188 風雲ムファスタ
高級レストラン『ミアサドーラ』で俺は、フレディとリディアと共にコース料理を食べて大いに語らった。よく考えたら三人でこんなにゆっくりと会食するなんて初めてのこと。二人のテンションが異様に高い。若いってのは本当にいいものだと痛感する。かく言う俺もここでは十代。いつの間にやら随分楽しんでいることに今更ながら気付いた。
結局『ミアサドーラ』に三時間も滞在した俺たちは馬車で学園に戻った。リディアはデザートまで食べられたとすごく喜んでいる。一方、フレディの方はケルメス大聖堂に提出する報告書の事で頭が一杯のようだ。書いた報告書を見せるから、その時に情報を頼むよ、と言われたので快諾する。馬車が学園に到着すると二人と別れ、俺は受付に向かった。
受付に到着すると、貼られていた紙に驚いた。「諸般の事情により学園は今週いっぱい休学になります」と書かれているではないか。何を考えているんだ、アイツらは。本当にどうしようもない連中だ。そんなことを思いながら、俺は受付で手紙を受け取った。
今日は俺宛の封書が三通届いている。一通はグレックナーの妻室ハンナから、もう一通はワロスの娘マーチ・ワロスから、そしてもう一通はムファスタギルドの会頭ホイスナー。最近封書がやけに多い。俺はまずハンナの封書を開けた。
先日『レスティア・ザドレ』で持たれた会合のお礼が丁寧に書かれていた。流石はハンナ。上品だ。俺が提案したように実家であるブラント子爵の鉱山に出資し、鉱山開発組合の代表者に就任したそうだ。そして卸先をランドレス派の互助会から、『投資ギルド』を介して金属ギルドに変えることができたとの事。
俺が言った通り、まずブラント子爵が派閥会合で「借金苦で鉱山を売った」と話し、次にハンナを代表とする鉱山開発組合から派閥互助会に取引停止を通知。ブラント子爵は何食わぬ顔で派閥会合に出ると、ランドレス伯以下、誰も何も言わなかったと書かれている。
一番笑ったのはブラント子爵が「形は変わってしまいましたが、今後とも宜しくお願いしたい」と頭を下げると、相手側が「こちらこそよろしく」応じたという下り。圧されているがなランドレス伯。ブラント子爵は大いに喜んでいたとのことで、これでハンナの顔も立っただろう。良かった良かった。
次に開いたのはワロスの娘マーチ・ワロスからのもの。簡素で事務的な文面だ。こちらは『緊急支援貸付』の件。学園生徒会への融資委託の話である。期限の半年に迫っているので来訪して欲しいと書かれている。最後に『信用のワロス』前の立て看板を見てくださいね、と謎の文言が書かれていた。そういやあったよな、確か。まぁ一度、顔を出そう。
最後に開けたのはムファスタギルドの会頭ホイスナーからの封書。レジドルナの冒険者ギルドが、ムファスタの冒険者ギルドに対し、しきりに勧誘しているらしい。ところが過去にレジドルナの冒険者ギルドからエライ目に合わせられたので、断っているとのこと。
(レジドルナの冒険者ギルド・・・・・)
確か、リサとレティがレジドルナに入り込んで、トゥーリッド商会が冒険者ギルドのゴロツキを飼っているとか言っていたな。この妙な工作の後ろには、トゥーリッドが絡んでいる可能性がある。今、ムファスタの中でトゥーリッドの息のかかった連中を作るのはマズイ。俺はすぐさま魔装具で連絡を取った。
「ディーキン。コルレッツの件、礼を言うぞ」
「いやいや。おカシラも決闘で大変だったそうで」
いきなりの連絡にも関わらず、フランクに対応してくれるディーキン。既に『常在戦場』の事務長という職以上のものを求めているのだが、本当に能力が高い。
「いきなりなんだが、ムファスタの冒険者ギルドについて知っているか?」
「知らない訳じゃありませんが、どうしたんですかい」
俺は早速事情を話した。するとディーキンが笑い出す。
「おカシラ。レジドルナの冒険者ギルドってのは、冒険者ギルドの世界で最も卑しいギルドなんですぜ。あいつら依頼した仕事のカネを払わねえばかりか、逆に金品を向こうから要求する最低のゴロツキですわ」
なんじゃそりゃ。話にもならん連中だな。ムファスタの冒険者ギルドが嫌がるわけだ。ムファスタの冒険者ギルドの登録者は多くはなく五十人にも満たない規模らしい。ただ西面が国境が近いということもあって、仕事が比較的安定してあるとのことで、メンバーの入れ替わりも少ないとのことだった。
「で、おカシラのお望みは?」
「ムファスタの冒険者ギルドをギルドごと雇いたい。警護の仕事だ」
「ええっ!!! カシラ、よろしいんですかい、そんなこと」
「丁度な、ラスカルト王国との商売のやり取りがある。輸送の警護だ。レジドルナのゴロツキがチャチャを入れてくる可能性だってあるからな。用心棒だよ」
南のディルスデニア王国の道には障害はなさそうだが、西のラスカルト王国の道はレジドルナに繋がっている。現段階で妙なチャチャ入れしてくるくらいだから、後々何をやってくるのかを想像すれば、ここは先手を打っておいたほうがいい。
「話を纏められる適任者はいるか?」
「居るにはいますが・・・・・」
なにか問題があるのか?
