第十五章 再決闘

176 決闘前夜

 学園中に知れ渡った俺たちと教官との決闘話。俺が教室に足を踏み入れると、クラスの生徒らに取り囲まれた。


「本気でやるつもりなのか!」

「誰と組むつもり?」

「教官側は誰が出るのだ?」


 突然、質問攻めの洗礼を受け、俺は何が起こっているのかサッパリ分からない。いや、どうしたらいいんだ、これ。そんな事を思っていたら、俺とクラスメイトの間を子爵の三男ディールが割って入ってきた。


「みんな、アルフォードはこの前決闘したばかりだぞ。全てが判っていたら、急な決闘になんてならないぜ」


「まぁ、そうなんだよ。俺も今さっきの話だから、よく分からないところがあるんだ。明日には俺も見えるようになると思う」


 すると取り囲んでいたクラスメイトは納得したようで、頷いて引き下がってくれた。俺が言ったことも、ディールが言ったことも、ある面本当の話。この場はディールに助けられた。ディールも他のクラスメイトと共に自分の席に戻る。後で礼を言っておこう。


 俺は自分の席に座ると、フレディが話しかけてきた。


「グレン、何だあれは。教官達、どう考えてもやりすぎだろ」


「そうよ。ホントにヒドイ!」


 話を聞いたリディアが続く。まぁ、あれを見れば誰だってそう思うよな。


「だからこっちも勝手に日程を設定したんだよ」


「明日だもんね。いきなりでビックリしたわ」


 リディアが驚くのも無理はない。だって俺も最初聞いた時驚いたもん。


「しかしコルレッツの件。音沙汰が無いね」


「ああ。それに決闘直後からずっと休んでいるらしい」


「そうなんだ」


 俺がフレディにそう答えると、リディアが溜息を付くような声を出した。おそらく自分が考えていた状況、つまりコルレッツが即退学になっていない事に対して、拍子抜けしているのだろう。


「多分、決闘の結果待ちではないかな。この決闘はコルレッツとの決闘の条件を巡っての再決闘だから」


「それだったら理解できる。そうだよね、ゴタゴタが終わらないと処分できないよ」


 フレディは納得できたようだ。二人は自分達で戦えるレベルじゃないけど、応援するからと言ってくれた。君たちはアーサーやアイリ、レティと並んで、ずっと味方であり続けてくれたからな。嬉しいよ、本当に。俺は二人に心の中で感謝した。


 ――昼休み。廊下でディールを捕まえ、朝の礼を言った。最近、何かと助けてくれたりしてくれている訳で、感謝の言葉だけでも伝えておいたほうがいいと思ったからだ。


「いやいや。しかし教官のパーティーというのは相当強いぞ」


「それは分かっている。特に気をつけないといけないと思っているのはオルスワードだ」


「出てくるよな。オルスワードは絶対に。あとモールスと」


 アイリも言っていたよな、確か魔法術師ヒーラーのモールスって。雷属性の魔術師であるディールがそう言うのであれば、この二人が決闘のパーティーを組んで登場してくるのは確定なんだろう。俺は例の『魔眼』について聞いてみた。


「オルスワードの『魔眼』の事を知ってるか?」


「ああ『魔眼』だろ。いつも使えるわけじゃないが、人を操る術ってヤツだ」


 ん? いつも使えるわけじゃない? どういう事だ?


「『魔眼』だったら俺よりもクラートの方が詳しいぞ」


「すまん、ディール。放課後、クラートを貴賓室に連れてきてくれないか?」


「えっ! 貴賓室って・・・・・」


「そこで明日の決闘の作戦会議を開くんだ。頼む!」


「そ、そういう事なら。クラートに声を掛けて・・・・・」


 ディールは戸惑いながらも了承してくれた。クラートの話次第ではオルスワードに対し、何らかの対策が講じることが出来るやも知れぬ。明日の決闘、鍵を握るのはおそらくオルスワード。攻略対象者であるコイツを何とかしなければ勝機をモノにすることはできない。


 放課後、貴賓室には俺とアイリ、レティとクリス、そして二人の従者トーマスとシャロン、そしてカインが集まった。もちろん明日の決闘に向けての会合である。アーサーとフリックは割り当てられた仕事を、ドーベルウィンとスクロードは生徒会との折衝で席を外しているため、詰問組ではカインだけが顔を出しているのだ。


 ドーベルウィンとスクロードが折衝しているのは、俺たちが決闘に勝利した場合に教官らに科せられる、立木打ちの回数を数えるカウンター要員の確保についてである。このエレノ世界、コピーに変わる念写能力があるように、日本野鳥の会よろしくカウンター能力というものが存在するらしい。


 打った回数を自動的に計算し、表示させて他の人に可視化させる能力とのことで、これまた変わった能力を魔法化したものだと感心する。スクロードが言うには立木打ちでも一定の力が入らないとカウントされないようにして、適当に打ってやり過ごす行為を見逃さないようにするとの事である。ガチに管理して攻めていくスクロードの方が怖いだろ。


 それはさておき、今回の戦い、今までのそれとは大きく異なる。俺以外のメンバー全員が魔術使いで、特訓的なものが意味を為さないという部分だ。その代わり、日頃の勉強や研究、センスといったものが大きな影響を及ぼす。


 アイリとクリスに関しては問題がない。特にクリスは学年二番目のレベルに位置しており、魔法に対して研究熱心。天分に関しては悪役令嬢という属性もあって申し分がない。一方アイリの場合、生来の真面目な性格で日々勉強に打ち込んでおり、ヒロイン属性によってレベルが上がるのが異様に早い。問題は・・・・・ 言うまでもなくレティだ。


