187 異世界の扉

 昨日の決闘仕置で、教官全員に立木打ち三百回を科した結果、誰一人学園にやってこない椿事が発生した。これによってまさかの学園自体が自主休学してしまった格好となったので、俺はフレディとリディアを誘ってケルメス大聖堂に向かった。


「コルレッツが学園から退去したぞ」


 学園の馬車溜まりで馬車に乗り込んだ俺はその場で言った。


「えっ、ホントなの」


「ああ。どうも再決闘の件でコルレッツへの対応が後手に回っていたようだな」


 リディアの問いかけにそう答えると、『常在戦場』事務長ディーキンからの封書の話を二人に話した。内容はコルレッツ家の『絶縁』と、ケルメス大聖堂からの教会推薦無効通知によってコルレッツの退学が決まったこと。フレディが学園に提出した書類の中にあった債務通知と就職斡旋を、コルレッツが受け入れて学園を出たことについてである。


「コルレッツもようやく観念したんだね」


 フレディは感慨深そうに語った。確かに三ヶ月くらい、断続的に続いていたもんな、この話。リディアが不安そうに訊ねてくる。


「後の暮らしはどうなるの?」


「働く先は支度金と住居を用意したそうだ」


「し、支度金!!!」


 フレディが驚いている。まぁ、コルレッツが働く所がどんなところなのか、イマイチ分からないだろうから驚くのも無理はない。


「相手さんはコルレッツに是非戻ってきて欲しい、と言っていたぐらいだからカネや住居用意するぐらい安いものなんだよ。実際、店に出るのに服や用意でカネがかかるし」


「そこまでって、本当に凄いね」


「ああ。勤務態度も真面目だったらしいし、頑張ったらそんなに時間がかからず借金も返せるだろう」


「良かったぁ」


 リディアは話に安堵の色を浮かべている。コルレッツ家の人々を一番説得してくれたのはリディアだ。だからコルレッツのその後についても心配しているのである。


「だから今日は、コルレッツの件のお礼を兼ねてのケルメス大聖堂行きなんだ」


兼ねて・・・、ということは他にも理由があるよね」


 流石はフレディ、察しがいい。この数週間でカンに磨きがかかったようである。


「昨日、闘技場の天空が裂けたあの件について聞いてみようと思う。ケルメス大聖堂のラシーナ枢機卿ならばなにかご存知のはず」


「こっちがメインだったんだね」


 フレディが笑いながら答えを言ったところで、ケルメス大聖堂に到着した。ねぇ、何から始めるの? とリディアが言うので「喜捨」から始めると答えると、だったらまず受付だね、という事になって、大聖堂の受付に向かった。


「五〇〇万ラント」


 受付で喜捨の額を問われたので答えた。


「あの、もう一度お願いします」


「五〇〇万ラント」


 どうも要領を得ていないようなので、【収納】で大金貨五十枚を出した。すると受付で対応してくれている女性は「この金額は・・・・・」と聞いてきた。


「五〇〇万ラント」


 そう答えると、受付の女性は慌てて奥に向かって走り出した。


「グレン・・・・・ やっぱりやり過ぎだと思う・・・・・」


「私もそう思う」


 後ろにいたフレディとリディアが呆れたように言ってきた。三〇〇万ラントでは少ないかと思って五〇〇万ラントにしたのだが・・・・・ カネの単位というのは大体、一、二、三、五、十だからな。だから三〇〇の次は五〇〇なんだよ。


「この程度だと思ったんだが・・・・・」


 そう返したら受付の女性が人を二人ほど連れて戻ってきた。見ると一人はラシーナ枢機卿だった。


「アルフォード家の・・・・・」


「グレンと申します」


 ラシーナ枢機卿は横にいる人物と話をすると、俺たちを別室へと案内した。そのときフレディとリディアを見て、驚いて彼らの姓を呼んでいたので、二人とも手続きの際に顔合わせをしたのだろう。


「今回の喜捨は・・・・・」


 着座するとラシーナ枢機卿は訊ねてきた。ラシーナ枢機卿の隣に座る人物はアリガリーチ枢機卿だとの事。ラシーナ枢機卿よりかは若い人物、とは言っても中年だが。


「先日の一件。無事に解決しましたので、その気持ちということで」


 ラシーナ枢機卿はフレディの方をチラチラ見ている。


「しかし、あの件は教会にとっても・・・・・」


「チャーイル教会のデビッドソン司祭のお力添えも含め、正していただいた事への感謝の気持ちということでお受け取りを」


 俺はラシーナ枢機卿の言葉を遮った。今更教会内の不正について説明されても俺に益がある訳じゃないし、相手にも利があるわけではない。フレディは俺の顔をジッと見ている。おそらく心配しているのだろう。ラシーナ枢機卿はアリガリーチ枢機卿と顔を見合わせ、お互いの意志を確認すると「ではお気持ちということで」と喜捨の受け取りを了承した。


