196 家族のあり方

「リディア。お姉さんがいたんだなぁ」


 学園の帰り際、馬車の中でリディアに尋ねた。するとリディアはバツの悪そうな顔をする。おそらく家族の存在を黙っていた事が後ろめたいのだろう。


「だってお姉ちゃん、コワイんだもん・・・・・」


「リディアはお父さんだけじゃなく、お姉ちゃんもコワイのか」


「お兄ちゃんもコワイよ」


 それって、単に怖がりじゃないか、リディア。ガーベル家は末娘に別の意味で手を焼いてそうだな。


「でも、お母さんは大丈夫」


 リディアの顔がガラリと変わった。応接室に戻ってきた時もそうだが、リディアはお母さんといるときが一番安心するのだろう。本当にお母さんっ子だな。ウチのところと愛羅と同じか。しかしガーベル家での話、色々濃かったな。濃厚過ぎてお腹がいっぱいだ。後は寮の部屋で考えることにしよう。


 ――リディアの父親ガーベル卿が仕えているというノルデン国王フリッツ三世の第一王子ウィリアム王子。全名をウィリアム・フレデリック・シェルダーといい、正嫡殿下の異母兄に当たる。またガーベル邸の訪問で知ったウィリアム王子の同母妹エルザ王女。こちらは正嫡殿下の異母姉。この三人の関係がいかなるものなのか想像ができない。


 実際に見たことがあるのが正嫡殿下だけ。しかも言葉を交わしたといってもそれほど多くない。ウィリアム王子やエルザ王女に至っては見たことすらないわけで、俺がいくら考えたって何も出てこない。それに王室なんて限りなく遠い世界。何を思ったところで、なにか変わる話でもないだろう。


 それよりも問題はリディアだ。リディアは父親の仕事も、長兄の在学中の事も全く知らなかったというのである。もちろんロザリーという姉がエルザ王女の御学友であるということも。それどころか、俺にやり込められる父親を見て「あんなお父さんはじめて!」なんて言うものだから、君は今までどうやって家で暮らしていたのだと問いたくなる。


 リディアが無関心過ぎたのか、家族が末娘だからと何も知らせなかったからなのか、恐らくは両方なのだろう。主に話すのは母親とだけという、どこかウチの家とよく似た環境の中でリディアは育ったようだ。その割には愛羅よりも明るい子に育っているな。リディアには愛羅のようなオタ属性はなさそうだし。


 しかし姉の存在を黙っていた事には驚いた。フレディにどう言うつもりだ、って聞いたら「大丈夫よ、言えばいいから」と非常に強気。父や兄姉の話をするときとは真逆の感覚なので、この乖離は一体なんなのか、と考えてしまう。


 リディアによると、リディアの姉ロザリーは無口で何を考えているのか分からない怖さがあるという。だから家にいるときには、話すことなど殆どなかった。学園に入学して会うことがなくなったので、ホッとしたらしい。入学時には姉がサルジニア公国に留学すると聞いて、私ツイてると思ったそうだ。ホントに兄弟とは疎遠なんだな、リディア。


 ただリディアが根性がネジ曲がっている訳ではなく、むしろ真っ直ぐに育っているので、それはそれでアリなのかもしれない。六人の兄弟から慕われているのに、何故かネジ曲がっているコルレッツという例もあるわけで、そこを大きく問題視することもないだろう。


 色々考えていたら、今日通読する予定だった教官らの議事録に全く手がつけられなかった。教官室でオルスワードの所持物品を押収した際に一緒に回収したのだが、何かと忙しくて手がつけられていない。オルスワード関係のものは、今度の休日を使ってフレディと精査する予定なのだが・・・・・ とりあえず今日は疲れたので、もう寝ることにした。


 ――朝、いつものように朝食を摂って鍛錬をしながら、ガーベル卿の次男ダニエルの件についてリサと話した。最近リサは王都にいることが多く、朝はほぼ毎日、ロタスティと鍛錬場で顔を合わせているので、いつの間にか意見交換の時間となっていた。まぁ、無駄のない暮らしを第一とするアルフォード家らしいやり方だ。


 ノルデン第五の都市ムファスタからラスカルト王国から輸入した小麦の第一陣が到着したとのことで、今日には第二陣も到着するという。小麦はファーナス商会の倉庫に運び込まれているとの事で、近々王都でもこちら側が仕入れた小麦が流通するだろう。さて、それで短い期間に三倍以上となった、王都の小麦の値動きが収まるか。


 学園内では学園長代行の話で持ちきりだった。学園長サルデバラード伯が精神耗弱で、学園長の職務遂行が不可能な状況にある事は生徒間では周知の事実。それとともに新たに学園長代行が赴任してくるということは既定路線となっていた。その学園長代行が決まったというのである。


