182 紅に染まる太陽の塔
「
敗北必至のオルスワードがフザけた呪文を唱えると、闘技場上空が紡錘形に裂けた。裂けた中には漆黒の闇があり、真ん中に赤い光を放つ太陽の塔が異様なまでの存在感を示している。この世の終わり。まさにその言葉が最も似合う、恐るべき光景が俺たちの頭上で展開されていた。
闘技場の悲鳴は止まらない。誰も見たことのない光景が、自分達のいる上空にいきなり現出したのだから、怯えるのは当たり前だ。かく言う俺もあまりのショックで、腰が砕けでリングの上にへたり込んでしまった。足が笑うとはこんな感覚なのか。
「【
このような状況下、アイリは果敢に最上級回復魔法をオルスワードに唱えた。するとオルスワードの体力がプラスに転じる。へたり込んでいだ俺は、これで終わった、いや終わってくれと願った。しかしオルスワードの体力が増えてもオルスワードは倒れない。
「た、体力がゼロになっても倒れない・・・・・」
「ど、どうして・・・・・」
俺の言葉にアイリの声が震えている。オルスワードの魔法展開で、またしても体質が変わってしまったのか。次のターンであるレティに目を転じると、俺と同じ様に足元から崩れてしまって、茫然と天を見上げていた。あの小悪魔レティが見たこともないくらいに動揺している。今のレティ、とてもではないが戦える状況ではない。
「グ、グレン・・・・・ あれは、何?」
メゾソプラノの声が俺に呼びかけてきた。顔は見なくても分かる。クリスだ。
「「太陽の塔」だ。上の顔が未来、真ん中の顔が現在を表す」
「では・・・・・」
「あの先は俺の世界だ」
しかし、あの赤。ライトアップだよな。誰があんな趣味の悪い色を選んだのか。不気味以外何者でもないじゃないか。一番上の顔の目が光っているのも不気味だ。大体暗闇で光っている事自体がヤバい。こんな事やっとるヤツの神経が理解できない。
だが、ちょっと待て。こんな頭のイカれた妙な事が行われているということは、向こうの世界、現実世界で何かとんでもない異変が起こっているのか?
(佳奈は大丈夫なのか・・・・・)
佳奈のことを考えたら、砕けていた足腰が嘘のように動き、すっと立つことができた。それと共に冷静になってくる。あの紡錘形の裂け目は『ゲート』だ。俺がずっと探し求めていたエレノ世界と現実世界の門。ということは、今のオルスワードの存在自体がバグなのか。何れにせよ俺の仮説そのものは間違っていなかったということだ。
そう考えられるようになると俄然元気になってきた。このオルスワードを倒せば俺は帰られるかもしれない。いや帰る力、『ゲート』を開ける力を手に入れられるはず。ようし、こうなったら意地でも倒してやる!
相変わらず俺の脳内では「なんちゃら要塞」が鳴り響いている。今目の前で展開されている異様な光景。晴天の空が裂け、裂けた中が漆黒で、そこに赤く不気味に照らされた太陽の塔というシュールとしか言いようがない光景と、「なんちゃら要塞」がすごく合うのだ。なんだ、このシンクロは。俺の脳内音楽選定に間違いはないということか。
先程アイリが唱えた【
「ギィィィィィィヤァァァァッァァ!!!!!」
俺は奇声を発し、オルスワードに詰め寄ると、一気に商人刀『隼』を抜いて一太刀浴びせ、大上段に『隼』を上げて、
「グゥゥゥゥゥオォォォォォ!!!!!」
俺は叫び声を上げると、一気に『隼』を振り下ろし、更に『隼』を大上段の位置に戻して、蜻蛉の構えから再度『隼』を振り下ろした。俺の手にはオルスワードを倒した手応えがあった。だが、オルスワードは立っている。【鑑定】で見ると体力はマイナス千二百四十三。『死人』じゃないのに何故倒れない! 俺は急いで自分の所定の位置に戻った。
どういうことなんだ。聖属性魔法でやられず、打撃でやられず、体力がプラスになろうとマイナスになろうとやられない。チートとかそんな話じゃないだろ。アカンヤツじゃないか!
