200 派閥の論理

 俺がボルトン伯から受け取った『貴族ファンド』の回状。この回状に直筆のサインをした貴族の一覧をハンナは書き出し、それぞれの所属派閥を記した名簿を作り、皆に配布してくれた。


アウストラリス公爵(アウストラリス派)<領袖>


エルベール公爵(エルベール派)<領袖>


バーデット侯爵(バーデット派)<領袖>


アンドリュース候爵(アウストラリス派)


ホルン=ブシャール候爵(エルベール派)


レグニアーレ候爵(アウストラリス派)


ゴデル=ハルゼイ候爵(アウストラリス派)


カーライル伯爵(バーデット派)


シュミット伯爵(エルベール派)


リュクサンブール伯爵(ウェストウィック派)


ランドレス伯爵(ランドレス派)<領袖>


カントナ=チャット伯爵(アウストラリス派)


ルグラン伯爵(ウェストウィック派)


ハント=ストック伯爵(バーデット派)


ジョルダン伯爵(アウストラリス派)


 貴族派第一派閥アウストラリス派が六人、第二派閥エルベール派が三人、第三派閥バーデット派三人、第四派閥ランドレス派が一人、国王派閥のウェストウィック派が二人の計十五人。一見して派閥均衡に見える。が、ハンナによるとこの名簿には色々隠れているものがあるのだという。


「まず高位家が十家あります。公爵家二家、侯爵家五家、高位伯爵家ルボターナ三家。ランドレス伯以下は高位伯爵家ルボターナではありません。もしボルトン伯が加われば・・・・・」


「十一家になる」


「過半数だ」


 シアーズの言葉にファーナスが答えた。なるほど、だからボルトン伯に賛同を求めたのか。


「ボルトン伯爵家は高位伯爵家ルボターナでも別格の家。「ソントの戦い」で一番槍を務めた家ですから。中間派がもし派閥となれば誰しもボルトン伯を推すでしょう。ですからボルトン伯からの賛同を得る得ないは、あらゆる意味で大きな意味を持ちます」


 皆、大きく頷いた。これまで誰も聞いたことがない話をハンナがしているからである。名簿配列を見ただけでこれを読み解くというのは商人風情には至難の業。と同時に、ボルトン伯のポジションの重要性を認識できた。


「ボルトン伯の賛同を得られなかった為、『貴族ファンド』は高位家の過半数の賛同が得られなかった事になります。半数と過半数は違いますわ」


「確かに違う。大違いだ」


 ワロスは何度も頷いた。確かにそうだ。半数は半数。だが過半数は「多数」。重要な指摘だ。それに対し、ウィルゴットが疑問を呈する。


「しかし、そうであればボルトン家以外の高位家に名を連ねて貰えばよいのでは?」


「それが出来なかったから、ボルトン家に回状が来ましたの」


 エレナは具体的な説明を始めた。まず公爵家。五家のうち名前が連なっていない家は三家。スチュアート公は直系王族。王族がこのような直接的な政治活動に名を出すことはあり得ない。ノルト=クラウディス公は貴族派と対抗する宰相家。ウェストウィック公は子飼いこそ名を連ねているが、マティルタ王妃の弟、外戚であり名を連ねる事を遠慮した。


 次に侯爵家。こちらは名を連ねていない家が二家。トーレンス派を率いるトーレンス候は内大臣。国王フリッツ三世の側近であり、直接的な政治活動を行うことが憚られる立場。もう一人は第五派閥ドナート派の領袖ドナート候。貴族派の派閥領袖で名前を連ねていない事を見ると他派と距離を取っているようだ。また両派とも誰も名前を連ねていない。


 そして高位伯爵家ルボターナ。名を連ねているカーライル伯、シュミット伯、リュクサンブール伯の三家とボルトン伯以外に四家が名前を連ねていない。ステッセン伯は国王派閥スチュアート派の代表幹事で実質的指導者。シェアドーラ伯は宰相派、アルヒデーゼ伯はエルベール派、トミタラット伯はドナート派。


