183 【最終決戦《アルマゲドン》】
俺たち生徒側と教官側の決闘は、思わぬことの連続が続き、とんでもない事態が続いていた。倒したはずの教官達が『死人』となり、それを再度倒したら天が裂けて現実世界が現れ、今度はオルスワードが空中を浮遊するに至った。最早この決闘、どこで何を決着と呼べばよいのかわからない状況に陥っている。
「それよりもさぁ、【
俺が問うても「分からない」というレティ。自分の魔法なのに分からないとはどういう事だ。しかしレティもレティなりに文献を当たってはいたようで、分からないから使いようがないな、と思っていたようだ。大体【
「グレン、私は・・・・・」
アイリが問いかけてくる。そうか、今はアイリのターンか。俺は逆に思い切って聞いてみた。
「あの空に浮くオルスワードまで届く魔法があるか?」
しばらくの沈黙の後、「やってみます!」という答えが返ってきた。
「【
アイリは天に両手をかざし、氷属性魔法を唱えた。すると浮遊していたオルスワードが、浮いたままで氷漬けになってしまったではないか。なんだこれは!
「できちゃいましたね」
事も無げに言うアイリ。いやいやいやいや、そんな軽い魔法じゃないから、こんなの。空に浮いている相手を氷の中に封じ込めるだけならいざ知らず、浮いたままっていうのが凄いじゃないか! 流石はヒロイン。オルスワードとは別の意味で突き抜けている。俺はレティに告げた。
「【
「どうなるか分からないのに?」」
「ああ、オルスワードで効果を試すってことで」
「オルスワードで!」
俺の提案にレティは驚いているようだ。まぁ、得体の知れない魔法をぶっつけ本番に使うのだから、あり得ないことだよな。アイリの【
とはいえ、現状オルスワードに何をやっても効かないのは事実。ならばオルスワードを使ってなんでも試してみたらいい。いいようになろうと悪いようになろうと、大した変わりはない、みたいな状況なのだから別に構わないだろう。そう言うと、レティは「分かったわ」と同意した。
「【
レティが唱えるとリングから青白い光線が現れ、闘技場の上空に氷結させられ身動きの取れないオルスワードに直撃した。それと共に闘技場には激しい上昇気流が発生し、小さなゴミやチリを天、紡錘形の裂け目の方にまるで吸い込まれるかのように舞い始めた。
動きを封じていた氷が砕け、上空で激しく旋回しているオルスワード。よく見ると旋回しながら上昇しているようだ。まるで竜巻に巻き込まれたかのような動き。その先には紡錘形の裂け目、そして漆黒の闇夜の中で紅に染まる太陽の塔がある。オルスワードの身体がどんどん小さく見える。
そして紡錘形の裂け目に達したと思った瞬間、裂け目が急速に閉じていく。やがて完全に閉じられ、上昇気流も止まった。裂け目そのものが跡形もなく消え去ってしまい、痕跡すら見当たらない。そして全てが終わった後、オルスワードの姿はどこにもなかった。それと共に俺の脳裏から「なんちゃら要塞」の再生もピタリと止まる。全てが終わったのだ。
オルスワードは消え去った。闇夜の中を紅に染まる太陽の塔と共に。いや現実世界とエレノ世界を隔てるゲートと共に。しかしあの激しい上昇気流は一体何だったのだろうか。レティが放った【
戦いが終わった今となってはもう分からない。ただ事実なのは、オルスワードがゲートに吸い込まれていなくなった事、ゲートが閉じられた事、そして我々が決闘に勝った事の三点だ。
ゲートを開く魔法を得ることもできず、手がかりも掴めず、方法すら知ることができなかった。それよりもイカれきったオルスワードを始末する事で精一杯だったので、そこに手が届かなかったのは仕方がない。ただゲートは開いた。
〈「そ、創造主・・・・・ し、身体が維持できないわ」〉
苦しそうな声が聞こえる。ヴェスタか! 声だけ聞いても苦しそうだ。大暴れしていた先ほどまでの声とは大違いである。そうか! ヴェスタが元の姿で登場することができたのは、現実世界とのゲートが開いたからだったのか。だったらヴェスタが危ない!
