199 学園長代行

 学園長が実質的に不在のため、急遽赴任してきた学園長代行。その椅子に座っていたのは、ステファン・クロード・ボルトン。アーサーの父であり、ボルトン伯爵家当主。本来ならばルカナリア地方にあるボルトン伯爵領にいるボルトン伯が何故ここに?


「久しいな。アルフォード殿」


「・・・・・は、はい・・・・・」


 そう言うのが精一杯だった。どうして? どうしているのだ、ボルトン伯。


「この度、学園長代行を拝命した」


 理解が追いつかない。なぜにボルトン伯。


「ラジェスタ殿。ご苦労であった」


 俺の後ろにいた学園事務局のラジェスタは一礼すると学園長室を退出する。おそらくボルトン伯の言葉から察したのであろう。どうやらボルトン伯は俺とサシで話がしたいらしい。


「敏腕な君であっても、狼狽することもあるのだな」


 ボルトン伯はホッホッホッっと笑う。いやいや俺は敏腕じゃないし、狼狽なんてよくあるよ、ボルトン伯。


「どうしてここに私がいるのだと思っているのだろう」


「ご推察の通り」


 頭を垂れるしかないではないか。いきなりの脳天直撃人事にどうしろというのだ!


「先週、王宮から呼び出されてのぅ。急遽上京することになったのだ」


「キコイン男爵と共にですか?」


「流石アルフォード殿、察しがいい。サイモンと共に王都に来た。サイモンがミスリル鉱石の精錬所について、詰めの話がしたいと申してな。アーサーと共に『投資ギルド』に赴き、大きな成果を得たと喜んでおった。今日領地に発ったところじゃ」


「予想以上の進捗ですな」


「ああ。これもアルフォード殿とサイモン。アーサーのおかげ。感謝せねばならぬ」


 ボルトン伯爵領にあるミスリル鉱。ここから産出される原石を鉱石に精錬する精錬所の建設に『投資ギルド』の出資を仰ぎ、ボルトン家の出資額を減らしたのだ。その具体的な話をキコイン男爵とアーサーがしている訳で、それが実現に向けて動き出したのである。


「実は精錬所の建設は既に始まっておる。一棟はじきに完成じゃ。人も技術者も確保できておるとのこと。サイモンが先を読んで、動いてくれておるのだ」


「それは手が早い!」


 キコイン男爵は当初、俺に反抗的ではあったが、ボルトン伯への忠誠心が高く、独自に銀鉱脈を探ったりと能力的には高い人物だった。それがやる気になって更に能力が高まったということか。


「そういうこともあって、領地の方はこの際、ルナールド男爵とサイモンに任せようと思ったのじゃ」


 ボルトン伯によるとルナールド男爵も元気だそうだ。ただボルトン伯は農業に関する様々な話をルナールド男爵から聞き、正直飽きた部分もあったのだという。まぁ、聖人君子ではないところがボルトン伯らしい。親族会議の方も無事に開くことが出来、皆の理解と賛同を得たという。


「ニルスワーナ子爵家、アーバン子爵家、ナンデニール男爵家、リバーデン男爵家の四家の財務状況を君の姉君に見てもらいたい。あと陪臣のシャルマン、ルナールド、キコインの三男爵家も合わせて頼む」


 ドーベルウィン一門と同じく、ボルトン一門の財務状況を診断してもらいたいというのである。皆、ボルトン伯より状況説明を受けて、理解と了解を得ているのだという。俺はリサに伝える事と、事前に学園長室へ訪問させる事を伝え、了承を得た。リサに大仕事が回ってきたな。ボルトン伯は言った。


「伯爵家におけるワシの役割は一定、果たせたと思ってな。だからこの仕事を受けた」


「しかし、学園長代行とは・・・・・」


「代行だから受けたのじゃ」


 なんと! これは驚いた。代行とは臨時職。臨時職だから受けたというのか。


「代行ならば年度末まで。来年度からは新任の学園長を迎えることになる。その間のつなぎ・・・じゃ。これが新任ならば全うしなくてはならぬのでな、長すぎる」


 そういうことか。終わりが決まっているから受けようと。


「それにの。この職、下世話な話だが良い条件でな。家族も王都に呼び寄せておる。誰にも言えぬがな」


 ホッホッホッっとボルトン伯は笑う。いやぁ、認識を改めるわ。乙女ゲーム『エレノオーレ!』でボルトン伯に与えられた役割。宰相ノルト=クラウディス公に止めを刺すことなんて無理だよ、この人。と思っていたが、撤回する。絶対に刺せるわ、絶対に。能ある鷹は爪隠す、まんまじゃないか。


