177 『魔眼』

 明日に控えた教官との再決闘。俺とアイリ、レティとクリスの四人が組んで戦いを挑む再決闘に備え、対戦相手であろう魔導教師オルスワード対策について、俺たちは貴賓室で作戦会議を開いていた。しかし焦点となっていたオルスワードの『魔眼』について話をしていると、なぜか話は俺とクリスのファーストコンタクトに変わってしまったのである。


「やられたフリをされるのにですよね。下手な演技で」


 笑いながら話すクリスにレティが続く。


「誰が見ても分かるのに、ドーベルウィンったら気付かないんだから」


「あのとき私も気付きませんでした」


 クラートは笑いながらサラリと答えた。


「グレンによると気付かないのが「バカ貴族」の基準らしいからな」


 おいおい、いきなり何を言うのだディールよ。


「今は分かっていますので「バカ貴族」ではありませんわ、ベル!」


「ごめんごめん。シャル、俺も気付かなかったから「バカ貴族」だったんだよ」


 ディールの言葉にクラートが笑っている。


「グレンと関わっていたら、貴族なんて実にバカらしく見えてしまうからな。不思議なことに」


「その通りです。グレンのお話と比べたら、貴族の会話なんて本当に退屈ですわ」


 カインとクリスが妙な一致点を見出し、笑っている。おいおい、今は明日の決闘の作戦会議なんだぞ。


「ところでクラート。『魔眼』がいつも使えるとは限らないというのは、魔力の消費量が原因なのか?」


 俺は何事もなかったように脱線しまくった話題をスマートに戻した。我ながら自然だと勝手に褒める。


「効く相手と効かない相手がいるみたい。集中力が要ると言っていたわ」


「ということは、鑑定視のようにターン毎に『魔眼』を発動できない、か」


 クラートは貴重な情報を出してくれている。オルスワードは集中力がある最初のターンで『魔眼』を発動させ、こちらを操りにかかってくる。ターン毎に発動させられないのであれば、そうするしかない。


「でしたら、初動を抑えることができれば、『魔眼』を恐れることもありませんわ」


「しかし『魔眼』を見ずに戦うなんて・・・・・」


 クリスの言はもっともだ。しかし現実問題、ディールの言うように全員が目を瞑って『心眼』で戦うというのも難しい。


「『魔眼』を跳ね返せばよろしいのです」


 クリスは目を開いてキッパリと言った。跳ね返す・・・・・ どうやって?


「魔法結界でか?」


「いえ、グレンの【防御陣地ディフェンシブ】を使ってです」


「商人特殊技能だぞ」


「商人特殊技能だからこそ使えるのです」


 クリスは説明した。魔法結界は魔力を吸収してダメージを減らすものだから、魔力を駆使する『魔眼』の効力を減らすことはできても防ぐことはできない。しかし『魔眼』の威力に強弱はない。あるのは有無。つまり浴びるか、防ぐかの二者択一。だから魔法結界では『魔眼』を防ぐことは不可能。


 しかしクリスによると商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】は、魔力を吸収するのではなく、跳ね返すことで攻撃魔法のダメージを減らしているらしい。全てを跳ね返している訳ではないからダメージを受けるのだが、一部ではあるが魔法を確実に跳ね返しているのでダメージは少ない。だから完璧に跳ね返せば『魔眼』は防ぐことができる。


「しかし、俺には【防御陣地ディフェンシブ】を完璧にする術なんてないぞ」


「私にはあります!」


「えっ」「はっ」「おっ!」


 部屋には小さなどよめきが起こった。乙女ゲーム『エレノオーレ!』にそんな魔法、出てこなかったぞ。大体、恋愛シミュレーションのついでに付属しているようなRPGだ。本格的ターン制バトルを構築している売れ線RPGなんかと違って、魔法を完璧に跳ね返せるなんて無茶な、いや高度な魔法なんか存在すらしていないはず。


「私は結界を施す術が掛けられません。ですが、その結界を補強できる術は使えます」


「つまり俺が商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】を発動すれば・・・・・」


「私が術をかけて【完璧なる魔法防御陣パーフェクト ディフェンシブ】を構築することができます」


「おおおおお!」


 ディールとカインが同時に驚嘆した。そりゃそうだよな。それでなくとも無茶なエレノ世界の上を行く発想なんだからな。大体、クリスは【結界解除ブレイキング】なんて、ゲームに出てこない魔法を作るような研究熱心な猛者。人をあっと言わせるような術を駆使したとしても驚きはない。