「費用のほうが・・・・・」
なんだ費用か。それだったら銭は出せばいいじゃないか。簡単な話だ。
「どれぐらいかかる」
「五〇〇万ラント程度は・・・・・」
「よし、出すぞ。責任者に手渡すから日取りが決まったら言ってくれ」
「いいんですかい!」
「ああ、いいよいいよ。高速馬車を飛ばしてすぐに実行に移して欲しい」
「おカシラ。わかりやした! 詳細が決まり次第連絡しますぜ」
グレックナーにも宜しく伝えてくれ、俺はそう言って魔装具を切った。いやはやディーキンは電光石火だな。凄いわ。俺とは能力に差がありすぎる。大したもんだぜ。
ホイスナーからの手紙には続きがあった。めくって読むと、ムファスタの小麦の価格が高騰していると書かれていた。既に二五〇ラントに達しているとのことで従来の相場値七〇ラントの三.五倍だ。ホイスナーがドルナの商人ドラフィルから聞いた話ではレジドルナは三五〇ラントでこちらは五倍。首都の二〇〇ラントを大きく上回っている値動き。
(いよいよ凶作が全土に周知される事になるか・・・・・)
俺が異変を察知して三ヶ月以上が過ぎようとしていた。
――俺がロタスティの個室に入ったのは十八時前のこと。書面を
「遅れてすまない」
俺が言うとクリス、トーマス、シャロンの三人はにこやかに出迎えてくれた。何か俺に言いたいことや聞きたいことがあるようだ。俺が部屋に入るのに合わせて給仕がコース料理を配膳してくる。するとクリスが乾杯しましょうというので、全員がワイン片手に立ち上がった。
「決闘の勝利を祝して乾杯!」
クリスの音頭で乾杯する。ささやかな乾杯だが、皆楽しそうだ。トーマスにとってもシャロンにとってもこの席が一番楽なのだろう。食が進んだところでトーマスが俺に聞いてきた。
「あの空の裂け目の中の像。グレンは知っているんだよね」
やっぱりその話からか。そりゃそうだよな。
「あれは『太陽の塔』っていうんだ。俺が生まれる前に作られた四つの顔を持つデカイ像だ」
「四つ? 二つじゃ・・・・・」
「背中に一つ。地下に一つ。合わせて四つの顔を持つんだよ」
シャロンの疑問にそう答えた。なんで詳しいのかと聞かれたので、小学生の時の自由研究が「太陽の塔」だったんだ、と答えると小学生って何? 自由研究って何? とすぐに話が広がってしまう。で、全部説明すると「グレンの世界って学校生活が長いんだね」とか「授業の種類が多いね」という感想が返ってきた。続いてクリスが聞いてくる。
「どうしてあんな像が造られたのですか?」
「昔、万博博覧会という人類の様々な知識や技術を披露する場があって、そこのシンボルとして作られた。万博博覧会のテーマは「進歩と調和」だったんだけれど、作った人は「人類は進歩なんかしていない!」って言い放って、あの像をデザインしたらしい」
「お、面白いです。その人!」
クリスは目を輝かせた。ええええ、岡本太郎が面白いのか、クリスよ。
「取り繕わない姿勢が素晴らしいですわ。だからあのような迫力のあるものを作られたのですね」
驚いた。まさか異世界で岡本太郎を評価する人物と遭遇しようとは。クリスには何かを感知するセンスというか感性があるのだろう。俺には全くないものだ。ピアノを弾くのに必要なんだよな、こういう感じる心が。そんな事を思いながら、俺は今日の本題を切り出した。
「実はな、モンセルにいるアルフォード商会の番頭からサルスディアにギルドを作りたいという相談を受けているんだ」
「ギルド、ですか・・・・・」