「グレン、どうしますか?」
振り向くとクリスが困惑の表情を見せている。アイリの聖属性魔法で倒せず、俺の連続斬りという打撃で倒れず。数値的にはしっかりカウントされているのに、正数負数であろうと倒れない。一体どうすればいい。そのときクリスの右手人差し指が赤く光った。
(『
ヴェスタ・・・・・ クリスの守護神となったドラゴンのヴェスタが何か伝えようとしている。あ、ヴェスタだ。俺はとっさにクリスの元に駆け寄り、クリスの右手を握った。
「な、なっ・・・・!」
クリスが何か言ったが、今はヴェスタだ。それどころではない。
「ヴェスタ、どうした!」
〈「あれはなに?」〉
「俺の世界だ」
〈「創造主の・・・・・」〉
ヴェスタは紡錘形に裂けた先の世界に対し、敏感に反応したのだ。ヴェスタを創りし者が住まう世界なのだから当然か。
〈「出して・・・・・ 私を出して・・・・・ 今なら、ここでなら出ることができる」〉
「どうやってだ」
〈「クリスティーナに召喚してもらって。言えば分かるはずよ」〉
俺はクリスに伝えた。
「ヴェスタが出たいと言っている。召喚してくれと。言えば分かるって」
「・・・・・わ、分かりました・・・・・」
クリスが顔を真っ赤にしながら答えた。どうしたのかなと思ったら、俺がクリスの手を握っているからだと気付いたので、慌てて握った手を離して所定の位置に戻る。クリスは何かを詠唱すると、突然、俺たちの上空に巨大な生物、赤いドラゴンが現れた。
闘技場は騒然となった。みんなドラゴンの話は知っているが、実際に見たのは初めてだろう。驚くのも無理もない。今日、闘技場で見に来ている多くの生徒らは、伝説のモンスターを目の当たりにしたのである。
「ヴェスタ!」
声をかけると、一瞬、ヴェスタは俺の方を見た。間違いなくヴェスタだ。ヴェスタはオルスワードに目を移すと尻尾でオルスワードをふっ飛ばし、倒れたオルスワード目がけて口から炎を吹き出した。
「おおおおおおおお!!!!!」
観客席から大きなどよめきが響き渡る。多くの者が見たであろうドラゴンの物語の実際を今、その目で見ているのだ。興奮しないわけがないだろう。観客らは今までになく白熱している。アイリが後ろから声を掛けてきた。
「グレン、私はどうすれば・・・・・」
振り向くとアイリが困った顔をしている。先程まで効いていた【
一方、レティを見ると、未だにへたり込んだままだ。あの小悪魔レティが、ここまでのショックを受けるとは・・・・・ 俺も人のことは言えないが、あまりにも意外過ぎて驚いた。普段ほんわかしているアイリの方が、俺達よりもずっと芯が通っていて、しっかりしている。
「レティ! やろう!」
「う、うん・・・・・」
レティは重だるそうな感じで起き上がった。そのレティをとっさに【鑑定】すると、思わぬ名前の魔法が目に留まった。【
赤きドラゴン・ヴェスタは尻尾と口から放つ炎で、オルスワードを嬲るように攻撃している。俺は商人刀『隼』を大上段に構えて
「ウォォォォォォォォ!!!」
蜻蛉の構えから真下へ一気に切り込むと、そのまま『隼』を大上段に戻し、再度振り下ろした。オルスワードの体力はマイナス四桁から五桁に向かおうとしている。しかしオルスワードは倒れる気配がない。定位置に戻ると、クリスの詠唱している声が聞こえた。
「【
クリスは最上級土属性魔法を唱えた。リング上を激しい揺れが襲う。だが【
「我は神になったのだ・・・・・」
力なく呟くオルスワード。何が言いたい。というか、いい加減倒れて地獄に落ちろよ。人を操るとか、死人を蘇生するとか、そんな術はエレノ世界にも現実世界にも要らぬわ! とっとと立ち去れ! そんなことを思っていたら、左右の掌を胸の真ん中で合わせたオルスワードは浮上して闘技場の上空に浮く。闘技場のどよめきは更に大きくなった。
「な・・・・・ こんな魔法あるのか・・・・・」
「グレン、詠唱していませんよ」
「じゃあ、魔法じゃないってことか」
アイリの指摘によって、オルスワードの空中浮遊が魔法の力によるものではないことが明らかになった。じゃあ、どんな力なのか・・・・・
〈「創造主の力?」〉
「誰なの?」
レティがキョロキョロとリング上を見渡している。
「ヴェスタだ。ドラゴンの言葉だ」
「メスだったの?」
「ヴェスタは女だ!」
俺が言うと、クリスとアイリが笑い出した。二人にもヴェスタの声が聞こえているようだ。
「ヴェスタ。それは違うと思う。ただ、あの先、俺の世界とこっちの世界のゲートが開きっぱなしなのが原因なんじゃないか」
〈「そうなんだ」〉
ヴェスタは俺の言葉に納得したようだ。
「貴方、変わった知り合いがいるのね」
レティがいきなり振ってきた。クリスとアイリが相変わらず笑っている。レティよ、今決闘中だろ。緊張感がすっかりなくなってるじゃないか! オルスワードが浮いているというのに・・・・・ まぁいい。調子が戻ったようだから、あれを聞いてみるか。
「それよりもさぁ、【
さて、どんな魔法なんだレティ。
「分からないのよね。唱えられると思うけど・・・・・」
はぁ? なんじゃそら。俺はその返答に呆れ果ててしまった。相変わらずのレティだぜ。
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