第十七章 鳴動

198 『教官議事録』

 教会の代理人という権限で教官室から『押収』したオルスワード関連の各種資料。これは明日、フレディと共に精査していく予定だ。しかしフレディと一緒に見るのはオルスワード関連のものだけ。一緒に『押収』したものの中には『教官議事録』など無関係な書類もある。これは俺が見る為、ついでに『押収』したものだ。


 だから俺が一人で見なければならない。屋敷の執務室で一人、教官関連の資料に目を通す。学園内の機構であるとか、組織であるとか、系統であるとか、掟であるとか、そういった予備知識は皆無であったが、まぁ問題はないだろう。人というもの、考えることにあまり差はない。


 今年度の初頭から目を通す。俺の名前は全く出ていない。あるのは正嫡殿下の記述。礼を失してはならないと学園側が神経を使っていたのがよく分かる。次に多いのはノルト=クラウディス侯爵令嬢の記述。クリスの事だ。宰相家の令嬢に対しても注意を払っていたようだ。ウェストウィック卿とアンドリュース侯爵令嬢の名も散見される。


 そのまま流し読みすると、俺の名前が出てきた。発言者はル・ファールという名の教官。内容はこうだ。


「一年εイプシロン組のグレン・アルフォードという生徒は選択教科を取っていない」


 これに対し、イーライなる教官が「確か商人の子弟。本来学園で学ぶべき者ではない故、選択教科を取っていないのでしょう」と発言している。全くその通りで、選択教科は「履修」ではないため、取っていないのだ。サルンアフィア学園の選択教科とは現実世界でいう部活のそれに近い。もっとも代わりにサルンアフィアでは部活がないのだが。


 これ以降、俺の記述はない。代わりにカインの記述が見える。剣技担当と思われる教官が「さすが剣技で知られたスピアリット子爵家の嫡嗣である」と発言。剣豪騎士という称号に相応しい評価をされている。


 俺の記述が次に現れたのは決闘の件。ドーベルウィンとの決闘の話だ。当初は極めて事務的なもので、教官会議の冒頭、俺とドーベルウィンとの間で決闘が行われる事になったという簡潔な報告がなされた、という一文のみだ。それが一変するのは決闘直前の会議。


ザオゲル「ドーベルウィン・アルフォードの決闘賭博の相場が大きく変動している」


マシリトーア「多くの生徒が多額の額を賭けているという話だ」


テンシリン「一億ラント以上の金額が賭けられているらしい」


 ・・・・・会議の内容じゃないだろ、これ。決闘賭博の相場の話を教官会議で話しているなんて思いもしなかった。俺の記述が本格的に増えるのは決闘後の話。


ル・ファール「決闘であり得ない事が起こってしまった」


テンシリン「商人が勝ったとあれば、後々禍根を残すのでは」


ブランシャール「あのように棒だけで倒してしまっては、生徒の教育に響く」


ザオゲル「では勝敗は無効と?」


ド・ゴーモン「いや。あの戦い、明らかにアルフォードの勝利」


 会議とは名ばかり。頭の悪そうな低い会合だな、これ。しかし決闘で戦ったド・ゴーモンが同僚の教官を諌める立場に立たされているって、本当に情けないよな、これは。その後、ドーベルウィン伯来訪と謝罪の件を事務的に報告され、一旦俺の話は消える。次に出てきたのは長期休学直前、園友会会長ゴデル=ハルゼイ候来園報告と書かれている部分。


「・・・・・決闘の結果とはいえドーベルウィン伯が商人の倅が如きに膝を屈する事態。これを屈辱と憂慮され、学園の威信に関わるとの認識が欠如していると指摘。我が学園に属する教官陣の姿勢を正し、係る生徒に教官の威を示すべしとの考えを述べられた」


 係る生徒とは明らかに俺のこと。園友会会長ゴデル=ハルゼイ候が学園に来て言った言説を元にして、あのような訳の分からぬ対応に出たという訳か。ある種、ここから始まっているということだな。スクロードはじめ、貴族子弟の読み通りだったということだ。ふと思ったことだが、ゴデル=ハルゼイ候の姓の由来とは何なのだろうか? 