「クリスティーナ、凄いです。人の術に自分の術を重ねるなんて」


 アイリは両手を組み、笑みを浮かべて感動している。顔を見るに心の底からそう思っているのだろう。その表情に一点の曇りもない。こういう部分が素直に凄いと思うんだよなぁ。俺にはできない。転じてクリスの方を見ると何か気恥ずかしそうに笑っている。こういうクリスは本当に可愛らしい。


「オルスワードのよく分からない『魔眼』を封じれば、こちらのペースで戦えるわね」


 レティが自信有りげに語る。確かにレティが言うのは間違ってはいない。間違ってはいないが、オルスワードには他にも術があるだろうし、剣技のできる教官らの力を侮ることはできない。『魔眼』は第一撃で、二撃三撃を警戒すべきである。というか、レティよ。君はパーティーの中で一番レベルが低いんだぞ。


「あの、もしかして明日決闘で戦われるのは・・・・・」


「俺だよ」「私です」「私よ」「はい」


 クラートの問いに俺とクリス、レティとアイリが返事をした。クラートは驚いたのか固まっている。横に座っているディールも呆気にとられたようで一点を凝視したままだ。


「話し合いの中で、こんな編成になったんだよ。明日の決闘、本当に見応えがあると思うぞ」


 カインはディールとクラートに楽しみだといった感じで語っている。


「驚いたよ。てっきりスピアリット卿とグレンが組むのかと思っていたから」


「実は俺もそう思っていたんだよ」


 俺の言葉にディールもクラートも「えっ?」っと、こちらを見る。カインと俺が組めば学園でも屈指の打撃力のはず。俺の術をカインに付与してパワーアップという手もあるんだから。まぁ、驚くのも無理はないか。二人共、俺が戦いの中心だと思っているだろうし。


「我々の中で、オルスワードを一番警戒していたのはリッチェル嬢だったからなのだよ」


「二人の情報のおかげでオルスワード対策はより重要度が増した。だからレティ、リッチェル嬢の役割もより大きくなったという感じだよな」


 カインと俺がレティの事を説明すると、レティはなんだかソワソワし始める。自分の役割について自覚を始めたか?


「明日の決闘、私も真剣に頑張ります。そのために策を一つ立てました」


 レティは真剣な面持ちで自分が考えた「策」について説明を始めた。皆真剣に耳を傾ける。そして全てを聞き終えた時、俺を含めた全員が大爆笑した。


「アハハハハ!」


「レティシア、酷すぎるわ!」


「仕掛けすぎだろ!」


 アイリもクリスも俺もレティらしい仕掛けに吹き出すしかなかった。一番ウケていたのがクラートとディールの二人。カインが笑いをこらえるのに必死過ぎたのが、すごく新鮮である。シャロンも笑いが止まらず、トーマスはお腹イタイとのたうち回っていたのだが、こちらの二人に関しては、もう熟練の域に達していると考えていいだろう。


「もう、みんな! 私、寝る間を惜しんで考えたのに!」


 レティだけが真剣な顔をしている。これもまたシュール、大変珍しい光景だ。こんな感じで作戦会議が終わってしまうというのが、いかにも俺たちらしいと言えばそうなのだが、どんな形であれ明日はやってくる。だったら、自分らしく明日を迎えてやろうじゃないか。


 ――決闘開始十五分前。俺は闘技場控室にいた。部屋にいるのはアイリ、レティ、クリス、二人の従者トーマスとシャロン。そして詰問状組のアーサー、カイン、ドーベルウィン、スクロード。思えば、どうしてこの部屋に集まっているのかよく分からない面々。俺は思わず笑ってしまった。


