181 『死人』攻略

「いや、だから・・・・・ これから考えるんだよ」


 本当にそうなのだ。だって乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、『死人』とか『屍術師ネクロマンサー』なんて出てこない。第一、体力マイナスで戦っているなんてこと、一回もなかったんだから。


 ゲーム知識が役に立たない俺なんざ、エレノ世界じゃホントにモブ以下でしかない。今から考えて勝てる自信なんて全く無いのに、そうする以外に方法がないじゃないか。


「グレン・・・・・」


「レティ、心配するな。現段階で防御陣は完全に機能している。負けは無いんだ。どう勝つのか、それしかない」


「うん」


「この決闘、絶対に勝つ!」


 言葉だけで勝つなんて先ず無理だ。俺たちにとって負けない決闘は意味がない。勝たなければならないのだ。まして相手は人外となったもの。勝たなければエレノ世界に人外がはびこる。だから勝って封印するしかない。


「今、教官達はどんな状態なのだ?」


 フィールド上にいるスクロードが聞いてきた。これは俺たちやスクロードたち詰問組だけで共有するような話ではないよな。そう思った俺は闘技場全体に響き渡るように、腹式呼吸全開で声を響かせる。


「今、こいつらの体力は全員『マイナス』だ。俺たちが攻撃すればマイナスがより増える。それでも人形のように動いているってのがこいつらだ」


「じゃぁ意識があるのか?」


「『死人』だから、あるのかないのか・・・・・ ただオルスワードはある」


 俺は確信していた。三人は『死人』だが、オルスワードだけは『屍術師ネクロマンサー』に変わった。これは意志あるからこそ変わったのだろう。ただ、その意志は人間をやめる前のオルスワードのものなのだろうが。


「この決闘。もう終わっているだろ! 進行役!」


 進行役の教官イザードがいる方向目がけてドーベルウィンが声を上げた。だが、イザードからの反応はない。それもそのはず、イザードはレティの唱えた【拡散雷撃砲トオルハンマー】の流れ雷弾らいだんを何度も受けてしまって倒れているのだ。絶対にワザとやってるよなぁ、レティは。


「いや、イザードは倒れてるんだ」


「なにぃ!」


 ドーベルウィンは唖然としている。リングの高さに阻まれて、俺たちのセコンドの対角に位置していたイザードの状態を、ドーベルウィンらは見ることができないのだ。しかしそれにしても、決闘進行役が伸びてしまって全く役に立たないというのが、いかにもエレノ世界らしい。


 俺はクリスとレティに【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を複数回唱えてアイリに掛ける。決闘の状況が変わろうと、俺のポジションは同じ作業を繰り返すしかない。だからルーチンワーカーなんだよな。するとオルスワードが上級水魔法【直弾水束砲アクアビーム】を唱え、こちらに向けて発射してきた。


 レティの【水平雷撃砲ホリゾンタル ライティング】よりも強力な打撃力だ。見ただけで分かる。だが、俺とクリスのコラボレーション【完璧なる魔法防御陣パーフェクト ディフェンシブ】は鉄壁だった。全てを跳ね返すと逆に死人となった教官陣に直撃したのである。この衝撃で教官側の【浮遊】が吹き飛んでしまった。全く凄い威力だ。


 するとなんということでしょう。クリスが唱え続けている【炎の大滝ファイヤーフォール】が途切れてしまったではありませんか。オルスワードの 【直弾水束砲アクアビーム】が落ちてくる【炎の大滝ファイヤーフォール】の炎を消し飛ばしたのです。それとともに教官らの体力が回復し、マイナスが減りました。


 しかし、しばらくするとまた【炎の大滝ファイヤーフォール】が教官陣に落ちてくる。クリスと俺のコラボレーションで魔力無尽蔵だから、【炎の大滝ファイヤーフォール】が止まることはない。オルスワードの【直弾水束砲アクアビーム】の効果は短かったのだ。


 教官側にとっては一時しのぎという形になったやもしれない。しかし元々体力がマイナスであるにも関わらず立って戦っている訳で、体力を回復しようが大勢に影響がないように見える。ただ体力がマイナスになった場合、回復させたらマイナスの数字が減るという、妙な新発見ができた。


 しかし体力がマイナスになっても倒れない相手をどうやって倒せというのだろうか? どんなゲームでも普通、体力がゼロになった時点で倒した、あるいは倒された場合、そこでバトルが終わるのは常識だろう。しかし今、俺たちはその常識とはかけ離れた、常識外の闘いを強いられている。


 攻撃すればするほど体力のマイナスが増える一方の教官側。しかし立って普通に動いている。俺たちに向けてオルスワードの放った水魔法が跳ね返り、自分達に水がかかって体力が回復し、マイナスが減ったとか、もう意味がわからない。ていうか教官連中だって誰も分かっていないんじゃないか?


 しかし早く対処法を探し出さないと、こちらのメンタルがやられてしまいそうでコワイ。戦っても戦っても、打撃を与えても与えても倒れない相手と戦うというのは、精神衛生上非常に悪い。こちらの緊張感が保たれている間になんとかしなければ。


 蘇った魔法術師ヒーラーのモールスが回復魔法【強力回復ハイパーヒール】を教官陣営に唱える。すると教官側の体力のマイナスが大きく減った。さっきもそうだったが、回復させたりすると負数が減る。一体どういう理屈なのだろうか。


(ん? ちょっと待て)


 今の教官側は攻撃すればマイナスが増え、回復させるとマイナスが減る。これが普通ならば攻撃すると体力が減り、回復させると体力が増える。そして体力が減りゼロになると倒れる・・・・・ あっ。も、もしかして・・・・・


「ああああああああ!」


 俺は思わず声を上げた。分かった! 分かったぞ!