 クリスの家ノルト=クラウディス家は元姓クラウディスにノルト地方を治めるようになって、姓にノルトを冠した。ではゴデル=ハルゼイ家は? 今度調べてみよう。しかし議事録というもの、実に退屈。読むのも苦痛だ。しかし、読み始めた以上、読むしかない。更に読み進めると長期休学後、最初の教官会議で俺が槍玉に挙がっている。


イーライ「アルフォードは最初から我々の授業を聞くつもりがないようだ」


テンシリン「それどころか我々教官の名さえ知らぬと言っておる」


ザオゲル「それが商人の作法か?」


ドムジン「あの者、最初から我々を無視している」


 対ドーベルウィン戦以降、俺は教官らから目をつけられるようになったようだ。言っていることは正しい。全て本当のことだから。そして価値がないものとして無視した俺の判断も正しかった訳だ。実につまらない。


 そして園友会幹部来訪。会長はじめ三人の副会長、十七人の会員と共に来訪ということだから大規模なものだ。しかしいつ来たんだ、君たち。この席で会長のゴデル=ハルゼイ候は「・・・・・健全な階級の生徒が健全な学園を創る。まやかし・・・・の者に振り回されるような教育は許されない」と俺のことを念頭に発言している。


 そして俺がコルレッツへ叩きつけた挑戦状をオルスワードに一任した話が出てきた。教官会議冒頭、オルスワードが経過説明を行っている。読む限り淡々と事実を報告している感じだ。しかしそれを受けての教官らの発言がヒドい。


タミーラ「男が女に決闘を申し込むなどと、なんと下劣な事を。さすが商人の倅」


ションプナー「ここは社会の厳しさをしっかりと教えてやるべきではないか」


ザオラル「まずは決闘を申し込まれた側が、受け入れられる条件にすることが重要」


ル・ファール「オルスワード教官。決闘を申し込まれた女子生徒はどのように」


オルスワード「代理人を立てると申しております。既に複数の者が名乗りを」


ブランシャール「『実技対抗戦』を見ても分かるが、アルフォードは未知の剣術の使い手。並の強さではない」


イーライ「ならば、あの商人の倅一人に対し、代理人全員で当たらせるようにすれば良いのではないか」


ドムジン「園友会の手前もある。適切な処置を行うべきだろう」


テンシリン「一対多数か。相手は一任しておるのだから異論はあるまい」


 ヒデーーーーー! これが教員の会議かいな。お前らの方が社会を知らんだろ。しかし目も当てられんな、これは。現実世界の教職員もこんなんなのか? この日の会議はコルレッツ側の代理人の意志を確認することで散会している。


 再度行われた会議では冒頭、この件に関する園友会の意向が伝えられ、男が女に決闘を申し込むという学園の伝統に背く輩は退学相当が相応しいのではないかとの認識が示されたと報告があった。次にションプナーとイーライいう二人の教官が、コルレッツ代理人らと協議して決まった決闘方法について報告が行われ、決闘条件と決闘方法が決められた。


(つまりこのときに俺の退学を条件として、一対七の決闘方式が決まったのか)


 俺が一番意外だったのは、オルスワードがほとんど関与することがなかったということである。主導していたものは、俺に対する教員の嫌悪感と園友会の意向。特定人物の指導の元に話が進められたのではなく、その場の空気感で決まっている事だ。誰もルールや決まり、過去の経緯と照らし合わせてモノを考えていない。君たち存在価値があるのか?


 その次の会議ではアイリからコルレッツに出された挑戦状と有力貴族子弟からの詰問状の取り扱いについて協議がなされている。


ル・ファール「既に決闘が告知されている者に決闘を申し込むなどとは聞いたこともない」


タミーラ「面倒なので決闘を一纏めにし、ローランなる女子生徒を決闘権者にしてしまえば」


ドムジン「ならばついでに条件も一緒にしてしまいましょう」


 これでアイリの退学が条件に加わったのか! いい加減な連中だな、こいつらは。


イーライ「貴族子弟の詰問状。全員嫡嗣。無視するわけにもいかぬ」


ブランシャール「マクミラン卿が名を連ねておる。正嫡殿下の従者だ」


ションプナー「どうして有力貴族子弟ともあろう者が商人の倅如きの肩を持つのか」


マシリトーア「噂によればあのアルフォード。巨額資金を動かしているとか」


テンシリン「金に目が眩み、詰問状を出そうとは。実に情けない」


ザオラル「しかし理由はどうあれ有力貴族子弟からの問いかけを無視する訳には行きますまい」


タミーラ「何か妙案は」


ド・ゴーモン「『剣闘』でどうか。魔術は使えぬが、数の差はどうにもならぬ」


 こんな流れで『ソンタクズ』と俺の決闘方法が最終的に決まったようである。本当に適当な連中だ。怒りというより、呆れる以外にない。この学園の教官共の精神構造がこんなのだから、エレノ世界がグダグダになる他ない訳だ。こんなクソつまらんモノを読むだけ時間の無駄と思えてくる。俺は今日はこれ以上読むのを止め、とっとと寝ることにした。


 ――休日初日。フレディを黒屋根の屋敷に招いて、教官室から押収したオルスワードの書類を精査精読する作業に入った。会議室の長テーブルに並べた書類を格付けし、レポートをまとめるのが、フレディの仕事。俺は速読で書類概要をフレディに伝える役目だ。