「どうしてエルベール派の伯爵が名前を連ねていないのですか?」


 リサがすぐさま質問した。確かにそうだ。名簿を見ると第二派閥エルベール派は領袖エルベール公、ホルン=ブシャール候、高位伯爵家ルボターナのシュミット伯の名前がある。そこにハンナの言ったアルヒデーゼ伯が加われば、すぐに過半数になる。


「アルヒデーゼ伯は『貴族ファンド』に賛同しなかったのでしょう」


「派閥の領袖は賛同しているのに、ですか・・・・・」


「その領袖が口添えしかなったからでしょう。もし領袖エルベール公が直談判したならば、アルヒデーゼ伯は間違いなく名を連ねていましたわ」


 若旦那ファーナスからの問いかけにハンナはそう答えた。つまりそれはエルベール公が積極的ではない、ということなのか。シアーズが口を開く。


「説明を聞くと、領袖エルベール公は消極的に見えるが・・・・・」


「様子見ですわ。どう転んでもいいようにと。積極的ならば必ず四人、いえ五人は名前を連ねさせていたはずですから。そうではないから口添えをしなかったのでしょう」


 話に一枚噛んでおくということが。都合がいいなら入り込み、悪くなればすぐに引く。何れにせよ第二派閥は前のめりではないらしい。


「では貴族派なのに第五派閥のドナート派はどうして誰も名前を連ねていないのだろうか?」


 ワロスのその疑問、もっともだ。少数派閥ドナート派。領袖と高位伯爵家ルボターナが名を連ねれば、高位家がいない第四派閥ランドレス伯爵よりも存在感を高められるはず。


「ドナート侯が興味を持たれなかったからでしょう。あの派閥は結束力が強いので」


 少数勢力ながら結束力があるというのはドナート候にカリスマ性があるのだろう。断る意図を読ませない事も安全保障の一つの策。生き残りの処世でもある。断る事ができる力は強い。以前ハンナが故ある傷物集団と言っていたが、傷物だからこそ逃げ場がないので結束できるという面がある。引けない集団は強いのだ。


「だからボルトン伯が名前を連ねない事に大きな意味があるのか」


 ウィルゴットは納得できたようである。まぁ、これも一つの勉強だ。


「ええ。ボルトン伯もそのことを当然ながら承知なされているはず。だからこそ連ねなかったのでしょう」


 食えないオヤジだな、ボルトン伯も。カネの事はダメダメで、親類縁者や臣下に対する義は厚いのに、こういうところでタヌキになることができるという侮り難さ。ハンナは語った。


「これで中間派の大掛かりなファンドへの加入も怪しくなりましたわ。中間派の盟主になりうる家が賛同していないのですから。しかも今、それを知っているのは私達だけです」


 こちら側の置かれている状況をこう分析してくれた。ハンナは更に言葉を続ける。


「第三派閥のバーデット派と第二派閥のエルベール派は同数の三人。この数でバーデット派が積極的なのが分かりますわ。第四派閥のランドレス派は伯爵家がランドレス伯しかいませんので、一人だけしか名が書けません。しかも高位家ではないので、各派からランドレス伯より格下の伯爵家の者に名を連ねさせて、メンツを守ってあげていますわね」


 ハンナの言葉がどこか冷ややかだ。実家の件なのだろうなぁ、多分。


「この名簿一つでそんなことまで分かるのか・・・・・」


「はい。この件でランドレス伯はアウストラリス公、ウェストウィック公、バーデット侯に借りができた形になりますわ」


 感心するファーナスにハンナは補足する。ランドレス伯には実に容赦がないな。ハンナの実家ブランド子爵家への扱いに対する、一つの意趣返しと受け取られても仕方がない解説だ。


「しかしウェストウィック公の意向が気になりますわね」


 ハンナが言う。ウェストウィック派は二人名を連ねているが、領袖であるウェストウィック公は名を連ねていない。これはマティルダ王妃の弟であるという立場がそれをさせているとの分析だったが、ウェストウィック公自身が『貴族ファンド』に対して積極的なのか、消極的なのかがイマイチ読めないのだという。