 話によると昨日、宮廷に於いて学園運営を巡る会議が開かれ、その場において決まったという。ここは貴族学園。そのような話は教官らよりも生徒、貴族子弟の方が情報を仕入れるのが早い。まぁ、貴族社会というやつは噂と思惑だけで動く世界らしいので、その手の話となると、皆が食いついてパッと広がるのだろう。


 貴族の噂と思惑と言えば『貴族ファンド』というあの話、どうなったのであろうか。今日現在、これといった話は聞かない。だが、あそこまでの話、噂だけで終わるわけがないだろう。噂がどう具現化していくのか、実態がどのようなものであるのか見物である。学園長代行の方は形となった。学園長代行の赴任は来週になるとの話である。


 放課後、学園図書館のいつもの机でアイリと顔を合わせたのだが、元気がない。貴賓室での報告会の事で何か引っかかっているのだろうか、と思って聞いてみたら、全く違うことだった。


「クリスティーナの服がないそうです」


 アイリが肩を落とし、溜息をついた。え、服がない? どういうこと? 


「シャロンさんがクリスティーナが街に着ていく服がないって・・・・・」


 シャロンも困っているらしい。手に入れたくとも買う場がなく、買えたとしても公爵家から何を言われるかと頭を痛めているそうだ。よく考えたらクリスは国一番のお嬢様。平民が着る服なんて持ってないよなぁ。そういえばクラウディス地方の時も、グラバーラス・ノルデンもドレスだったもんな。考えたら学生服と武装以外はすべてドレスだ。


 シャダールの二重ダンジョンのときの格好、革の防具をつけた軽装着。あれが一般人の服に一番近いか。しかしあんなもの着せて街に連れて行くことなんてできないよな、絶対に。しかしクリスが着ているようなドレスで繁華街を歩かせたら、それこそ通行人はドン引きだろうし・・・・・


「パフェを食べさせてあげられない・・・・・」


 悲しそうな顔をするアイリ。こんな所本当に純真だよなぁ、アイリは。クリスの方はといえば、シャロンの悩みを知らず楽しみにしているらしい。だからシャロンは余計に言えない状態に陥っているとのことだった。それはシャロンにとってツライよなぁ。


「グレン。はいこれ」


 レティがいきなり現れた。ビックリした俺とアイリ。レティは封書を差し出してきた。


「ドラフィルからよ」


 ドラフィルか。レジドルナでまた異変が起こっているのだろう。封書を開こうとしたのだが、アイリがレティに聞いているので、手が止まった。


「ねぇ、レティシア。クリスティーナの話。何かいい方法、浮かんだ?」


 レティは首を振る。妙案が浮かんでいないのだろう。この前の決闘のようにはいかないようだ。


「色々考えてはみたのよ。でも最低一度はお店に出向かないといけないでしょう。採寸やデザインがあるから・・・・・」


「そう・・・・・」


 アイリはレティの言葉にしゅん・・・としてしまった。エレノ世界の服は基本、全てオーダーメイド。既製品という概念はない。フルオーダーか、仕立て済みの服があるなら、詰めたり出したり、上げたり下げたりして調整する。


「ブティックに出かける為には、出かける用の服がいるのよね。服を買う為に服が要るって、変な話だけれど」


 当然そうなる。買い物用の服が必要になってくるのだ。しかしそれがないから問題。現代社会ならネットでサイズ、あるいは号数で近い服を買って送ってもらい、その服を着てオーダーメイドの店に向かうという手もある。しかしここはエレノ世界。その手も使えない。え! 待てよ。

 

「店側からこちらに来てもらったらいいんだよ!」


「あっ!」


 レティがハッとした顔を向けた。察しがいい、俺が言った事に気付いたらしい。


「『学園懇親会』の時に服飾ギルドがドレスを出していたが、あれをブティックでやってもらったらいいんだ」


「いいわねぇ。それができれば問題は解決よ!」


 俺とレティとの会話を聞いてキョドるアイリ。話がイマイチ飲み込めていないようだ。


「いや、お店側に学園内で臨時出店してもらえばいいという話なんだ」


「そうすればクリスティーナは出かけずに服を選べるわ」


「クリスティーナはパフェを食べに行けるのですね!」


 アイリの表情がパァっと明るくなった。解釈が全部パフェに繋がっていくところがどうかと思うが、まぁそれもアイリらしくていいだろう。よし、ブティックに行って交渉しに行こう。俺はすぐさま、魔装具を取り出して馬車を呼ぶ。するとレティが言ってきた。


「私も・・・・・ 行っていいかしら?」


「いいけど、今から用意するの?」


 出かけるのに学生服というわけにもいかないだろう。そう聞くと、レティは馬車が来るまで時間があるでしょ、と言って立ち上がった。


「よし、そうと決まったらアイリ、行きましょう!」


「わ、私も・・・・・?」


 え? え? と戸惑うアイリを、レティは出掛ける用意をしましょうと連れ去ってしまった。恐るべしレティ。アイリも強く押すことがあるが、押し方が違う。まぁ、押し込む力を見せる時、ヒロインパワーを実感するのだが。俺はレティが渡してくれた、ドラフィルからの封書を開けた。


(これは・・・・・!)


