話まで披露している有様。というか、リヘエって利兵衛じゃん! まんま昔の日本人の名前だしな。
これらの点を考えると現実世界を経ての転生者ではなく、アニメからの直接の転生者と見るのが自然。しかし室町時代をベースにしたアニメから直接エレノ世界に転生させる無茶。俺でも大変なのに、苦労していたんだなワロス。そう思って今日、転生前と転生後、どちらが良かったかを聞いてみたのだ。
ワロスは言った。今の方がいいと。ペコペコせずに済むと。架空だろうと現実だろうと、ペコペコしながら暮らさなきゃいけない、というのは実に窮屈だ。よく考えたら俺も現実世界にいた時には上司相手にペコペコしていたな。
あれは精神衛生的に悪い。アニメの世界では上様の設定は変えられないが、現実世界ならば変えられる。戻ったらバカ上司には頭を下げんぞ。しかし、どうにもこうにも転生か憑依か分からんが、エレノ世界に入り込んでしまって、本当にありえないものばかりを見る。ワロス親子の転生物語なんざ、異世界モノの作者でも思いつかないだろう。
妙な転生と言えばコルレッツもそうだ。ヤツの場合、現実世界からエレノ世界じゃなく、現実世界から別のゲーム、アダルトゲームの世界に転生した後にエレノ世界に転生したという二重転生者だった。この世界には常軌を逸した転生が多過ぎる。正確には魂の憑依だから転生ではないのだが。おそらく、これはエレノ製作者がアホをやり過ぎた結果だろう。
一言で言えば人を振り回し過ぎなのだ。だからコルレッツがおかしくなるのも理解はできる。マーチ・ワロスだって本編で失敗した芸を再び使ったりしているのは、おかしくなっているからだろう。だからリアルエレノでは登場人物が、ゲームと違う動きをしているのではないか。正嫡殿下が『勇者の指輪』を渡してきたのも、違う動きの一つだろう。
ただ変わらないものもある。婚約イベントは他の人間に置き換わって発生した。凶作も起こっている。宰相ノルト=クラウディス公と宰相補佐官アルフォンス卿の立ち位置は同じ。『実技対抗戦』も行われた。形は違うがレティの実家、リッチェル子爵家の騒動も起こっている訳で、これも変わらないものだ。
自領に籠もっていたはずのボルトン伯が王都に上洛してきたのも「変わらないもの」の一つであるやもしれない。というのもゲーム終盤、宰相ノルト=クラウディス公が糾弾され失脚する過程でボルトン伯が決定的な役割を果たした。そのボルトン伯が今、王都にいる。つまりボルトン伯は居るべき場所に戻ってきたと言えよう。
しかし一方、ボルトン伯は『貴族ファンド』の回状を貴族に回さず、俺に渡した。これでどうやって貴族派と中間派が手を結ぶことになるのか、全く想像ができない。変わらぬ事と変わっている事。これを見抜き、どう考えていくのか? 俺の技倆が問われている。
――翌日。朝からトーマスに声を掛けられた。アルフォンス卿が来園されるので放課後、貴賓室に来て欲しいとのこと。『貴族ファンド』の事か。内心ドキッとしながらも、表情には出さず了承した。トーマスが言う。
「一昨日は大変だったんだよ」
どうかしたのか? と聞くと、一日中『武者溜まり』に籠もらされていたというのである。『武者溜まり』というのは女子寮の受付横にある男性従者専用の待機部屋のこと。男子禁制の女子寮に男が踏み込めるのはこの部屋まで。トーマスはひたすらこの部屋で待機させられたのであるという。
「衣装選びというのは本当に恐ろしい・・・・・」
あ、そうか。ブティックの出張は一昨日だったのか。ブティックの出張試着は女子寮にある衣装室で行われたそうである。そんなに広いのかと思ったが、トーマスがシャロンから得た情報では結構広いらしい。教室二部屋分というから中々のものだ。女子寮という世界は本当に分からぬことだらけ。
話によるとクリスらの試着は朝から夕方まで続いたという。クリスとシャロンだけではなく、アイリとレティも試着しているだろうから、四人で盛り上がったであろうこと確実だ。一方のトーマスは『武者溜まり』に籠もらされてイライラしていたが、クリスの手前それも出せず、一日が過ぎ去ってしまったようである。
もうこれは従者の宿命というか因果だと思うしかないだろう。休日、家族を買い物に連れて行って、一日が潰れるというアレと一緒だ。結婚してその嫁を確保したから発生する現象。佳奈はそんな事はせず、一人で運転して買い物に行っていたが。
「シャロンが浮かれていて話を聞いてくれないんだよ・・・・・」
シャロンもそのタイプの嫁なのか・・・・・ あゝ、人生に涙あり。トーマスの人生に幸あらんである。しかしこの日、嘆いていたのはトーマスだけではなかった。伯爵家の嫡嗣アーサー・レジエール・ボルトンも嘆いていた。
「なんで親父が学園長代行なんだよ」
昼休み。いつものようにロタスティで一緒に昼食を摂っていると、アーサーはやっぱり頭を抱えていた。放課後、学園長室に呼び出されたらボルトン伯がいたので「なんでいるんだよ!」と問うたら、「気がついたら、いつの間にかここに座っていてな」と返されたのだという。やっぱりボルトン伯、煮ても焼いても食えない男だ。
「まったく。家の状況が良くなったと思ったらこれだよ、だから親父は・・・・・」
どうやらアーサーの悩みは尽きないようである。
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