「一枚噛みなのか、お付き合いなのか、自発的なのか、積極的なのか、図りかねますわ」


 これは当事者を直接見ていかないと分からないよな。しかしこちら側からは一番遠い部類の貴族。その意図がいかなるものであるのかは、現段階では確認しようがない。ウェストウィック公なる人物と、学園にいる嫡嗣ウェストウィック卿モーリス。この二人については遠巻きに動向を確認しておいたほうがいいだろう。


「しかし、ボルトン伯が何故なにゆえこの回状をアルフォード様にお渡しに?」


「少し前、ボルトン家の借金問題に手を尽くした」


 するとハンナはクスッと笑った。


「でしたら『貴族ファンド』など歯牙にも掛けませんわ。アルフォード家との誼のほうがずっと価値がありますから」


「そういえば昨日、ボルトン伯の嫡嗣様と陪臣の方が当方に足を運ばれました」


「ワロスよ。世話になるなぁ。面倒事をかけてすまない」


「いえいえ。大変良い条件の商談ですからね。こんな話、なかなかありませんぜ」


 ワロスにとって、いや『投資ギルド』にとって、ボルトン家の鉱山への投資は好条件だったようだ。


「我が家はいかがですか?」


「ブライト子爵家も良い話に決まっておりますよ」


 ハンナからの問いかけに、ワロスは苦笑気味に答えた。まさかそんな聞かれ方をするとは思わなかったのだろうな。


「リサ、そういうことでボルトン伯から一門の帳簿を見て欲しいと依頼があった」


「えっ!」


 いきなりの話に戸惑うリサ。コヤツにはそれぐらいで丁度いい。


「ボルトン伯は今日から学園長代行に就任した。一度、学園長室に顔を出してくれ」


「・・・・・分かったわ。グレンの話はいつもいきなりなんだから!」


「グレン君。きみはこうやって貴族家に食い込んでいるだな。私にはできないよ」


 俺とリサのやり取りを聞いて、若旦那ファーナスが感心している。意図したものじゃなくて、本当に成り行きなんだけどな。


「宰相への働き掛けも成し遂げてくれたんだ。グレンなくしてはガリバーと伍していく事はできぬ。手をかけなくて良かったな、ワロス」


「兄貴! それを言っちゃあ」


 突然過ぎるシアーズのツッコミにワロスが困惑している。個室は笑いに包まれた。今は笑い話で済むが、当時はとても笑える話じゃなかったんだぞ。俺は回状の案件に話を戻す。


「ここからは俺たちの話。これが『貴族ファンド』に出資する王都ギルド加盟商会の一覧だ」


 俺はボルトン伯の回状の一枚を示し、テーブルの真ん中に置く。紙はファーナスとウィルゴットの二人が読めるように向けておいた。


「これは!」「むぅ!」


 二人は唸った。王都ギルドの『金融ギルド』非出資業者の名がズラリと並んでいたのだから無理もない。ギルド首位のフェレット商会、三位のトゥーリッド商会、六位のアルメレザント商会、十一位のマーギラス商会、テレザイル商会、アペーシュタ商会、シャプラン商会、アポルナギー商会、ティラーソン商会、ウェラー商会、ドモナルデル商会。


「フェレット派と中間派全てだ・・・・・」


「王都ギルドには元々中間派なんてなかったのだろう。俺たちかあちら側か、どちらか」


 ウィルゴットの呟きに若旦那ファーナスが答えた。おそらくファーナスの意見が正しい。ガリバーか否か。それが今の王都ギルドの実情だ。シアーズが話す。


「『金融ギルド』設立時、王都ギルド出資商会は二十八だったのが、今は四十三商会だ」


「今回の『貴族ファンド』に出資する予定の商会はフェレット商会を筆頭に十一商会。王都ギルド加盟商会は現在五十四。つまり・・・・・」


「俺たちか、否か。ということだな」


 シアーズと若旦那ファーナス。二人の言葉から導き出された結論を俺は言った。個室にいた全員が大きく頷く。王都の、いやノルデン王国の商人界は真の意味で二分化された。

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