「クリス! 今すぐ【炎の大滝ファイヤーフォール】を止めてくれ!!」


「えっ!」


 クリスの声が揺らいでいる。いきなりの作戦変更に困惑しているのだ。だが今は説明する余裕なんてない。


「いいからすぐに!」


 しばらくすると、一貫して教官陣の頭上にあった炎の火球が消えさった。クリスは俺の指示を聞いてくれたのである。続いて俺はアイリに指示を飛ばす。


「アイリ。教官陣を最上級回復魔法で回復してやってくれ!」


「え。で、でも・・・・・」


 アイリも戸惑っている。しかし今やってもらわないと困るのだ。


「いいから信じてくれ!!!」


 アイリの頷く声が聞こえた。納得してくれたようである。


「【聖なる回復ホーリーヒール】」


 アイリが最上級回復魔法を唱えると、教官達の体力のマイナスがみるみるうちに減っていく。そして一番初めにゼロとなった魔法術師ヒーラーのモールスが地面に倒れた。


「た、倒れたわ!」


 クリスがメゾソプラノの声を響かせた。


(やはり予想通りだ!)


 死人だから体力がゼロになってプラスに転じると、死人ではなくなるから動けなくなるのである。皮肉なことに生者が死んだら動けなくなるのと同じ。生者は体力がゼロになると死ぬが、死者もまた体力がゼロになると死ぬという事なのか。


 恐るべしゼロの力。そう言えばゼロの発見はかなり後の時代になってからだと習った事があったな。ゼロには秘めたる力がある。しかしまさか、こんなとんでもない設定が仕組まれているとは・・・・・ 恐るべし乙女ゲーム『エレノオーレ!』。もうこのゲームは、業界の頂点に立ったと言ってもいいよ。こんな無茶な設計は普通しないだろ。


 戦う『死者』は、ただ単に回復させただけで倒れる訳ではない可能性がある。というのも、アイリの放つ回復魔法は普通の回復魔法、白魔法ではないからだ。聖属性の回復魔法。よって、浄化能力が加味されているのだ。聖属性は『死人』を浄化するのに一番適した魔法。けがれを祓う属性こそ聖属性なのだから。


 アイリは【聖なる回復ホーリーヒール】を唱え続け、教官側を回復させている。モールスに続いて白い鎧の教官剣士ド・ゴーモンが体力が回復し、バタリと倒れた。そして色なし教官剣士ブランシャールも体力ゼロで倒れる。これで三人の『死者』は戦闘不能。再び、残るはオルスワード一人のみとなった。


「レティ! 聖属性だ! 聖属性魔法だ!」


「ええっ。これで分かったわ! いくわよ!」


 レティは声をはずませ、残ったオルスワードに向かって聖属性魔法【邪気一掃クリアランス】を唱えた。


「グググ、グォォォォォォォォ!!!」


 これまで無表情だったオルスワードがレティの聖属性魔法を受けて、苦悶の表情を浮かべた。見ると体力はマイナス四桁を切っている。いける、いけるぞ。アイリとレティ、二人のヒロインが持つ浄化の力を使えば、今度こそ確実にオルスワードを仕留められる!


 俺の脳内に鳴り響いている「なんちゃら要塞」のボリュームが一気に大きくなった。ピアノが走る走る。敵将オルスワード討つべし! 曲と合わせて俺のテンションは更に上がった。もうこうなってくると、決闘終了まで「なんちゃら要塞」が脳内で鳴り止むことないだろう。


 俺はアイリとレティに商人特殊技能【渡す】で魔力を送りつつ、【機敏】を複数回唱えてレティに掛ける。最終局面に立とうと俺がやるルーチンは変わらない。これはルーチンワーカーとしての性分だ。人生五十年、今更これを変えられるはずがなかった。


 一方、オルスワードは悶絶しながら必死に呪文を詠唱している。致命的弱点が露見した今、いかなる魔法で乗り切ろうと言うのか。無駄なあがきはそこまでだ! 暗黒面に落ちた魔術教師オルスワード! オルスワードは両手を合わせ合掌のポーズを取った。今更拝んで許しを請うつもりか。


結界開闢ひらけゴマ!」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁ????? 何言ってんだ! なんで開けゴマなんだよ! ふざけるのも大概にしろや! そう思った瞬間、闘技場でこれまでに聞いたこともない大きさの悲鳴が響き渡った。


(ど、どうしたんだ?)


 闘技場に響き渡る絶叫に思わず上を見上げると、なんと天が避けるように紡錘形に大きく開けているではないか。想像を絶するその光景の先には、漆黒の闇の中で赤く光った巨大な像が浮かび上がっている。


「な、なんだ、あれは!」


 見たこともない光景だ。青く澄み渡った空が紡錘形に裂け、その内側だけが漆黒の闇に包まれている。そこには人類最後の日に現れる悪魔の使者であるかのように、闇夜の中で不気味に赤く光る巨大な像が立ちはだかっていた。あ、あ、あの像は・・・・・


「た、た、太陽の・・・・・塔!」


 何故だ! なぜ太陽の塔が闘技場の空にあるんだ! 真っ黒い闇夜の中、赤く不気味に照らされた太陽の塔。こんな風景、俺は見たことがない。これを、これをオルスワードがやったというのか!


(ど、ど、どうして赤いんだ・・・・・)


 頭上に展開されているあり得ない光景。太陽の塔が赤い。地球人類死後の日なのか。俺の腰は本当に抜けてしまった。足元から崩れ落ち、へたり込んでしまったのである。こんな事は五十年以上の人生で初めてだ。求めていた現実世界とエレノ世界の境界線がこれなのか。俺は動かぬ身体で天を見上げるしかできなかった。

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