 三枚の便箋にびっしり書き込まれている。中身は今、レジドルナで起こっている事が記されていた。まずトゥーリッド商会のこと。以前からドラフィルが教えてくれた、ギルドを通じて行った締め付けによってドルナ側の商会が反発が強まっていた件だが、今度はそれに対抗する為、レジ側の商会らへの締め付けを更に強め、結束を強めているという。


 つまりドルナの反発を力で勝るレジの結束で押さえつけようという魂胆だ。アルフォード商会の王都ギルドへの加盟以来続いている、トゥーリッド商会の疑心暗鬼がレジドルナギルドに前からあったレジとドルナの確執という裂け目を更に広げているという状況。ドラフィルを介した毒消し草の買い占めが、どうやらそれに拍車をかけたようだ。


 トゥーリッド商会はレジ側の商会らへの締め付けを強める過程で、レジドルナの冒険者ギルドを本格的に抱え、今や冒険者ギルドの連中を手勢として飼っている状態であるのだという。その数は五、六十だと記されている。トゥーリッドはそれでは足りないと考えているのか、ムファスタの冒険者ギルドの取り込みを画策していると書かれている。


 これはムファスタギルドのジグラニア・ホイスナーからの報告と一致している。やはり手を打っておいて良かった。笑ったのは王都に最近できたという『常在戦場』という自警団を模して、トゥーリッドがレジドルナの冒険者ギルドを抱えたという話が出回っているという下りで、人の噂はこうも話を変容させるのかと吹いてしまった。


 またレジ側の幾つかの商会が小麦を盛んに買い入れている事も記されていた。おかげでレジドルナでは小麦が五〇〇ラントを超えている状況にあるということで、これは明らかに値が上がることを見越した買い占めだろう。問題はトゥーリッド商会の指令に基づいたものであるかどうかだが、その点については触れられていなかった。


 俺がドラフィルへの返信を書き終えたころ、レティとアイリが帰ってきた。二人ともよそ行きの服装に着替え、用意を調えている。俺は【装着】で商人服を身に纏うと、皆で学園玄関脇にある馬車溜まりに向かった。


 繁華街に到達すると馬車を降り、そのままレティ行きつけのブティックに向かう。当たり前の話だがもう夕方、陽も落ちようとしていた。店にはレティ、アイリ、俺の順に入る。名前を『アライサ・クレーティオ』というのか。前にも来たが、名前を失念していたよ。


 レティは馴染みの客なのだろう。店に入ると中年女性が、すぐにレティについて応対している。この手の店は客が来ると店員がつくのは、どの世界も変わらないらしい。レティと店員が話しているが、店員が困惑している。どうしたのかと思って聞いてみると、どうもクリスの体形についての話のようだ。どんな体型かと店員が尋ねてきたので俺は答えた。


「胸が大きいな」


 ん? ん? なんだ、この妙な空気は。レティとアイリが俺に視線を向けてくる。その視線が妙に冷たい。どうした? 俺は本当の事を言っただけだぞ。


「あの、そうではなくて全身の、といいますか・・・・・」


 全身の。なるほど。一つの部位だけではいけないということか。どうしたらいいのか・・・・・ その時、ハッと閃いた。鎧があるじゃないか。決闘の時に使ったクリスの鎧はまだ預かったまま。あれを出そう。俺は【収納】でオリハルコン製のクリスの鎧を出した。


「これで考えてくれ」


 女性店員はいきなり目の前に出てきた鎧にビックリしていたが、他の店員も駆けつけてみんなであれこれ話をしながら寸法を測っている。俺がどうかと聞いたら、目安にはなるというので安堵した。学園に服を見繕って持ってこられるかと問うと、それはできるという。よしっ、と思った俺は中年の女性店員向かって言った。


「合う服は全部持ってきてくれ。前に買ったことがある二人に合う服もだ」


 そう言って王都ギルドの紋章とアルフォード商会の紋章が一体化した紋章が刻まれたブローチを見せた。中年女性はハッした顔を見せ、挨拶してくる。


「私はクレーティオと申します。この店を共同で経営しております」


 もう一人はアライサという人物か。俺は額は弾むから学園に来る際には最高の服をと頼む。するとクレーティオという経営者は快諾してくれた。良かった、これでクリスの服の件は目処が付きそうだ。詳細な打ち合わせは明日早馬でと告げると、俺は二人と一緒に店を後にした。

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