175 パーティー結成
貴賓室で話し合われた教官との決闘話は、パーティーのメンバーが決まった後も詳細を詰めたため、会合が終わったのは結局六時前の事だった。この会合を主導したと言ってもいいクリスだが、教官側に決闘を通知した翌日に決闘開催という、嫌がらせ以外何者でもない日程を組んだ悪辣な手法は、悪役令嬢の面目躍如と言ったところであろう。
またクリスは園友会執行部の四人、会長のゴデル=ハルゼイ侯、副会長のリーディガー伯、ヴェンタール伯、テレ=リブロン子爵への招待状を休日の間に手配するとのことで、決闘に関する詳しい打ち合わせは平日の放課後、貴賓室で行う形となった。
また園友会執行部の臨席に際し、正嫡殿下アルフレッドと殿下の従兄弟に当たる公爵嫡嗣ウッドストック卿の臨席も手配された。これはクリスの発案によるもので、万が一、園友会執行部のメンバーが暴走した場合に備え、彼らより高位の者を据えることで身勝手な振る舞いを抑制するためである。こちらの方は正嫡従者フリックが準備に当たる段取りだ。
俺の役割はアイリとレティと一緒に武器ギルドに赴き、二人の防具一式を用意することだった。クリスから「お金に糸目は付けないように」と念を押されたので「もちろん」と応じる。今回の決闘、相応の経験のある教官の中から選抜された者との戦いになるわけで、用意するのに最善を尽くすのはむしろ当然だろう。
俺がカネを出すということでアイリは気にしていたが、クリスから「こういうときこそ、お金を使ってもらうのです」と諭され納得したようだ。アイリはどういう訳かクリスの言うことをよく聞く。反対にレティの方はといえば「買ってね」の一言でおしまい。分かっちゃいるけど酷いものである。同じヒロインと言えど、全く対照的な二人だ。
武器や防具は通常、店屋である「武器屋」「防具屋」を介して購入する。完成品を店に置いて販売するシステムで、現実世界の商品販売と変わらない。ただ異なる部分もあって、新品と中古品の価格が全く変わらない事だ。例えば二万ラントで売られている新品の長剣と同じモノであれば中古品でも二万ラントで普通に販売されている。
それどころか
店屋があるのに俺が武器ギルドに行くのか。理由は簡単。店屋は客から直接中古品を買うか、新品中古を問わず武器ギルドから仕入れるからである。どうして武器ギルドに中古品が出回るのか。それは販売ギルドにおいて、商人間で取引された武器防具はそのまま武器ギルドに回されるからで、武器ギルドには新品中古を問わず品が揃っているという訳だ。
このエレノ世界における武器ギルドとは製造と卸を兼ねた問屋みたいなものだ。現実世界でも昔の道具屋街では、その場で作った物やどこぞで仕入れた中古品を直したものをその場で販売していた。あの感覚に近い。どこの世界でも商売は似たようなやり方で成り立っているのだろう。
俺はアイリとレティで連れ立って武器ギルドにやってきた。昨日、休みということで午前中からアイリと手分けして、オルスワードの『魔眼』について学園図書館で調べてみたが、全く情報がなく徒労に終わってしまった。ただ代わりに『召喚』の儀式について書かれた書物が五冊も見つかったので、無駄ではなかったと思うようにしよう。
武器ギルドに向かうに当たって、二人には防具を試着するから装着できる服をということで、実技授業の服装で馬車に乗ってもらった。というわけで今日は学園と武器ギルドを往復するだけという、アイリとレティ的にはつまらない日程である。アイリには昨日といい、今日といい、実につまらない休日の過ごし方をさせてしまって申し訳ない。
「オリハルコン製の防具一式、二組あるか?」
ギルドに入るなりそう尋ねると、応対した男はビックリしている。
「あ、あ、あるには・・・・・ あるが・・・・・」
「心配するな、即金だ」
「へ、へい・・・・・」
即金という言葉を聞くや、男は慌てて奥の方に走っていった。おそらくブツを取りに行ったのだろう。
「オリハルコンって・・・・・」
レティが小声で言ってきた。高いモノなのでしょ、と顔に書いてある。アイリの方はポカーンとしている。おそらくオリハルコン製の価値が分からないからだ。一式で一億ラントは下らないのだが、別にアイリが知らなくてもいいだろう。だからこう言った。
「クリスや俺と同じ装備にするんだよ」
オリハルコンは軽い割に頑丈で、ダメージを吸収する属性を持つ。一方、産出量が少なく、精錬に手間がかかり、加工には時間と高度な技能が必要なため異様なまでに高い。しかし、防具に向いた特性を持つため、買い手が後を絶たないのである。
奥から男が十人以上の人を引き連れて戻ってきた。皆、手に手に防具を持っている。全てオリハルコン製、見れば分かる。やや赤みを帯びた黄色なのに空色の光沢を持つからに他ならない。何度見ても不思議な色だ。ギルドの人間が何回か往復して防具を運んでくる。ギルド内にあるオリハルコン製の防具を全て持ってきてくれたようだ。
「キレイねぇ」
レティが並べられた防具をマジマジと見ている。
「どれがいいのかな・・・・・」
アイリの方はおどおどと見ている感じだ。
「二人とも、気に入ったやつを選んでくれ」
そう言ったものの、防具も装飾品。品定めが簡単に済むわけがない。レティもアイリもウロウロとひたすら見続けるだけで、モノを決めるに至らなかった。俺はギルドの男に促して、二人に防具の説明をしてもらった。いきなりの話に最初は戸惑っていた二人だったが、やがてあれこれ聞くようになっていたのを見るに、男の説明が良かったのだろう。
「私、これとこれにするわ」
最初レティが決め、しばらくしてアイリが「これに決めました」と声を上げた。兜、鎧、小手、
「どうだ?」
「軽いですよ」
「装着するのが面倒よね」
俺の問いかけにアイリとレティが答える。二人共「らしい」返答だった。装着感などで違和感がないようだったので、防具を脱いで帰ろうかと言うと、レティが待ったをかけた。
「グレン。貴方の【装着】で外してくれない?」
「はっ?」
何を言っているのだ、レティ。あれは俺の能力。
「出来る訳ないだろ。そんなもの俺しか使えないに決まっているじゃないか!」
「じゃあ、他人にやったことあるの?」
ハッとした。
「い、いや・・・・・」
「ないのね。じゃあやってみてよ!」
こういう時のレティは強い。とにかくやれの一点張りだ。いや出来るわけ無いだろ。できたら・・・・・ その・・・・・ 何でも出来るって言うことになる。そんなことが出来たら、もうゲームが全年齢対象ではなくなってしまう!