 リディアは書類整理だと話すと「今回はパスね」と、とっとと逃げ出してしまったので今日はいない。実にリディアらしい展開だ。フレディの方は学園寮の裏から魔導回廊を現出させると、驚きつつも「俺と付き合っていたら、驚いてもしょうがないよな」と呆れながら屋敷の敷地に踏み入れ、一緒に会議室の中で作業に没頭する事になった。


 フレディが注目したのはオルスワードが書き留めていた古代魔法の研究ノートで、これがラシーナ枢機卿が一番知りたかった事だろうと言った。確かに古代魔法の事について話していたな。異世界の扉を開ける術を編み出したが、魂を失うという代償があったから禁止となり、大聖堂でのみ召喚の儀式が許されるようになったとか。


 オルスワードの日誌を見ると、自身の魔力の無さについて嘆いている部分が数多くあった。そして驚いたのが俺に対する記述。俺のレベルが見えず、魔力が無限大にあると書かれ、あれほどの魔力があれば古代魔法を唱えるのも容易であろうと指摘されていた。


「グレンって、魔力が多いんだ」


「使える魔法が少ないから無駄なんだけどな」


 本当にそうなのだ。魔力があっても使える魔法がない。だからこの前の決闘ではひたすら魔力の【移送】を三人に行って、前線の盾と魔力補給に徹していたわけで。


「しかしオルスワードの研究って、人を操る術だったり、蘇生術だったり、妙なものばかりだね」


「ああ。だが浮遊術や転移術といったものも研究していたようだな」


 オルスワードの持っている書類や研究ノートは結構な量があり、俺の速読術でも一日では片付かなかった。翌日も朝九時から作業を続ける。教官室から『押収』した書類の多くが、生徒のレポートと返信。これが全体の九割近くを占める。しかしその中に、意味ありげな記述があったりするので、速読術で目を通さなければならなかった。


 生徒とのやり取りの中で俺に関するものがあった。【狂乱】を自身に使ったことである。生徒側から俺のこの魔法の使い方についての是非を問われ、オルスワードは「是」と答えている。また余録部分には「鏡を使って『魔眼』の術を使うも同じ効果は得られず」とあり、自身に『魔眼』を使うアイディア自体は持っていたようだ。


 つまり、先日の決闘で俺とクリスのコラボ技【完璧なる魔法防御陣パーフェクト ディフェンシブ】に対して、【火炎直撃弾】を放ったり『魔眼』を使ったりしたのは偶然ではなく、以前から持っていたアイディアということか。【火炎直撃弾】を使って【完璧なる魔法防御陣パーフェクト ディフェンシブ】を試したということになる。


(無茶しやがって)


 オルスワードがどうしてそこまで魔術の虜になってしまったのか? 結局、オルスワードの遺した日誌やレポートからは、その理由を窺い知る事が出来なかった。一方、古代魔法であるとか闇魔法といった未知の魔法に対する、興味執着が非常に強いものであった事も明らかになった訳で、以前からの予想を補強するには十分なものである。


 フレディが「オルスワードは魔術に魅入られたんだよ」と分析をしていたが、言い得て妙である。それが一番適切な分析だろう。俺が『押収』した書類の中で、フレディが引用等で必要なものを除き全て【収納】で片付けた。これらは全てフレディの報告書と共にラシーナ枢機卿に引き渡す事になっている。後は報告書の完成を待つのみとなった。


 ――平日初日。学園では学園長代行が赴任してくるということで、教官達は慌ただしかった。学園長代行と教官達の顔合わせや打ち合わせがあるからだろう、一限目は自習ということになってしまったのである。結局、授業が始まったのは二限目から。相変わらず段取りの悪い学園だ。


 昼休み。いつものようにロタスティでアーサーと昼食を摂っている。アーサーはこの休日、上京していたキコイン男爵と共に『投資ギルド』のワロスと詰めの協議を行ったらしい。成果は上々との事で、キコインも張り切って帰ったそうだ。そんな話をしていると、見慣れぬ男が近付いてきた。緑髪に官吏服、学園にいないタイプだ。宰相府からの使いか?


「アルフォード君か」


「いかにも」


 学園事務局のラジェスタと名乗った緑髪の壮年男は、俺に同行を求めた。学園事務局という機構があった事も初めて知ったが、断ることもできそうになかったので、同意した。そして心配そうな目で見るアーサーを置いて、俺はラジェスタという人物の後をついていく。教官室やら事務室といった学園職員の部屋があるエリアを通り、学園長室で止まった。


(学園長代行が俺を呼んだのか)


 赴任初日から俺を呼び出すとは。そんなに俺の事が問題なのか。ラジェスタは学園長室のドアをノックし、俺を連れてきた事を告げるとそのままドアを開けて室内に誘導する。そして仕切りの先にある学園長のデスクの前まで俺を案内した。学園長代行との初対面である。向き合った俺はその瞬間、絶句して立ちすくんだ。


(ボルトン伯・・・・・)

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