「今後、学園長代行となるのでな、よろしく頼む。それが言いたかったのじゃ」


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 俺はボルトン伯に頭を下げた。今日は完全にボルトン伯のペース。聞きたいことが全く言えずに終わってしまったではないか。俺が退出しようとすると、ボルトン伯から待った、がかかった。


「そうそう。アルフォード殿、ワシの元にこんなものが回ってきての。当家は君のおかげで不要なものだから、渡しておこう」


 ボルトン伯は封が切られた立派な封書を差し出してきた。中を見るが良いと言われたので開けて書面を開くと・・・・・ 俺は思わず仰け反った。


「こ、これは・・・・・」


 貴族ファンドの回状ではないか! 文面を見る。貴族ファンドの設立趣旨、賛同する貴族のサインが並ぶ。複数の紙に書かれたサインは十人以上。次の紙を見る。そこに書かれていたのはファンドに出資する商会の一覧。


 フェレット商会、トゥーリッド商会、アルメレザント商会、マーギラス商会、テレザイル商会・・・・・。全て『金融ギルド』に出資しない王都ギルド加盟業者。そして次の髪を見ると貸金業者の一覧。王都の貸金ギルド未加盟のフェレット系業者が名を連ねる。貴族ファンドが立ち上がると、王都は、いやノルデンの商人世界が完全に真っ二つになるぞ。


「ワシには要らぬモノだが、アルフォード殿にも要らぬモノだったかのう」


「閣下、ありがとうございます」


 俺は改めて頭を下げた。ボルトン伯はこれを渡すために俺を呼んでくれたのだ。俺は学園に強力な味方を得たのである。去り際、ボルトン伯に俺は尋ねた。


「アーサーはこの件、存じているのですか?」


「これから伝えようと思っていたところじゃよ」


 ボルトン伯はホッホッホッっと笑った。・・・・・アーサーよ、大変な親父さんだな。


( 頑・張・れ・よ・! ) 


 心からアーサーに声援を送りつつ学園長室を出ると、急いで魔装具を取り出しリサに連絡を取った。俺の話を聞いたリサは驚いた。大変珍しい事だ。幸いな事にリサは繁華街にいるとのこと。ブティックで服をオーダーしたところだったらしい。


「ハンナさんが必要だわ。今からグレックナーさんの家に向かうから会うまで待ってくれる」


 そう言うと、リサは魔装具を切った。俺は馬車を呼んだ。続いて若旦那ファーナス、ウィルゴット、シアーズ、ワロスに連絡を取った。皆一様に驚いている。ワロスにも連絡を入れたのは、ワロスも貴族の動向に詳しいからだ。急ぎ『レスティア・ザドレ』に集まるように話す。個室は先程取ったので、誰が一番乗りしても大丈夫だ。


 ただ、ジェドラ父はディルスデニア方面に向かう貨車に同行している為、王都にいないらしい。ならば今日はウィルゴットが代表として振る舞わなきゃいけないな、と言うと、いきなりかよ、とボヤいていた。国境でロバートと打ち合わせをしているのかもしれない。小麦の入荷はこちらの方が主力になるとのことだから、俺の知らない話もあるだろう。


 リサから連絡が入った。ハンナも動けるとのこと。「いつもの場所ね」と言うので、「おうっ」と返してそのまま魔装具を切った。頭の鋭いリサが、まさかロタスティに来るなどというボケをかます事はないだろう。そう思いながら、到着した馬車に飛び乗った。


 俺が高級ホテル『グラバーラス・ノルデン』に到着すると、既にファーナス商会のアッシュド・ファーナスがラウンジに座っていた。お互い「まいど!」と商人式挨拶を交わすと、連れ立って『レスティア・ザドレ』の個室に向かった。


