195 宮廷騎士

リディアがボルトン伯爵家で得た二七〇万ラント。そのカネを母親に預けようとしたところ、父ガーベル卿に見つかってしまい「返してこい」と返却する事を言いつけられてしまった。それを撤回させ、得た報酬を父ガーベル卿に認めさせるミッションは無事に終了。ただ予想はしていたことだったが、ガーベル卿が頑固に抵抗して手こずった。


 リディアは父親から認められたのが嬉しかったのか、母親のところに行くと応接室を飛び出してしまった。応接室に残されたのガーベル家の男三人と俺で話を続けた。


「いやぁ、団長の言われた通りだった」


 長男スタンが感慨深げに言う。


「「アルフォードの者は中々だぞ。経験してきなさい」と言われたが、団長の言葉通り」


 団長? 近衛騎士団だよな。誰だろうか? するとスクロード男爵と返ってきたので、なるほど。そりゃ言うわ、と思った。


「スクロード男爵の家は、私ではない別のアルフォード、私の姉の方がお付き合いを」


 父と長男が顔を見合わせている。


「リサと申しまして、私よりも数理に明るく、経営の才に長けておりますゆえ紹介を」


「もしやボルトン伯爵家と同じ様に男爵家を・・・・・」


「いえいえ。スクロード男爵家はそこまで深刻な状況には。ですが収支で言えば支出圧力が強いとのことで、収支の均衡を図ったと」


「我が娘が計算していたような方法で、ですかな?」


「はい。均衡の分岐点を探るためには様々な計算を成さねばならないゆえ」


 ガーベル卿は何度も頷いた。話によると最近宮廷に於いても貴族の赤字問題、借金問題が話題に上がることが多くなったとの事。


「最近はお金を借りる条件が厳しくなり、場合によっては借りられない事もあるらしい。以前であれば、あまり聞くこともなかった話なのだが・・・・・」


 そりゃそうだ。前だったら払えなくなったら踏み倒して終わりだもん。で、何食わぬ顔でまた借りて借金生活。つまり赤字問題、借金問題は以前からあったが、踏み倒せるので問題とすら認識されなかったわけだ。


 もっと言えば貸す方は踏み倒し前提でベラボウな金利を取り、借りる方はイザとなれば踏み倒せば良いと気にせず借りる。結果、そこでカネが詰まってしまい、世の中に金が回らず経済活動が停滞した。それが以前のエレノ世界の姿。今は金融政策で市井にカネが回り、借金まみれの貴族の元に届かなくなった。つまり構造が逆転したのである。


ひそんでいたものが、あらわとなったに過ぎませぬ。元々存在していたのです」


「では、どうして今、表に・・・・・」


「一つは『金利上限勅令』。もう一つは『踏み倒し禁止政令』。青天井だった金利の上限が定め、利払いが従来に比べ低く抑えられた代わりに、それまで公然と行われていた借金の踏み倒しが禁止された。つまりは低金利と踏み倒し禁止はバーター」


「それがお金が借りにくくなった事と、どう関係が?」


「金利の上限が定められましたので、貸し手の方は相手が返済できる能力があるかどうかを調べるようになりました。確実に返済してもらい、確実に収益を上げるという考え方に変わったのです」


「つまり貸し手が審査をするようになったと」


 ガーベル卿は合点がいったようである。だが二人の息子は話についていけないようで、硬直している状態。おそらくガーベル卿の方は宮廷でこのような話をする機会があるが、二人の息子の方には、そういった機会がなかったのだろう。この手の話は、ある程度聞き慣れていないと理解という点において、大きく差が出るようだ。


「はい。従来なら貸し手は手持ちのカネを貸すだけでしたが、今は他所から低利で借りて、それを人に貸し付け、その金利差で収益を上げるようになりました」


「今はそのような形で利を上げているというのか!」


「この方法であれば貸金業者は手持ち資金を持たず多額の貸し付けを行うことができますが、同時に貸金業者も借財を背負う形となり、確実な返済を求められる事になります。それを確実に履行するためには・・・・・」