「いいからやりなさいよ!」
限りなく脅迫モードなレティ。俺は抵抗するのを諦め、レティを【装着】の眼で見て実行する。
「あ、出来た・・・・・」
そんなバカな! なんと出来てしまった。レティの防具は見事【収納】されている。
「ほら、だから言ったじゃない! こんな便利な術、使わなきゃ損なの! グレン、今度は防具を私に【装着】して」
レティに対して唯々諾々と従う俺。なんて情けないんだ・・・・・ そう思いながらもレティに向けて【装着】の眼で送る。するとレティの身体に防具が纏わる。
「ほらほらほら! 出来るじゃないの! 私の思った通りだわ!」
一人はしゃぐレティ。あまりのことにアイリは呆気にとられている。
「グレン。私とアイリスの防具を外して!」
俺は言われるままにレティとアイリの防具を【装着】で収納した。
「す、凄い!」
「でしょ。アイリス。これからはグレンの術が使い放題よ!」
驚くアイリにレティは良からぬことを吹き込もうとする。レティよ、ヤメロ!
「これでドレスの着替えも一発よ!」
何やら不穏な企てを口にするレティ。もしかして知られてはいけないものが知られたのか・・・・・ 二人が防具を調整している間に勘定を済ませたので、俺たちはそのまま武器ギルドを出て、馬車で学園への帰途についた。
「ねぇ、グレン。一つ言っておくわね」
「な、何をだ・・・・・」
車上、突然レティが俺に言ってきた。
「【装着】を使って良からぬことを考えないでね」
「そんなもの考えるか!」
レティも全年齢対象でなくなる可能性が脳裏によぎっていたようだ。俺に釘を刺してきた。だったらあれこれ使おうとするなよ。アイリの方を見ると首を傾げているだけなのでまだ気付いていないようだ。まぁ、知らないほうがいいだろう。俺はそう思いながらも自制するように気を付けなければと心の中で思った。
――平日初日。学園は朝から騒然となっていた。コルレッツとアイリとの決闘条件の改変を巡って、教官と俺達との再決闘が行われる旨の告知が行われたからである。傑作だったのはあちこちに学園名義で掲示されている「決闘告知書」を、茫然とした顔で見ている教官達の姿だった。彼らは今、突然晒し上げられたのである。
「・・・・・決闘終了後、教官側は学園執行部並び教官全員に科せられた人間立木百回の決闘仕置を恐れ、あろうことか詰問者を通じて再考を求めた。これを受けて学園執行部並び教官全員に各自立木打ち百回を科すと再考に応じるや、今度は教官側と決闘を行い勝利すれば科された仕置を受け入れると、当初条件から逸脱した返答を行った」
「自己都合の『ゴールポスト』移動は許されない。これまでの勝手に条件の改変を度々行い、終着点を再三変える行為が「学園の伝統と格式に則り、品格に釣り合うもの」で在りや否やを確認すべく、園友会執行部の臨席の許、本決闘を行うものとする」
その次に日程、決闘方法、そして条件が書き連ねられている。決闘対象者はアイリス・エレノオーレ・ローラン。決闘代理人はグレン・アルフォード。対する学園側の決闘対象者はディルギス・レルムータン・サルデバラードと記載されている。一体誰なんだ、こいつは。まぁいい。ここまで来れば誰であろうと倒すしかない。
歩いていると今までの視線とは違う。これまでなら冷笑の類の視線だったのだが、今日の視線は全く異なる。少なくとも敵意に満ちたものではない。何か違和感があるが、考えても仕方がないので気にせず歩いていると、アーサーとばったり会った。
「よう、グレン。教官室に告知してきたぞ」
アーサーは話をしてくれた。クリスは昨日園友会執行部である四人の貴族に招待状を送ったそうだ。それを受けての告知らしい。相手が身動きを取れない状態にした上で宣言する。なんて酷い仕打ちなんだクリス。そこが痺れる憧れる!
教官達は告知を受けパニックに陥った。しかしクリスの名を出すや、文句や不平を言うものは誰もいなかったらしい。横柄な態度が目立つ教官らにしては珍しい振る舞いだが、宰相家たるノルト=クラウディス家の公爵令嬢の威光は、少なくとも教官達にとっては絶大なものなのであろう。実に下らない連中だ。俺は気になっていた事を聞いてみた。
「アーサー。決闘対象者のディルギス・レルムータン・サルデバラードって誰だ?」
「ああ、学園長だよ」
サルデバラード伯らしい。知らなかった・・・・・ 今までこの学園に通いながら、俺は学園のことを全く知らないのだと痛感した瞬間だった。
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