178 オリハルコン

 リングに上った俺と目の前にいるクリス、レティ、アイリ。パーティーの四人全員が赤みがかった黄色に輝く金属オリハルコン製の装備で身を包み、空色の光沢を放っている。それを見てであろう闘技場は低いどよめきが続いていた。無論、商人特殊技能【装着】で戦隊モノや変身モノのように、いきなり装備したこともあるのだろうが。


 おそらくここにいる誰もが、ここまでオリハルコン製で完全武装した集団を見たことがないだろう。それほど高価でお目にかかる機会が少ないのがオリハルコン。このオリハルコンのフル装備の光景と俺の頭に流れているフルオーケストラの「時代劇のコッペパン」の曲、これが非常に相性がいい。カネは掛ければ掛けるほどいいものなのか。


しかし目の前にいる四人の教官達にとって予想外な事だったのだろう。間抜け面を晒したままだ。誰も商人特殊技能【装着】を知らないようである。しかし昨日の作戦会議でレティが考えた策が、教官側にここまでの衝撃を与えるとは思いもしなかった。おそらく俺が自身の能力である【装着】に、あまりにも慣れすぎたせいなのかもしれない。


 ――昨日、貴賓室で行われた作戦会議の最終局面。レティは立ち上がり、こう言った。


「明日の決闘、私も真剣に頑張ります。そのために「策」を一つ立てました」


 そう宣言すると、レティは「策」について説明を始める。


「オルスワードに限らず、他の教官達は実力者揃い。こちらが戦えるとは言っても優勢とまでは言えません。よって、勝ちを確実にするためには戦う前に精神的に優位に立つべきです」


 皆頷く。全くその通り。レティの言葉に間違いはない。だが、それを実現する為にはどうするのだ。


「先ずすべきことは相手を油断させる事です。そこで明日、ボルトン卿、スピアリット卿、ドーベルウィン卿、スクロード殿の四人に完全武装していただき、闘技場内、フィールド上に入場する際、私達の先頭を歩いていただきます」


「えっ!」


 皆、レティの姿を二度見した。おそらくレティの意図が読みきれないからだろう。アーサー達詰問組に完全武装してもらい、俺たち四人と合わせて誰が出てくるかどうか悟らせない策なのか? 指名されたカインが驚いている。 


「なんと! リッチェル嬢。それは・・・・・」


「もちろん擬態です。ですが四人の貴族嫡嗣が完全武装で前を歩くことによって、対戦する教官達は、俺たちに剣士四人で挑んでくると思い込むでしょう」


「しかし、グレンや君たちも武装するのだから、そこまで思い込むのだろうか」


「私達は全員平服で入場します」


「えええええええ!!!!!」


 カインに答えたレティの言葉に全員が仰け反った。ていうか俺もビックリだ。普段あまり驚かないクリスも驚いて固まったまま。一方、アイリといえばポカーンとしている。こちらの方はまぁ、いつものボケでご愛嬌。レティと話していたカインに至っては、相手の意図が全く読めず混乱しているようである。レティよ。一体、何を考えているのだ。


「対戦者がリングに上がるよう促されたら、平服姿の私とクリスティーナ、アイリスとグレンの四人がリングに立ちます。そしてグレンの商人特殊技能【装着】を使って、全員が完全武装します」


 そういうことか! 俺はすぐに意図が読めた。小悪魔レティらしい「策」じゃないか!


「あっ!」「えっ!」「そうか!」「!!」


 アイリはハッとした顔になり、クリスは驚いたままだ。トーマスは納得した表情を浮かべ、シャロンは頷いている。よく考えたら、四人はリアルで【装着】を見ているんだよな。


「そ、それは一体・・・・・」


 クラートはレティが話す言葉の意味が分からず混乱しているようだ。カインもディールも同じように混乱している。まぁ【装着】を見たことがないのだから、レティの話を理解できるわけがないよな。