「確実に返せる借り手にしか貸せないと・・・・・」


 そういうことなのだ。キチンと支払いのできる人間にしか貸せなくなる。『金融ギルド』の創設は、エレノ世界では通用しなかった現実世界の常識を根付かせたのである。その結果、従来にはなかった考え方が生まれた。


「貴族社会の中にお金が借りられなくなる者という『概念』。すなわち債務超過という『概念』が生まれた訳です」


「債務超過?」


「返済する能力を超えている借金を抱えている状態の事です。以前なら踏み倒せたので借金は無限大でしたが、今は踏み倒すことができないので、家の返済能力を超える借り入れができなくなった」


 ボルトン伯爵家の場合、この状況に陥っていた。借財を減らすため、代々が努力して財産を売り払ってしまったが為にめぼしい資産がなく、資産より借入額の方が多い状況、即ち債務超過であることが明らかになってしまった。だから従来ならできたはずの借金ができなくなり、家が窮地に陥った。


 ところがドーベルウィン伯爵家のように財産を蓄えたままの家である場合、仮に借金があろうとも、それ以上の借金ができる訳だ。借金の裏打ちとなる資産があるため、債務超過に陥りにくい。ドーベルウィン家の場合、資産の換金で年収分に近い現金を確保した上、領内の資産は手付かずであるため、資産を売り払ったボルトン家に比べ十分な余力がある。


「いやはや、大変勉強になった。もし殿下がお聞きになれば、さぞや喜ばれるであろう」


 殿下? 殿下とは一体・・・・・俺はガーベル卿に尋ねる。


「ウィリアム殿下のことでござる」


 ウィリアム殿下! 正嫡殿下の兄、ウィリアム王子か。第一王子ながら側室の子であるがゆえに王位継承者から外れている人物。ガーベル卿の口から出た思わぬ名前に俺は驚いた。しかしガーベル卿、宮中でいかなる立場なのか。


「失礼ですがガーベル卿は宮中でいかなる役を」


「現在はウィリアム殿下付きの騎士を務めておる」


 ガーベル卿がウィリアム殿下付き! 王子付きの騎士ともなれば随分地位が高いはず。なのにどうしてリディアの席次が低いのだ? 更に話を聞くうちに様々な事実が明らかになった。ガーベル卿は元々、国王の側室マルレーネ夫人付き騎士として配属されていたが、マルレーネ夫人の死後、その忘れ形見であるウィリアム殿下付きとなったとのこと。


「たまたまであるが、このスタンは殿下と同学年で、学園時代は従者がおらぬ殿下の元で仕えておった」


「在学中、殿下にお仕えすることができ、光栄でした」


 父ガーベル卿の話を受け、長男スタンは言う。おそらくは学園在学中のこの非公式な働きで、門戸が狭いと言われる騎士団に入ることができたのだろう。しかし国王の子であろうと、側室の子供には従者はつかないという話には驚いた。トーマスとシャロンのような従者制度も謎だったが、更に謎ルールがあって、エレノ世界は無駄に奥が深い。思わずハッとした。


「従者は普通、男女が対となって従っているはず。アルフォンス卿の元にはフィーゼラーともう一人、女従者がいなくては・・・・・」


「グローバー。ジョイス・グローバーという者がフィーゼラーと共に務めておりました」


 やはりアルフォンス卿の学生時代には、トーマスとシャロンと同じ様にグレゴール・フィーゼラーとジョイス・クローバーなる者が従者として仕えていたのだな。サルスディア以来の謎が一つ解明された。俺が従者の話で脇道に逸れていると、仕えているのは長男スタンだけではないと、ガーベル卿が言い始める。


「今は娘がエルザ殿下の御学友としてお仕えし、サルジニア公国に留学しておるところ」


 娘? リディア以外に娘がいるのか。というかエルザ殿下とは? サルジニアに留学とは何だ? 謎のキーワード噴出で頭がパニックになりそうだ。これは一つ一つ確認するしかない。まず娘。ロザリーという名前で現在学園三年生。俺たちよりも二つ上、リディアの姉。次にエルザ殿下とはウィリアム殿下の妹、亡くなった側室マルレーネ夫人の娘。


