192 件(くだん)の女子生徒の説明会
「グレン。お母さんから手紙が届いたよ」
前の日、最悪のテンションだったリディア。そのリディアだが、母親の手紙を見たからか少し元気になっていた。
「昨日の夕方に届いたのよ。早かったわ」
そりゃ早いよ。だってリディアの封書を届けた早馬。リディアの母親が返信を書くまで待機していたのだから。そんな贅沢な人の使い方、貴族でもしないとレティに指摘されたことがある。まぁ、電話すらない中で最速を目指すにはそうするしかないのだ。リディアは母親からの手紙を俺に差し出してくれた。
「明日か・・・・・」
リディア母の手紙を読むと、リディアの父ガーベル卿という人物は本当に厳格な人物のようだ。毎日の日程が全て事前に決まっており、寸分違わず遂行している感じであるからだ。平日初日、二日、三日、四日、五日。それが週毎全て同じスケジュールというのはそうそうできるものではない。俺も大概ルーチンワーカーだが、ここまでくればもう苦行だ。
そのガーベル卿。毎週三日目は宮中出仕の時間が早く、そのせいか帰宅時間も早く十五時には帰宅しているとのこと。よし、この時間に合わせて訪問しようか。
「リディア。明日の昼以降時間を空けておいてくれ」
「どうするの?」
「一緒にガーベル家に行くぞ」
俺の言葉にリディアが固まっている。いきなり訪問すると思っていなかったのか。
「で、でも・・・・・」
「心配するな。お父さんなら大丈夫だ」
「ど、どうやって・・・・・」
「宮仕えには、宮仕えに効くやり方があるんだよ。話すのは俺だ。安心しろ」
動揺するリディアに念を押す。どうもリディアにとって父親は絶対的なものであるらしい。小さい頃から絶対的父性に晒されたらそうなってしまうのか。ガーベル卿は俺とは全く違ったタイプの父親なのだろう。ならば父親として会わず、出仕者として対峙すべきだ。開始の教官がやってきたので一限目が始まる。リディアとはそこで話は終わった。
「おい、アーサー昨日のあれはやり過ぎだぞ」
昼休み、いつものようにアーサーと向かい合わせで昼食を摂っていた。その席で昨日の正嫡殿下に俺を売っぱらった事を抗議をしたのである。
「だって仕方がないじゃないか。事実だし」
「それは否定はせんが、あそこまで売っ払われると俺が困る」
そうなのだ。正嫡殿下アルフレッドの問いかけに、自重するどころか薪を焚べるが如く話を広げ、俺の逃げ場を失わせたのである。それではあまりに俺がかわいそうではないか。
「いやぁ、悪かった悪かった」
アーサーは笑いながら返してきた。全く悪いと思ってないだろ。
「だったら、お前の家の便箋をくれ! それでチャラだ」
「はぁ?」
意味が分からぬといった感じのアーサー。俺はリディアとその父であるガーベル卿との顛末を説明する。その上で明日俺がガーベル家に向かうから、挨拶状にボルトン家の便箋を使いたいのだと話した。
「なんだ、そういうことか。だったら使えよ」
合点がいったと、アーサーは快諾してくれた。そもそもガーベル嬢はボルトン家の為に働いてくれたではないか。それゆえに不興を買うとあってはボルトン家の矜持の話となるとアーサーは話す。だからこの件での協力は惜しまない、何でも言ってくれと力強い言葉まで貰った。
ボルトン家の便箋と封書を受け取った俺は、急ぎ挨拶状を
――放課後。貴賓室にはコルレッツ退学に関する俺の説明を聞くため、一連の決闘に関わった者たちが集まった。呼びかけ人である正嫡殿下アルフレッドと正嫡殿下の従者であるフリックとエディス。アーサー、カイン、ドーベルウィン、スクロードの詰問組。アイリとレティ。クリスと二人の従者、トーマスとシャロン。そして子爵の三男ディールと従兄妹のクラートの十四人。
対して事情説明する側に立っている俺はフレディを連れてきた。特に教会関連の話はフレディでなければ説明できない部分もある訳で出席は当然の事である。本当はもう一人の関係者であるリディアも連れてこなくてはならないのだが、ガーベル卿との話でそれどころの話ではないので、本人との話し合いによって参加を見送ることにした。
「ではアルフォード。皆の前で説明を」
全員が揃ったのを確認した正嫡殿下が俺に促した。今回集まった者はコルレッツの話に関して、聞いている者いない者がおり、その全容に関してはまだ誰にも話していないので、一から説明を始める。
コルレッツが本来学園に入学する予定がなかった事を伝えた上で、コルレッツ家が通うナニキッシュ教会の司祭サルモンが、私欲の為にコルレッツを『神の巫女』に仕立て、コルレッツが教会推薦を得て学園に潜り込んだ事や、その代償としてコルレッツ家は多額の借金を背負い、家が破綻寸前の所にまで追い込まれていた事を話した。
「コルレッツがそれを全部仕込んだの?」
皆が呆気にとられる中、レティが厳しい口調で問うてきた。本当に嫌いなんだな、レティは。
「いや、そうではない。本人は諦めていたようだからな。兄のジャック・コルレッツの話では」
俺が否定すると、代わりにフレディが説明してくれた。ナニキッシュ教会のサルモン司祭がコルレッツの学園入学願望を利用して、コルレッツ家からの収奪を図ったものである事を簡潔に話したのである。
「どうしてそこまでしなければならなかったのだ」
「サルモン司祭にはお金が必要だったからと父が言っておりました」