〈「・・・・・つ、つ、伝えたいことが、あ、あるのだけれど・・・・・」〉
「いいからすぐ戻るんだ、ヴェスタ!」
〈「ええ・・・・・そうするわ。また逢いましょう、創造主・・・・・」〉
リングの上からドラゴンの姿がフッと消え去る。ヴェスタの思念がクリスの右手人差し指にはまる『
静まり返った闘技場。誰も声を上げない。おそらく皆、起こったことが飲み込めないのだろう。
「教官! 勝敗の宣言を!」
俺が進行役教官イザードに促すも反応がない。またグズってんのか、と思ってみるとフィールド上でまだ倒れている。レティが放った【
俺は商人刀『隼』抜いて天に向けると、闘技場全体に響き渡る声で宣言した。
「この決闘、アイリス・エレノオーレ・ローランが代理人グレン・アルフォードのパーティーが勝利した。よって私、グレン・アルフォードは決闘に勝利した権利を行使し、次の事を要求する!」
「一つ! ジャンヌ・コルレッツ及び代理人七名のアイリス・エレノオーレ・ローランへの謝罪を要求する!」
「一つ! ジャンヌ・コルレッツ及び代理人七名の立木打ち百回の速やかな実行を要求する!」
「一つ! 学園執行部及び全教官の立木打ち百回の速やかな実行を要求する!」
「一つ! これまでの不条理な決闘を主導した教官オルスワードの退職を要求する!」
俺は深呼吸した。さぁ、ここからが本番だ。俺は刀を鞘に収めると貴賓席に身体を向けた。
「本来であれば、進行役の教官が勝敗判定を下すところ、フィールドに倒れその役を果たすには至らぬ状況。よって決闘見届人であるゴデル=ハルゼイ侯、リーディガー伯、ヴェンタール伯、テレ=リブロン子爵の四方に裁定いただこう」
俺は四人の顔を見た。ゴデル=ハルゼイ侯は髪の薄い中年貴族、リーディガー伯は口髭と顎鬚が整えられた壮年といった面持ちの人物。ヴェンタール伯は肥満気味で遠くから見ても身長が低いのが分かるコロコロした印象だ。テレ=リブロン子爵は四人の中で一番年上に見える。さて、誰がいつ、どう言うか。
「この戦い、誰がどう見ても学生側が圧倒しておる。私は宣言に異論はない」
最初に言ったのは肥満短躯のヴェンタール伯。意外なことに一番ふんぞり返ってそうな感じの人物が一番初めに認めた。それを受けてか「認めざる得ませんな」と涼しい顔で述べたのはひげを生やしたリーディガー伯。二人は認めた。あと二人。さぁ、どうする。
「あの者は何処に行った?」
はぁ? 誰のことだ。髪の薄い中年貴族ゴデル=ハルゼイ侯は何か言っている。
「あの上空に消え去った者は何処に行ったと聞いておる」
なんだ、それが聞きたかったのか。しかしどう言おうか・・・・・ まぁ、全てオルスワードのせいにでもしておけ。
「戦いの不利を悟ったあの者、教官のオルスワードは、こちらを操らんと『魔眼』を仕掛けました。しかし我々の結界に跳ね返され、自らその術にかかり人間を辞めました。そして大いなる力を得たオルスワードは天を割り、異世界との門を開けた」
「その先にあったのが悪魔の像か?」
内心苦笑した。太陽の塔を悪魔の像なんて・・・・・ そう見えたのだろうなぁ、この中年貴族には。
「あれだけが全てだとは思えませんが、オルスワードが異世界の力を得て戦おうと思っていたことは間違いありません。最終的にはオルスワードは天に逃れ、異世界に旅立ちました」
「そうか。ではあのドラゴンは?」
今度はヴェスタの事か。
「かつてノルト=クラウディス公爵令嬢の供勢としてダンジョンに赴きました際、遭遇致しましたドラゴンで、
「なんだと!」
頭の薄い中年貴族ゴデル=ハルゼイ侯は驚いたのか、こちらに向けて目を見開いている。多分、ヴェスタの事を脅威だと感じているのだろう。だから俺はハッキリと言う。
「これまで、あのように本来の姿を現したのを見たことはありません。ドラゴンの姿で現れることができましたのはリングの結界の力と、天に開きましたあの異世界の力によるもの。特異な環境が揃って初めて実現できたものと」
「何故言えるのだ」
「異世界の門が閉じた瞬間にドラゴンが弱り、姿すらも維持できなくなったではありませんか。それもこれも異世界の門なぞを開けてしまったオルスワードの責任」
わかりやすく言ってやった。さぁ、どうする。
「分かった。・・・・・この戦いは・・・・・ 教官側の負けだ」
ゴデル=ハルゼイ侯は悔しそうに言った。いやいやいや、なんで悔しいんだよ。誰が見たって俺たちの方が圧倒してただろ。単にオルスワードが異次元的ヤバさだっただけで。それに俺らが万が一負けていたら、闘技場にいる人間だってタダでは済まなかったかもしれなかったというのに・・・・・ アンタのその思考、俺には全く理解ができん。
「ではこの戦い、学生側の勝利ということで」
最後にテレ=リブロン子爵が締めくくった。年長者がモノを言うのはドンケツなのかいな。まぁ、何れにせよ園友会執行部の四人が認めたことで、教官達はもうゴールポストは動かせないだろう。その四人の後ろに座っていた人物、ゴデル=ハルゼイ侯とリーディガー伯の後ろに座っていた正嫡殿下アルフレッドが立ち上がった。
「この度の決闘。実に果敢な戦いであった。決闘後の処置については、これより園友会の諸氏とボルトン卿らで協議すればよかろう。学生側のパーティーが人を捨てた者を相手に立ち向かった姿は称賛に値する」
アルフレッドはそう述べると一人拍手を始めた。後ろにしゃがんで控えていた正嫡従者フリッツとエディスが立ち上がり拍手をする。それにつられて闘技場の観客席からパラパラと拍手が起こった。幾人かが立ち上がって拍手を始める。正嫡殿下に向かって頭を下げていた園友会の貴族らも拍手せざる得なくなった。
連中もまさか正嫡殿下が、園友会執行部とアーサーら詰問組との協議を指示しようとは思ってもいなかっただろう。学園の運営に関して、学園執行部や教官に全く存在感がなく、常に外部に影響されていることが今回のことで如実に示されたのである。ちらほらだった拍手は伝搬して大きくなり、やがて拍手は闘技場全体に
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