「実は一昨日、学園で決闘を行っておりますと、上空が裂けて真っ黒な天が現れたのですが・・・・・」


「なんと!」


 俺の話の途中で二人の枢機卿は声を上げた。アリガリーチ枢機卿が血相を変えて俺に問い正す。


「それはどのように起こったのですか」


「対戦相手の魔導師が「結界開闢ひらけゴマ」と唱えました」


「・・・・・」


 ラシーナ枢機卿が俺の説明に絶句した。教会側は何が起こったのか知っているな。


「何かご存知で?」


 問うとラシーナ枢機卿とアリガリーチ枢機卿がお互いの顔を見合わせる。しばらく後、意を決した表情をしたラシーナ枢機卿が話す。


「それは・・・・・ 召喚の儀式。ですが神殿以外でそのような・・・・・


 召喚の儀式だと! まさかオルスワードはそれを知っていてあの呪文を唱えたのか。アリガリーチ枢機卿が聞いてくる。


「しかし、唱えるだけでは絶対に不可能なはず。何が起こったのですか?」


「相手の唱えた『魔眼』を魔法結界で跳ね返し、その者自体が『魔眼』にかかった状態となり・・・・・」


「暗黒面に落ちたのか・・・・・」


 暗黒面・・・・・ アリガリーチ枢機卿の話は的確かもしれない。


「『死人』から『屍術師ネクロマンサー』に、そして『呪術師チャーマー』に変わったのですから、そうなりますよね」


 二人の枢機卿の顔色は更に悪くなった。オルスワードがやったことは当たり前の話だが、相当問題がある行為だったようだ。


「古代魔法・・・・・」


 ラシーナ枢機卿は呟くと解説してくれた。古の時代、魔術師は異世界の扉を開ける術を編み出したが、魂を失うという代償を払わなければ実現できなかったので、代わりに教会で儀式化して術そのものは禁止されたそうである。以後、召喚は教会で厳しく管理されることになり、召喚を行う時期も厳正に取り決めが行われるようになったのだという。


「どうしてそこまでして召喚しようとするのですか」


「言わばこの世界の空気を変えるためです。いつまでも同じ空気であれば淀むということで、他所の世界から魂をお招きするというのが本来の目的。間違っても利己の為に使うことがあってはなりません」」


 アリガリーチ枢機卿は召喚の儀式についてそう語った。教団内では召喚についてそれなりに厳しく自制しているようである。俺は確信した。オルスワードはすべてを知った上で、『魔眼』を己に掛けてゲートを開けたのだと。


「招いた魂は最終的にはどうなるのですか?」


「役目を果たされれば、魂はお帰りになります。全てではございませんが・・・・・」


 はぁ? 勝手に帰るだと? その根拠は何なのだ。しかも全てではないと。俺は答えてくれたラシーナ枢機卿に改めて問うた。


「全てではないとは?」


「自らの意思で残られる魂もおられるとの由。宗派ではそのように言い伝えられております」


 ケルメス宗派では召喚によって招かれた魂は役割が終われば元の世界に帰るが、一部の魂はこの世界に帰るという。要は現実世界に帰るか、エレノ世界に残るかは自分で決められる。しかしそんな安易な話、とてもではないが信じられん。大体、根拠そのものが不明。よく信じられるな、そんな話を。


「しかしこれは、決闘の詳しい模様を学園に問い合わせねばなりませぬな」


 アリガリーチ枢機卿がラシーナ枢機卿に話している。


「今、学園に問い合わせても返ってきませんよ。決闘仕置で打ち込みを三〇〇回行って、筋肉痛でみんな欠勤していますから」


フレディの話に二人の枢機卿は驚き、その経緯を聞いて呆れ果てている。アリガリーチ枢機卿は溜息をついた。


「どうやら学園の教官はアテにならぬようですな。我が教会の者と同じく」


「いやはや困ったものだ。どのようにすれば・・・・・」


 その言葉を受けたラシーナ枢機卿は困惑している。が、しばらくして顔を一変させ、明るい表情となった。何か閃いたのだろう。ラシーナ枢機卿は口を開いた。


「フレディ・デビッドソン。君に学園の決闘で起こった事象について、ケルメス大聖堂に詳細な報告書を提出せよ」


 いきなりの命令にフレディは呆気にとられている。いやはや俺もビックリだ。


「アルファード殿。ついてはデビッドソンに決闘の模様を教示していただくお願いしたい。よろしいですかな」


 そう言われてはフレディの手前、受ける以外に途はない。俺はフレディに協力する条件を提示した。それはこの件限定で教会代理人として、学園に対し振る舞う権限の付与だったのだが、ラシーナ枢機卿は満面の笑みを浮かべ快諾した。


「よろしくお願いしますぞ」


 こうして俺はフレディと共に対学園教会代理人に任じられたのである。ラシーナ枢機卿はご丁寧にも学園側に提示できる委任状まで渡してくれた。これは真剣に報告を提出しなければならないな。俺はフレディと顔を合わせ頷いた。


 ケルメス大聖堂を離れた俺たちは繁華街に向かった。高級レストラン『ミアサドーラ』に入るためである。俺がケルメス大聖堂に誘ったことでフレディに大きな課題を背負わせてしまった事と、つまらない話にリディアを巻き込んでしまった事へのお詫びの気持ちを含めた昼食会だった。


「いやぁ、教会から大きな課題を与えてもらったよ」


「こんな素敵なお店に連れてきてくれるなんて」


 しかし意外や意外、本人たちはケロリとしたもので、俺の心配は杞憂に終わった。ケルメス大聖堂を出た後、馬車で静かだったのは、これからどこに行くのだろうと想像していたかららしい。だったらその場で言ってくれよ。


「この報告で枢機卿から認められたら、後が楽になるからね」


 フレディは嬉しそうに話した。報告書が認められると、将来受けるであろう司祭試験で試験の一部免除が行われるらしい。こんなチャンス滅多にないよと大喜びだ。対するリディアは枢機卿からあんな大切な話を直接聞けるなんてと、はしゃいでいる。本当にミーハーなんだな、リディアは。まぁ、喜んでくれているのであればいいだろう。


 俺たちはコース料理を食べながら、嵐のようなこの数週間を思い出し、大いに語らった。フレディもリディアも楽しそうだ。二人ともよく話し、よく笑う。俺といると、いつもスリリングらしい。こんなのが続いていたら、これからの人生持たないよ。俺はそう答えた。だって君たちの人生、トータル五十三の俺とは違って、これからが本番なのだから。

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