「学園では三年次、サルジニア公国に高位の生徒が留学する決まりとなっている。私のときはウィリアム殿下でお伴を仰せつかった」


 長男スタンが胸を張る。おそらくスタンにとってウィリアムの元でお仕えした事が誇りなのだろう。


「私のときにはトーレンス侯爵令嬢が留学されていました」


 今年卒業したばかりの就職浪人である次男ダニエルが教えてくれた。トーレンス候といえば国王最側近と言われる内大臣で、国王派であるトーレンス派の領袖。色々名前が出てくるよなぁ。覚えるのも一苦労だぜ。


 話をよく聞くと、どうやらノルデン王国とサルジニア公国との行き来の一環として留学制度があるようだ。ということは俺の学年ならば正嫡殿下か殿下の従兄弟ウェストウィック卿、そしてクリス、あるいは侯爵令嬢カテリーナのいずれかが留学か。まぁ、その頃には現実世界に帰っているから無関係な話。いや、元々無関係な話だ。


 そのとき、俺は何の脈略もなく思い出した。


「ところでダニエル殿。貴方は騎士志望とのことだが、今も変わりは?」


 確か騎士団に入るために今は部屋住み状態なんだよな。


「ない。今は騎士団も募集しておらぬが、時期が来るまで待ちたい」


 就職浪人状態の次男ダニエルは父や兄と同じ騎士の道に歩みたいと考えているようだ。


「一時は騎士団の跡を拠点にしている『常在戦場』という自警団に入ろうかとも考えたが、騎士になりたいと思って、父と相談の上、断念した」


 確かにな。あのむさ苦しい集団とお固いガーベル家の家風とは合いそうもない。


「貴族付きの騎士の仕事であっても、ですかな?」」


「そ、それはもちろん、あれば是非」


「話はある。どうか?」


 次男ダニエルが身を乗り出してきた。

 

「そのような話、あるのですか!」


「ああ。以前聞いた。長年仕えた騎士が引退するので、未経験の若い騎士を探しているとのこと。一から仕込みたいとの事のようだ」


「そのような仕事が! 近年は騎士の募集も少ないというのに」


 父ガーベル卿も前のめりになる。俺は次男ダニエルに本気であるかどうかの確認を取った上で、話を聞いてから時間が経っているので今も募集しているかは不明であること、もし募集していても採用の成否は相手次第である事を告げた。


「是非、是非にもお願いしたい」


 ダニエルは頭を下げてくる。騎士になりたいという決意は本気なのだろう。俺は了解を取って魔装具を取り出し、リサを呼び出した。


「デスタトーレ子爵家で騎士を募集しているという件、あれは有効か?」


「少し前、デスタトーレ子爵ご夫妻にお会いした際にまた頼まれたから、まだ決まっていないと思うわよ」


「こちらの方で騎士志望の人物がいる。確認の上、セッティングを頼めるか?」


「分かったわ。早急に対処するわ」


 リサは魔装具を切った。顔を見合わせるガーベル卿と子供たち。


「アルフォード殿。なんと言ってよいのやら・・・・・」


「ガーベル卿。まだ決まったわけではありません」


 どう見ても早とちりしていそうなガーベル卿をなだめていると、応接室のドアが勢いよく開いた。リディアが戻ってきたのだ。その顔を見ると晴れやかである。おそらく母親とひとしきり喋ってウサを晴らしたのだろう。リディアが俺の隣に座ると、ガーベル卿がリディアを見た。


「リディアよ。お金を持つ以上、お金で道を踏み外すような事があってはならぬ。心しておけ」


「お父さん。もし私が道を踏み外せば、教会にすべてを寄付します」


 娘の言葉にガーベル卿は驚いた顔をする。


「グレンはこの前、五〇〇万ラント大聖堂に喜捨していたし」


「・・・・・」


 にっこり笑うリディアに応接間にいる全員が固まった。俺も固まる。というか今ここでその話を言うか。リディアよ、もう少し場を考えようぜ。そう思ったが、懸案が解決して喜んでいるリディアを見ると、何も言えない。まぁ、そこがリディアらしいのだが。話を終えた俺とリディアはガーベル家の人々に挨拶をして、馬車で学園に戻った。

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