「グレン。【装着】を見せてあげて」


 レティの声に俺は素早く立ち上がり、【装着】で黄緑をベースとした商人服を身に纏った。


「うおおおお!」「す、凄い!」「い、一瞬で・・・・・」


 ディールもクラートもカインも皆ビックリしている。


「これが商人特殊技能【装着】だ」


「グレンはいつもこれで着替えているの。だから早いのよ。すごく便利でしょ」


 呆然とした顔の三人はレティの言葉に頷いた。


「この前ね、防具を買いに行った時、グレンにお願いして防具を私達に【装着】させてみて、って頼んだのよ」


 レティがムフフと笑う。


「そうしたらね、で・き・た・の・よ・!」


「ええええええ!!!!!」


「レティシア! それは本当なの!」


 クリスは両手を机に付けて立ち上がった。


「うん、できたのよ! でもね、心配しないで。グレンには変なことをしないよう、しっかり言ってあるから!」


「どんなことだ!!!」


「変なことに決まっているじゃない!」


「誰がするか!!!!!」


 何を言い出すんだ、レティ! 俺とレティのやり取りにみんなが笑い出してしまった。この酷さ、相変わらずのレティだ!


「これで教官達も絶対にペースが乱されるわ! 私達は戦わずして優位が保たれるの。どう?」


 みんな頷きながらも笑いが止まらない。ディールが俺に「いつもこんな調子なのか」と笑い転げながら聞いてきた。いやぁ、本当に小悪魔フルスロットルだよな、これ。


「アハハハハ!」

「レティシア、酷すぎるわ!」

「仕掛けすぎだろ!」


 レティのあまりに小悪魔的な策に、みんなそれぞれが吹き出してしまっている。そして真面目な顔をしているのは、なんとレティだけというシュールな光景が広がっていた。


 ――という次第でレティの「策」が見事炸裂し、レティの意図通り、俺たちは戦わずして教官達より心理的優位に立ったのである。結果、相手は混乱で一ターン休みだ。レティが寝る間を惜しんで立てた策。この優位、俺が盤石にするぞ!


「・・・・・両者、・・・・・前に進み決闘の・・・・・」


「要らぬわ! いくさは常在戦場じょうざいせんじょう!」


 進行役の教官イザードの声を叩き潰した俺は三人の前に躍り出て、商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】を発動させると、すぐさま制御魔法【機敏】を複数回唱え、クリスの動きを全力で早める。後方に下がったクリスは呪文を詠唱した。


「【鏡面反射スペキュラ リフレッション】」


 俺の前に展開していた見えないはずの【防御陣地ディフェンシブ】が、透明な艶を持った膜のように見える。これがクリスの言っていた【完璧なる魔法防御陣パーフェクト ディフェンシブ】というやつか。俺とクリスのコラボ技、どんな能力があるのか。そんな事を考えている間に、アイリが後ろに下がって呪文を唱える。


「【防御要塞フォートレス


 えええ! 打撃系最上級防御魔法じゃないか。アイリ、いつの間に覚えたのだ。俺たちの身体が一瞬にしてリング上に浮く。これは商人特殊技能【浮上】と同じ効果だ。今までなら俺がすべきことだったのをみんながやってくれる。これで優位に立てない訳がない。


「【魔法隔壁バルクヘッド】」


 後ろに下がったレティが、魔術系最上級防御魔法を唱えた。こちらも凄い。闘技場は三人が魔法を展開する度に大きなどよめきに包まれる。そりゃそうだ。誰も唱えられない、唱えた者を見たことがない魔法だもんな。おそらく前にも後にもない、二人のヒロインと悪役令嬢という夢のコラボ戦だ。


 初手の俺、二手のクリス、三手のアイリ、四手のレティ。圧倒的過ぎる防御陣である。俺たちは一ターン目で多重の完全防御態勢を確立した。俺は【機敏】を複数回唱え、自身に掛け続けると、腕組みをして教官の前に立ちはだかる。そしてクリスのターンがやって来た。


「【炎の大滝ファイヤーフォール】」


 教官陣営の頭上に巨大な火球が現れた。闘技場から悲鳴が上がる。そんな声など無視をして、火球、いや流れ落ちる火は容赦なく教官陣営に注ぎ込まれた。オルスワードは頭上に手をかざし、魔術系防御魔法【魔法防板】を唱えるが、【炎の大滝ファイヤーフォール】威力を弱めるのが精一杯で、流れ落ちる炎を止めるには至っていない。


 教官側の魔法術師ヒーラー、おそらくはモールスという教官が【領域回復エリアヒール】を唱え全員を回復させる。だが、クリスが展開している【炎の大滝ファイヤーフォール】の勢いは変わらない。教官組全員は回復させた側からダメージを受けている。