「いやいや、大変な情報が入ったな」


 椅子に座るなり、長い脚を組んだ若旦那ファーナスは驚きを隠そうとしなかった。俺は今日の出席者を事前に伝えておいた。要らぬ勘ぐりに労をかけるのが勿体ないと思ったからだ。ワロスも呼んだ事に驚いたファーナスだったが、今一番貴族に近い所で商売をしているのがワロスだと説明すると、素直に納得してくれた。


「小麦は順調に倉庫に入ってる。既に二つの倉庫がいっぱいだ」


 ファーナスによるとラスカルト王国からムファスタ経由で入ってくる小麦は予想以上のスピードで入ってきているのだという。これはラスカルト王国ムファスタ間とムファスタ王都間で、貨車がそれぞれピストン運動をしているからという話だった。売りどきについてはジェドラ父と相談して決める手筈になっているとの事。


 俺とファーナスが話をしていると『金融ギルド』責任者のラムセスタ・シアーズと『投資ギルド』のリヘエ・ワロスが入ってきた。ワロスの顔を見て、思わず「作麼生そもさん!」と出かかったが、今はそれどころではないので言葉を喉の奥に押し込んだ。もしも言ってしまったらワロスが「説破せっぱ!」と返してくるに違いない。


 続いてリサとグレックナーの妻室ハンナ・マリエル・グレックナーが飛び込んでくる。俺はハンナに急に呼び立てしてすまないと謝した。


「大丈夫でしてよ。このような楽しいお話にお呼びいただき光栄ですわ」


 ハンナはニコッと笑った。その言葉に皆が笑う。貴族社会を縦横に遊泳するハンナの肝は半端ないぜ。グレックナーはそこに惚れたのだろうなぁ。佳奈のあれと根は同じだ。そこにウィルゴットも滑り込んでくる。これで今日の面々が全て揃った。俺の連絡から二時間足らず。それで皆が集まるのだから本当に凄い。現実世界でも中々こうは行かないぞ。


「いよいよガリバーが動き出しましたな」


「にしても大きな仕掛けだ。多くの貴族を巻き込んでのう」


 ファーナスの言葉にシアーズが応じる。俺たちにとって問題なのは俺たちの対抗勢力が予想以上の貴族と手を結びそうだという点だ。こちらには目立った貴族勢力はいない訳で、この差がどう出てくるのは現段階では未知数だ。俺は商人儀礼に則り、謝辞抜きで話し始める。


「中間派貴族の名門ボルトン伯から、先程『貴族ファンド』の回状を受け取った」


高位伯爵家ルボターナに回すということですから、ボルトン家と同格、あるいは家格が上の方が複数賛同されていますわね」


 ハンナが補足してくれた。五つの公爵家、七つの公爵家、八つの高位伯爵家ルボターナ。ボルトン家と同格、あるいはそれ以上の家格の家が、全部で二十家しかない事をハンナが告げると皆が驚く。我々商人の貴族知識とはその程度しかないのだ。だからハンナの存在は大きいのである。俺は設立趣旨を読み上げ、貴族のサインをハンナに回した。


「・・・・・王室の藩屏として、ノルデン王国を支える高貴な魂を持つ貴族家だが、今、困窮に晒されんとしている現状がある。こうした貴族家の財務状況を鑑み、貴族間の相互扶助の精神を発揮すべく、我々は『貴族ファンド』の設立を建議する。ボルトン伯爵の御賛同を賜りたい」


 ハンナが貴族のサインを見ながら、何かを書いている。俺が読み終えると、紙をハンナ自ら【転写】し、皆に配った。それはこの回状に賛同した貴族の一覧及び所属派閥であった。見た者は皆、分かったような分からぬような顔をしている。商人の中では詳しいはずのワロスも首をひねっている状態。


 アウストラリス公を筆頭に見た名前が幾つもある。エルベール公、バーデット候、悪役令嬢カテリーナの実家アンドリュース候、黒屋根の屋敷を売ったレグニアーレ候、園友会会長のゴデル=ハルゼイ候にランドレス伯爵。しかし半数以上は見たことがない名前である。これを読み解くには専門家による解説が必要だ。


「この名簿の見方について、私の方からご説明させていただきますわ」


 自身が貴族子弟である貴族の専門家ハンナが自ら説明を買って出た。

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