 まず図書館で本を開いているのを見たことがない。勉強しているのかも分からない。少なくともダンジョンでの戦いぶりを見る限り天賦の才、ヒロイン属性の力だけで魔法を使っているように見えた。ただ二人との違いは、情報力と要領の良さ。要領の良さに関しては天下一品ではないかと思う。ただ、それが明日の決闘で生きるのかは別問題。


「失礼します」


 ディールとクラートがトーマスの案内で本室に入ってくる。


「公爵令嬢にご挨拶申し上げます」


 クラートはクリスにお辞儀をした。本来ならばあのように挨拶せねばならないのか。小柄なクラートは優雅にお辞儀をしている。ディールと掛け合いしているクラートとは別人のようだ。同じ子爵家の娘でもレティとの違いに内心驚く。おそらくレティの方が特別なのだろう。レティをチラリと見ながらそう思った。


「クラート子爵家のシャルロット嬢ですね」


「光栄に存じます」


「ここは学園。社交の場と異なります故、お気を楽に」


 クラートは改めてお辞儀をする。クラートに受け答えするクリスを見ていると、威厳というか、気品というか、元から備わったものがあるのだと思い知らされる。その立ち振る舞いを目の当たりにした時、仮にお互いに思いがあったとしても越えられないものがあるのだと痛感させられた。


「早速だが、オルスワードの『魔眼』について、知っていることを教えて欲しい」


 俺は心の中で思っていることを表情に出さず、着席したディールとクラートに今日の本題について促した。


「・・・・・」

「・・・・・」


 が、二人共言葉が出ない。普段、掛け合いをする二人とは大違いだ。改まった席であるとか、公爵令嬢の存在感がディールとクラートの口を塞いでしまっているのだろう。緊張感漂う微妙な空気。それをアルトの声が破った。


「オルスワードって、ほら。妙な研究をしているって噂じゃない」


「あの、人を蘇らせる術の事?」


 レティの話にディールが反応した。なんだ、その妙な術は?


「『蘇生術』の研究ですよね。死人を甦らせる術だとか・・・・・」


 ゾンビ? おいおい、ゲームでそんな話、、全く出てこなかったぞ、おい。大体、乙女ゲーでなんでホラー要素なんか出てくるんだ??? クラートの指摘にレティが「そうそう。それそれ」と肯定する。なんて研究をやっているんだオルスワード。


「魔導書に記されている古典魔法の力だと、授業で言っていました」


「薄気味悪い研究ですわ」


「はい。実現できないから研究していると言われて、ホッとしましたが・・・・・」


 クラートの話に目を瞑って感想を述べるクリス。確かにその通りだ。しかし授業中にそんな気色悪い話を織り込まれるなんて、魔術の授業を受ける生徒らもたまったもんじゃないな。


「だから『魔眼』の話を授業で聞いたとき、話半分で聞けなかったんだよ」


「そうなのよ。自分から言ってるし。でも、こちらの方は使えるのよね、操る術」


 ディールとレティ、二人共『魔眼』の話は聞いているようだ。蘇生術はモノにできていなくても、操る術はモノにしているのか・・・・・ 二人の話にクラートが続く。


「いつも使えるとは限らないみたいです。鑑定視と同じ様に魔力を使うと。しかもけっこうな魔力を」


「鑑定視か・・・・・」


「グレン。何か心当たりでも・・・・・」


 俺の呟きにアイリが反応した。無意識のうちに出てしまった言葉だが、アイリのアンテナにキャッチされてしまったようだ。


「いや、ドーベルウィン戦でな。俺の身体に向かって、その視線がいくつかあったな、と」


「それがオルスワードか」


「ああ、その通り。あいつ、俺が気付いても身じろぎ一つしなかった」


 ディールからの問いかけに答えた。もっとも、鑑定視されても相手の方のレベルが低いから何も見えなかっただろうが・・・・・


「いくつか、って。他にも誰かに見られたのか?」


 あ、そうだったな。カインの言葉に思わずクリスの方を見た。クリスは目を瞑ったまま。二人の従者トーマスもシャロンも無表情である。別に隠すこともないか。微動だにしない三人を見て、そう思った俺は話した。


「クリスに見られた」


「えっ!」「あっ!」


 三人以外から軽い驚きの声が上がる。皆の視線はクリスに向かうが、本人は目を瞑ったままだ。


「まぁ、あれがクリスとのファーストコンタクトってヤツだったな」


「ファーストコンタクトって!」


 ディールが仰け反る。でも本当だからな。公爵令嬢と接触するなんて、俺にとっては未知との遭遇みたいなもんだったんだから。


「でもな、俺が鑑定視を確認して目を合わせたら、なんともう一回見てきたんだぜ。これがセカンドコンタクト。な、シャロン」


「え、ええええ・・・・・」


 いきなり話題を振られた黒髪の従者シャロンは取り乱してしまった。まさか自分の所に話題が持ってこられるなんて思ってもいなかったのだろう。単に確認したかっただけなのだが、悪いことをしてしまったか。代わりに主が俺に反論してきた。


「ご自身の事を全くお見せにならないのは、ひどくありませんか?」


「いや、あの時。俺は魔剣をなだめるのに忙しかったから。リングにいたし・・・・・」


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ! 確かにそうだ!」


 俺がクリスに反論すると、カインがいきなり大笑いを始めた。それにつられて、皆が笑い出す。いや、待てよ。俺ホントの事を言ってるだけじゃないか。


「こっちは必死だったんだぞ!」


「やられたフリをする為ですよね。下手な演技で」


 クリスが笑う。それを言うなよクリス。決闘前夜の張り詰めていた空気は一気に萎えてしまった。

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