「アルフォード! そのナメた態度許すまじ!」


 【炎の大滝ファイヤーフォール】から抜け出した、体格の良い教官剣士。鎧の色が白ではないのでおそらくはブランシャールだろう。そのブランシャールは、大剣を両手持ちして俺に斬り込んできた。だが、俺は腕を組んだまま身じろぎ一つせず、相手の思うままに斬られた。だが、二つの防御陣形によって、俺は大きなダメージを受けていない。


 クリスの【炎の大滝ファイヤーフォール】は消えるどころか激しい炎を教官側に浴びせ続けている。戦う前、ターン制バトルというリングの中で【炎の大滝ファイヤーフォール】が連続して掛け続けることができるのか、というのが俺とクリスの間で交わされた議論だった。


 前回、【炎の大滝ファイヤーフォール】をクリスが使ったのは、シャダールの二重ダンジョンでドラゴンのヴェスタとの戦い。あの時はリアルタイムバトルだったから、【炎の大滝ファイヤーフォール】を長い時間唱えて攻撃を続けることができた。だがフィールドの上はターン制。その状態で連続魔法が掛けられるのかという問題である。


 俺は可能だと考えていた。というのもこの技を俺が最初に受けたとき、【炎の大滝ファイヤーフォール】を受けながら攻撃を仕掛けようとしていたからなのだ。しかしあのときはクリスの魔力が枯渇したため、【炎の大滝ファイヤーフォール】も消えてしまっていた。


 しかしクリスの見方は懐疑的だった。シャダールの二重ダンジョンでは文字通り連続魔法で使えたが、ターン制ならば詠唱自体が遮断されるのではと。防御魔法が戦闘中有効であり続けるのは、詠唱が終わっても効果が持続できるからであって、【炎の大滝ファイヤーフォール】のように詠唱を続けなければならない魔法はそうはいかない。


 これがクリスの考えだった。お互いの相違点を確認し合い、論を戦わせる。クリスとの話し合いは白熱するが実に楽しい。これはクリスが賢く度量があるからだろう。で、話し合いの方はというと、最終的にはクリスの方が俺の見立てを受け入れてくれて、一度やるだけやってみようという話になったのである。


 結果は俺の見立て通り、ターン制バトルであろうとも【炎の大滝ファイヤーフォール】は唱え続けることができた。俺を攻撃したブランシャールは、その【炎の大滝ファイヤーフォール】を浴びるため、所定の位置に戻っていく。


 しかしターン制バトルの宿命とはいえ、せっかく抜け出した炎の中に自ら飛び込んで戻るというブランシャールの姿は滑稽そのもの。真剣なバトルなのに、コントにしか見えない。誰だよ、こんな設定を考えたのは!


「この炎、いつまで続くのだ!」


 もう一人の教官剣士が、そう喚きながら俺に斬り込んできた。白い鎧の教官騎士ド・ゴーモンだ。しかし教官だというのに分からないのかねぇ。


(決まっているだろ。バトルが終わるまでだ。永遠にな)


 俺は腕組みの姿勢を変えず、ド・ゴーモンの太刀を身体で受ける。睨みつけてくるド・ゴーモンに対し、俺は目を合わせることすらしなかった。何故なら【炎の大滝ファイヤーフォール】が降りしきる自分の陣地にわざわざ戻っている、その姿に思わず笑ってしまうからだ。


 闘技場は、こうした攻勢の一つ一つで大きなどよめきが起こっていた。この学園の生徒、いや世界の住人が考える決闘とは、本来このような姿なのだろう。但し、俺の腕組み体勢は除くのだろうが。


 アイリが【回復】で俺の体力を回復してくれた。アイリは作戦会議で魔力温存を言い渡されている。これはアイリが得意とする氷魔法が、クリスの炎魔法と相性が悪いからなのと、アイリの回復魔法が強力な為だ。つまりアイリは決戦要員なのである。


「じゃあ、行くわよ!」


 レティが元気な掛け声で魔法を詠唱すると、しばらくして俺の身体の後方から幾つもの雷弾らいだんが激しく教官陣に襲いかかっていった。


「【拡散雷撃砲トオルハンマー】」


 それがレティが放った雷撃魔法の名であった。

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