カインが理解し難いという表情で聞いてくる。それを受けフレディが答えたのだが、カネの話なので、俺がフレディに代わって話を続けることにした。教会の恥をフレディの口から直接話させるのはどうかと思ったからである。
「サルモン司祭は権利者にカネを払って教会に赴任してきた者。故に多額のカネが必要だった。デビッドソンの父デビッドソン司祭によれば、コルレッツ家の背負った六〇〇万ラントの内、『神の巫女』認定や学園推薦獲得の為に三五〇万ラントが宗派内の工作に使われ、残る二五〇万ラントがサルモン司祭の懐に入った形となっている、とのことだ」
本室はどよめいた。教会で起こった不正。その手法の話はなかなか衝撃的であったようだ。
「きっかけはデビッドソンが教会関係者でもないにも関わらず、教会推薦を得てコルレッツが学園入学していることを掴んだことだった」
「その件を不審に思った父が内偵を進めた結果、明らかになったのです」
俺の後を受けて、フレディが上手に答えてくれた。
「その問題を解決するため、決闘前に姿を消されたということですか?」
「その通りだ」
「本当は父の知らせを受けて、すぐ動く予定だったのですが、コルレッツとの決闘の詳細が決まるまで待った為にギリギリとなってしまったのです。結局オルスワードにやられた・・・・・」
俺がクリスの質問を受けると、すぐにフレディが詳細を話した。しかし、あの時のオルスワードから焦らされた件、フレディはまだ目に持っていたんだな。アーサーが聞いてきた。
「それでコルレッツ家の方はどうなったのだ」
「大丈夫だ。借金は全てコルレッツ本人に背負わせた」
「そんな事ができるのか!」
ドーベルウィンが驚いている。俺はタネを明かす。
「コルレッツ家とコルレッツを別の家にすれば可能」
「そ、それは・・・・・」
フリックは気付いたようだ。よく知っているな。
「コルレッツ家はコルレッツを『絶縁』した」
皆『絶縁』という言葉に沈黙した。このエレノ世界において『絶縁』とは社会からの放逐に等しい処分であるからだ。絶縁となるとまず籍から抜かれる。故に手続きに籍が必要な事、カネを借りる事も家を借りる事も容易ではなくなるのだ。普通に働くことも難しい。
何故なら全ては「家」の信用で社会が動いているからで、カネを借りるのも「家」ならば、部屋を借りるのも「家」。雇用も「家」の保証があればこそ。この「家」という裏打ちが全て消されるのである。誰もが知っている厳しい処置、それが『絶縁』である。
「『絶縁』させたのね」
「『絶縁』したんだ!」
レティは容赦なく毒を吐く。人聞きが悪いが、事実だから反論できないのが悔しい。
「『絶縁』しなければ、コルレッツ家が潰れてしまうところでした。コルレッツの七人の兄弟姉妹も路頭に迷ってしまう」
「・・・・・」
フレディの説明にレティは沈黙した。レティの言ったことが事実なら、フレディの言っていることも事実。問題は事実をどう考えるのかである。
「コルレッツは兄弟姉妹らに慕われていた。両親も情があり『絶縁』の決断を中々下せなかった。それを今日は来ていないがガーベルが説得して実現させた」
「どうやってそれを・・・・・」
クラートが聞いてきたので、俺が話そうとすると代わりにフレディが答えた。
「「グレン・アルフォードを信じてください」とコルレッツの両親を説得した。あと『絶縁』と同じ様に『復縁』もできると説明して」
「ガーベルの手前、コルレッツに関して責任を持たなくてはならなくなったということだ」
「どのように責任を持つのだ?」
カインが指摘してくる。なかなか厳しいところを突くな、カイン。
「コルレッツの債務は俺が負った。回収は貸金業者が行うことになっている」
「『緊急支援貸付』と同じ方式ですね」
俺の話にクリスが即座に返してきた。流石はクリス。いつもながら頭が回る。部屋には疑問の声が上がる。誰も知らないので当たり前か。そこでクリスが『緊急支援貸付』の仕組みについて説明すると、ディールとクラートが驚きの声を上げた。
「あれ全部アルファードのカネだったのか・・・・・」
「全ての金額を出していたなんて・・・・・」
「まぁ、こちらが責任を負う形でやるのが、一番スムーズな方法だっただけだよ」
二人に向かってそう話した。話題が逸れたので俺は本題に戻す。
「コルレッツ家から『絶縁』されたことで、保護者がいなくなったコルレッツは在学資格を失った」
「教会はサルモン司祭の不正が明らかになったとして、コルレッツに出されていた『神の巫女』の認定を取り消した。この取消に伴い、学園に出されていた教会推薦も取り消され、教会側が学園に通知した」
「なるほど。だから学園はコルレッツを退学処分にしたのだな」
俺とフレディの話を聞いたアーサーは納得したようだ。皆も一連の流れについて理解できたようである。これまで黙って話を聞いていた正嫡殿下アルフレッドは、椅子から立ち上がって言葉を発した。
「アルフォードよ。よく解決してくれたな。決闘と合わせ大変な苦労を掛けた」
頭を下げる俺。すると殿下はこちらに近付いてくる。
「アルフォードよ。これは君のような者がつけるに相応しい」
殿下はそう言いながら俺の左手を取り、手の平に指輪を乗せた。
「こ、これは・・・・・」
群青の光沢を放つ指輪。そう、これは『勇者の指輪』だ。
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