「おい、決闘慣れしているからって、笑うなんて本当に余裕があるな」


 頭には兜、胴には鎧、手には小手、完全武装のカインが言ってきた。


「それがグレンなのだよ。そうじゃなきゃグレンなんてやってられねえよ」


 こちらも完全武装。アーサーが呆れたように話す。


「俺、一回決闘やったが、今は怖いぞ。前はそんなことなかったのに」


「あのときは『エレクトラの剣』があったからだよ」


「あ、そうか!」


 従兄弟のスクロードに指摘されて苦笑するドーベルウィン。部屋は笑いに包まれた。スクロードとドーベルウィン、二人共完全武装だ。対して俺は平服。平服とはトレーニングウェアみたいなもので、鎧や小手の下に着る服。剣技や魔術の実技授業で着用する服だ。俺だけではなくアイリ、レティ、クリス、トーマス、シャロン、みんな同じ服である。


「よーし! 会場を驚かせてやろうぜ! みんな行こう!」


「おーーーー!!!!!」


 アーサーの掛け声に皆が声を上げ、控室から通路に出てフィールドに向かう。先頭はもちろんアーサー。次にカイン、その次がドーベルウィン、スクロード。その次にクリスと二人の従者トーマスとシャロン、その後ろにレティ、そしてアイリ、最後に俺。前の四人は完全武装。対する後ろの六人は全くの非武装。俺はイスノキの枝すら持っていない。


 俺たちは通路を抜けてフィールドを出た。会場は大きな歓声とどよめきに包まれている。アーサーを先頭に二人の従者を除いて一列で歩いている事への反応なのか、これまでの二度の決闘と大きく異なる客席の反応。俺たちはリングの手前で前列と後列に別れて立つ。


 前は完全武装組であるアーサー、カイン、ドーベルウィン、スクロード。後ろは非武装組のクリス、トーマス、シャロン、レティ、アイリ、俺。会場はどよめいたままである。おそらくは会場にいる生徒たちの予想とは大きく異なるメンバーだからだろう。さて、これからどうなるか。


 リングを見ると、やはり立っていたのはオルスワード。あと魔法術師ヒーラーと二人の剣士がいる。魔法術士はモールス。剣士はイザードじゃないので、ド・ゴーモンとブランシャールか。名前を覚えようと覚えまいと重要ではない。俺がすべきことは、目の前にいるヤツをただ倒すだけだ。


「ボルトン卿。今日戦うのは相手は君たちか!」


 無骨な鎧を着た教官剣士が問うてきた。問われたアーサーは大きな声で答える。


「この姿でお分かりだろう。教官!」


「四人剣士を揃えてくるとは・・・・・ なかなか奇抜な戦法よ!」


 白き鎧に身を包んだ教官剣士が呟く。白ということは白騎士。ド・ゴーモンか。


「教官! 今日は真の奇抜な戦法というものを、しっかりとご覧に入れよう!」


 カインは堂々と宣告した。無骨な立ち振る舞いが本当に似合う漢、惚れ惚れするぜ。そんなカインを見ていたら俺の脳内で曲が流れて来る。「時代劇のコッペパン」の曲だ。放送協会が一年かけて放送する時代劇のオープニング。中々に壮大な曲なのだが、誰かがコッペパンをテーマにして勝手に作詞した事から、別の意味で知られるようになった曲だ。


 この曲。愛羅が大好きで、ピアノの楽譜をコッペパンの詞が歌いやすいようにアレンジして弾いたら喜んで歌っていたなぁ。考えたら小さい頃からあんな事をしたからオタ属性を身につけたのかもしれない。佳奈はやり過ぎだと怒っていたが、愛羅が喜ぶ顔を見るのを優先させたのがいけなかったのか。


「決闘参加者はリングへ!」


 誰だと思ったらかつてアウザール伯に負けたという教官のイザードだ。今日も元気に決闘進行役らしい。促された俺たちはクリス、レティ、アイリ、俺の順でリングに上がる。闘技場は地鳴りのようなどよめきが起こった。目の前にいるオルスワードを初めとする教官達は皆茫然としている。俺は【装着】で皆の装備を装着させ、自身の装備も装着した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 会場のどよめきは更に大きくなった。そりゃそうだ。俺たちが一瞬でオリハルコン製の装備で完全武装したのだから。赤みがかった黄色の金属から放たれる空色の光沢。そんな摩訶不思議な色、オリハルコンしか出せない。合わせて推定価格五億ラント以上。一五〇億円の装備。目の前にいる教官らは固まったままだ。俺たちは決闘前から相手を圧倒した。

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