商人界隈のことに詳しくないクリスに説明した。ギルドには産業別の「職業ギルド」、取引商人が組織する「商人ギルド」、特定分野の「出資ギルド」の三つあって、サルスディアにそれまでなかった「商人ギルド」を設立するという話なのだと。
「王都ギルドと同じようなものを、とのことですか」
「ああ、そういうことだ」
クリスの話を肯定した。するとトーマスが聞いてくる。
「メリットは何ですか?」
「ギルドができれば、取引商人が増えて商いが活発になる。つまり、街で扱われる商品が増えるって事だな」
「ではデメリットは?」
「寡占だ。ギルドで握って価格を決めたり、商取引の流通をコントロールしたりすることができるようなる。あと、ウチが中心に設立するから、ウチの影響力が強まる」
「構いませんわ」
クリスが言った。ええええええ、いいの、クリス?
「他の都市でも成功させているアルフォード商会ならば、サルスディアでもきっと上手くいくでしょう」
「クリス・・・・・」
「その代わり約束して下さい。サルスディアを今よりも更に発展させるように」
「分かりました。その言葉肝に銘じ、モンセルの我が番頭に伝えます」
クリスは俺の応対を見てか、クスリと笑った。改まってモノを言う姿勢が面白かったのだろう。今度はクリスの方から報告があるという。なんだろうか?
「『
その言葉に合わせてトーマスがテーブルの真ん中に包丁セットを置いた。牛刀、菜切包丁、出刃包丁、三徳包丁、小型包丁の五本。全て刃文が浮かんでいる。間違いなく『玉鋼』で商人刀を作った技法で作られている。
「既に王都のお店に卸されているそうです」
クリスはすごく嬉しそうだ。クラウディス地方のトスにあるアビルダ村で生産されている『玉鋼』。この鉄を使って、ノルト地方の包丁技術で刃物を作る。クリスのアイディアが現実のものとなったのだ。一番初めに出来上がった包丁はクラウディス城の厨房に納められたらしく、コックからは切れ味が非常に良いと上々の評価を得たとの事である。
「良かったなぁ、クリス」
この包丁が本格的に流通すれば、アビルダ村の人々は大いに喜び、クリスをより敬うだろう。しかし自領内の事を真剣に考えているからこそ出てきたアイディアな訳で、尊敬に値する。クリスが俺に言ってきた。
「トーマスから話を聞きました。なんでもグレンは学園の隣の屋敷を所有されているとか」
あ、その話か。俺はなぜかホッとした。よく考えたらトーマスは屋敷裏の砂場でグレックナーと一緒になって、俺の特訓に協力してくれていたもんな。まぁ、屋敷のことをクリスが知るのは当然の流れか。
「あの・・・・・」
クリスが珍しくモジモジしている。一体どうしたんだろうか。
「お、お、お邪魔させて頂いても宜しいですか」
なんだ、そんなことか。それを言うために・・・・・ 可愛いところあるよなクリスは。普段の冴えた思考や悪役令嬢モードの時とは大違いだ。昨日のリサの話っぷりだったら、工事も一段落ついたようだし、大丈夫だろう。クリス達の訪問話は明日の朝、鍛錬の時にリサに言えばいい。
「ああ、是非とも。なんなら明日招待しようか。何もないけれど」
「はい! 明日行きます!」
クリスは元気よく返事をした。トーマスもシャロンも頷いている。二人とも嬉しそうだ。こうして明日、三人を黒屋根の屋敷に招待することになった。
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